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【理絵子の夜話】午前二時の訪問者 -13-

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 青年。丸刈りの男性。血の海は男性の頭部を中心に花弁のように周囲に飛び散っている。その目は人形のように開き動かず、首は不自然なほど長く伸びており、まるでろくろ首のよう。
 頭部を胴体から引き抜く方向に力が働き、頸椎が全部外れて引き延ばされたのだと理絵子は理解した。更に言えば青年はしたたかアスファルトに頭部を打ち付けたようで、“高度脳実質脱出”を呈している。
 すなわち社会死……医師を待たずとも、誰でも死んだと判る状態……だ。報道で死亡(医師の判定による)ではなく、“即死”“即死状態”と書かれるのは、こういう状態である。事故の遺体が眠っているように見えるのは、テレビドラマの中だけ。
 理絵子は思い出した。夏の日の新聞記事だ“警察深追いか?少年事故死”。……暴走族の少年が追跡から逃れるために速度を出しすぎ、トラックと衝突して即死。なお、警察が一般にアメリカ式に暴走族・珍走団を力で抑えないのは、事故に一般市民が巻き込まれるのを恐れるが故である。
 この事故について、父親は自分ではないと否定した。確かに夢に見ている記憶の映像では、父親はハンドルを握っていない。だが、父親の目の前で展開された事件には相違ない。
 オレが止めていれば……悔恨の存在を理絵子は知る。挑発にトサカに来た同僚を止められなかった、その責を己れに帰す父親。
 これはPTSD(心的外傷後ストレス障害)だ。理絵子は断じた。鬱とは少し違う。心が追い込まれているのは同じではある。しかし、鬱の原因に多い“仕事に追われて”なら、誰かに肩代わりしてもらえばよい。大体ひとりで仕事する捜査活動はない。しかしこの手の“心の傷”は肩代わりのしようがない。“仕方なかった・不可避だった。或いは、出来る範囲で全力を尽くした”と本人が納得しない限り、どうにもしょうがない。
 気配。女。
『その通りあんたのせいだ!……』
 声が聞こえた。
 大ホールで発したような、いつまでも余韻を持って響くような、女の声。
 映像は事故の道路ではない。左右に並ぶ二棟の校舎と、双方を結ぶ渡り廊下、そしてレンガが敷き詰められた中庭。
 見たことがある……近隣、都立高校敷地内と知る。
 夜の校内といった案配である。しかし、夜空に相当する部分は暗黒であり、星は見えない。すなわち実景ではなく誰かの、恐らくはこの声を発した女の記憶・心象世界。

(つづく)

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