【理絵子の夜話】空き教室の理由 -57-
以前の出来事を思い出す。その時はインチキ行者だったが、理絵子に同様に密教法具である独鈷杵(とっこしょ)を使えと寄越した。
要はどっちも味方がいてくれるということである。理絵子は少し温かい気持ちになった。
急がねばならない。リング(正しくは遊鐶(ゆうかん)という)がじゃらんじゃらん言うと迷惑なので、カーディガンのポケットに突っ込み、駅構内へ向かう。
電車到着を予告するメロディ放送。件の鉄道ヲタク少年に言わせると“プレハブ来るよ~ん”に聞こえるそうだ。階段を駆け上がり、改札にカードをかざしてホームへ降りると、プレハブは言い過ぎかもだが、銀色車体にオレンジ帯の電車が風と共に滑り込む。切符を買う手間が不要とはかくも時間を縮めることか。
「今から電車に乗ります」
理絵子は電話し、電車に飛び乗る。
10
到着までの乗車時間10分強は、無限かと思う時間を思わせた。待っていた担任には、永遠そのものではなかったか。
扉が開ききる前に駆けだし、高架ホームから階段を下りる。
「黒野さん、ごめん、ごめんなさい」
スラックスにトレーナーという地味な姿の担任は、改札の向こうから、改札を逆突破するかの如き勢いで、身を乗り出してきた。
案の定センサーに触れて警報音が鳴る。
訝しむ駅員を制して理絵子は改札を抜け、担任を抱き留める。
「黒野さん。私……」
「何も言わなくて結構です。どうされますか?よろしければ私の家に」
「え?でも……」
「先生に今必要なのは何よりも安心と睡眠です。もし、実は誰かが先生を狙っているのだとしたら、今この瞬間も私たちをどこかで見ているかも知れない。だったら、私の家なら警察の一部みたいなものですし」
「ああ、ああ、そうね……そうだけど……」
担任は言い、顔を伏せた。その言葉と動作は、躊躇はあるものの“それはありがたい”という心理の方が勝ったと受け取って良いだろう。




最近のコメント