【理絵子の夜話】空き教室の理由 -035-
その晩から雨となり、理絵子は“夜間外出”を取りやめた。傘を支えて雨だれの音がずっと聞こえて……では、相当な精神集中を要求される“沈む”ことはままならぬ。
時季はまさに秋霖。夏から秋へ向かう雨期。梅雨と同様の存在。
一雨ごとに寒くなる陰鬱な雰囲気が理絵子はどうも好きではない。といっても、年によっては浮わついた夏が終わり、しっとり静かで落ち着く、という感想を持つこともあるので、勝手なものだ。ただ、今年の場合は避けたい方向の気持ちの方が強い。
そこにテスト間近の月曜日が重なれば、精神的にはまさにダブルパンチである。
が、そんな甘ったれた気持ちは、出席簿を取りに職員室に入った途端、吹き飛んだ。
「ああ、黒野さん」
自分に気付いた誰かの声に、2年生担当の教員らが一斉に目を向ける。
ただごとでないことは、血相が変わった彼らの表情から知れる。そして、その場に担任朝倉の姿はない。
何かあったのである。
「あの……」
「君、週末放課後朝倉先生と話をしていたろう。何か変わったことはなかったか?」
教頭が問いつめるように訊いてくる。そして、その発言は、クラスの誰かに何かあって担任が急行した、のではなく、担任朝倉自身に何か生じたことを意味する。
生じた遠因が心霊写真に絡むことは容易に想像が付く。ひょっとしてマスターの言った“発作”が生じたのかも知れない。ただそうなると、この教員達にどう対応すべきか。
すっとぼける?それとも……
「何かあったんですか?」
反応を決める前に、理絵子は逆に問うた。
「お見えにならない。電話をしてもお出にならない」
「だったらお宅へ伺ってみません?」
間髪を入れず理絵子は言った。何を迷うことがあるの?と“問いかける少女の瞳”で教頭を見上げる。教頭は頭髪が白く、新幹線が出来る前の世代の人間だが、同年代に多い出っ張った腹の持ち主ではなく、どころか現代の若者のように背が高く、すらりとしている。“イケてる”と言って差し支えなく、若い頃は人気があっただろうと思われる。但し几帳面で神経質であり、長時間一緒にいれば恐らく肩が凝るだろうが。
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