【理絵子の夜話】空き教室の理由 -61-
錫杖は、完全に伸ばした上、更に遊環を上の方へ動かして目一杯伸ばすと、ちょうど線路両端に触れた。
錫杖を線路に押しつける。ヲタク少年土崎はショートという言葉を使ったが、ショートから連想される音や火花は生じない。電圧が低いからであるが、今の理絵子にはどうでもいいこと。
鉄橋を来る特急電車の音が次第に大きくなってきた。
果たしてこれで止まるのか?
不安が黒雲のように浮き上がり、心臓の鼓動に合わせ、耳にゴーゴーと音が聞こえ出す。
しかし、今は、彼を信じるほかない。
上の方で騒ぎが生じた。
「あ、おい、君!何して……」
「黒野さんどうしたの!?」
「落とされました!」
言いながら振り仰ぐと駅員と担任である。
駅員は、理絵子が何をしているか判ったようだ。ホームの緊急停止ボタンを押し、構内放送のマイクを手にする。
「君それそのまま。業務連絡。駅長軌道内乗客落下。3015M抑止願います。ああお客さん降りないでください」
駅員は言いながら、こちらへ身を乗り出す担任を腕で押さえた。なお、3015Mというのは列車番号。
理絵子は気付く。川を渡る電車の音は確かに大きくなっているが、レールの継ぎ目を車輪が刻む、ガタンガタンというリズムは極めて遅くなっている。
自分を照らすライトの光芒。
駅員が線路へ飛び降りてくる。まだ若い、経験豊富という風体ではないが、“女の子を救い出す”というナイト精神のなせる技か、光芒に浮かび上がった姿は凛々しい。
「待ってね」
駅員が自分の身体を転がすようにして仰向けにし、首の下と腰の下に腕を差し入れるのが判る。僅かな残照に青が残る夕闇の空の下、勾配を下方より昇ってくる白いボディの特急電車。
ガタンガタンが背中越しに直接振動として捉えられる。そこで一旦、電車の姿は、坂の下の見えない部分に入り、隠される。
身体の下で腕の筋肉が隆と盛り上がり、緊張するのが判る。そのまま自分を腕に乗せ持ち上げる……いわゆる“お姫様抱っこ”を試みようというのだ。



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