【妖精エウリーの小さなお話】翻弄-1-
びゅうびゅうと木枯らしが吹くさなか、道ばたに座り込んでいる女の子がいます。幼稚園にすら行ってないと思われます。水色のズボンと白いカーディガン。髪の毛は風にもてあそばれてくしゃくしゃ。周囲に親御さんと思われる大人の姿は見えません。
「どうしたの?」
私は思わず声をかけました。寒くて座り込んじゃった……などの状態だったら大変です。「虫さん」
女の子は私を振り返るでもなく答え、土の上を指さしました。その小さな指の先には野生のスミレが生えていて、短い葉が2枚だけ、地べたに貼り付くようにしており、そして、その葉を一心に食べている芋虫がいます。
黒い身体にオレンジの筋が一本、黒いとげとげ。
「ツマグロヒョウモンっていう名前のちょうちょの幼虫だよ」
「ちょうちょさんなの?」
女の子は驚いたように振り返り、私を見、びっくりしたように小さく口を開けます。声にならない「あ……」とでもしましょうか。
「お姉ちゃんだあれ?」
「私はね、エウリディケって言います」
「お姫様みたい……」
女の子は私を見上げて、見下ろして、言いました。私の服装は古来トガ(toga)と呼ばれる、白い一枚布を身体に巻いただけの貫頭衣。ギリシャ神話の彫刻で女神が着ていると言えばそのまんまです。
「ありがと。その虫はね、そうやってスミレの葉っぱをいっぱい食べて、大きくなって、サナギになって、そしてちょうちょに変わります」
私は言いながら、危惧を覚えます。
今は11月です。これから季節は冬に向かい、気温も下がって食草……スミレ類も少なくなります。
私は手を伸ばし、幼虫のとげとげに触れました。とげ……と書きましたが、実際には針やとげのように固いわけではなく、プニプニした感触です。ぱっと見は毒虫に良くある姿、擬態の一種なのでしょう。
幼虫は食事を止めました。
〈妖精さん……ですか〉
喋ったわけではありません。そういう意思を持ったことを私が感じ取っただけ。食うのに忙しいのに何か用か、的なニュアンスを感じます。
そして、説明が遅れました。私は妖精族だから昆虫たちと意思疎通ができます。人間さんの世界における任務は動物と昆虫たちの相談相手。要するに人間さんのそれが天使に対する役割分担。
〈私はニンフに属すエウリディケ。食べ終わったらどうするの?〉
食べてるスミレは葉っぱが2枚に花一輪。後数分で食べ尽くします。
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