【理絵子の夜話】空き教室の理由 -031-
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「ここだよ」
スタンドを下ろし、マシンを駐機。
理絵子はバイクを降り、ヘルメットを外す。
そこは昭和の造成であろう住宅地。しかし、川沿いの道に一番近い目の前は、砂利敷きで整地され、“月極駐車場”。
「学校へは今来た道と逆で、川沿いに15分ほど歩くかな。そこから左に折れて“散歩道”で上がっていくと、中学校の北門に出る」
理絵子は頷いた。中学校は山を開いた住宅街のほぼ頂点にある。南側へ降りれば喫茶店。この川沿いの道は、学校から北側へ降りる都道の途中から別れている。
「俺らの頃はその川より向こうはずっと田んぼだった。夏になるとカエルゲロゲロでな、俺らは田んぼでザリガニ取って遊んだ」
理絵子はマスターの言葉にイメージを膨らませながら、駐車場へと歩いて近づく。
超感覚を作動。
それは端から見れば、じっと立って目を閉じ、耳を澄ましている状態。
「何か変な感じがあるかい?」
理絵子は首を左右に振った。
マスターへの返答ではない。“何も感じない”という否定意識が、身体を自動的に動かした結果。
残っていないと言うよりは“消されている”。それは記憶の持ち主が、意図して記憶から消そうとしたことを意味する。
「こっちに行ってみていいですか?」
理絵子は川沿い、学校方へと続く道を指さした。
「ああ、いいよ。俺は気にしないで納得いくまで調べておいでよ」
理絵子はクルマの途切れ目を縫って道を横切り、緩やかに右へ曲がりながら続く堤防道へ足を踏み入れた。
『ずっと田んぼだった。夏になるとカエルゲロゲロでな、俺らは田んぼでザリガニ取って遊んだ』
イメージを膨らます。川沿いに松の木が幾つか。
枝が多く、皮の剥がれた跡、幹には泥が塗られたような跡がある。
(つづく)
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