【理絵子の夜話】禁足の地 -10-
示唆に従い理絵子はリボンを引っ張り、肩に担ぐようにして腰をかがめた。柔道の一本背負いの身ごなしと書けば手っ取り早い。
彼の身体が泥濘から引き出されたその時。
大地震すら忘れてしまう驚愕が一同を捉えた。
“腕”が地中から生えるように伸びており、彼の両肩を背後から掴んでいた。
そのまま彼と共に引きずり出されたのは、その黒い泥で作った人形のような人体であった。目を見開き、しかしそこには眼球はなく眼窩の空洞のみがあり、口を開いたその表情は苦悶の絶叫を思わせる。
断末魔の姿をたたえた黒い泥人間が背後から男子生徒の肩をわし掴みにしているのであった。
湿潤な環境で腐敗を免れ“蝋化(ろうか)”した遺体。
凝視すればトラウマになる。
念動力が欲しい、理絵子が願った刹那、何かが、蝋の腕を上から下へたたき切った。
日本刀の切れ味であり、その刃が風切る音が聞こえたかも知れぬ。蝋化遺骸は背中へ向かって倒れ、再び泥濘に没し、切り跳ねられた腕はくるくる回りながら草むらの彼方へ飛んでいった。
どーん、と遠雷のような振動音と共に事象の全てが戻る。地震が収まり、驚いた鳥たちが鳴きながら飛び回っており、全身泥跳ねだらけで足首まで埋まっている自分たち4人がある。
「何が……」
男子生徒は理絵子に問うた。ハァハァと肩で息をし、その肩を見、手指の形に付いた泥を撫でさする。『詳細は把握していないがとてつもなく怖い経験』であったとみえ、額には泥で汚れた玉の汗。
理絵子は軽く息をつき、
「ここが禁足地なのは、二酸化炭素がたまっていて、安易に近づくと死ぬから。あんたは倒れた時、遠い昔その犠牲になった人の身体の上に載ってしまったのだよ」
理絵子はくしゃくしゃで泥だらけの髪の毛を手で梳いて風に流した。
リボンを見る。絡みついてる茅の葉っぱ。振り回して巻き込んだか。
いや違う。理絵子は真相を知る。茅の葉っぱはメッセージ。
刃となり彼を救ったそれは茅纏之矟(ちまきのほこ)。
アメノウズメが天岩戸で踊った時の小道具。もちろん、本当に茅で矛をこさえたところで人体を切れる強度を持つわけではない。
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