【理絵子の夜話】空き教室の理由 -013-
深刻な内容、だからこそリラックスが必要である。
「借りますよ」
返事も聞かずにコーヒー豆の袋を開ける。調理には使われていない風の台所であるが、コーヒーだけは飲んでいるようであり、豆は新しい。多く教員は仕事を持ち帰って深夜まで、と聞くが、そういうことなのであろう。
カップを勝手に棚から取り出し、コーヒーメーカーの電源を入れ、付属のミルで豆をやや細かく碾く。その方が香りが強めに出ると思ったからだ。
ミルのガーガー大きな音に、担任がハッとしたような顔を見せて理絵子に目を向ける。
「……あ、ごめんね。私ったらお茶も出さずに」
「気にしないでください。今先生に必要なのは気を遣わないこと」
理絵子は言い、行きつけの、しかし学校には出入りを禁止されている喫茶店“ロッキー”マスター直伝の方法で碾いた豆を仕立てる。
「いい匂い…。あれ、それってこんないい香りしたっけ」
担任は立ってキッチンへ来た。
「同じものでも自分が手を動かすかどうかで違ったりしますよ。おいしいと思っていた店のカレーがよく知るレトルトの業務用だった、とか」
理絵子は言った。熱せられて滴る雫が、漆黒の細片を経て琥珀色の輝きに変わり、フィルタ紙の先端から耐熱ガラスのポットに溜まって行く。
「あなたはやはり普通の子と相当違うようね」
感慨深げに、担任は言った。
理絵子は一瞬身体をびくりと震わせたが、聞かなかったことにした。そういう見方は教員が示すべきものではない。一旦そういう考えを持つと無意識裡に出て来てしまい、生徒は生徒で敏感にそのことに気付く。
何も言わない。ポットに溜まったコーヒーを機械に少し温めさせ、カップに移す。
(つづく)
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