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2024年7月

【理絵子の夜話】空き教室の理由 -013-

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 深刻な内容、だからこそリラックスが必要である。
「借りますよ」
 返事も聞かずにコーヒー豆の袋を開ける。調理には使われていない風の台所であるが、コーヒーだけは飲んでいるようであり、豆は新しい。多く教員は仕事を持ち帰って深夜まで、と聞くが、そういうことなのであろう。
 カップを勝手に棚から取り出し、コーヒーメーカーの電源を入れ、付属のミルで豆をやや細かく碾く。その方が香りが強めに出ると思ったからだ。
 ミルのガーガー大きな音に、担任がハッとしたような顔を見せて理絵子に目を向ける。
「……あ、ごめんね。私ったらお茶も出さずに」
「気にしないでください。今先生に必要なのは気を遣わないこと」
 理絵子は言い、行きつけの、しかし学校には出入りを禁止されている喫茶店“ロッキー”マスター直伝の方法で碾いた豆を仕立てる。
「いい匂い…。あれ、それってこんないい香りしたっけ」
 担任は立ってキッチンへ来た。
「同じものでも自分が手を動かすかどうかで違ったりしますよ。おいしいと思っていた店のカレーがよく知るレトルトの業務用だった、とか」
 理絵子は言った。熱せられて滴る雫が、漆黒の細片を経て琥珀色の輝きに変わり、フィルタ紙の先端から耐熱ガラスのポットに溜まって行く。
「あなたはやはり普通の子と相当違うようね」
 感慨深げに、担任は言った。
 理絵子は一瞬身体をびくりと震わせたが、聞かなかったことにした。そういう見方は教員が示すべきものではない。一旦そういう考えを持つと無意識裡に出て来てしまい、生徒は生徒で敏感にそのことに気付く。
 何も言わない。ポットに溜まったコーヒーを機械に少し温めさせ、カップに移す。

つづく

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【魔法少女レムリアシリーズ】アルカナの娘 -08-

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「相原さんは、私に昔、霊能があったと言ったら、笑う?」
 カップの王というのは、小アルカナに属し、人間関係を大切にする……などの示唆を与える。
 応じた重い告白が始まると彼女は理解した。まっすぐに神領美姫の目を見る。
「いいえ。科学を超えた力やエネルギは、科学で検出することは出来ません。だから、科学で理解できないからと言って、ないと言い切ることはできないと思います。そしてあなたは今、多分、誰にも話したことのない、重大な秘密を告白してくれようとしています。それを私は笑ったりしません」
「わたし……」
 物心ついた頃には、誰が何を考えているか、自分に対してどんな感情を抱いているか、“顔を見れば判る”状態だったという。
 つまりテレパシー。それは持てるならば羨ましい能力とされるが。
「みんなが、私を、気持ち悪いって、避けてるのが判った。嫌いなのに先生に命令されて無理矢理仲のいい素振りをしているのが判った。気持ちが針みたいに、棘みたいに、どんどん、どんどん、刺さってきて、幼稚園に行けなくなった」
「判るのは、いいことばかりじゃない。むしろ、知らなければ幸せだったことも判ってしまって、辛いばっかり」
 神領美姫は頷いた。
「しかも、誰も理解してくれない……違う?」
 首肯再度。そして。
「だから、自分で何とかしなきゃって思って。そんな時、占いってのを知った。これなら、逆にみんな判っちゃうことが活かせるなって」
 小学校に上がって程なく、占いの当たる子と評判になったという。ちなみに彼女姫子は幼少期日本におらず、幼稚園から小学校に上がることで何が変わるかピンと来なかったが、多く幼稚園は私学であり、同じ幼稚園だから同じ小学校へ行くと限らず、逆に違う幼稚園の子も来て、要するに“シャッフル”されるのだと理解した。ならば、“変な子”の先入観を持たれる確率も下がる。
「それで、感じた結果と辻褄の合うカードを示すようにして、占いの結果ということにした、と」
「うん、でも、小学校高学年になって、どうしようもないことが起きた。仲の良かった友達が、男の子を好きになって、成就するかと。でも、相手の男の子にその気はなかった」
「イエスともノーとも答えられなかった」
「ううん、嘘をついた」
 姫子は思わず目を見開いた。つぶやきに混じる重い後悔。
 神領美姫は机上に並んだ彼女のタロットを手に取り、大アルカナの〝力〟を示した。獅子を手懐ける女性が描かれており、忍耐強く取り組め、みたいな解釈を取る。

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(Wiki)

「正位置で提示したわけだ」
「うん、で、彼女は速攻コクって、当然ダメで、私を嘘つきとひどく罵った。その瞬間、私は、何か“がしゃん”って壊れた気がして、もう、何も判らなくなった」
「エスパー突然消えちゃった」

(つづく)

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【理絵子の夜話】空き教室の理由 -012-

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 よくあるパターン、理絵子はその話を耳にした時はそう思った。立ち入り禁止の“理由付け”が創作を生んで伝説化、はあり得ると思ったのだ。
 だが、そうではないらしいとすぐ訂正した。超感覚が囁いたのである。内容は変わっているが出発点は事実であるらしいと。
 そして同時に、だからって首を突っ込むべきではないとも知る。この辺一連の心理情動は、良心による自制、に感覚的には近いと書けようか。自分がその筋の能力を持つが故に、好奇心を起こしてはならないと悟ったのだ。ただこの時点では、自制した理由が“既に済んだ話”であり、人の死を弄ぶようなことは慎むべき、であるからか、
 まだ触れるべきではないからなのか、判らなかったが。
 今言えることは、その答えはどうやら後者であり、その自制の封が今、この教員によって切られようとしている、ということだ。ちなみに、4階への表向きの立ち入り禁止の理由だが、遊びに適する広いスペースに、イタズラされると困る高額或いは危険な備品を揃えた部屋が並んでいるから、である。音楽室のグランドピアノ。理科室のガスバーナー。確かに目が届きにくい場所だし、個々に見張るよりは4階自体に行くなとした方が管理はしやすい。それはそれで理屈として成り立つ。ただ、教頭がシャカリキになって監視しているので、4階へたどり着くことをゲームに仕立てようとした向きも過去にはあったようである。現在ではwebカメラで監視しており、カメラが何か動きを拾うと、教頭の携帯にメールが飛ぶらしい。
「私、生徒を死なせたことがあるの」
 担任はまず、そう言った。
 しかし、続く言葉がなかなか出てこない。
 重すぎる、あまりにも重すぎる内容の告白である。急くものでもないし、かといってこちらから拒否するべきものでもない。
 ただ、それを話す担任の心理は、自分を責めての挙げ句であり、決して良い状態ではない。要するに思い詰めすぎなのである。
 少し変えたい。理絵子は室内を見回し、キッチンの棚にコーヒーメーカと豆があるのを発見し、立った。

(つづく)

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【理絵子の夜話】空き教室の理由 -011-

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 ちゃぶ台に流れ落ちる滴の量が今ひとたび増加する。
 自分を責める。心理状態としては“鬱”に近いのだろう。
 こういう心理構造の遠因は生い立ちに求められる。「早くやれ、もっとやれ」とド突き回されていたゆえに、一緒に……とか、協力を得て……という経験がなく、全て自分のせいなのだ。
 結果、失敗は敗北して傷つくのみであり、それを教訓としてココロの糧……にならない。前後ひっくり返して失敗を恐れるようになり、自信が持てない。
「そんなことないですよ」
 理絵子は明るく言った。
「本当に嫌われているなら無視されます。でもそんなことはありません。逆にみんなから好かれるのも変。先生の思い過ごしですよ」
 ようやく、担任は顔を上げた。
「ありがとう、ごめんね」
 まず言い、そして一呼吸置いて。
「私、生徒を死なせたことがあるの」

 ここで少々時間を遡る。
 理絵子がその中学校に伝わる“怪談”を初めて耳にしたのは、入学して間もない頃である。
 彼女たちの学校校舎は中央に時計台を配し、東西方向に伸びているのだが、その東側だけ4階建て、西側は3階建てになっている。そして、東側4階部分は階段にロープが張られ、立ち入り禁止。
 その理由は。
「そこに入ると死ぬんだってよ。だからだって。カメラで監視していて、入ろうとするとメチャクチャ怒られる」
 曰く、理絵子達が生まれるより以前、昭和の時代に、女の子が自殺を図り、下って後追いが出たらしい。
 そこは“第2音楽室・第2理科室・多目的教室”が配置されていたが、少子化で次第に使われなくなった。
 その結果、無人境となり、高層階ということも手伝って自殺を誘発しやすい環境が整った…理性的な解釈をすればそうなろう。しかし、伝説によれば、自殺に至った悲劇はひとつで、後の例は伝説に興味を持って部屋に入った挙げ句、“幽霊”に誘われて同情し、同様に死を選んだり、幽霊によって精神的に変調を来し、そのまま飛び降りたものであるという。

(つづく)

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【魔法少女レムリアシリーズ】アルカナの娘 -07-

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「クラシックが好き……って言ったら、引く?」
 恐る恐る、という感じで、神領美姫は幼女のように小首を傾げた。“引く”の意を彼女は一瞬理解しかねたが、しらける、お断りします、距離を取りたい、身を引く……的なニュアンスだとすぐに判じた。
「いいえ別に。無駄に耳が敏感なのでピアノやバイオリンの倍音がキリキリ乗っかった音が好きです。フィアンセが“はいれぞ”って奴を構築しているので、パソコンで呼び出してこれにたたき込めるようにしてあります。クラシックだとコレッリとかヴィヴァルディとか、バロックに偏ってるかな。シューベルト、モーツァルト、小編成ものをダラダラ流すの好き。シャンカールも取り込み済みだから、CD貸してあげるよ」
 テーブル上のノートパソコンを開き、オーディオの再生リストを切り替える。
 弦楽。
「“和声と創意の試み”」
 神領美姫は当たり前のように言い当てた。いわゆる“ヴィヴァルディの四季”は協奏曲集“和声と創意の試み”の前半12曲を指す。彼女はいま、その続きに当たる13曲目をスタートさせた。
「正解、と言うだけ野暮みたいだね。後はランダムだから適当だよ。はいはい立ってないで座って」
「ああ、うん」
 色々抱え込んで潰れそうになっている娘だな。それが彼女の印象。それに抗うべくハリセンボンのようにトゲを立てて膨らんでいるのだ。
 紅茶にグラニュ糖を混ぜるのを待ち、切り出してみる。
「実はあまりいい噂を聞きません」
 すると神領美姫はティースプーンを回す手を止め、しおれた花のように肩をすぼめた。
 カランと音を立てて止まるスプーン。
 彼女は指をパチンと鳴らしてテーブルの上にカードを横一列に並べる。タロットフルセット78枚。
 神領美姫は目を見開いた。
「古そうなカード。アンティーク?」
「500年ほど前のもの。親から譲ってもらった私の宝物の一つ」
「ごひゃく!?」
「ヴィスコンティとか言ったかな。さて午前の占いの続き」
「えと、あの……ごめんなさい」
 神領美姫は頭を垂れ、彼女はカードに添えた手を止めた。
「私のは……うそ、です」
「カードにマーキングしてあったしね」
 意図したカードを引くために、傷、汚れ、折れ目で目印。
 78枚から一枚引く。“カップの王”。

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(Wiki)

(つづく)

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【理絵子の夜話】空き教室の理由 -010-

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 しかし実態は見ての通りであるようだ。小さく縮こまっている。生徒に対する態度は虚勢であるのかも知れぬ。
 沈黙の時間。担任はしきりに涙を拭っている。
 張りつめていた物が一気に解けて涙となって流れ出てきたようである。
「大丈夫ですか?」
 理絵子はハンカチを差し出した。担任はそれを受け取り。
「あなたは……優しいのね……」
 ぼろぼろ涙をこぼして泣く。
 逆だ。それが理絵子のまず思ったこと。親にも言えないことを教員に打ち明ける生徒…なら、マンガなどで良くある場面。今目の前で生じているのはその丁度逆。
 次いで思ったことは。
 この、自分より4倍も長く生きてきた女のひとは、優しくされたことがないのではないか。
 心理学の素養があるわけではない。だが、経験上、抱え込んできた辛いことを人に聞いてもらうのがココロの薬になることを知っている。そして、それは、超常識的手段で言い当てられるより、本人の口から、本人の意志で、口にしてもらった方が良いことも知っている。
 ただ背景を知っておいた方が良いとは思う。顔を覆う担任の頭部をじっと見つめる。生い立ち、決して裕福とは言えない家庭環境。それを両親は自分たちの学歴によるものと断じ、娘に、第2子をもうけることすらも断念して将来を託した。彼女は期待されて鍛えられ、難関といわれた高校へと進む。
 しかし挫折する。勉強に全てを費やしたことによる精神的疲弊……今に言う“燃え尽き症候群”で学力競争から遅延、それでもどうにか教員免許を獲得、都内の小中学校を点々とし、8年前より現職。
 と、そこで理絵子は気付く。強い不幸を持つ人に良くある記憶の空白。それは心の傷であるがゆえに、思い出したくないと自ら封じ込め、“無かったことにしよう”とする心理が働いた痕跡。
「頼りない担任だよね。自分でも判ってるの」
 まるで理絵子がその部分を知ろうとしたのを察知し、遮るかのように、担任は言った。
 そして続けて。
「そのせいで、あなたが『依怙贔屓されてる』と思われてるのも判ってるの。ごめんね、全部私のせい……」

つづく

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