【理絵子の夜話】空き教室の理由 -39-
後席に乗り込み、行き先を尋ねられる。横須賀は名簿から抜いてきたのか、パンチ穴の開いている地図を運転手氏に示した。
「えーっとこれは」
透けて見えるその地図は、アパートのごく近傍しか描いていない。
ましてや10キロ隔てた隣の市である。タクシーの運転手だから地図さえ見せればどうにかなる、などというのは浅墓もいいところ。
理絵子は川っぷちの駅名を口にした。
「とりあえずそちらへ向かって下さい」
「……判りました」
タクシーがスタートする。喫茶店のある坂道を下り、甲州街道を都心方向。
そちらは市の中心でもある。学校の授業開始はラッシュの最中。進むにつれクルマの数は増加し、行く手に渋滞の存在が予想される。
「遠回りですが早いほう行ってもいいです?」
運転手は首をひねって後席に訊いた。
「ええ、どうぞ」
脇道に入る。川沿いの道に出、さらに堤防の上を走る。この川はずっと東方で朝倉のアパート前の川と合流する。
堤防道路は狭い道である。路肩はない。少しでもハンドル操作を誤れば堤防下へと転げ落ちる。
しかしタクシーはそこをかなりの速度で飛ばして行く。慣れているのだろうが、父親が同乗していれば眉をひそめるだろうと理絵子は思う。
市役所裏の橋を通って川の対岸へ渡る。対岸に広がる住宅街の細い道を行く。
甲州街道に再合流。市の中心部はこれでパスした。
短い坂道を越え、駆け下ると左手に川が見え、正面奥に川沿いの駅とその周辺。
「この川沿いに向かってください」
「はい」
運転手はクルマを左へ向ける。
そこで理絵子はアパートを視界に納める。道沿いの住宅からぽつんと離れて建つその姿は、そこだけ昭和のまま取り残されているように見える。
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