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2024年3月

【理絵子の夜話】城下 -18-

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「知!」
「知ちゃん!」
 彼女らの所作は“キャッチャーフライを捕らえに行ったキャッチャー”と書けば最も近い。要は滑り込みながら当麻の背中が地面に落ちないようにした。
 が、理絵子の背中のヘビが一瞬早い。その長い身を駆使して長坂知の頭にターバンの如くクルクルと巻き付き、地面への激突から保護。
 ただ、「動物の肉体が地面に衝突する音」は発生した。
「くっさあああい!」(臭い)
 絶叫を上げたのは長坂知である。時系列的には当麻が転倒し、しかし長坂知は彼の背中で蛇が巻き付いていたので頭を打つなどは回避。ただしヘビの方が身体に掛かったストレスの反動で“臭腺”から臭い物質を放出。これが気付け薬のように作用して長坂知が意識を回復。
 可能な範囲で手足を動かしているのであろう。礫や小石がガラガラこぼれる音が暗闇に聞こえる。
「え、ちょ、なに、動けない。暗い。どうなってるの?」
「落ち着け知」
 これは当麻。彼は背中の長坂知に自分の体重を掛けるまいとしてどうにかうつ伏せになっている。
「どうやって!」
 長坂は金切り声に近い。暗闇で束縛されていればパニックにもなろうというもの。
「知ちゃん落ち着いて。私たちは閉じ込められました」
 あ、しまった。“見えて”いるのは自分だけだ。
「黒野さんまで!」
「状況を説明します。あなたが蛇にびっくりして迷い込んだのは、築城当時からの道のうち、荒廃して忘れられた道の一つです。その中にここが修験道の道場として行基菩薩によって開かれたものに繋がっていて、私たちはそこであなたを見つけ、当麻君があなたを負ぶって戻る途中、地震に遭遇して土砂崩れに遭って生き埋めになりました」
 理絵子は説明しながら悲惨な物言いになっていることに気付いた。
 が、本当に悲惨なことになるという予感はない。いわゆる予知能力は持たないが因果律に従うものは判る。
 背後で動くもの。アオダイショウ。
 背後の積み上がった岩やがれきの間をその身を駆使して登って行く。すなわちこの向こうに到達できる空間がある。
 パラパラと小石が崩れ、彼、が隙間に身をねじ込ませようとしているのが判る。つまり、
 このがれきの山は崩せる。
「当麻、知ちゃん下ろして手伝って」
 理絵子はスマホ内蔵のLEDランプを点した。
 ヘビが影絵の要領で岩の崖に大写し。
「……!」
 大蛇の影に長坂知は再び失神。

次回・最終回

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【理絵子の夜話】城下 -17-

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 蛇は身体を伸ばすが降りて逃げようという素振りはない。それは「一緒に早く行こう」なら納得の所作。
 理絵子は気付いた。
 急げという示唆の正体。
 守り神がここを離れようとする意味。
「当麻、可能な限り早足で行け。ここは危ない」
「判った」
 わずかに残った水をパシャパシャ歩いて反対側へ渡る。そこは細く、わずかでもバランスを崩したら落ちそうだ。理絵子と登与は前後に別れて当麻を引いて押した。
 左方崖下に件の石が黒光りしている。その周りにはおびただしい数の動物の骨。拠らず生き物近づけば同様に神経系狂わされて死んだのであろう。犬っぽいもの、人間、人間を小型にしたようなものは猿か。
 トンネルへ入る。
 3人は一瞬、足を止めた。何事もなく行き過ぎるなど不可能。なぜならトンネルの両壁にはおびただしい数の棺が並べられている。
“墓所”さもありなん。ただ、木製で水のそばなので殆どが朽ちており、一部お骨が見え隠れしている。
「当麻、怖いか」
「そんな余裕ねぇ」
「上等だ」
 理絵子は、応じ、知る。
 地震が来る。
 地鳴り。およびわずかな震動。肩口の蛇が再び身を伸ばす所作。
「地震が来る。走るぞ」
「おう」
「判った」
 理絵子は当麻の手を引き、登与が背中を押す。
 ゴゴゴゴ……月並みな書き方であるが、轟音を伴う震動が発生し、3人を下から突き上げる。土煙が舞い上がり、視界が徐々に塞がれて行く。
 でも、理絵子には全部映像として認識できている。超視覚。透視能力に近いのかも知れぬ。
 上下に揺れながら、着いた足を下から突き上げられながら、3人は走る。理絵子は己の“見える”がままに彼達を導く。岩をうがち、敷き詰められた砂利を鳴らして……それは湿度がもたらす泥濘を抑えるが目的であろう、古き隧道をつんのめりつつ走って行く。
 一瞬の躊躇も許されない。一瞬速度を緩めて振り返ることすら許されない。伊弉諾尊のようにギリシャ神話のオルフェウスのように。
 応じて走ったつもり、だが。
 ドーン。落雷のそれににた大きな崩落の音がし、同時に3人は突き上げられて次の瞬間、つんのめって相次ぎ倒れる。

(つづく)

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【理絵子の夜話】城下 -16-

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「行けそうだ」
「さすが男の子」
 理絵子は言い、彼の眼差しが変化していることに気がつく。男性本能の発露という奴だ。ジェンダーフリー思想?バカか。
 彼は軽く笑みを見せ。
「変なこと言っていいか。女の子の重さって豪華だな」
 使命を得た男の感想であろう。理絵子はニヤッと笑って返した。
「女の価値って奴だよ。さておき、旦那方、彼女を丁重に扱って戴きありがとうございました。私たちはこれで」
「ああ理絵子様どうかどうかここのことはご内密に」
「言いませんよ」
 来た道を戻るのは苦痛と考え、集落を西の方へ歩き出す。道ばたの水流は次第にその速度を増し、やがて前方より滝の音。
 右手にねじハンドル式の木で出来た水門がある。滝の下にその気狂い石があり、この水門で水流を制御する。
「止めますだ」
 T字型のハンドルを回すのだが、ひどく重そうだ。めったに使わないのであろう。
 理絵子は手を貸した。念動使えるわけじゃないが、それでスムーズに動き出すという示唆がある。理絵子が触れただけで自ら意思を持ったようにくるくる動き始める。
「おお、おお……」
 ああ、と理絵子は納得する。今の所作で自分は法力使い……イコール超能力者だという認識がこの男性に宿った。
 万が一にも裏切る逆襲の類いを働くと天罰。
 ギイギイと音を立てて水門が閉じられ、滝の音は聞こえなくなった。
 村落の末端に達する。水門と滝の間の短い流れを横切る必要があり、その先は崖をうがったトンネルになっている。水門を開いておけばそのトンネルは隠されている。
「この隧道は、行基(ぎょうき)様ですか」
 理絵子は男性を見て言った。行基。行基菩薩とも。密教僧であり、この山を修行地として開いた祖であり、あちこちにこの手のトンネルを手堀りして信仰の道を作ったという。
「へぇ、へぇ。さようでございます……理絵子様は何でもお見通しだ……」
「ここを通って行けばいいですね」
「へぇ」
「では、この先我々だけで行きます。ありがとうございました」
「いえいえそっだら……祟らねぇで下せえ、祟らねぇで下せぇ」
 両手を合わせて伏し拝む。さてここで理絵子は肩乗りヘビと化した蛇神様を下ろそうとしたのだが。
「戻っていいのよ?」
「送り狼の代わりのつもりみたい」
「でもあんたここの守り神じゃない……え」

(つづく)

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