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2023年9月

【理絵子の夜話】城下 -05-

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 なんじゃそら。ええいキリがない。
「いいかげん恥ずかしいので本題に入っていいですか。てか、仕切るの私?」
 理絵子は促した。
「え?あ、ごめんごめん。えーと」
 長坂がリュックを下ろして中から遊歩道の地図を出して広げる。
「基本的にはこの“1号路”の途中から分岐している城址周回コースに行きます。ぐるっと回っているので、リアルタイムで狂いが出ないか見るほか、真北を基準に16方位各所で磁針の振れと伏角(ふっかく)、それと」
 スマートホンを取り出す。
「環境音を録音します。変な音や、音は無かったのに後から聞いたらノイズが入っていたとか、そういうことは起こらないか」
「伏角ってどうやって測るの?そもそもコンパスの針って伏角考えてバランス取るように作られてない?」
 理絵子は聞いた。方位磁石は地球の南北を最短距離で示そうとするので、日本で使うと地面に突っ込む方向を針が指す。その角度が伏角だが、これを防止するため北側が軽く作ってある、はず。
「うん、なので、バランスが崩れた分を測る予定。水平器で水平取って、その上に載せて写メ撮って後でパソ画面上で確認」
「あのー、何言ってっか全っ然わかんないんだけど」
 軽薄、と言って良いだろう、ニヤニヤした顔の当麻に長坂がキッと強い目を向けた。
「イヤなら帰っていいよ」
 当麻の口が小さく開く。衝撃と驚愕がテレパス娘たちの心を捉える。
 それは自ら意に反した強い言葉になったようだ。長坂は言ってから自分の態度にハッと気付いたようで、一旦その目を見開き、小さく笑った。
「ごめん」
「え、いや、ちょっとびっくりしただけ」
 真面目に話していたところを小馬鹿にされて怒った。長坂の反応を説明する文言はそうなろうか。いわゆる“男のデリカシーの無さ”としておく。
 ともあれ、各自説明に納得し、地図等を仕舞い、方位磁針、およびスマートホンのコンパスアプリを起動して出立する。まずは尋常にハイキングコースを上がって行く。そこは山頂の山小屋や展望台へ物資を届けるトラックも通れるよう、コンクリートで舗装されており、山道という趣は無い。町中同然の服装、足下の人々が歩く中、リュックも背負って少し“ガチ”っぽい彼らは目立つ方。最も、しっかり登山靴を身につけ、練習かあるいは山頂から遥か大阪箕面(みのお)まで続く自然歩道を跋渉という感じの方は稀に見る。
 5分も歩けば勾配がきつくなり、程なく九十九折りの区間。
 小さな男の子が親に引っ張られ気味。
「まだ?」
「歩くって言ったのはよう君でしょ。まだまだまだまだだよ」
「え~!」
 標高にして何十メートルも登っていないのではないか。

(つづく)

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【理絵子の夜話】城下 -04-

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 日曜日。
 件の城はハイキングコースに組み込まれており、応じた距離と標高を徒歩で跋渉せねばならない。スニーカーにナップザックで麓のケーブルカー乗り場に集合。
 そこは私鉄の終着駅から200メートルほどで、沿道両脇はお土産と食べ物のお店がずらりと並ぶ。
 理絵子は登与と共に終着駅に降り立つと、その200メートルを歩いた。動きやすさを考えジーンズにTシャツであり、念のための防寒として学校の体育ジャージ上下をザックに入れてある。髪の毛は普段緩く結わえて背中に流しているが、9月の日中を活動するのでポニテにして首から離した。日よけに野球帽。
 他方、登与は同じくジーンズにTシャツだが、髪の毛は長いまま。何か感じると髪の毛が反応するからだという。その姿は麦わら帽子と相まって透明感あふれる夏の美少女といった案配になり、道行く人目を見開いて止まることなし。
「嫉妬」
 理絵子が呟いたら登与は笑った。
「学校一は黒野さんが定評……しかし、“成り行き上真面目に調べることになりました”って気がするのは私だけ?」
 シルクでクリスタルガラスに触れるような、柔らかく透明な声で登与は言った。
「私たちが関与しなかった場合の未来が見えない。それはそれで怖い。ひっくるめて罠かも知れない。登与ちゃんは何か?」
「お誘いを受けて乗っただけ。それはそれで天の采配なのでしょう。出来ることをできる限り」
 会話しながら歩く二人に対し、道行く人は振り返り仰ぎ見、目を見開き、そして二人に道を空ける。……こういう、意図せぬ、しかし結果として至れり尽くせりが、理絵子にもまま生じるのだが、だからって遠慮しても無意味なので素直に乗っかることにしている。
 果たして人々が道を空けた先、ケーブルカー駅前の広場に、長坂・当麻両名は到着しており、あきれた顔をして二人の到着を見ているのであった。
「黒野のモーゼ現象を初めて見たよ」
「なんじゃそら」
 当麻のコメントに理絵子は苦笑した。この道空け現象が学校でも時折生じるのは認識していたが、それを旧約聖書でモーゼが歩くと海の水が退いた……になぞらえて命名されたらしい。
「写真撮っていい?」
 これは長坂。
「二人立って太陽が照らしてるだけで絵になるってなんなん」
 否定も肯定もする前にスマートホンでパシャリ。
「壁紙」
 当麻に見せる。
「アニメのDVDのパッケージみたいじゃん」

(つづく)

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【理絵子の夜話】城下 -03-

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「え?」
「えっ?」
 その名を出したら二人の瞳が見開かれ、眉根が曇り、拒絶と恐怖が表情に表れた。
 前述した怪奇事件の当事者である。霊能者を公言し、魔方陣をこさえて悪霊を召喚した。
 女の自分が見ても目が勝手に追いかけてそのまま離せなくなるような美少女だが、霊能駆使して言い当てをするので怖がられている。ちなみにその悪霊は他ならぬ理絵子に対してけしかけられたものだったが、和解してしまえば最高の理解者。
「彼女ガチの霊能者だし」
「それは……」
「そのくらい怖いことに首突っ込もうとしている自覚はある?イヤならお断り。二人で行くならご自由に。それこそ五感が何かおかしくなった時、頼れるのは第六感だけだと思うけど」
 ああこの選択肢は用意されたものだと理絵子は知った。天啓・示唆という奴だ。
 二人の間で興味と恐怖が逡巡を織りなす。ちなみにこの時点で当の高千穂登与は気付いている。自分と常時テレパスでコンタクトしていいよとしてあるので(応じて孤独な立場であるため)、そのチャネルを通じて状況は伝わっている。
「黒野さんひとりでは?」
「怖いもん」
 妥協を蹴る。実際には自分は密教・神道系の流儀やら呪文(真言)に近しく、比して彼女はロザリオをお守りにしている。二人がかりの方が万全というのが真意。
 戦国時代の城だからこそ、である。魔は魔だ。いかに裏を掻くかを考えたら、和風である必要はどこにも無い。
 果たして長坂が目を閉じてうーんと唸り、見開いた。
「判った。高千穂さんも一緒に」
「え?知(とも……)」
 断を下した長坂知に当麻が驚いて目を向ける。
「マジか?」
「二人とも来てくれるなら安心じゃん」
「おう……そうだ、けど」
 そこで理絵子は小さく笑って見せた。
 何のことはない、当麻には“知と二人きり”という下心があったのだ。
「別に女三人で行ってもいいけど」
 意地悪。
「あ、いや、いいよ。行く行く。背丈や力仕事が必要なことだってあるかもじゃん」
 彼の身長は172センチ。
 思惑と駆け引きを全部見ている自分に若干の嫌悪。
「最後の確認だけど本当に行くのね?ただし、普通に遊歩道とその周辺に限るよ」
 若干、嵌められたのは自分だという気もするが。

(つづく)

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