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2023年10月

【理絵子の夜話】城下 -07-

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 追いかけて走り出す。ハイキングコースは橋を渡るが、その先が暗がりだったのが避ける心理を呼んだか、橋の手前を右に向かってしまう。
 そこは道ではない。
「おい知!知ってば!」
 追いかける声も足音も、木立に吸い込まれるように消えて行く。
「あらまぁ」
 残された二人は同時に同じことを言った。
 とりあえずキョトンとして見えるトラブルの“張本人”、黒緑に輝くアオダイショウを見やる。
「君のせいだぞ」
 舌をペロペロ。ヘビを忌避する向きは多いが、トカゲと顔立ちは同様である上、アオダイショウはどちらかというと臆病な類い。ただ、大型の生き物であることも手伝い、知性の光をその目に宿す。
 そして、この蛇は、古来ヘビに託されたとされる伝承と同様、偶然落ちてきたわけではない。
 “神の遣い”だ。
「腕に巻き付きなさい。日が暮れる」
 理絵子は2メートルはあろうかという堂々たる大蛇の胴体を持ち上げると特に抵抗しない。
「重いよあんた」
 マフラーよろしく首に掛け、左腕に首、右側に尻尾。
「アスクレピオスみたい」
 “へびつかい座”星座絵に描かれる医学の神。応じてWHO(世界保健機関)の紋章は蛇がモチーフ。
「私おとめ座だし。で?どっち?御遣いさん」

「とりあえずそっちでしょ」
 言わずもがな走り去った二人の方向。
「道案内してよ。あー黄色いの出しちゃダメ!あたし怖い?」
 アオダイショウは恐怖を感じると特有の臭気を有する黄色っぽい体液を分泌する。

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(アオダイショウの幼蛇。赤丸内が分泌液)

「マーキングかも」
「所有物って?恐怖マンガだね」
 さて橋を逸れて続く川沿いの道に見える構造物は、自然堤防と書いた方が適切か、適度に泥濘んでおり、彼らのものとおぼしき足跡がハッキリ確認できる。
 が、100メートルほど進んだところでざぁざぁと水の流れる音が聞こえ始め、程なく小規模な滝に出くわして足跡は途切れた。
 目に見えぬ門で閉ざされたかのようなそこに、途方に暮れたような背中があり、彼女らを振り向く。
「ああ、黒野……何それさっきの蛇じゃんよ!」

(つづく)

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【理絵子の夜話】城下 -06-

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 親子を追い抜かし、九十九折りを上ること4往復くらい。
 視界が開け、麓の木立の向こうに、多摩地域、更に都心のビル群が霞んで見える。なるほど見通しがきくのは城の立地に適すであろう。
 ここに分かれ道。標識があって、そのまま山頂へ向かうか、城の周回コースに入るか。
 超感覚は何の反応も示さない。
「記録、磁針アプリ、方位磁針共に正常。午前9時15分」
「はい」
 当麻がノートに記入する。
 小型のカメラ三脚を取り出し、地面に据え、カメラ設置台(雲台)が半球形で自由に動くのを利用し、油滴式の水平器を載せ、水平を取って方位磁石を載せる。
 針をスマホで写す。
「記録終わり」
「では、出発」
 山頂に行く人の数を100とすれば城址を目指す人は5人位。
 木立に覆われて日陰になる。前にも後にも人影はなし。それは往事、城の姿を都合良く隠したであろうと判断される。
「急に寂しい感じ」
 長坂が呟くが超感覚は何も言って寄越さない。程なくコンクリート舗装が途切れ、沢を渡る木橋から先、広がって歩くような道幅ではない。
 先頭より長坂、当麻、高千穂、しんがりが理絵子。
 人の声が無くなったせいか、砂利と落ち葉を食む靴の音が妙に大きく響く。
 立て看板。コースの案内。城址をぐるり回る歩道と、天守閣跡へ上がって行く階段の位置。下の方に城の経緯。北条氏が武田氏が。
 そして怪談の所以、殲滅戦を目指して女子供も皆殺し。付近の水場が数日血に染まった。
「エグいな」
 当麻の感想。
「というのを、遊び半分に扱っているのが当の肝試し連中ってこと」
 長坂がコメントした直後、風がさーっと吹き渡り、周囲に人影が無いこともあって、“何か”を意識させる事態になったのだが。
「単なる偶然」
「はいはい行きますよ」
 理絵子と高千穂が促したその時、どさっと上から落ちてきたロープ。
 否。
「へびっ!」
「!!」
 当麻が指さし叫び、長坂が悲鳴を上げ、そのまま猛ダッシュ。
「ちょ、お……」
 当麻が腕を伸ばすが、バネで弾かれたように走り出した長坂は数メートル先。
「知!」

(つづく)

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