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【理絵子の夜話】午前二時の訪問者 -03-

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 苦笑する父親を残し、理絵子は自室に戻った。
 ドアを開け、しかし室内の明かりは点けずに机に向かう。
 イスに腰を下ろし、イスごとくるりと回転し、後ろを向く。
 普通の人間にはただの闇である。しかし、理絵子にとっては闇ではない。
 彼女にはそこだけ霧に包まれたような、ぼうっとした白い固まりが見えている。霧で作ったラグビーボール。そんな形状。
 超常感覚。父親が彼女に相談し、彼女が当然のように受け答えた理由もそれ。だから“容易に判る”のである。
「こっちいらっしゃい」
 理絵子はまるで、迷子の子でもあやすように、両の手をぼうっとしたものに向かって差し出す。この種の自分にしか見えない訪問者を、彼女は、良く現れる時刻から“午前2時の訪問者”と呼ぶ。
 今日は子ども、男の子。
 但しいわゆる“霊”ではない。誰か知らないが、男性の中にある“幼い気持ちの断片”が一人歩きし、人格に似た様相を呈しているもの。一つの感情だけの人格と表してもいいかもしれない。たいていの場合、当の本人は夢を見ており、夢の中の気持ち、夢の中の自分の年齢に応じて現れる。何か“判ってくれる”存在を探しており、夢の世界をさまよい歩いた挙げ句、自分の部屋にたどり着く。そんな案配。但し、理絵子自身は、彼らが自分を“判ってくれる存在”として見ているというより、自分になまじっかそれ系の能力があるので、それ系のアンテナに受信されやすいだけでは、と考えている。
 白い固まりのような男の子は、自分が呼ばれたと知るや、それこそ、“泣きながらしがみついてくる子ども”のような感じで、理絵子の元まですーっと動いて来た。強く感じるのは甘えの気持ち。ママに慰めてもらいたい。
……失恋ショックによる退行、理絵子は判断した。人間は人格否定系の強いショックを受けると、より幼い段階に人格が戻ることがある。それは母に抱かれていた幸せな頃に戻ろうとするからだ、と読んだことがある。ちなみに、理絵子は最近、自分の感覚が拾ってくる感情を理解するため、心理学のテキストに目を通すようになった。
「子どもっぽい」……それがこの男性を否定し、女性が去って行く際に放った言葉と、理絵子は知った。この、唐突にポンと判ってしまうのが、この手の能力の特徴。いきなり来ると面食らう事もままあるので、心理学に手を伸ばした次第。
〈でも確かに、あなたのしたことは、頼りないという印象を与える内容かな〉
 理絵子はカーペットにぺたんとしゃがんだ。両腿を揃え、膝から下を左右に広げて座る“女の子座り”という奴だ。これでぼうっとしたものと同じ目の高さになる。言い聞かせるように、ゆっくり、言葉を思い浮かべる。

(つづく)

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