【妖精エウリーの小さなお話】フォビア-2-
「ママ寒いよ」
幼い男の子の声。
「しょうがないでしょ。虫なんか気持ち悪いし、どんなバイ菌持ってるか判らないんだよ。ゆう君のアレルギーがもっと悪くなったらどうするの」
テレパシー能力あるわけですが、意図せず使わずとも、状況は理解できます。お子さんのために虫が出たら即座に煙殺虫。
「はくしょっ!」
男の子がくしゃみをしました。私は反射的に飛び出していこうと身体を動かしました。
その瞬間。
「虫!」
若い母親の視界に私の装束がひらり動く姿が映ったようです。まるで早撃ちガンマンのように殺虫スプレーが手の中に現れます。
「リクラ・ラクラ・テレポータ!」
呪文。
「えっ?」
私の声と共に、パチンという風船の割れるような音が聞こえたはずです。
テレポーテーションの呪文。私たちがその場から消えると“真空”が発生するので、周りの空気が一気に流れ込み、音が出るのです。
私たちは屋根の上に移動しました。シューシューと大量の薬剤が撒かれます。屋根の上にも回ってくるのは時間の問題。
私は身体のサイズを人間さん並に変え、手のひらにアシダカグモを載せ、背中の翅で舞い上がりました。
「げほげほ……ママ苦しいよ」
「ゆうくん!どうしたのゆうくん!!」
殺虫剤は要するに“毒”です。人体には“大量に浴びなければ”影響が無いだけ。
〈これだけ離れれば充分です。下ろしていただければ〉
と、クモ。それは中空で自分を放り出してかまわないの意。自転車置き場はアパート敷地の端っこにあって、そこはツツジの植え込みが続いています。そこへ適当に飛び降りる。
〈ありがとう〉
私は彼女を送り出しました。8本の足を目一杯広げ、まるでモモンガのように宙を滑って行きます。糸が尾部から銀色に伸びて行きます。
糸から伝わる“移動”の感覚が消えたのを確認すると、私は自転車置き場に降り立ちました。
もやのように立ちこめる殺虫剤……いえ、これはエアロゾルで巻き上げられたこの場の塵埃も含まれる。……錆びて剥がれた金属粉を大量に含んだ。
男の子が目を手でこすろうとする。
「だめっ!」
私は母子が驚いて飛び上がるほどの声で制止し、男の子に飛びつき、抱きついて転がりながら、その場から外へ出ました。
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