アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -027-
彼女はオリエンタリスを手に衆目に一礼し、馬車に乗り込む。この瞬間、この花一輪の効果の程がどれだけ大輪か。ジェフ列車長、ありがとう。
「今しばらく」
ハロルド氏は告げて馬車の戸を閉じ、荷物もろとも御者席に上がった。
ひと鞭。
駅前の通りを馬車が行く。
カメラと、指さす手と、どよめきに彼女は笑顔で手を振る。
石畳の街路は王宮までの半マイル余を真っ直ぐ伸びる。奥手は若干の勾配を持ち、山を背に広大な敷地を有するコルキス王宮へ向かい、その正面城門へ至る。
門扉の係が二人いて、馬車の接近に合わせて扉を左右に大きく開く。
蹄鉄が石をリズミカルに叩く音を響かせ、馬車は王宮敷地へと入る。
芝生の庭園を緩やかに巡り、王宮車寄せに馬車は止まった。
ハロルド氏が馬車の扉を開き、伸べられた手に手を預け、彼女は馬車から大理石の玄関へ降り立つ。
「奥へどうぞ」
総大理石の城が彼女を迎える。玄関ホールは吹き抜けの円形であり、両側に丸みに沿って階段が設えられ、中央には遥か高みからシャンデリアが下がる。
ホール床面には奥へ向かって赤いカーペットが一直線。
先導されカーペットをゆっくり行く。
正面そのまま行けば、それこそ舞踏会など開くための大ホールが見える。傍らに説明用のプレートが立っており、普段は一般観光客がここを歩くと推定される。
しかし、今は自分以外に人の姿はなく、カーペットもホールへ向かわず、途中で左方に曲がり、エジプト王墓の偽扉に似た大理石のレリーフに至った。
ハロルド氏がレリーフの石に手をする。隠し扉の類であろう。〝自宅〟にもこの手のカラクリは十指を下らない。
果たして偽扉は左右に開いた。ただし中は時空を飛び越え現代エレベータのイメージ。
「お乗り下さい」
本当にエレベータであるらしい。中は見慣れた篭のデザインだ。右手に操作ボタンと階層表示。天面近くに現在位置を表示する棒グラフ型のインジケータ。
それは豪奢な城に似合わず機能優先の意匠である。素っ気ないと言って良いほどで、乗ってきた寝台車と対極に位置する。どちらかというと大学や、企業の研究所(ラボ)の類を思わせる。ここが実は国の先端研究所、だったなら理解できるが。
え?
ハロルド氏は彼女の荷物を篭の中へ運び込み。
「さて姫様。申し訳ありませんが、わたくしはこれより先に足を踏み入れる権限を有しません。殿下お一人となってしまいますが、降りた先で王女殿下がお待ちの手はずです」
「え……」
ちょっと心細くなるというか、王族として迎えられる場合、ひとりぼっちにされることは基本的に無い。
ただ、ここへ来た趣旨を彼女は思い返す。EFMMでは姫と呼ばれこそするが、現場で何に手を出すかは個々の判断であり、単独行動も当たり前。
ここで切り替えろということか。
「判りました。ありがとうございました」
彼女が答えると、ハロルド氏はボタンを押し、ケージ外へ出、恭しく頭を下げたまま、扉が閉まって見えなくなった。
エレベータが動き出す。感じるベクトルは下方である。城の地下へ向かってエレベータは加速して行く。
地下に何か設えたのだろう。大規模な救助プロジェクト。
そのための施設が地下にある。
エレベータは風切り音を立て、恐らく高速で降下し続ける。米国のシアーズタワー、或いはエンパイアステートビルディング級の長さである。日本的な書き方をすれば大深度地下と言えるか。天面近くの位置グラフが左へ左へ動いて行く。
ブレーキが掛かった。
減速し、応じたGを身体に感じ、Gが小さくなり、抜け。
着床したらしくドア上にランプが点る。
扉が開く。
彼女は息を呑む。
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