【理絵子の夜話】午前二時の訪問者 -10-
でも。
「父上殿」
理絵子は少しふざけた調子で言った。
「ん?」
「もし私が男の子で、この年でお父さ~んお父さ~んって来たら、どう?ニキビだらけに無精ひげ、太い声でさ」
すると父親はフッと笑って。
「いい年こいて大丈夫かコイツって思うわな」
「でしょ?そういうお年頃なのですよ私は。つまりはナチュラルなこと。決して私はお父さんと離れようとは思ってないし、よく言われるみたいに鬱陶しくも思ってない。責任感持ってまじめに仕事に取り組んでる立派な父さんだよ」
そこで母親がため息がてら。
「真面目の副作用なんだろうね。考えすぎ。一応私も女なんだから、そういうことで悩んでいるなら訊いてくれればいいのに」
「そうだよ。一応女なんだし」
「そうだな。一応女だったな」
「……良く聞くと失礼だね」
母親が膨れ、父子は笑った。
鬱傾向。医学的には妥当な結論である。一方、形而上的な可能性はないだろうか。
「どう思う?」
その晩深夜、理絵子は“午前2時の訪問者”に尋ねてみた。ちなみに、父親の心理情動はテレパシーでずっと追いかけているが、今はサイレースが作用しており、波一つ無い湖水のように穏やか。
〈あんたの近辺に、オレらみたいのが近づけば、それと判るぜ〉
“悪ガキ”の風体をイメージさせる、男の訪問者がそう言った。今夜の客層は“理絵子のそばにいると安心する”といった類の連中。
……“優しさ”を知ること無いまま逝った子どもや少年たち。自分が優しいと言われるタイプかどうなのかはさておき、彼らは、自分の所に出てくる代わりに、形而上の攻撃から自分を守ると勇ましいことを言ってくれる。なお、セリフのこの書き方は意志だけよこした。つまりはテレパシーを表す。
「父さんに、だよ」
〈跡が残る。雪の上を歩いたみたいにね。でも、今、あんたを通じてあんたの父さんの周囲の雪面を見ているが、そんな痕跡は見あたらない〉
〈念、だったりして。呪い、恨み。あんたの父さん職業が職業だろう?犯罪者の逆恨みってありえないかい?〉
「その可能性は否定できないけど、面と向かって訊くのはルール違反」
〈じゃぁ、訊かずに知るしかないな〉
「探れと?それじゃ盗聴と同じじゃん」
イヤ違う。理絵子は可能性に気付いた。
その包丁娘が、送り込まれた怨念の映像化であるなら、恐らくはまた来るはずである。今はクスリで意識が完全に遮断されているが、これがクスリによらない通常の睡眠であれば。
問題は方法。遠隔で父親に悪夢を見せるくらいなら、自分がテレパシーで覗いていること位、容易に察知し、遮断を試みるだろう。“外から監視している”…監視カメラの存在に気付かれてはならない。
監視カメラを使わず犯人が来るのを待つには?
〈留守を装って中にいればいいんだよ〉
「すごいこと言うね」
理絵子は笑って言い、しかし下唇を噛んだ。
方法が無くはない。後は自分の能力次第。
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