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2025年3月

2025年3月29日 (土)

【理絵子の夜話】空き教室の理由 -048-

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 横須賀の顔色が変わり始める。“空き教室の理由”がそれであると知ったのである。
 ただ、理絵子としては今ひとつ納得が行かない。端的に言って朝倉が見ている二宮あゆみの“亡霊”は、朝倉自身が保有する恐怖の象徴表現であり、意識中の擬似人格であって、実際の幽霊ではない。無論、実際には二宮あゆみ本人で、朝倉の……自分で言うのもなんだが“お気に入り”の生徒を死に至らしめ、もって朝倉を苦しめることによって復讐をしているのだ、という理屈は成り立つ。
 成り立つがしかし。自分が彼女を感じないのはなぜか。
 感知されるのを避けて出てこないのか。それは“午前2時の訪問者”たちが好んで自分の周囲に出てくることと矛盾する。気付いて欲しいから“見える”人のところに現れる。のが普通である。実際、朝倉にも有象無象が憑いていた。
 横須賀が恐る恐る訊く。
「朝倉先生はお一人で抱えてらしたんですか?誰かに相談などされたことは……。そういえば教頭先生ってこの件すごく厳しくていらっしゃいますけど、教頭先生には何か?」
 朝倉は肩をびくっと震わせた。
 理絵子は急いで朝倉の手を握る。
「当時、教頭先生は学年主任でいらした」
 朝倉はぼそっと呟いた。
「……だから、よ」
 この言い回しが不自然と感じた向きは多かろう。理絵子も最前見た“一人芝居の空白”と同じ“無意識による隠蔽”を感じた。心理学に言う抑圧だ。
 そこで朝倉は理絵子にゆっくりと顔を向けた。
「そういえば黒野さんのお父様……この事件、担当してらしたわね……」
 その言に理絵子は頷き、
「ええ、ですから、父に訊けば、先生がご存じない部分も判るかも知れません」
 少し挑戦的なカマ掛け。

つづく)

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2025年3月26日 (水)

【魔法少女レムリアシリーズ】14歳の密かな欲望 -07-

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 キッチンに向かうと客間で談笑する香と奈良井の声が聞こえる。家庭訪問で先生をお迎えするとか何年ぶりかですわ。息子の時はあのバカ宇宙飛行士になりたいとかほざくもんだから親と先生二人で阿呆馬鹿間抜けととっちめたもんです。……姫子は聞きながら笑った。彼が、自分と、本当に宇宙に行ったことがあるなんて、誰にも話すことはあるまい。
「お待たせしました」
 姫子は客間に入ると膝に手をしてスッと正座し、窯変ようへんで黒みが付いた常滑とこなめ焼の茶碗を乗せたお盆を置き、奈良井と、香と、自分の座る位置に並べた。
「お楽になさってください」
「はい。って、……えーと、オランダにいた、だっけ、そんな風に見えないわ。どこでそんな大和撫子の作法を身につけたの?」
 本日最後、および、この場にいるのが全員女、という気楽さも手伝っていようか、奈良井は足を崩して横座りになった。
「あら、欧州で日本のカワイイは大ブームなんですよ。髪の毛のお姫様カットとか。見た目こんなナリですから、出来て当然みたいに言われましたので」
「なるほどね。……で、言い出しにくいんですけど、本題に入りますね。その、家庭環境について、進路指導や、提出する資料にも関わりますので、少し詳しくお伺いしないといけなくて。あら、凄いお茶碗」

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(スゴイお茶碗)

 奈良井が調書と思しき書面を取り出し、お茶を手に取ったところで、香が彼女に目配せ。その説明は任せて。
「姫子ちゃんの父親は相原隆(たかし)と申しまして……」
 それは本当は香の夫、学の父親である。但し、交通事故で他界。なので“ダシに使った”と彼女は理解した。
 証券マンとしてアムステルダムに在し、欧州そこかしこを飛び回っていた。が、客死して一人残った彼女を従妹である香が引き取ることになった……。
「え?じゃぁご両親とも存命でない……」
 香は“しまった!”という顔をしたが。
「母は知りません。家にいない父とそりが合わなかったようで、物心ついた時にはいませんでした。その流れで現地の日曜学校を通じて孤児院を手伝うようになって、まぁ応じて看護師が必要な場面が出てくるんですよ。で、あっちの医療ボランティアに所属して看護師の資格を取りました。なのでボランティア活動もやってたんですが、最近戦役災害が多くて出動出動になってしまって。学業に支障を来すからもう来るなと。金なし居場所無しで頼ったのがおばさま、という次第です」

(つづく)

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2025年3月22日 (土)

【理絵子の夜話】空き教室の理由 -047-

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 朝倉が横須賀の存在に気付き、理絵子と交互に見る。気がつくと訪問者ありという状況に対する困惑は感じるが、意識精神は安らかに落ち着いている。
「ごめんなさい。お手数を掛けまして……昨晩遅くから意識がなかったようです」
 謝る朝倉に横須賀がペットボトルのお茶と、総菜パンを勧める。朝倉は上半身を起こし、お茶を口にした。
 肩を動かして安堵の吐息。
「夢を見てたの」
 朝倉は真正面、重なった衣装ケースの方を見ながらつぶやく。
 それこそ夢から覚めた少女のように。
「怖い夢。でも不思議ね。黒野さん、あなたが救い出してくれた。どうやってかは覚えてないけどあれは確かにあなた」
 朝倉は言って沈黙した。
 目は開いたまま。記憶の断片でも追っているのだろうか。
 横須賀も女性であり、朝倉が何か思考に埋没しているとすぐに判ったようである。特段問うでなく、朝倉の反応を待つ。
「予感がするの」
 少し経って、朝倉は唐突に言った。
「それは、どんな、ですか」
 理絵子は問いかける。ゆっくりと。
 それこそ予感がする。核心が担任朝倉の重い口を開いて出てくる。
「あなたなら、黒野さんなら、大丈夫」
 朝倉は言った。
「そう思われる前は?」
「あの子と……二宮あゆみと似た娘を見ると、私は彼女のことを思い出してしまう。……ただ、普通はそのまま卒業。でも、中にはやはり感づく子がいてね、親切に気にしないでと言ってくれた。だけど……そういう子に訳を話すと、どうしても気になるらしいのね。行くのよ。あそこに。そうすると」
「そして伝説が繰り返される」
 理絵子の指摘に、朝倉は頷いた。

(つづく)

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2025年3月15日 (土)

【理絵子の夜話】空き教室の理由 -046-

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「先生大丈夫、私です。黒野です」
「くろのさん……」
 理絵子に目を向ける。まるで親に出会えた迷子の幼女である。担任は見る間に穏和な表情になり、人形の空気が抜ける様に弛緩し、再び眠りに落ちていった。
 横須賀が大きなビニールを抱えて戻ってきた。
「教頭先生には問題ないと電話しておいた。まだやすんでらっしゃる?」
「ええ」
 理絵子は着替えとして差し出されたジャージの上下に手早く着替えた。赤紫色で白線三本、特価980円。値段相応にダサいしダブダブだが、選り好みはできない。セーラーは学校へ着て行ける状態ではない。
 ジャージの入っていたビニールにセーラーを押し込み、横須賀の買ってきたペットボトルのお茶を手にする。
「朝倉先生の発作っていつからかご存じですか?」
「私が転任してきて最初の職員会議」
 横須賀は即答した。
「ショッキングな出来事だったからよく覚えてる。4階に監視カメラをつけようかどうしようかという話でね。突然立ち上がって、まるで亡霊から逃げるみたいに『やめて、来ないで』って。爪で顔を掻きむしって血が出たわ……」
 理絵子はそこで横須賀を制した。
 担任が目を覚ますと判ったからだ。
 静かな朝の目覚めさながらに、担任がまぶたを開けた。時たま父親が大音響で鳴らしているベートーベンの「田園」だ。
「お加減いかがですか、先生」
 理絵子は担任の顔を覗き込み、横須賀の顔が見えないようにして、努めて柔らかい口調で言った。
「黒野さん……さっきはありがとう。助けてくれて……」
「え?朝倉先生覚えてい……」
 言いかける横須賀を理絵子は後ろ手で制する。朝倉は“夢の中の助けに現れた黒野理絵子”と目の前の理絵子がごっちゃになっているのだ。
「横須賀先生とご様子を伺いに参りました。学校にお見えにならないので」
 理絵子は言ってから、ゆっくり朝倉の眼前から顔を引っ込めた。

(つづく)

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2025年3月12日 (水)

【魔法少女レムリアシリーズ】14歳の密かな欲望 -06-

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 翌日。
 初夏の兆しも見えて日射しの強い日。
 家庭訪問週間は、授業は午前打ち切りとなり、午後に教員が駆けずり回る。
“今日巡る家庭では最も学校に近い”ということで、最後になった姫子の居所に、担任奈良井は予定より30分遅れて現れた。
 呼び鈴が押される5秒前に玄関ドアを開けると、奈良井は驚いたように往来から顔を上げた。少し疲れているように見え、そして暑いのだろう、脱いだカーディガンを小脇に抱えている。迎える姫子は水色の半袖ワンピース。
「ごめんね、遅れちゃって」
「いいえ。順調に遅れるから焦るなと、叔母……ですが母と呼んでおります。母から聞いてましたので。どうぞ」
 姫子は話しながら玄関前の4段を降り、門扉を開けて奈良井を招き入れた。5~6軒ずつ7日に分けてと聞いている。先に終わった友人達からしんどかった、という話は聞いていたので、日々しんどい×5の担任の負担は相当なものであろう。
 玄関には相原香が迎えに出てきた。
「遅れまして申し訳ありません。担任の奈良井と申します」
「いいえお疲れ様です。姫子の叔母に当たります相原香です。どうぞお上がりください」
 相原香は玄関マットにスリッパを並べる。玄関から廊下を真っ直ぐ突き当たるとリビングであり、その扉は閉じられ、比して途中左手の襖が開かれているのが客間である。
 その客間から、廊下を挟んで向かい側、2階に向かう階段途中から見ている三毛猫。
 尻尾を緩く左右に振っている。一般に猫が尻尾を動かしているのは苛立っている証左とされるが。
「あら、猫ちゃん」
「何?お水?」
 靴を脱ぐ奈良井の背後から姫子が声を掛けると、猫は素早く階段を駆け上がって姿を消した。
「逃げられちゃった」
「嫌ってるわけじゃないと思います。お茶をお出ししたいのですが、温かい緑茶、冷たいウーロン茶、どちらがお好みですか?」
「……規則でご遠慮、と言いたいけど、正直に温かいお茶を下さい。あちこちで冷たいの出していただいてお腹が冷えそう」
 苦笑する奈良井に姫子は笑顔で応じた。

(つづく)

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2025年3月 8日 (土)

【理絵子の夜話】空き教室の理由 -045-

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 その時、あろうことか、彼はあゆみちゃんを伴っていた。ターゲットとその手段は当然。その結果……。
「彼は私を守ろうとして刺してしまった。彼が悪いんじゃない。のこのこついて行った私が悪い」
 担任は髪を振り乱し、責任を自己に帰そうとするあゆみちゃんを表現した。
 その後担任はあゆみちゃん、岩村少年、岩村少年の家族を交えて、善後策を協議しようとしたようである。
 だがそこで担任の記憶の演劇は進まなくなる。麻酔でも打たれたように、台詞が紡がれなくなり。
「ごめんなさい……ごめんなさい……私が……すべては私が……」
 一瞬の空白の後、担任はそう言ってぼろぼろ泣いていた。しゃがみ込んだ目の前には……あえて書こう、校舎前アスファルトの上、どぎついほど鮮烈に赤い、そして花びらのように広がる、血の海に横たわる少女。
 後頭部より落下したらしく、耳朶がアスファルトに接触している。すなわち、耳朶より後方の頭部は挫滅した状態。当然、血の海の中には脳と思われる灰白色の組織塊が幾つか確認できる。瞳は見開かれたままで、その拡大状態の瞳孔の奥は闇が支配している。水晶体に映る担任の姿を、感情無く見つめ返しているかのようだ。血液が失われて真っ白になった顔と相まって、変な表現だが、リアルすぎる人形のように生々しい。
「あの時……私が……しなければ……しさえしなければこんなことには……ごめんなさい。ごめんなさい……」
 担任は泣き、叫び、苦悶の表情で自分の手指の爪を立て、自らの顔を掴もうとした。
 放っておけば再度“発作”に進行し、自傷行為になり、ネグリジェならぬ自分の身体を引き裂くことになろう。真相は“一瞬の空白”にあるのだろうが限界である。理絵子は担任の額に手を当てた。

(つづく)

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2025年3月 1日 (土)

【理絵子の夜話】空き教室の理由 -044-

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 こういうのは、自分で納得して口にしないと、副作用の方が大きい。
「先生、先生の抱えてらっしゃること、お話しいただけませんか?」
 理絵子は寝ている担任に話しかけた。
 その髪を、頬を、優しく、撫でながら。
「誰にも言いません。私たちだけの秘密です。学校も知りません。彼女と、最初に出会ったのは、いつだったんですか?」
 理絵子の問いに応じるように、担任の口から吐息が漏れる。
 理絵子は、担任の手を、そっと握る。
「……先生、岩村君のことなんだけど」
 担任は少女のトーンで、まるで劇の脚本を読んでいる様な口調で言った。
 理絵子が眠っている担任の意識に接触し、働きかけたのである。一種の催眠術と言って良い。
 以下担任朝倉の一人舞台の様相を呈したのでまとめる。まず“たこぶえ”の連中は、全ての事の始まりとなる男の子の転入を小学5年と言っていたが、朝倉が二人を知るのは彼らの中学入学当初から。あゆみ達の担任となり、彼のことで相談を受けるようになっていった。男の子の名は岩村正樹(いわむらまさき)。みんなと遊ぶというよりは、ひとりで本を読んでいるのが好きなタイプであったらしい。しかしそれが、よそから来たくせにいい子ぶりっこ、という反感を周囲に抱かせた。
 よそ者いじめである。これに彼女……あゆみちゃんが攻撃の矢面に立つ。ここまでは良かった。
 男の子に不幸が訪れる。両親が借金苦で自殺したのである。そもそもこの地へ引っ越して事自体、夜逃げ同然であったらしい。今に言う多重債務だ。当時サラ金地獄などと言ったが、理絵子はそんな語は知らぬ。
 なぜオレばっかり……自暴自棄になった彼は暴走を始める。虐げられた人間は、他を虐げたり、頂点に立つことによって、心の傷を補おうとするが、実際彼は、周囲が自分を避ける様を、離れ始めるのを、心地よいとすら思っていたようである。ただ、彼女だけは、それはいけないと言い続けた。彼も、彼女だけは裏切ろうとしなかった。
 そして、事件は起こった。
 台頭する彼の組織に対抗する他校の組織が、待ち伏せ攻撃を仕掛けたのである。

(つづく)

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