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2025年2月

2025年2月26日 (水)

【魔法少女レムリアシリーズ】14歳の密かな欲望 -05-

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「かといって本当のこと言うと萎縮するだろなぁ。王家の娘と言ったら皇族なみの対応が必要と考えちゃうからなぁ」
 相原学は高校時代から普段着にしている野暮ったい体操ジャージの袖を腕組みして言った。
「だよねぇ。嘘つくか。イヤだけど」
「そこまでせんでも。学校には外国の親戚を引き取りました、としか言ってないんだっけ?」
「そう」
「あと言ってあるのは?」
「外国のボランティアに参加して看護師の資格持ってます。但しEFMMとは言ってません」
 EFMM……国際医療ボランティア〝欧州自由意志医療派遣団(European Free-will Medical care Mission……EFMM)”である。彼女はそこで世界中を駆け回っていた。戦争・疫病・災害……北緯20度以南が多く、応じて炎天下の活動が多い。結果が日焼け優勢の肌である。なお、相原学とはその過程で知り合い、活動を共にし、年の差を超えて好き合った、とだけしておく。ちなみに同団所属のガチの姫様としてテレビに出たことがあるが、学校にはその娘と他人の空似ということにしてある。数名にはバレているようだが。
「じゃぁEFMMが余りに多忙で現地の学校に通えなくなったので、日本の親戚を頼ることにしました。そのまま社会人まで学習するつもりですって言っておき。定住、進学はウソじゃないんだから」
「うん」

(つづく)

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2025年2月22日 (土)

【理絵子の夜話】空き教室の理由 -043-

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 横須賀は、折りたたみの携帯電話をパチンと閉じ、ショルダーバッグに収め、下駄箱の上に置いた。
 靴とストッキングも脱いで部屋に上がり込む。
「……ちょっと頑張っててね。これじゃ寝かせる場所もない。こういうのってね、全身の筋肉が意識と無関係に勝手に動いた時起きるの。内臓の中のモノが筋肉に押されて上から下から全部出るのね。まぁ、あなたもあと10年ほどすれば判るとは思うけど」
 横須賀は言いながらつま先立ちで台所へ向かい、ゴミ箱に捨ててあったコンビニストアのビニール袋を足先に巻いた。
 理絵子は横須賀が冷静に事態を捉えていることに安堵した。10年の話はさておき、前半については、恐怖によって意識が暴走、“意識の制御を外れたフルスロットル”で、身体に力が入った結果、と解釈すれば、理絵子の直感である潜在意識のなしたこと、と一致を見る。
「おまたせ」
 横須賀がとりあえず畳一枚掃除してくれたので、担任を寝かせる。着替えさせ、タオルを湯で湿して身体の汚れを拭き取り、引き続き二人がかりで部屋全体の掃除にかかる。放っておけるような状況ではないし、まるで何もなかったかのようにするためもある。
 小一時間要したが、フスマの破れやシミなど現状復帰とは行かぬまでも、人が住む部屋としての体裁は取り戻した。
「すいません、わがまま言って」
 理絵子は頭を下げた。
「いいのよ。……ああ、あなたそのセーラー脱ぎなさい。何か適当に着るもの買ってくるから。それこそ朝倉さんがそれ見たら良くない」
 横須賀は言い、朝倉のものであろうサンダルを突っかけ、部屋を出て行った。
 目の下にどす黒い隈を作った担任の顔を見下ろす。この問題は心の中の“亡霊”を消去しない限り解決しないが、それには担任が何を隠しているのか知る必要がある。
 それは最初、担任が起きてから訊こうと思っていた。しかし、意識が清明ではその話題に向かうとフィルターを掛けてしまい、話してくれないであろう。かと言って超感覚でさぐり出すのは、“知られた”という意識を担任に生み、それが引き金となって発作に至る可能性が考えられる。

(つづく)

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2025年2月15日 (土)

【理絵子の夜話】空き教室の理由 -042-

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……自分に、その亡くなった少女“あゆみ”の面影を見ていると理絵子は知った。
 まずい。
 その表情今まさに恐怖の絶叫へ変形せんとする朝倉を、理絵子は抱きしめに行った。
 間断なく震える身体。冷汗に濡れた肌。
「先生大丈夫。黒野です。何も怖くない。怖くありませんから。誰も先生に手を出そうとなんかしていない……」
 理絵子は力の限り抱きしめ、囁いた。
 激しい恐怖。これ以上あろうかと思われるほどの深淵にして深刻な恐怖。
 恐怖に重なり、フラッシュバックでもたらされる少女の姿。
 朝倉の恐怖の根源は、その少女“あゆみ”が仕返しに来るのでは……という、一瞬たりとも途切れることのない強迫観念にあったのだ。慚愧の思いが“亡霊”を生み、よく似ているらしい自分によって連想想起され、責めて(誤字ではない)来るのだ。
 名実ともに“発作”である。
 かわいそうな先生。理絵子はぐらりと、身体まで動いたかと思うほど心揺さぶられ、こみ上げるような同情と愛おしさをこの女性に感じた。誰にも何も言えずに、恐らく十年を超える時間であろう、一人でずっとそんな恐怖と戦ってきたなんて……。
 解きほぐさねばならない。そう思った途端、腕の中の力が抜ける。
 受け止められたこと、によって、恐怖に立ち向かう“最後の手段”としての怒りを消滅させたのであろう。スイッチが切れたように失神している。
「救急車呼ぶ?」
 横須賀が携帯電話片手に訊いた。
「だめです。先生は恐らく自分がこういう状態になったことを自覚してません。却って病院で目を覚ました時の反応が恐ろしい」
 理絵子は言った。この惨状は恐らく担任の潜在意識のなしたこと。つまり、顕在意識が押し殺している内容の権化。
 従って、病院で目を覚まし、その理由を知ることは、意識したくないモノを意識させることになる。
 そんなことしたら、何が起こるか。
 このビリビリネグリジェの意味するところは。
「わかった。あなたの言う通りだ」

(つづく)

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2025年2月12日 (水)

【魔法少女レムリアシリーズ】14歳の密かな欲望 -04-

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 さて家庭訪問・進路面談となった場合、一般に生徒とその親がぶっつけ本番で教諭と対面することはあり得ない。親子の意見と教諭向けの見解を事前にすり合わせるというのが普通だ。
 但し彼女の場合。
「私が日本に来たいきさつを、それなりに納得してもらえる内容で説明する必要があると思うんですよ」
 彼女は座卓代わりにしている布団を外した炬燵に横座りし、湯飲みのお茶を飲んだ。
「そうねぇ」
 お知らせプリントを手にした白髪混じりの女性が呟く。相原(かおる) 。彼女の夫候補の母親。
「無難なのはイトコかハトコか」
 隣に座る眼鏡の男が言った。夫候補、相原(まなぶ) 。22歳。すなわち彼女の7つ上。宇宙機のエンジニア。
「“実家”は、言ってもいいよとは言ってますが」
 実家、と彼女が指さしたのは卓上のタブレット端末である。画面には東洋系の女性と、比して碧眼に顎髭の男性が映っており、軽く微笑みを浮かべている。
 欧州が宗教紛争に明け暮れて以降、魔術を持って仲裁の任を担って来た欧亜国境の小国、アルフェラッツ王国の国王夫妻である。
 彼女はその娘である。本名をメディア・ボレアリス・アルフェラッツ(Media Borealis Alpheratz)という。称号は北天の花冠。要するに魔法の国のお姫様、すなわち魔女である。ただ、21世紀科学文明にあって“魔法で仲裁”など生じるわけもなく、彼女は王家を引き継がないと決断し、応じて結婚前提で日本に帰化した次第。相原姫子はそれに応じた仮の名である。なお、原宿でスカウトされる……日本にいて異国の出自と見られないのは、先祖が魔術を会得したパルミラの巫女だったからとされる。新約聖書に出てくる“東方の博士”の末裔を名乗って列強に売り込んだとも。

(つづく)

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2025年2月 8日 (土)

【理絵子の夜話】空き教室の理由 -041-

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「黒野さ……」
 施錠されていたドアが開く。一般的には超常現象と認識される。
 横須賀は何か言いたくなったのであろう。しかし、それを口にする前に、深刻な事態が二人を迎える。
 内部が真っ暗であり、詳細な描写を躊躇う臭気が充満している。
 横須賀が臭気に対して当たり前の生理的反応を訴え、後ろを向いた。
 その時。
 野獣の雄叫びのような声が聞こえ、暗闇の中から金属光沢が矢のように突き出されて来た。
 それはぼろ布のようなモノを身体に纏い付けた、担任朝倉とおぼしき人物。よく見れば、布のようなモノは、ビリビリに引き裂けたオレンジの水玉模様のネグリジェ。
 血管が子細に見えるほど赤く腫れた目を見開き、それこそ野獣のように大口を開いて、包丁もろとも突進してくる。
 まるで鬼。
 それは朝倉が錯乱し、体当たりの要領で刺し殺しに来たと書けば、端的な表現になるか。
 今度こそ念動が欲しい、と理絵子は一瞬思った。しかし、まだ十分に時間はあるとも思った。ちなみに、このように一般にパニックになりそうな状況でも彼女が冷静なのは、そういう“予感”がしないから。
 黒い革の学生カバンで左から右へ薙ぎ払う。
 包丁が弾かれ、宙を一閃して、玄関脇の壁面へ突き刺さる。
 鋭い金属音が響き、虚を突かれた表情で“鬼”朝倉が立ち止まる。ちなみに字面で一連の動きを書くとこのようになるのだが、横須賀には“目にもとまらぬ早業で”理絵子が何かした結果、包丁が壁に刺さった、としか見えていない。
 騒ぎ立ててはいけない。同じくいきなりもたらされた結論で理絵子がまず思ったこと。
 室内を見て取る。想像を絶する状況を呈している。散乱している……排泄物と吐瀉物。
 横須賀を振り返り、声を立てるなと唇に指。
 顔を戻して。
「先生。大丈夫ですか?私です。黒野です」
 理絵子はまずは尋常に声をかけた。
 朝倉は理絵子を見返した。鬼の様相のその目が泳ぐ。瞳が動揺する。

(つづく)

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2025年2月 1日 (土)

【理絵子の夜話】空き教室の理由 -040-

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「次を右折すると、ナチュラルに左に曲がっています。そのまま道なりに走ってミラーのあるY字を右へ」
 理絵子は言った。もう面倒くさいので超感覚にモノを言わせた。
「黒野さん、あなた、お宅におじゃましたことが……」
「ありますよ」
 理絵子は答えた。隠すようなことではない。
 タクシーを降り、無人の様相を示すアパートの階段を上がる。
 ここで理絵子として注意すべきは、超自然的な何かが、担任の部屋で生じていないか。
 が、そんな様子はない。超常感覚は何の異変も感知していない。あの世の虫達……陰鬱な心理に寄りつく有象無象の気配もない。
 横須賀がドアをノックする。
「横須賀です。朝倉さん、大丈夫ですか?」
 返事はない。ないが、アーとかウーとかいう低いうなり声が中から聞こえる。
 ……それは野犬が中で威嚇していると考えれば、イメージ的には近い。しかし、状況としてはあり得ない。
 横須賀がドアノブに手をかけ、回す。
「カギが……」
 施錠されている。ガチャガチャ回すが、当然開くわけもなく。
「朝倉さん。開けて頂けますか?」
 無反応。
「どうしよう。警察を呼んだ方が……」
 理絵子は答えず、横須賀に代わってドアノブを握った。
 ここで恐らくは念動力が理絵子にあれば、話は早いのかも知れぬ。しかし修験者の見立てでは理絵子に念動力はないそうである。理由は“おなごだから”であるらしい。ただ、スプーン曲げくらいは、訓練すればできるのではないかと思う。
 確信が訪れた。
 根拠もなく、論理の因果律をも無視しているが、結論はいきなりそこにある。この突然性が超感覚の超感覚たるゆえん。
 このドアは開く。
 理絵子はノブをひねる。がちゃりと音がし、ノブを引くと、ドアは開いた

(つづく)

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