【理絵子の夜話】午前二時の訪問者 -16-
自分を殺そうとする少女と、それを止めようとする自分の母親。
母が危ない!
「臨兵闘者皆陳列在前!(りん・びょう・とう・しゃ・かい・ちん・れつ・ざい・ぜん)」
反射的に、理絵子はそう唱え、中空に手指で碁盤の目状の幾何学模様を描いた。密教の護身の真言(呪文)
途端、スイッチが切れたように、ブレザーの少女から力が抜け、目玉が上を向き、手足がぐにゃぐにゃになって崩れるように倒れ込む。
その手からポロリと滑り落ちる包丁。
理絵子は、中空から自分に向かって一閃に落下してくる包丁の柄を、空中でつかみ取った。
瞬間、バチン!という、電気のショートに似た鋭い音が鼓膜を撃つ。
“力界”が去った音だと理絵子は理解した。
どさっと音を立て、失神した制服の少女がくずおれ、横たわる。
理絵子は包丁を父親のベッドの下へ。
一安心。母親が激しく息をしながら座り込む。ネグリジェにガウン姿で汗びっしょり。
午前2時。
「この子は、この子は一体……」
母が問い、同様に時計を見やる。
午前2時。それは夢に誘引された魍魎が跋扈する、闇の支配下。
「生霊。つまり彼女は超能力を持ってる」
理絵子は言った。その年上の少女、本橋美砂の横顔を見る。“霊的な”彼女と裏腹に頬がこけ、肌は青白く、まるで幽鬼のよう。恐らくそれこそ“全身全霊”を込めて父を呪い、自分を排除していたためだろう。でも、切れ長の目元など見るに及び、健康を取り戻せば、霊の姿そのままの美しい少女なのではあるまいか。
「この子が?」
母親が目を剥く。
「うん。私が同じような能力者、と知ったからでしょう。見抜かれると判断して、私の注意を自分に向けつつ、自らの手で、父さんもろとも私も葬り去ろうとした、だと思う」
「それって、理絵子より……」
「何倍も大きな超能力だよ」
とはいえ超能力現象を扱う超心理学の用語に適切なものはない。
本橋美砂の額に手をする。彼女はどうやら署内の警察官全員の意識をレーダのように探り、事故時の運転者が異動したこと、及び、兄に対する記憶を持つ父親の存在を知った。そして自責する父を“その通りお前のせいだ”と責めるうち、生き恥……すなわち気狂いとなす復讐を思い立った。そこで、意識に直接働きかけ、白昼の幽霊を見せるようになった。人間の脳は強い電磁波を送り込むと幻影を見るが、形而上的手法で同じことをしたのである。だが、理絵子が乗りだし、本橋美砂にとって父親の意識は霧に包まれたように見えなくなってしまった。ようやく霧が晴れたと訪れたところ、父親の意識の中に理絵子が入り込んでいるのを発見した。後は理絵子の部屋に訪れる“訪問者”と同様、自分自身の身体でこの家を捜し辿り着き、一切合切抹殺を謀った。概略、そんなところになるらしい。
| 固定リンク
「小説」カテゴリの記事
- 【理絵子の夜話】空き教室の理由 -047-(2025.03.22)
- 【理絵子の夜話】空き教室の理由 -046-(2025.03.15)
- 【魔法少女レムリアシリーズ】14歳の密かな欲望 -06-(2025.03.12)
- 【理絵子の夜話】空き教室の理由 -045-(2025.03.08)
- 【理絵子の夜話】空き教室の理由 -044-(2025.03.01)
「理絵子のスケッチ」カテゴリの記事
- 【理絵子の夜話】空き教室の理由 -047-(2025.03.22)
- 【理絵子の夜話】空き教室の理由 -046-(2025.03.15)
- 【理絵子の夜話】空き教室の理由 -045-(2025.03.08)
- 【理絵子の夜話】空き教室の理由 -044-(2025.03.01)
- 【理絵子の夜話】空き教室の理由 -043-(2025.02.22)
コメント