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2025年1月

【魔法少女レムリアシリーズ】14歳の密かな欲望 -03-

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「薮原さんが見学です」
 受け取った体育教諭は自分同様浅黒く日焼けした体育大学出身27歳。“箱根駅伝”出場の夢破れて体育教師とか以前聞いた。
 見学理由ページに目を通し、小脇のバインダーに挟む。後で承認印が押されて返還される。
「今日はストレッチとスタートダッシュ。その後50メートルだが、それでもダメか?」
「内容の問題じゃないので」
「まぁ、そうだな」
 と、その時、先の当てこすり男子が呟いたのだが、彼女は聞き逃さない。
「薮原また生理ってぜってーウソだよな。デブだからどんくさいのバレたくねーんだぜ」
 それは当てこすりから取り巻き達に対しヒソヒソ声でなされ、応じて取り巻き達が下品にクスクス笑った。何を言ったか判ったのは自分達だけ……と、当人たちは思ったであろう。
 彼女は居並ぶクラスメート達を掻き分け、件の男子生徒にツカツカと歩いて行った。
「……なんだよ」
 彼女は153センチ、男子生徒は170センチ。“小柄で細っこい日焼け少女”が“大人の男”を睥睨してケンカを売るの図。
「お前は自分の彼女や奥さんに同じことを言うのか?それじゃいつまでも童貞だぜ」
 彼女は言ってやった。ただ、それは傍目にはケンカというより大人の男に文句を付ける女の子。どう見ても怖さや迫力とはほど遠い。果たして当てこすり男子は見る間に目尻を下げ、
「うるせぇな。そういうことは生理始まってから言えよガリペタ」
 取り巻き達が下品に笑う。相当酷い悪口を言われたことは判るが、事実と異なるのでこちとら痛くも痒くも無い。
 彼女はニヤッと笑って。
「夕方の朝顔はしっかりお風呂で皮剥いてカス拭いとけ。当分ただの排水ホースなんだからよ」
「おーっと」
 この言い返しに取り巻きが囃し立て、意味を判じた当てこすりが食ってかかろうとしたのだが、取り巻きが制する。彼女はそうなると判っているのでとっくに背を向けて歩き出している。最も、殴りかかって来るなら来いなのだが。
「相原、どうした?」
 これは体育教諭。
「いいえ別に。男子なりの苦労もあるようで」
「てめー覚えてろよ!」
 いきり立つ。なお彼女の物言いは男性のシンボルがお子様だねぇという下品な内容。図星の場合、怒りのやり場がないであろうとだけしておく。

(つづく)

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【理絵子の夜話】空き教室の理由 -039-

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 後席に乗り込み、行き先を尋ねられる。横須賀は名簿から抜いてきたのか、パンチ穴の開いている地図を運転手氏に示した。
「えーっとこれは」
 透けて見えるその地図は、アパートのごく近傍しか描いていない。
 ましてや10キロ隔てた隣の市である。タクシーの運転手だから地図さえ見せればどうにかなる、などというのは浅墓もいいところ。
 理絵子は川っぷちの駅名を口にした。
「とりあえずそちらへ向かって下さい」
「……判りました」
 タクシーがスタートする。喫茶店のある坂道を下り、甲州街道を都心方向。
 そちらは市の中心でもある。学校の授業開始はラッシュの最中。進むにつれクルマの数は増加し、行く手に渋滞の存在が予想される。
「遠回りですが早いほう行ってもいいです?」
 運転手は首をひねって後席に訊いた。
「ええ、どうぞ」
 脇道に入る。川沿いの道に出、さらに堤防の上を走る。この川はずっと東方で朝倉のアパート前の川と合流する。
 堤防道路は狭い道である。路肩はない。少しでもハンドル操作を誤れば堤防下へと転げ落ちる。
 しかしタクシーはそこをかなりの速度で飛ばして行く。慣れているのだろうが、父親が同乗していれば眉をひそめるだろうと理絵子は思う。
 市役所裏の橋を通って川の対岸へ渡る。対岸に広がる住宅街の細い道を行く。
 甲州街道に再合流。市の中心部はこれでパスした。
 短い坂道を越え、駆け下ると左手に川が見え、正面奥に川沿いの駅とその周辺。
「この川沿いに向かってください」
「はい」
 運転手はクルマを左へ向ける。
 そこで理絵子はアパートを視界に納める。道沿いの住宅からぽつんと離れて建つその姿は、そこだけ昭和のまま取り残されているように見える。

(つづく)

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【理絵子の夜話】空き教室の理由 -038-

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「りえぼー4階でも覗いたのか?」
 教頭の身体がびくっと震えた。
 その瞬間を逃さず、桜井優子が教頭の腕を素早く払いのける。ひっぱたくのに似た、乾いた鋭い音。
 理絵子は思い出した。
 教頭は確か一般教員の時代、この学校に勤務していたことがある。
「私が朝倉先生に関わると、何か困るんですか?」
 カマかけ半分言ってやる。今教頭の意識の中では、やめてくれと必死になってリフレインしている。それは超感覚で初めて判ることだが、その旨は顔に態度に書いてある。
 教頭の唇が震えわななく。しかし声にならない。
 階段を走って上がってくる足音。
 横須賀教諭。
「教頭先生。黒野さんに賭けてみましょう。お父様の仕事が仕事ですし、何かあればすぐ対処できます。私が一緒に行ってきます。……黒野さん、車呼んでるから準備して、ああ、桜井さん、これクラスへ……」
 横須賀は理絵子の持っていた出席簿を桜井優子に押しつけた。
「オレ?」
「女の子がオレなんて言わない。糸山(いとやま)か、後から大江(おおえ)先生がいらっしゃるから、どっちかに渡して。じゃぁ黒野さん下で」
 横須賀教諭はそれだけ言うとあたふたと階下へ降りていった。ちなみに糸山というのは理絵子のクラスの男子学級委員である。
「優子ごめんね……ちょっと朝倉の家に行ってくる」
 理絵子は言った。桜井優子は状況を把握したらしく頷いた。
「ああ、判った」
 下から横須賀の呼ぶ声がする。
「今行きます!……ってせっかちだね」
 理絵子は下駄箱へ向かった。
 靴を履き替えて屋外から職員室前玄関へ走る。横須賀は急かしたが、タクシーが来たのは理絵子が玄関へ着いてより5分後。

(つづく)

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【魔法少女レムリアシリーズ】14歳の密かな欲望 -02-

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「姫ちゃん……」
 そうと理解して声を掛けてくれたのは、後ろの席に座っている溝口智恵美(みぞぐちちえみ)という娘だ。仲良しで毎朝一緒に学校に来ている。振り返ると色白で食の細そうな顔が今にも泣きそう。姫ちゃん、というのは彼女の出席簿上の通り名が相原姫子(あいはらひめこ)であることに基づく。仲良しにはこの「姫」で呼んでもらっている。
「ありがと。大丈夫だよ」
 彼女姫子はニヤリとばかり笑って答えた。その顔立ちは幼さを残した感じで、“ころん”とした印象を与え、原宿を歩いているとスカウトされるが、“夫がいるので”と言うとびっくりした表情で引き下がって行く。屋外で走り回る時間が長かったせいか、応じて日焼けしており、溝口と一緒にいると相対的により目立つ。体格含めて“精悍だ”という印象を持たれることもあり、ひところ陸上部が興味を持ったという話も聞く。その“夫”予定者に言わせると“小柄で細っこい日焼け少女”という萌えカテゴリなんだそうだ。言われるとゲンコツで殴るようにしている。
「ポニテ、崩れてるよ」
 着替え終わったところで溝口が言った。その“屋外活動”で支障しないよう髪の毛はバッサリ短髪だったが、転入して制服着るようになってから伸ばし始めている。汗を掻くとまとわりついて鬱陶しいので、たくし上げて小さなポニーテールにしている。
「ありがとう」
 結び直してもらってグラウンドへ出て行くと、ブレザーの制服を着たままの娘が一人。転入当日、自分のことを“面白い”と言って笑ってくれて意気投合した。名字を薮原(やぶはら)という。お菓子大好きで応じた体型。
「あの……」
 薮原は姫子に生徒手帳を差し出してきた。
「お休み?」
「うん」
 浮かない顔。そういえば今朝は彼女の爆笑を聞いていない。
 “生理のため見学します”
 体育の見学は生徒手帳にその旨記入し、親のハンコをもらい、保健委員が確認して担当教諭に提出するルールだそうな。仰せつかっているのでジャージ姿の男教諭の元へ持参する。

(つづく)

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【理絵子の夜話】空き教室の理由 -037-

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 だんだん腹が立ってくる。この事態にそんなことどうでもいいではないか。
「君待ちなさい。理由が何であれ授業を放棄することは許されない」
 廊下に響く教頭の声。
「命に関わることでもですか?」
 理絵子は振り返り、それだけ言い返した。
「なにっ!君まさか週末……」
 なんだその言い草。自分が担任に何かしたとでも言いたいのか。
 誤解曲解一知半解。
 呆れて情けなくなる。大人ってどうしてこう、全然考えてもいない方向から絡んでくるんだろうか。ハナから疑ってるから、次々に絡む理由を探すのか。
 教頭は走って追ってきた。
 妙に必死だと気付いた次の瞬間、背後から腕を捕まれる。
 痛い。
 それは教員と生徒、それ以前に男が少女に及ぼす力ではない。
 指が食い込む。尋常ではない。
 理絵子は振り返る。超常感覚をスタンバイの状態として、腕をつかみ引き留める教頭を振り返る。
“燃える目”……教頭が自分の目に対して抱いたイメージ。
 自分がいわゆる眼力を発揮しているのだと理絵子は気付いた。
 あちこちの教室のドアが開いており、生徒達や、朝のホームルームで訪れた教員達が廊下の出来事を見ている。
 男と少女、分が悪いのは明らかに教頭の方。
 さらに。
「おめぇ、なにやってんだよ」
 右方階段より声が掛かる。カカトを踏みつぶした上履きでペタペタ登ってきたのは桜井優子。
「穏やかじゃねぇな」
 風船ガムを膨らましてパチン。

(つづく)

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【理絵子の夜話】空き教室の理由 -036-

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 自分を見る教員達の目が一斉に見開かれた。
 一様に驚愕、とでもするか。誰も考えつかなかったのか?と理絵子は逆に驚いた。そしてひょっとするとこいつら(!)、“家庭訪問”は、イコールダメダメな生徒の家を教員が訪れるもの、という一方通行な固定観念があって……
 否。
 
 発作を起こした朝倉には近づくな、という暗黙の共通認識。
 
「教頭先生」
 呼んだのは教頭より少し年下の女性教員。理科担当の横須賀。
“たこぶえ”メンバーからも出て来た名である。その理由は生徒の間では“一言多い”うるさ方として嫌われ者だから。
「彼女……朝倉さん日頃高く買っていらっしゃるし……ひょっとすると」
「行かせるんですか?この生徒を?授業受けさせず?」
 目を剥く教頭。
 そのセリフに理絵子は、ここにいる誰もが、担任の部屋に行きたくないのだと察知した。
 つまり過去に同様の例があったということ。それは尚のこと、マスターの言った“発作”とその過去例が同一である可能性が高いことを示唆する。そして恐らく、その状態は、担任にとって最も助けを必要とする状態でもあるだろう。週末の担任の恐れ縮こまりぶりを知る身にとって、誰も行かないのは単純にかわいそうであるとも思う。
 伝家の宝刀。
「私の担任です。心配です。私行ってきます。何かあれば父を通じて動いてもらうことも出来ます」
 理絵子は居並ぶ教員達にくるりと背を向け、スタスタと歩き出した。
 考えてみればひでー奴らである。生徒には命を大切、思いやりとか言うくせに、当の自分たちはこれかい。
 背後で教員達がバタバタ始める。自分が朝倉宅へ向かうと判断したようである。行かせるだの止めるべきだの誰が同行するんだだの。

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【魔法少女レムリアシリーズ】14歳の密かな欲望 -01-

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 “家庭訪問”なるイベントがあると知ったのは3年生になって間もなくのことだ。配られたプリントには、合わせて高校受験の説明など親を交えて三者面談をする、とある。
「相原(あいはら)さんは初めてだと思うけど、何か質問とかありますか?」
 キュロットスカートが似合いの担任奈良井(ならい)が少し心配そうに訊いてくる。まだ、“相原さん”と呼ばれることに慣れきっていないせいか、自分のことだと気付くまでに少し要した。
「え、いや、はい。……自分の部屋、つまり私の部屋にも来られると言うことですね?」
「そうです。難しい場合は普段学習に使っている環境を確認させてください」
 担任は、日本の習慣に不慣れな自分が、“自室に他人を入れること”に抵抗を持つのでは?と考えたようだ。
 いきなり教員がズカズカ上がり込んでくるのは少々、如何なモノか、という思いはあるにはあるが、既に部屋にあげた友達はあるので、“人に入られて困る”ようなことはない。
「判りました。大丈夫です」
「そう。後でも判らないことあったらまた訊いて下さい。じゃぁ1限目は体育でしたね。先生引き上げまーす」
 奈良井は出席簿を抱えてそそくさと教壇を降り、教室前方のドアから退出した。
 教室内がにわかに騒がしくなり、生徒達はめいめい机の脇にぶら下げた巾着袋を手にして席を立つ。巾着袋の中身は体操服であり、男女に分かれて更衣室で着替えて、という流れ。
「1限目体育とかバカじゃねーの?誰だよ設定した奴クソだりー」
「主任の森本(もりもと)だろ。2年の3学期に転入生放り込むとか平気でやるしよ」
 男子達の刺すような声。“2年の3学期の転入生”は他ならぬ自分である。当てこすりであると彼女は理解した。この3ヶ月余りでクラス内外に友達・理解者たくさん出来たが、逆に“ムカつく”という意思表明をする向きが男女問わずいるのも承知している。むしろ万人受けする方がおかしい。

(つづく)

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