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2022年4月

【理絵子の夜話】禁足の地 -11・終-

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 場所の故に高天原からお力添えをいただいたのだと判断出来る。自分の身体を抱き上げた念動の力も多分。
「おぇ……」
 男子生徒が嘔吐する。「死体に抱きつかれた」のはもちろん、高濃度の二酸化炭素による悪影響もあろう。
「昔の人は、ここに立ち入る人や動物が、恐らくいきなりぶっ倒れて息絶える現象を目撃し、霊的な毒気、瘴気が満ちていると考えて封じたのでしょう。それ以上犠牲を出さないためという後悔と尊い思いの元にここを封じた。由緒の不明な禁足地は決して興味本位で踏みにじらないことだわ」
 自分は語尾に「わ」を付けて喋るアニメ女子ではないのに……という場違いの感慨を持ちながら理絵子は言い、泥に埋もれた足首をグポッとばかり引っこ抜いた。
「登与ちゃん帰ろ」
「え?あ、うん」
 それ以上何も言うことはないし、嘔吐の介抱も必要ない。それは示唆であり冷徹な所作が求められる場面と理絵子は理解した。茅纏之矟に断ち切ったのはその辺りの寓意を感じる。
 この生徒には“思い知らせる”必要があったのである。
 授業終わり。“アンタッチャブル”にはふさわしいエンディングと言うべきか。Here endeth the lesson.
「あーもうグチャグチャ。明日までに乾くかなぁ。クッソバカが余計な手間掛けさせやがって」
 我ながら酷いが事実。てめーのせーだ。
「靴だけクリーニングできるんじゃないかな。駅前にほら」
 登与が同じく冷たい態度で続く。
 二人してぐっちゃぐっちゃ音を立て、後ろを見ずに歩き出す。
「あーあずっと泥噴いてるよ。ザリガニの巣作りみたい」
「クリーニング屋さん地震で動けないんじゃ……」
「それなら明日学校休みかも……震度5強だって。え?家ン中大丈夫これ」
 スマートホンに地震に関するニュースや安否を尋ねる家族と友人のメッセージが届き始める。

禁足の地/終

理絵子の夜話一覧
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【魔法少女レムリアシリーズ】彼の傷跡 -08-

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 すると、平沢はのろのろした動きでバットを自分のカバンに戻し、持ち上げて肩に掛け、彼女を見た。
 そして、彼女を見、居住まいを正した。
「姫ちゃんって、すげえな」
 諦めたような声音。寂しそうな瞳。
 彼女は平沢進の自分に対する“強い気持ち”が消失していることに気付いて彼を見上げた。
 自分に対する彼の認識が変わったことは火を見るより明らかだった。“一目惚れしたかわいい子”を見るそれではなくなってしまった。まるで手の届かないテレビアイドルを見るよう。
「それで、あの……ひとつだけ、立ち入ったこと訊いてもいいかな?」
 応じた勇気を持って、反映された低く抑制された声で、平沢は問うた。
「何かな」
 小首を傾げて聞き返す。
「普通の女の子……じゃないよね。催眠術とか、あの船とか。呪文っぽいのも聞いた」
 開示すべき時が来た。彼女の答えは一つであった。足下のネコのしっぽ。
「本当の私を知る人は、私のことをレムリアと呼ぶんだ」
 船……それは彼女が隠密裡に活動しているボランティア団体が所持する飛行帆船である。平沢はそれを見かける機会があった。見えてはならない存在なので、訊かれない限り説明するつもりはなく、黙っていた。
 普通そんなものは存在しない。
「手品師で看護師だよ。その船の中ではね。私の力を必要とする場面はレムリア案件と呼びます」
「そうなんだ……」
「すごいがっかりしてるように見えますが」
 すると平沢は立ち止まり、突如腰が抜けたようにぺたりと膝をつき、彼女を下から上までゆっくりと見上げた。
「大丈夫?体調悪い?」
「いや、打ちのめされてるんだ。こんな、こんな凄い女の子、レベルが違いすぎるって……オレ今、自分がすげぇガキなんだって恥ずかしくて仕方ない」
 ああ、と彼女……以下レムリアと記す……は合点が行った。
 彼にとっての「子供時代の終わり」が今、来たのだ。
「そんなことないよ。ガキ様ならあの状況下で私放り出して逃げ出します。あいつらのようにね。でもあなたは過去を振り切って、トラウマに打ち勝ってカバンを投げて応戦し、バット持って立ち向かおうとしてくれた。過去を聞かせるとか、私を信用してくれないと出来ないことのはず。嬉しかった、ありがとう」
 レムリアは努めて優しい声で、語りかけた。
 すると……野球部応じたイガクリ頭で無骨屈強な体格である彼の目から涙がポロポロ。
「あれ……何でオレ泣いて……ごめんみっともねぇ……でも……止まらないんだ何これ……」

(次回・最終回)

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【理絵子の夜話】禁足の地 -10-

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 示唆に従い理絵子はリボンを引っ張り、肩に担ぐようにして腰をかがめた。柔道の一本背負いの身ごなしと書けば手っ取り早い。
 彼の身体が泥濘から引き出されたその時。
 大地震すら忘れてしまう驚愕が一同を捉えた。
“腕”が地中から生えるように伸びており、彼の両肩を背後から掴んでいた。
 そのまま彼と共に引きずり出されたのは、その黒い泥で作った人形のような人体であった。目を見開き、しかしそこには眼球はなく眼窩の空洞のみがあり、口を開いたその表情は苦悶の絶叫を思わせる。
 断末魔の姿をたたえた黒い泥人間が背後から男子生徒の肩をわし掴みにしているのであった。
 湿潤な環境で腐敗を免れ“蝋化(ろうか)”した遺体。
 凝視すればトラウマになる。
 念動力が欲しい、理絵子が願った刹那、何かが、蝋の腕を上から下へたたき切った。
 日本刀の切れ味であり、その刃が風切る音が聞こえたかも知れぬ。蝋化遺骸は背中へ向かって倒れ、再び泥濘に没し、切り跳ねられた腕はくるくる回りながら草むらの彼方へ飛んでいった。
 どーん、と遠雷のような振動音と共に事象の全てが戻る。地震が収まり、驚いた鳥たちが鳴きながら飛び回っており、全身泥跳ねだらけで足首まで埋まっている自分たち4人がある。
「何が……」
 男子生徒は理絵子に問うた。ハァハァと肩で息をし、その肩を見、手指の形に付いた泥を撫でさする。『詳細は把握していないがとてつもなく怖い経験』であったとみえ、額には泥で汚れた玉の汗。
 理絵子は軽く息をつき、
「ここが禁足地なのは、二酸化炭素がたまっていて、安易に近づくと死ぬから。あんたは倒れた時、遠い昔その犠牲になった人の身体の上に載ってしまったのだよ」
 理絵子はくしゃくしゃで泥だらけの髪の毛を手で梳いて風に流した。
 リボンを見る。絡みついてる茅の葉っぱ。振り回して巻き込んだか。
 いや違う。理絵子は真相を知る。茅の葉っぱはメッセージ。
 刃となり彼を救ったそれは茅纏之矟(ちまきのほこ)。
 アメノウズメが天岩戸で踊った時の小道具。もちろん、本当に茅で矛をこさえたところで人体を切れる強度を持つわけではない。

次回・最終回)

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【魔法少女レムリアシリーズ】彼の傷跡 -07-

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 彼女は“企んでる魔女”の笑みで見捨てられた男達を見回した。
「あいつは女だから手加減してやった。だが、お前らはそうはいかない。私は友達を傷つける奴は絶対に許さない。卑怯の塊が女にヘラヘラしてるとかゴキブリのクソほどの価値もねぇ」
 バットを振り上げる。
「わああああああ!」
「ごめんなさい許して下さい。言われてやってただけなんですぅ」
 なんだこいつら。すると。
「俺、こんな奴らに……」
 おびえていた自分がバカみたいだ。平沢の言葉を補足すればそうなろう。
「裁く権限はあなたにあると思うよ。殴れというなら殴るし、何なら殺してもバレやしない」
 呼応するようにカラスがアーアー声を上げ。
 ツツジの植え込みからするりと現れたのは、赤い斑がいかにもと思わせる毒ヘビのヤマカガシ。
 男達はパニック寸前。何なら3人揃って漏らしそうな勢いだ。
 対して、平沢進は静かに一言。
「いや、俺はこいつらと永遠に会わないで済むならそれでいいよ」
「そう」
 彼女はそれを聞いてバットを下ろした。ただし、その実態重量以上にゴン、と重い音を立てて。さながら鬼に金棒のように聞こえた。
 彼女は立てた金棒の頂部を指で押さえた。
「3秒間、お前達に永遠に別れる権利を与える。私がこの手を離して、このバットが倒れる前に、ここから立ち去れ」
 彼女はバットを舗道に立て、手を離した。
 揺らぐバット。
「123っ!」
「わーっ!」
 わめき散らし、叫び声を上げ、こけつまろびつしながら男達は立ち上がり、不格好に舗道を走って去った。乱雑に舗道が濡れているが、まぁ知ったこっちゃない。
 バットを受け止め、グリップ側を平沢進に向けて、返す。
「お、おう」
 丸い目、もう少し言うと“人間じゃないもの”を見る目で彼女を見ている。
 説明、する必要があるようだ。
 その前に屈強な味方達を開放する。「ありがとね。助かった」これでヘビやカエルは茂みに戻り、カラスはバサバサ飛んで行く。
 ただ、ネコは足下。まるで付き従うかのように。彼女はしゃがんで、そのネコを撫でさすって。“言うべき内容”のレベルと順序を考える。
「ひとつ、あなたに言っておくことがあります。あの者達には催眠術を掛けました。永遠にあなたのことを思い出すことはありません」

(つづく)

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【理絵子の夜話】禁足の地 -09-

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「ここは断層活動の際地下から毒ガスが湧き出す。だから禁足地なんだよ!走れ。いいから走って遠ざかれ!」
 自分の物言いが難しすぎたのだと判ったが、これ以上ここに立ち止まって説明するとこっちがやられる。
 もう知らぬ。二人は手に手を取って駆け出す。程なくほぼ初期微動を伴うことなく大きな揺れが下から突き上げ二人の足下を揺さぶる。大地から天空へ太鼓打ち鳴らすように地鳴りが響く。
「うわでけえ!」
「やべぇ!」
 大きな震動に草本が揺れるのが見え、触れあってガサガサ音を立てる。足下は多分に不安定だが不思議と揺れに翻弄されずに走れる。
 その理由はどこかで見たことがある。地震の揺れが怖かったら足踏みしろ……揺れる電車で歩けるのと同じで、自らも動いているので相殺される。
 金気水が小道を横切る“入口”まで戻る。
 どっちへ……止まった一瞬に後ろから腕を掴まれた。
「黒野!」
 彼らが追いついたのである。
 が、引き抜こうとした足が動かなくなる。どころか、まるで地面に掴まれたように、グッと締め付ける力が足首に加わり、沈み始める。
 液状化である。揺れ動きながら砂を吹き上げ泥濘と化し、自分たちの足を飲み込み引き込んで行く。
 このままだと埋もれてしまう。超常の力を使うしかあるまい。彼らに吹聴されて知れ渡るが。
 すると。
 強い力が脇の下から幼い頃の“抱っこ”の要領で加えられ、自分の身体を持ち上げてくれた。
 ズボッと音を立てて足が抜ける。
 同時に、いや逆にか、自分の腕を捕まえていた彼が、バランスを崩して泥濘の中に仰向けに倒れる。
「うわ!」

-私に力を。

 されどクラスメート。理絵子は髪の毛を結わいていたリボンを解いた。
 このリボンには、よく見ないと判らないが金色のキラキラが織り込んである。
 北欧から死神退散に馳せ参じてくれた神話中の女性戦士の髪の毛である。
 理絵子はむち打つ動きでリボンを彼へと投げた。
 リボンは彼女の手先の一部を成すがが如く作用し、撓って宙を舞い、倒れた彼の手首に鋼の強度で巻き付いた。
 引っ張れば良い。

(つづく)

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