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2021年11月

【理絵子の夜話】禁足の地 -01-

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 理絵子(りえこ)の住む街には立ち入りを制限した“禁足地”が存在する。
 武蔵野の面影を残す広葉樹の丘陵地、および、その周辺をぐるりと囲む草ぼうぼうの湿地帯で、応じて手つかずのままである。甲州街道から脇道へ脇道へ入って行き、最後はけもの道かと思うような細い砂利道の終点にそれは存在する。鳥居がなければ境目が判然としない。
「おい黒野(くろの)」
 ニヤニヤした男子生徒が理絵子を呼んだ。軽薄な男であり、ネット上で“チャラい系”“パリピー”とカテゴライズされる系統。彼女ら中学の制服はセーラー学ランだが、彼らは上着のボタンを全て外し、ワイシャツをスラックスの外に出している。シャツインはダサいから、だそうな。
 やれやれと彼女は読んでいた本を伏せ、席に座ったまま身体の向きを変える。長い髪がさらりと流れて陰りを作り、その奥で黒曜石を蔵した瞳が光を放つ。
 ろくでもねーことだ、と彼女はまず判じた。
「お前文芸部オカルト担当だって?」
「まぁ」
 必要最小限以上のことは言わない。清楚で真面目な学級委員で通っているので、砕けたところを見せる気はない。
「罵倒してくれ」
 男子生徒はそう言って携帯の動画を彼女に見せた。暗闇で男が喋りながら枯れ草をガサガサ踏む音。
「お前ならこれどこか判るよな」
 かの禁足地である。
「宮内庁の土地じゃんよ。不法侵入じゃないの?」
 ありきたりなことを言って軽蔑のまなざしという奴をくれてやる。禁足地よりその“けもの道”を奥へ進むと慎ましい古墳(前方後円墳)があり、応じて宮内庁管轄と言われている次第。ただ、実際は知らない。一方でネットの空撮は拡大不可能なレベルしか無く、戦中戦後に米軍が写した航空写真は一面が霧の中。この辺も“肝試し向き”の因子を与える。
「何か映ってるか?何か感じるか?」
 肝試しで入り込んだに相違なかった。類似の動画はネットで多数目にする。いたずらでも好奇心でもどうでもいいが、経緯と理由に対する敬意を感じない。“そっとしておいて欲しい”という共通の意図が判らぬか。
「別に」
 理絵子はそれだけ言うと身体の向きを戻した。霊能者とウワサされていることは知っている。相手にするだけ馬鹿馬鹿しいという身体アクション回答。
 ただし、本当にそうだと知る者はこの学校に4名だけいる。

(つづく)

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【魔法少女レムリアシリーズ】テレパスの敗北 -26-

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「お、姫……相原さん大丈夫か」
「貧血起こしちゃって……」
 だろう、多分。平沢進の自分に対する心からの心配と、その所以と、対する答えを用意できない自分。ごめんね。
「あら?ちゃんと朝ご飯食べてる?」
 祖母殿は優しい表情で彼女を覗き込んだ。
 それは祖母殿が前向きかつ生き生きと動き出していることを彼女に教えた。
「おばあさまにお会いできて、安心して血の気が抜けたようです」
 貧血の故は多分これが正解。緊張の糸が切れた。
「それは本当に申し訳なかったわ。私ったらどうかしてたと思うの。あなたたちにも謝らないとね。申し訳なかったわ……」
 身体を起こせる。
「もう大丈夫です。すみません」
「進と仲良くしていただいてるだけでなく、こんなお手間まで……」
「いえ、それは私が勝手に先走ってかき回してしまっただけの話です」
 しかもその勝手は間違いなく自分の思い込み、思い上がり。
「そういえば先ほどグループホームでって言ってましたね」
「ボランティア活動で、子供たちや高齢の方々の施設にお邪魔することがあります。その際、正直申しますが、突然、家に帰ると立ち上がってしまう方もお見えになるので……」
 彼女は言いながら両の掌を交互に開いたり閉じたりした。
 手のひらを開くたびに小分けパックにされた飴やチョコが出現。
「あらすごい。手品のショーなのね。そしてわたくしも同じように突然出て行ったのではないかと……」
「ええ、失礼な思い込み申し訳ありません」
「いえ構わないわ。至れり尽くせり上げ膳据え膳で“自分で考えて動くこと”がなくなってしまってね。ボーっとしているしかないの。すると本当にボーっとしてくるのね。ああ、これはボケちゃうって思ったわ。でも趣味があるわけでなし、本は全部こっちだしね。それで、これを読んでいたの」
 これ……祖母殿は立ち上がり、座卓の上から1冊の書物を取ってきた。
“日記・定敏 平成九年”
「だんな様の……」
「ええ」
 手渡されるとそれこそサイコメトリが発動した。強い思いのゆえだと判る。後悔、恐怖、諦念、一転して願いと期待……。
 そして6月28日の“ありがとう”という最後の記述。
 彼女は日記を開くことなく、ただゆっくりと表紙の文字を指でなぞり、両手で持って祖母殿へ返した。
 自分が踏み込む領域ではない。

(次回・最終回)

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【予告】理絵子の夜話シリーズ「禁足の地」

です。

今回も隔週土曜更新でダラダラと。

20日27日スタート。

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【魔法少女レムリアシリーズ】テレパスの敗北 -25-

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「身体と、頭を使うこと、これを重視している施設が殆どです。動物なんでもそうですが使わないと退化する。そして一番よくないのはたぶん、何もしなくていい、とか、高齢者だから何もするな、の類」
 彼女はそこまで言って、
 自分の言葉に気づかされる。“高齢者だから”……自分が今回疑ったのは認知症である。それは“高齢者だから”という勝手な思い込みそのものではないのか。
 自己嫌悪。……あれ?
「姫ちゃん!」
「お、おいどうした!」
 気が付くと庭に転落して平沢進に脇を支えられている。
「大丈夫か?急にぶっ倒れたから……」
 しでかした間違いに血の気の引くような感覚が襲った。そうか、それは実際貧血起こしたのか……彼女はゆるゆると思惟を結ぶ。頭の働きが遅い。ごめんの言葉も出てこない。
 すると。
「ここに寝かしたり。座布団丸めて、足を高くしで」
 祖母殿が対応を指示している。彼女は父子に抱えられて縁側に戻され、足元と頭の下の枕代わりに座布団。
「ああ、血が出とる。進、テレビの下に救急箱あるから持ってこ」
「おう」
 男たちがどたばた動く。
「おれのせいで済まんの。だがあんたの言う通りかも知んね。おれ、“ただ、いただけ”だっだがらな」
 ……こちらこそ決めつけてしまって大変失礼しました……言いたいが口が回らない。
 自分が自分に激甚なショックを受けているせいだ、と冷静に分析している自分。
 ショック……それは、勝手に思い込んだと気づいたこと……では、思い込んだその理由は?
 多分、自分なら判る、という勝手な思い上がり。
 額に傷があるらしく、脱脂綿でぽんぽんと叩かれながら涙が出てくる。

-お前、何様のつもりだ!
-姫様だ!

 何を偉そうにふるまっていたのだろう。嫌いだという奴は放置しておけばよい。ただそれは自分の欠点・欠陥を自ら見ないようにすることに同じ。
「あら?痛かった」
 傷に触れたら涙が出て来たことで、祖母殿は自分が傷の痛みでそうなったと思われたようである。
「頭打ったかもしれない」
「ええ?俺ギリで受け止めたぜ!?それはない」
「ありがとう。ごめんなさい……」
 ようやく声が出せた。

(つづく)

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