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2024年11月

【理絵子の夜話】空き教室の理由 -031-

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「ここだよ」
 スタンドを下ろし、マシンを駐機。
 理絵子はバイクを降り、ヘルメットを外す。
 そこは昭和の造成であろう住宅地。しかし、川沿いの道に一番近い目の前は、砂利敷きで整地され、“月極駐車場”。
「学校へは今来た道と逆で、川沿いに15分ほど歩くかな。そこから左に折れて“散歩道”で上がっていくと、中学校の北門に出る」
 理絵子は頷いた。中学校は山を開いた住宅街のほぼ頂点にある。南側へ降りれば喫茶店。この川沿いの道は、学校から北側へ降りる都道の途中から別れている。
「俺らの頃はその川より向こうはずっと田んぼだった。夏になるとカエルゲロゲロでな、俺らは田んぼでザリガニ取って遊んだ」
 理絵子はマスターの言葉にイメージを膨らませながら、駐車場へと歩いて近づく。
 超感覚を作動。
 それは端から見れば、じっと立って目を閉じ、耳を澄ましている状態。
「何か変な感じがあるかい?」
 理絵子は首を左右に振った。
 マスターへの返答ではない。“何も感じない”という否定意識が、身体を自動的に動かした結果。
 残っていないと言うよりは“消されている”。それは記憶の持ち主が、意図して記憶から消そうとしたことを意味する。
「こっちに行ってみていいですか?」
 理絵子は川沿い、学校方へと続く道を指さした。
「ああ、いいよ。俺は気にしないで納得いくまで調べておいでよ」
 理絵子はクルマの途切れ目を縫って道を横切り、緩やかに右へ曲がりながら続く堤防道へ足を踏み入れた。
『ずっと田んぼだった。夏になるとカエルゲロゲロでな、俺らは田んぼでザリガニ取って遊んだ』
 イメージを膨らます。川沿いに松の木が幾つか。
 枝が多く、皮の剥がれた跡、幹には泥が塗られたような跡がある。

(つづく)

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レムリアの「次」

すっかり中3ライフ板に付いたんですかね。

「14歳の密かな欲望」

というタイトルで計画します。25年1月1日開始。隔週水曜日更新。当サイトは盆暮れ正月だから止まるとかそーゆーことはありません。

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【理絵子の夜話】空き教室の理由 -030-

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 ガンマと呼ばれたそのバイクは、レース用として名を馳せたマシンの一般市販品であり、マスターは所有するそれで幾らかの名声を勝ち取り、もってして“たこぶえ”メンバーがマスターを慕いここに集うこととなった。それは、理絵子にとって興味のない、与り知らぬことであるが、この集まりが形成された経緯の説明として付記しておく。
「じゃ、勝手に」
 マスターはヘルメットをかぶり、庭から公道へ続く鉄扉を開いた。
 キーを回し、ペダルキックでエンジンをスタートし、乗るように理絵子を促す。おっかなびっくり理絵子はまたがる。
 ジーンズで来て正解。ヘルメットの首紐はしっかり掛ける。
「悪いけど抱きついてくれるかなぁ」
「あ、はい……」
 バイクの加減速がクルマの比ではなく、そうしていないと振り落とされることくらいは、理絵子も知っている。
 しっかりしがみつく。そんなコアラのイラストの描かれたスナック菓子を思い出してクスッと笑う。
「ん?大丈夫?」
「はい。いいです」
 理絵子がマスターに抱きついて笑う様は、たこぶえの一部メンバーに垂涎と憧憬をもたらしたようである。
「いいなぁ……」
 スロットルを緩やかに開き、まなざしの幾つかをそこに残して、バイクが発進する。

 担任アパート前の川の、支流の支流に当たるであろうか、“二級河川”に掛かった短い橋を、バイクはそれこそ一またぎ。
 左に折れ、堤防の下へと坂を下りる。
 マスターはそこでバイクを止め、エンジンを切った。

(つづく)

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【理絵子の夜話】空き教室の理由 -029-

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 えーっと、えーっと……。
「そうですか……じゃぁ、変わっちゃったかなぁ。というのはですね。周りが暗いとか、雰囲気が悪いとかが自殺に誘導することもあるとか聞いたので、家から学校まで一度たどってみようかと」
「ああ、あの踏切みたいにか」
 桜井優子が言った。
「踏切?」
 何の関係があるんだ?とばかりに、マスターが眉根をひそめて桜井優子を見る。
「判った。あれだろ、4丁目のカーブの踏切だろ」
 リーダーが一言。またもタバコをぷかり。
 そこが自殺の名所であることは、この町の住人にとっては半ば常識。そばに藪があり、街灯が整備されておらず、人通り少なく、陰惨・陰鬱だった。
「そういうことか」
 マスターが理解したらしく、頷く。
「あそこに照明が付いて歩道橋が出来たのはりえぼーの父ちゃんが動いたからだもんな」
「そうか、あれ付いたのりえちゃんだったのか……」
 マスターはかみしめるように言うと、一旦店の中に戻った。
 出て来た時には両の手にヘルメット。片方はレース用フルフェイス。もう片方は、良く原付でオバチャンが使用している一般的なもの。ハーフヘルメットとか言ったか。
「お前ら勝手にやっててくれ」
 マスターは理絵子にオバチャンヘルメットを手渡した。
 すなわちバイクに乗れ。
「え?マスター行くっすか?」
 たこぶえメンバーから不平を含んだ発言。
「だってお前、そうしなきゃいつ行くんだよ。夜の9時に警察屋サンの中学生の娘呼び出すのか?『今から自殺した娘の家の跡地に行きますんで』って」
 マスターは言うと、庭の片隅、バイクに掛けられたカバーをサッと外した。
「お、伝説のガンマ」

(つづく)

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【魔法少女レムリアシリーズ】アルカナの娘 -16・終-

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 見れば目の下頬骨あたりを拳で殴られたようで、眼帯と包帯で青く腫れた周囲を隠し、小さな傷もたくさん。
「ごめんなさい……こんなことになるなら家まで送っていけば良かった……」
 涙が出てくるのを抑えきれない。美姫を抱きしめてわんわん泣いてしまう。恥も外聞も無いと判っていたがどうにもならなかった。それは傍目には膝立ちの美姫に姫子が抱きついてぶら下がり、だだでもこねているかのよう。
 美姫はしばしあっけにとられたようにしていたが、自らの目元を拭うと姫子の肩をトントン、とした。
 姫子は我に返って声を抑え、身体を離した。
「ごめん……泣きたいのは美姫ちゃんの方だよね」
 美姫は首をゆっくり左右に振った。
「ううん……嬉しい。こんなに、こんなに心配してもらったことないから……そして、自分がなにも見えてなかったってよく判った」
 神領美姫は意を決したように姫子の手を引きながら立ち上がった。
 傷だらけではあるが長身で流麗な美少女の挙動であって、黄金の輝きが迸るような印象を周囲に与えた。
「私……思い上がってました……正体晒したけどイケメンの彼氏がいてチヤホヤされて他は何も要らないと思ってた。でもむしろ迷惑を掛けてた。なのにクラスのみんなにこうして心配してもらえた。ごめんなさい。そしてありがとうございます」
 神領美姫は“カチ込み”に来ていた自分のクラスメートに頭を下げた。髪の毛がバサッと舞う。
 顔を上げる。
「そして相原さんは私の大切なお友達です。もちろん、殴るとかそんなことされてません。私の、そういうことに、魔法を使って気付かせてくれた、大事な、大事な、お友達です。ネガティブな内容は全部アイツの嘘と良くない噂です」
 神領美姫はレムリアの腕を取ってそう紹介した。それは、神領美姫が全部吹っ切れてリスタートしたことを証しした。
 もう、涙は似合わない。
「ありがとう」
 レムリアはまずそう言い、自らの乱れた髪の毛を束ねてポニーテールに作った。まだ長さが不十分で尻尾は短い。
 そして今度は、その傷もあって洗髪できていないであろう、神領美姫の両頬から腕を伸ばして彼女の髪を持ち上げる。
「これはレムリアの流儀で」
 金色のシュシュを通して長いテールを作って下へスッと流す。
 風もないのに彼女の髪の毛は一瞬ふわっと広がった。
 朝陽に黒曜石の輝きを放つ文字通りの射干玉(ぬばたま)に、男子達が瞠目しまばたきも出来ない。
「私はあなたの友達であり続ける。そして私は、私の友達を傷つける者を絶対に許さない」
 そう言って見つめると、強気な光が、神領美姫の瞳に戻った。
 
 アルカナの娘/終

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【理絵子の夜話】空き教室の理由 -028-

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 だから4階音楽室の直下にある屋外通路は、アスファルトが塗り替えられてひび割れがない。
「で、女の子が叱られた理由なんかは……」
 何か訊くたびにいろんな話が出る。だが、諸説融合すると大体担任が言っていたことと合致した。
 ただ、ひとつ違うというか、新たな事実として判ったのは、その“番長”すなわち校内不良グループの首魁に相当し、相手グループ首魁を半身不随に至らしめた人物が、小学5年生の夏に転入してきた男の子であり、女の子とのおつきあいは、その冬前後にスタートした、というもの。
「それだけ付き合ってりゃなぁ」
 リーダーはタバコの煙をぷかりと浮かべた。
 理絵子はとりあえず頷いた。
 長く付き合った。不良グループの首魁になっても尚。その別れを強制された。
 つじつまは合う。だがしかし。
“死を選ぶ動機”……例えるならガラスのコップが砕け散るような、そのカシャンと行ってしまう“破壊エネルギー”としては、やや足りない気がするのだ。繊細で感受性が高い少女の思春期と言ったって、振り返ることもなく死へ向かわせるにはインパクトが不足と思う。
“本人”に会いたい。だが気配はない。
 ならば。
「あのー、その女の子の家とかって、判りませんか?」
「え?」
 メンバー同士顔を見合わせる。さすがにそこまで知る者はいないか。
 すると。
「知ってるが、行ってどうするんだい?」
 背後から声が掛かった。
 マスターである。
「もう家は壊されて駐車場になってるが……」
 理絵子は一瞬返答に困る。行ってみて、何か女の子の思惟の残照でも超常感覚(この場合サイコメトリという名で分類される能力を使う)で拾えれば、なんて説明が出来るわけもなく。

(つづく)

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【理絵子の夜話】空き教室の理由 -027-

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「そーそーこないださぁ、マックに行ってバーガー100個っつったら、“こちらでお召し上がりですか”って。んなに店で食うかっての」
 すると。
「それ都市伝説。俺が学生の頃からあった」
 マスターが言った。
「あらバレた」
 特攻服が豪快に笑う。
 理絵子は“都市伝説”に肝心な用事を思い出した。
「そういや皆さん、そこの中学の出身ですよね」
「おう、横須賀(よこすか)とか朝倉(あさくら)とか、まだいるんだってな」
 朝倉は理絵子の担任である。
「4階の教室の話、いつからあるんですか?」
 聞いたら、全員が一瞬で時間を止める魔法を受けたようになり、互いの顔を見合わせた。
「ぼく、こわいおはなし、きーらい」
 マスターがふざけた口調で言い、店の中へ。
 それはつまりマスターも知っているということ。かなり古い話である。
「それなら俺らの時で既にそれこそ都市伝説だわ」
 連中の中では年かさの革ジャン男が言った。
“たこぶえ”リーダー、と理絵子は認識している。
「それはやっぱり、女の子が教師の無理解から自殺した?」
「ああそうだ。でもでっち上げってわけでもないらしい」
「の、ようですね」
「なんか叱り飛ばしてそのショックで、と俺聞いたぞ」
「違うよ。死にたくなければ受験しろって迫ったんだ、って」
「そうじゃねぇ、受験しないなら死ぬようなもんだと言ったら本当に死ぬ方を選んだんだよ」
 理絵子は苦笑した。伝承の過程で少しずつ細部が変わって行き、尾ひれが付いて真実が歪んで行く。典型的な“都市伝説”の経過をたどっている。なお、女の子の自殺の動機は諸説あるが、その後の部分、空き教室に向かった生徒達が皆その部屋から身を投げて死んだ、という部分は同じ。

(つづく)

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