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2023年11月

【理絵子の夜話】城下 -09-

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「うわっ!」
 彼は驚いて尻餅をついた……のだが、それが視界と視点の変化をもたらし、“滝”の見え方を変えたと二人は気付いた。
「上から見ると深そうに見えたけど斜めから見るとそうでもないな。ってか、寒い」
 理絵子と登与は顔を見合わせた。二人の身長は150センチ台前半。
 目の位置と角度で見え方が変わる、なにがしか、“だまし絵”的な地形、岩等の配置になっているのだろうか。
「でも、飛び降りるには高すぎる……どうやって降りたんだろう知……」
 問題は降りる方法。長坂は自分たちより運動神経がある方だと思うが、パニック状態で木の根を伝って降りるという冷静な判断が出来たのだろうか……。
「これ、階段だよね」
 と、しゃがみ込んだ登与が指さす。しかし理絵子には見えていない。
 二人で違うなら霊的なものではない。理絵子は同様にしゃがんでみた。
 当麻の言った“寒い”の意味を知る。しゃがむと氷穴のような冷たい空気にさーっと包まれる。
 かくしてその冷たい空気の中に身を沈めると、崖状に見えた部分は、勾配こそ急ながら、明らかに人造とおぼしき階段がしつらえられ、踏み板代わりの石が敷いてある。
「これは……」
 二人は顔を見合わせ、立ち上がった。ある高さまで視点が上がると階段は途端に平面状の板の重なりに見える。それは湯船で水面直下の指が短く見える現象を思い出させた。あるいはグラスに挿したストローが飲み物と空気の境目で折れ曲がって見える。
「屈折?」
 立ったり座ったりしてみると、階段が見えたり見なくなったり。
 温度の違う空気のせいか。自分たちの腰の高さに存在する光学的境界線。
「なるほど」
「そういう見立てで良さそうだね。上下混ざるとハッキリしなくなるし。酸素が薄いとかないよね」
 命の危機があれば超感覚がそうと囁く。
 立ったり座ったり、あげくにニヤニヤ笑う二人に当麻が当惑。
「あの……」
「まぁ、私らに付いてきな」
 彼は寝そべらないとその現象は生じないだろう。説明するのも面倒くさいので二人はそのまま階段を降り始めた。
「黒野、お前消えてくぞ!」
「来れば判るよ、おいで」
 まるで幼い弟である。二人が“消えた”せいか心細くなったようで、遅れて足が伸びてきた。
「え?足が付く」
「だから大丈夫だって」

(つづく)

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【理絵子の夜話】城下 -08-

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 当麻は近づいてこようとし、眉間に皺を寄せ、足を止めた。ヘラヘラした男であるが蛇は苦手らしい。防空識別圏のようなモノを設定したと判じる。
「懐かれてしまってね。置いておくと後から来た人が驚くだろうし。んで?知ちゃん見失ったと」
「え?あ、うん」
 当麻はしょげた。格好いいとこ見せたかったのだろうが真逆。
「下は?」
 滝の下。上にいなければ下を探すのが道理だろう。
「見た限りでは見つからないんだ」
「見えないだけかも知れないじゃん」
「どうやって降りるんだよ」
「へ?」
「え!?」
 理絵子はそこで彼我に認識の違いがあると理解した。自分にははみ出た木の根をロープ代わりに降りて行ける程度のところに、滝から落ちた後の川の流れが見えている。
〈彼にはそうじゃないよ〉
 登与からテレパシー。
 華厳の滝とまでは言わぬが飛び降りたら死ぬ程度の高さに見えているよう。
 違いをもたらしている因子は。
「お前か」
 理絵子は蛇を見た。
「登与ちゃん連れてってもいいか」
 舌をペロペロ。……示唆。その気があり勇気があるなら私に触れよ。
 それは“お告げ”なのだが、自分が言ってもいいものか。
〈ああ、私が。霊能者ですから〉
 登与は当麻に向かってビシッとばかりに指さしした。
「な……」
「真面目に聞くかどうかは君次第だ。蛇神様からお告げを頂戴している。君が彼女を思うなら我が身に触れて勇気を示せ。ならば再び並び歩く日が来る」
 感情を殺した声で上意下達。巫女の託宣。バッチリ決まったと理絵子は思った。最も、彼が同行するがするまいが自分たちで行くだけなのだが。少なくも彼がここで逃げ帰ればこの二人の未来は無い。因果律。
「マジか……」
 逡巡。ただ、考える時間を与えるほどヒマでは無い。
「んじゃ私ら行くから」
「わかった。わかったよ。触ればいいんだろ」
 果たして防空識別圏を越えて伸びてきた指先にヘビの尻尾を差し出すと、
 指先でチョイ。
「冷たっ!」
 氷にでも触れたように指を引いた途端、ヘビは鎌首をもたげ、口を開いて威嚇。

(つづく)

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