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2025年5月

【理絵子の夜話】空き教室の理由 -57-

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 以前の出来事を思い出す。その時はインチキ行者だったが、理絵子に同様に密教法具である独鈷杵(とっこしょ)を使えと寄越した。
 要はどっちも味方がいてくれるということである。理絵子は少し温かい気持ちになった。
 急がねばならない。リング(正しくは遊鐶(ゆうかん)という)がじゃらんじゃらん言うと迷惑なので、カーディガンのポケットに突っ込み、駅構内へ向かう。
 電車到着を予告するメロディ放送。件の鉄道ヲタク少年に言わせると“プレハブ来るよ~ん”に聞こえるそうだ。階段を駆け上がり、改札にカードをかざしてホームへ降りると、プレハブは言い過ぎかもだが、銀色車体にオレンジ帯の電車が風と共に滑り込む。切符を買う手間が不要とはかくも時間を縮めることか。
「今から電車に乗ります」
 理絵子は電話し、電車に飛び乗る。

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 到着までの乗車時間10分強は、無限かと思う時間を思わせた。待っていた担任には、永遠そのものではなかったか。
 扉が開ききる前に駆けだし、高架ホームから階段を下りる。
「黒野さん、ごめん、ごめんなさい」
 スラックスにトレーナーという地味な姿の担任は、改札の向こうから、改札を逆突破するかの如き勢いで、身を乗り出してきた。
 案の定センサーに触れて警報音が鳴る。
 訝しむ駅員を制して理絵子は改札を抜け、担任を抱き留める。
「黒野さん。私……」
「何も言わなくて結構です。どうされますか?よろしければ私の家に」
「え?でも……」
「先生に今必要なのは何よりも安心と睡眠です。もし、実は誰かが先生を狙っているのだとしたら、今この瞬間も私たちをどこかで見ているかも知れない。だったら、私の家なら警察の一部みたいなものですし」
「ああ、ああ、そうね……そうだけど……」
 担任は言い、顔を伏せた。その言葉と動作は、躊躇はあるものの“それはありがたい”という心理の方が勝ったと受け取って良いだろう。

(つづく)

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【理絵子の夜話】空き教室の理由 -56-

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「すいません急いで行かねばなりません」
「そのようだね。……駅までクルマに乗るかね?」
「……あ、はい!」
 住職の申し出に理絵子は素直に頷いた。この場合、渡りに船。
 案内された電動ゲートの車庫に鎮座していたのは、ピカピカに磨かれたドイツ車。
 BMW M3なるそのクルマは、理絵子でもタダモノではないと判る動力性能を有しているようだ。「もっと地味でいいのだが檀家から寄進された」と住職は苦笑した。
「このくらい乗っていないと“格”を疑われますぞ、とね。なんだか本末転倒な気がしてしょうがないのだが。立派なクルマに乗っていると立派な坊主に見える方が世の中多いようですな」
 ちなみに、寄進者の好意に応えるため、売り飛ばすことも出来ない、とも。
 住職はしかし、レーシングカー並の性能を備えるそのクルマをレガートに御し、駅前広場車寄せに滑り込んだ。
「ありがとうございました」
 理絵子は降りて礼を言い、走り出そうとした。左ハンドル車なので、降りたら反対側に回り込まないとならない。
「ああ待って」
 住職が呼び止め、左ハンドル運転席のパワー・ウィンドを降ろす。
 理絵子が近づくと、住職は窓から何やら差し出した。
 錫杖(しゃくじょう)。頭に金属リングが幾つか付いた杖である。元々は修験者が山野を行く際使ったもので、杖を突くたびリングが音を立てるので野獣が逃げるほか、悪霊を追い払う効果もあるとか。最近はお飾りというか演出小道具として、凝った装丁を施された手のひらサイズが多い。道ばたの地蔵が良く持っている、と書けば判りやすいか。

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(高尾山自然研究路6号入り口)

 住職が差し出したのは手のひらサイズであるが、デザインは鉄棒にリングだけの極めて実用本位でシンプルなもの。
「伸縮する。伸ばせば1メートルほどになる」
 両端を引っ張ると、振り出し竿やラジオのアンテナの如く、確かに伸びる。
「お持ちなさい。守るためなら、人は持てる全てを使って良いはず」
 住職は理絵子に錫杖を握らせると、自動車の巨大出力に物を言わせ、その場の誰もが振り向くほど豪快に加速して去った。
「あ、ちょ……」
 自分に返す時間を与えないためだと理絵子は気付いた。

(つづく)

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【魔法少女レムリアシリーズ】14歳の密かな欲望 -11-

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 奈良井は涙を溢れさせ、幼い女の子のように泣き出してしまった。
「ああ、ごめんなさい……ごめんなさい……どうしましょう、感動というか、あなたの言葉に心揺さぶられて涙が止まらない……」
 慌ててバッグのハンカチを取り出そうとする奈良井の元に、猫が降りてきて前足、“手”をそっと添える。

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(イメージ)

「あら……心配してくれてるの?大丈夫よ。あなたが姫子ちゃんと一緒にいたがる理由が判ったところ……」
 奈良井はそんな言い方をすると、目元の涙を拭って猫に笑って見せた。
 それはそれで姫子にとって意外な言葉ではあった。猫は「そうかい」と言わんばかりにくるりと向きを変えると、尻尾の先で奈良井に触れ、ベッドを経由しオーディオの上に戻った。
 キバのような犬歯を剥き出しにしてあくびをし、アンモナイトのように丸くなる。「ワタシの役目は終わったからね」あたりか。
「何度も取り乱してごめんなさい。職務に戻りますよ。実は姫子さんに対しての評判は大きく二つに分かれます。そのうちの一つが、あなたと話すことで人生観が変わった、というものです。何を大げさなと正直思いましたが今判りました。あなたが医者を志すとは誰からも聞いてないので、あなたはそのことをクラスの誰かに話したことはないのでしょう。でも、恐らく、あなたの言葉の端々には、あなたが経験してきた修羅場、命の危機に直面した人の有り様ありようをフィードバックした、人としてあるべき姿に対する、重くて強い決意や判断が反映されているのです。それは聞いた子の心を動かし、恐らく、あなたに夢中になる。……教師の言うことじゃないね。でも、多分そう。例えば大桑さん、彼女は最初、あなたのことをひどく嫌っていた。でも、一瞬であなたのファンになった。あなたが彼女の本質を捉えていたから、彼女はあなたを理解者と判断したのでしょう。さて、主導権を大分取り戻したと思うので、もう一つ、あなたに対してネガティブな反応も伝えておきますね。発言が奔放で特に下ネタというか性的な内容を軽々に口にしすぎる。女の子のくせにデリカシーがない」
「へ?」
 何を言われるか、身構えて出てきたそれに、姫子は眉毛をへの字にした。

(つづく)

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【理絵子の夜話】空き教室の理由 -55-

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「あなたの学校の生徒さんが、みんなあなたのように彼女のことを思えば、彼女も浮かばれますでしょうに」
 住職は言い、是非にと、赤外線監視装置のついたくぐり戸を通って、理絵子を墓地へ案内した。
 理絵子が手を合わせている間に、住職は二宮宅が家を壊すに至った理由を話してくれた。
「彼女は成績が悪くて受験で上手く行きそうもない。だから教師の評判を落とそうと当てつけに暴走族と付き合っている、という怪文書が出回ってね」
 理絵子は目を剥いた。
「そんな、だって……」
「その通り。彼女は純粋にその少年を引き戻そうとしただけだ。だが、狂った歯車は止められなかった。石が投げられ火が付けられ、そして彼女は死を選んだ」
 理絵子は思わず彼女を呼んだ。聞いてる?私の声が聞こえてる?
 あなたは悪くない。あなたが引きずり込んでるとは私には思えない。
 どこにいるの?あなたに会いたい。あなたと話をしたい。

一番可哀相なのは他でもないあなた!

 ポケットで震えるものがあり、理絵子を現実に引き戻す。
 携帯電話である。発信者は朝倉。
 緊急コールか。
「担任です。その当事者の1人です。ちょっと失礼します」
「ああ、いいよ」
 理絵子は着信ボタンを押した。
「黒野です。先生大丈夫ですか?どうかされましたか?」
 戻ってきたのは泣きじゃくる声。
「落ち着いて」
 といったが無理であろう。やったことはないが電話越しのテレパシーを試みる。
 荒らされた室内のイメージ。
 発作ではない。侵入者がありドロボウよろしく引っかき回したのだ。
「誰かが入り込んだんですか?」
 理絵子は問うた。
『買い物に、買い物に出たの。調子が良くなったから。それで…帰ったら、帰ったら部屋の中がメチャクチャ……』
 それは怖いだろう。
「判りましたすぐ伺います。警察にも連絡を」
『それはいや!』
 朝倉は即座に、しかも叫ぶような声でそう返した。その意味、頼りにしているのは理絵子だけ。
「……判りました。とにかくすぐ伺います。怖いようでしたらお宅ではなく、駅までいらしてください。そこでお会いしましょう」
 理絵子は言い、電話を切った。

(つづく)

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【理絵子の夜話】空き教室の理由 -54-

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「まぁ麦茶でもお上がりな……」
 住職は木の盆に湯飲みを載せてお堂に来、立ったまま菩薩と対峙している少女に目を剥いた。
「そろそろ、話しかけてもいいかな、天耳他心の娘さん」
「あ……」
 理絵子はようやく住職の存在に気付き、振り返った。
 遅まきながら自己紹介。
 意図を説明する。中学校の伝説が自殺事件をベースにしていたと聞き、心が動揺、何か彼女のために出来ることはないかと、彼女が住んでいたこの地に来た。
「ああ、あの子も今の君のように、菩薩様を立って眺めていた。いいや、話していたと言うべきかな。今一瞬、あの子かと思ったくらいだよ」
 住職は彼女が、『人の心』について、よく自分に質問したり、観音像の前に立って、或いは座って、瞑想していた、と教えてくれた。
「可哀相だったよ。誰も彼女のことを理解しない。真実に目を向けようとしない。表面を自分の都合のいいように捉える。私も彼女に的確な答えを与えることは出来なかった」
 暴走化して行く彼。引き戻そうとする彼女。離れろと言う周囲。
 本質は何故彼が暴走を始めたかにある。そこをすっ飛ばして単に彼から離れろでは、何の解決にもならない。
「学校の伝説では、彼女が幽霊となり、その禁じられた教室に入って来た生徒を、死へ引き込む、となっています。でも、話を聞けば聞くほど、調べるほど、彼女はそんな子じゃなかった」
 理絵子は言った。
「そのようだね。だからうちへ来る君んとこの生徒さんは基本的に全てお断りだ。墓所を蔑ろにしているのがあからさまだからね」
「墓所?」
「おうちの方が、当院に良く来ていた事をご存じでね。家は壊したが、弔いはうちにとのことで」
「……では中学の生徒はここへ肝試しに」
 住職は頷いた。
 理絵子はショックと、置き場のない恥ずかしさに思わず涙が一粒こぼれてしまった。詳しい経緯を知らないとはいえ、死を弄ぶとは何事か。

(つづく)

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【魔法少女レムリアシリーズ】14歳の密かな欲望 -10-

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 ついでに志望校も説明しておく。近隣ではトップクラスの都立高校にまずは入り、そこから、名前からして女子しか通っていないであろう医大を目指す。目的が医師免許の取得であるから、同校の日本における知名度や医学界でのヒエラルキーは気にしない。
「凄い……えーと、あと、志望動機を書け……ということになってるんだけど、なぜその、医者、じゃなくて、心臓外科医特定なの?差し支えなければ」
 姫子はキャスター書庫を戻すと、立ったまま、真っ直ぐに奈良井の目を見た。
「それは心臓が命の根源だからです。ヒトとして、生き物として機能の根幹は『心臓と血流』です。ボランティアで訪れる場所はおおよそ貧しくて、薬もない設備もない。そういう沢山の医療が貧弱な地域で、正直慣れてしまう位に目の前で死なれました。持って行く薬や設備にも限界がある。そうなると残された手段は自然治癒力だけ、という場合も出てくるのです。その時、最低限、必要なのは心臓が動いて血が巡っていること。重い怪我でも病気でも、心臓さえ動いていれば、ヒトの身体は自然治癒力で治そうとする。心臓さえ動かせておけるならば、どんな怪我や難病でも生き延びる道が開ける。ゼロではなくなる。逆に心臓が手出し出来ないなら、他に幾ら手を尽くしても血が巡って来ないことになります。だから最低限、心臓を守りたい。心臓を治せる医者になりたい」
 姫子は息継ぎもせず一気に話した。奈良井は途中からその目を大きく開き始め、そして、まばたきもしない。
 それは動揺が奈良井を捉え、何らか発する言葉を紡げない状態であることを意味した。自分の言葉が“重すぎる”からだと判ってはいた。
 だが、仕方がない。それに遊び半分と見られるようでは、担任自身の報告書にもならないであろう。
「のみならず、どんな強い薬を使っても、どんな難しい手術を成功させても、全ては心臓と血流が確保されてこそです。先進国の最先端であっても、心臓が動いていなければどうにもならないのです。だから、心臓を治せる医者になりたい。命を守りたいと志してこの道を選んだ以上、その根源から治せる者でありたい」
「あなたは……」

(つづく)

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【理絵子の夜話】空き教室の理由 -53-

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……この寺が観音菩薩を祀っていると知ったのは、口から出任せを言うに際し、もっともらしいことを言おうとして、起動中の超感覚が無意識に働いたゆえである。但し、悲しい気持ちについて、心の整理も兼ねて、仏と語り合いたいという気持ちは本音でもある。
「人様に申しますと、色々と誤解を受けることもございますが、わたくしには、“判ってしまう”法力が備わっております。畏れ多くも天耳(てんに)と他心(たしん)に当たるとか。おんあろりきゃそわか」
 理絵子は目を伏せてそう言った。それは仏様が持っているとされる超常能力を指す語で、ひっくるめて超心理学の用語で言うところのテレパシーである。こういう職にある方には、敢えて超自然的な方法と言った方が、自然な場合があるのだ(文章で書くと不自然だが)。
 なお、理絵子のセリフの日本語でない部分は、観音菩薩の幾つかの変化のうち聖観音(しょうかんのん)の真言である。つまりこれを口にすると、観音菩薩に直接コンタクトを試みる、ということになる。
 住職氏は目を見張った。
「さて、普段なら門前払いするところだが、凡百の嘘つきとは言い回しが異なるようだ。以前、高尾山の行者さんに黒曜石の目をした天耳と他心の女の子がいると聞いたことがあったが……」
「自分で言うのも恥ずかしいのですが、大事にしろ口外するなと言われたことはございます」
 理絵子は言った。幼少の頃、滝行場が登山道脇にあり、通りがかりの自分に驚いたという行者さんにそのように言われた記憶がある。
「それはそれは……まぁ、お上がりなさい」
 理絵子は中に通される。お堂の中に安置された観自在菩薩像。
 じっと見つめる。座した姿の静謐な表情に、清水が体内をすーっと流れて行くような感覚が訪れる。ゴチャゴチャしたものが一旦リセットされるというか、絡み合った毛糸が解けるというか。
 清水が汚れを洗い流してくれる感じ。

(つづく)

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