【理絵子の夜話】午前二時の訪問者 -12-
廊下からリビングに入ると酒臭いったらありゃしない。
そのはずで、父親は既に大いびき。口で息をするからそうなるのである。
布団をかぶせ、消臭スプレーを噴いたティッシュを布団の口元に置いてやる。この調子で寝られたら明朝この部屋どうなっているか。
「気持ちよさそうにまぁ。折角クスリなしで寝入ったし、放っておくか」
母親が言った。何もしなくて良い、ひたすら酒飲み、咎められない、年越し。
……これほど酔った父親を見たのは初めてだと理絵子は思った。対人関係、しかも扱うのが“犯罪”では、ストレスも尋常ではあるまい。ひょっとすると自分の与り知らぬところで、深酒を繰り返してるのかも知れない。横顔の白髪がひどく老けた雰囲気を与える。
「結婚前からぐでんぐでん?」
理絵子は母親に訊いたが返事がない。
見ればこちらはこちらでカウチにもたれて寝息を立てている。サイドテーブルには濃いめのお湯割り。
父の寝顔に安心したのだと理絵子は理解した。母は母でずっと父親が心配だったのだ。
二人とも起こすに忍びない。理絵子は母親の布団も持って来、カウチに横たえさせ、かぶせた。エアコンの暖房を控えめにセットし、テレビを消し、照明を落とし、部屋を去ろうとし、ハッと気が付く。
父親はクスリなしで寝入った。すなわち“クスリに寄らない通常の睡眠”。
理絵子は足を戻す。そして父親の傍らに膝を突き、幼子の熱を測るように、父親の額に、自分の額をあてがう。
その目的、“留守を装って中にいればいい”の実行。
目を閉じる。見よう、と思う。映画のように始まる映像。それは父親の心象。すなわち見ている夢。
深夜の道路。甲州街道。国道20号。
無音の映像である。前方で左右に大きく蛇行する改造車。
対しそれを見ている視点……父親は、赤色灯が点滅している車輛であり、警察車輛であると知れる。
前方改造車から何かが警察車輛へ投げつけられる。
回転しながら接近してくる棒状の物体。
鉄パイプ。
パイプ先端が警察車輛フロントガラス右部に命中する。クモの巣状にひび割れるフロントガラス。
警察車輛は加速する。前方改造車がその意を悟ったか猛然と加速。
程なく町田街道との交差点。
前方信号は赤だが、改造車はそのまま突っ込んだ。
交差点左方、町田街道より進入してきた宅配便の大型トラック。
衝突。改造車の左前部がトラックのバンパーに当たり、改造車は大きく、ぐるぐると、反時計回りに回転して、交差点右方の信号柱に右側面から衝突、中の人体を外へ放り出す。
その際のがしゃっという衝突音だけが聞こえている。
映像が飛ぶ。路上に投げ出され、血の海に仰向けになって横たわる人体。
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