« 2025年8月 | トップページ | 2025年10月 »

2025年9月

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -060-

←前へ次へ→

「ちあり?ちありいぬかい……いぬかいちありか。待った」
 青年は最初首を傾げたが、すぐに気付いたように目を見開き、しゃがみ込んでシュラフの中からノートパソコンを引っ張り出した。
 画面を見ると同好者向けのネット掲示板に投稿していたようだ。曰く『一旦消えてまた現れた流星を観測』とあり、それは船体で隠されたためだろう。透過シールドは船外カメラ画像を反対側に映して〝船がなければ見えるはず〟の画像を作り出すものだが、可視光線で流星を捉えるほどの感度は無かったということか。
 だから青年は双眼鏡をずっと船の方向へ向けていたのである。
 彼は画面を切り替えるとニュースサイトに接続し、日本語で〝犬飼ちあり〟を検索した(これでレムリアは船でのネット検索の限界に気付いた)。
「この子か?」
 果たして見つかったらしくパソコン画面を見せられる。それは犬飼ちありという10歳の少女が行方不明というニュース記事。
 大男が膝を屈し、画面の写真と少女を比べる。
 やつれているが、ほくろの位置や眉毛の感じは写真と一致する。
「でもこの子は奄美大島で……」
「人身売買組織の手になるところでした。彼女は……麻薬をかがされて、何も覚えてはいないでしょう」
「う……何か良く判らんが見つけて届けに来たんだな?承った。任せろ」
 青年は一発結論を寄越した。
 大男が少女を下ろし、青年は自分が入っていた寝袋のジッパーを開くと、そこへ少女を横たえた。
「預かった」
「では、いきなりご面倒ですが」
「確かに面倒だよ可愛い子。天使か妖精か知らないけどさ。一期一会だ。名前訊いてもいいかい?オレは|相原学《あいはらまなぶ》だ」
 青年はレムリアの目を真っ直ぐに見て問うた。
「私は……レムリア」
 彼女は答えた。青年の認識を知る。日本で古来〝神隠し〟と呼ばれる現象が自分の前に発生した。
「幻の大陸だな。夢かも知れないけどな。ともあれ預かった。突っ込まれてもアリバイはあるんだどうにかするさ。行きな天使さん。形而上の存在が地上に長居するもんじゃない」
 青年は薄い笑いを浮かべて言った。折りたたみ式の携帯電話を開く。警察へ掛けると知る。
『レムリア後は任せましょう』
「魔女っ子行くぞ」
「はい」
 セレネとアリスタルコスに促され、レムリアはスロープから船内へ戻る。丸投げで冷たいようだが燃料がない。
「浮上に伴い風が吹きますのでご注意を」
「ああ判った」
 青年は少女を抱え、船に背を向けた。
 船について話すことを忘れたが……まぁ、必要であれば。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -059-

←前へ次へ→

 レムリアはセレネと顔を見合わせた。
「不可能ではないと思いますが」
 2人の総意。すると。
「停船して持ちかけろ。女の子の対応を受け入れるなら本船の目撃を不問に、さもなければ記憶を消す」
 強引な……レムリアは思った。ただ、テレパシーは、それに否定の感情を与えない。
 セレネと頷く。女の子を受け入れてくれる位なら、船の秘密を話したりはしないのではないか。
 裏切ったらその時はその時。
 テレパス二人の結論は一致した。
「降下してください。透過シールド解除。仰臥の人物に託します」
「了解。シュレーター、直下に暴風を生じないように降下せよ」
「了解」
 それは外見的には、深夜中空に突如帆船が現れ、すーっと降りて来るという光景。
 当然、人物は双眼鏡を外し、展開される状況をあんぐりと口を開けて見ている。
 レムリアにとってそれは〝平和な国ニッポン〟という言葉がもたらすイメージを遙かに上回る衝撃であった。
 当該人物は眼鏡をかけた青年と思われた。申し訳ないがテレパシーで覗かせてもらうと。
 冬の深夜にゴロ寝して流星観測。
 えっ……という衝撃がテレパス2人を捉えた。更にレムリアには冬の深夜に寝袋に入って転がっていること、それで襲撃を受けたりしないこと。および、近隣にこの行為を訝しく感じる者もないという状況に唖然と驚愕。
 なんだ、この国は。 
 まるで自宅庭先にいるような風情雰囲気。
 日本とは、こういう国か。
 青年が寝袋から這い出てきた。キモノ(半纏である)を着ている。
 目の前に降りてきた船を右から左までくまなく見渡す。
 空から船が降りてくる。それはおとぎ話の始まりそのものであって、常識で考えると受け入れがたい状態のはずである。
 だが、青年は逃げるでなく、怖がるでなく。
「本船を宇宙船と認識しているようです。飛行原理は何だろう」
 セレネの報告に船長は笑った。
「そいつは驚いた。本船を見て驚きもせず、どうやって飛んでいるんだろうって?」
 レムリアはセレネと認識を一つにした。
 この人だ。自分の魔法が、仕事をした。
 青年の認識が変わらぬうちにとスロープを下ろし、ちありちゃんをアリスタルコスに抱えてもらって、レムリアが先導し、船から下りる。日本語が解るのは自分だけであるから、方法は他にない。
 青年の認識はアニメの世界である。〝空から女の子が降りてきたぜ〟。
 ぐったりした少女を抱えた大男と、黒曜石の瞳に星の光を蔵したショートカットの娘。
「この子を知りませんか。ちあり・いぬかい」
 レムリアは青年に向かって問うた。その名を出せば、青年はこれが夢でもファンタジーでもないと認識するだろう。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -058-

←前へ次へ→

 船は教会建物に暴風が直撃するのを避けるため、バックする形で風を噴いて宙に浮き、全ての建造物より高いところまで上昇すると、即座に光子ロケットに切り替え、東方に去った。
 円弧を描いた光の帯がキラキラ光る粉となり広がり、散って消えて行く。
 入れ違いに、教会に何台もの救急車が到着し始める。
 その時点でアルゴ号はロシア領空高度1万5千。球面上の2点間最短経路を大圏コースというが、それに則った針路である。欧州の夕暮れに対し深夜帯。なお、船倉は途中で宇宙めがけて放り出した。やがて燃え尽きて流星となるであろう。
『日本のどこだ』
 シュレーターが訊いた。
「検索します。インターネットは……」
「コンソールの下からキーボードを引き出せ。普通にOSとブラウザが走る」
「判りました」
 サイトに繋いで調べてみるが何も出てこない。……なお、理由は単純かつ〝くだらない〟と言うべきか、船に搭載のOSが日本語非対応なためだが。
 失敗だ。その認識に身体がびくりと震え、セレネがそのことに気付く。
 と、画面に赤文字でCAUTION。

 Low fuel.
 We're close to being able to return. 
 
「燃料が足りません。帰投限界」
 レムリアは自コンソールのそれを読み上げて歯がみした。予備的な遊覧の予定をぶっつけ本番で救助活動にしたので燃料は僅かしかない。
 自分の暴走だ。勝手な思い込みと拙速な行動が次々失敗を呼び込む。行き着く先は引き返し不能の袋小路。
「とりあえずどなたかに託せませんか?結局、この少女はそこへ戻るのでしょう?」
 とはセレネ。モニタに浮かぶ灯火に縁取られた日本列島。夜でも街明かりだけでその形の判る国。但し北端から南西端まで2000キロ。自分は〝日本〟という国土のスケール感を完全に見誤った。
「レムリア。落ち込む前に私たちでやってみましょう」
 セレネから指示が飛んでくる。二人の力を合わせ、〝受け入れてくれる存在〟を探せ。
 と、共に、強い確信が訪れる。なぜなら。
 自分の魔法は〝魔女の願いを成就させる〟ように働く。
 及び。
 ここは日本。

 この国なら、そういう人は必ずいる。

 とりあえず東京。但し深夜でありオフィスよりは住宅の多い方がいいだろう……真西に向かって一本伸びる線路に沿って多摩地区へ。
 テレパシーが、反応した。
 誰か見ている?
 その認識に、セレネの見解。
「本船が見えている人がいます」
「透過シールドを使っているのにか!?」
 アルフォンススは何らか異常能力者と考えたようだ。テレパシーに連動して船外カメラが動き、人物を映し出す。確かにこの船へ双眼鏡を向けている。高層アパート群の傍らにある緑地帯。午前1時過ぎ。
 しかもシュラフに入って仰向けに寝転がって。
 時間が時間であり、周りには他に誰もいない。
「本船を理解している節はあるか?」
「そこまでは何とも……ただ……」
「テレパスふたりは記憶を操作するような術を持っているか?」

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【理絵子の夜話】空き教室の理由 -74-

←前へ次へ→

 逆光状態が解除され、“まさか”と描いてある顔が普通に見て取れる。
「あゆみちゃんを死に追いやっておいて、返す刀が“折角尻ぬぐいしてやったのに死にやがって”ですか」
 理絵子は早速父親の情報に基づきモーションを掛けた。
 事実かどうかはどうでもいいのである。図星であれ、間違いであれ、何か真実に繋がることを口にするはずだからだ。
 超感覚的には全て判じたが、それだけでは意味がない。
「お前、一体どこまで……」
「さぁ」
 理絵子は首を傾げて言い、挑戦的に微笑んだ。
「正直に言え、何を知って、誰に言った。まさかお前の父親……」
 ここで理絵子は携帯電話をリダイヤルで発呼した。音を出すスピーカと、光を出す発光ダイオードは指で隠す。
 この電話で最後に掛けた相手は彼女の父親である。
 指に振動を感じ、親子ホットラインが繋がったと判じる。マイクの部分を指先で叩く。とととん、とんとんとん、とととん。もう一回。
 これで父親に意図は通じた。モールス信号のSOSだ。
「父に話したらどうだと?何かお困りでも?教頭先生」
 父親に状況が判るように話す。
「そういえばお前は、あのクソッタレな暴走族共と付き合いがあったな」
「ええ、あゆみちゃんと同じくね。彼らからも色々聞きましたよ」
 理絵子は2枚3枚とカードを切った。
 教頭の発する雰囲気……オーラが変化するのを、理絵子の感覚が如実に捉えた。
「君は高校に進学するんだろう?成績も充分、学級委員としても立派にこなしている。文芸部の部長で先生方の評判も高い。何故そんなことをする」
 地位の差を利用し、主題をすり替えて何か迫るのは、不利な状況に陥った大人の取る常套手段。
「担任を守るためです」
 こっちも矛先を変えてやる。
「祥子を?ハッ。笑わせやがる。お前みたいな小娘に何が出来る」
 教頭は担任を“しょうこ”と名前で呼んだ。朝倉祥子。普通、男性が女性を名前で呼ぶのはどういうシチュエーションか。
 そして、お前だの小娘など、抑えきれない感情の表面化と見られる罵詈が、言葉の端々に次第に増えてきている。
 真実に近づいていると感じる。そして疑う余地なく、この教頭とやらは何らかの犯罪を隠している。
 理絵子は唇の端でフッと笑った。マンガで見た少女心霊探偵の決めポーズの真似。
「真実は自ら姿を現すということです。教頭先生」
「それはどうだろう。先生は悲しいよ。君みたいな優秀な生徒までもが伝説の餌食になるとはね」
 教頭はフフフと笑いながら、再び懐中電灯を理絵子に向け、最前より早いテンポで理絵子に近づいてきた。

(つづく)

| | コメント (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -057-

←前へ次へ→

 タオルの下に手を入れ、骨張った身体に触れると熱く、脱水症状の様相。
 熱帯の海上で箱の中に閉じこめられていたのだ。当然であろう。
「レムリア!」
 背後の船、甲板上から声を掛けてきたのは、双子の片方。
「この服には名前がある。読めるか?」
 月明かりの中に彼が掲げたのは、淡い水色のワンピース。
 すなわち、彼のあずかり知らぬ文字言語で書かれているということであろう。
「ちょっと待って下さい」
 レムリアは船上の彼を制し、少女の様子を見る。
「この子は脱水症状を起こしています」
 それは本来医師の診断すべきこと。
 ただ、ここには設備がある。対して医師を悠長に待つ気はない。
「この子をベッドへ。……その服を見せて下さい」
 シスター達に生命保持ユニットのベッドに運んでもらい、服へ手を伸ばす。
 服を持った彼……銃の形状からしてラングレヌスであった。彼は服を投げたりせず、手に持って生命保持ユニットへ降りてきた。
「これだが」
 ワンピース首部分のタグに名前がある。
 日本の文字。それこそ、この子であろう。
「ち・あ・り。いぬかい」
 二段に分けて書かれた「いぬかい・ちあり」をレムリアは下から読んだ。
 名前を呼ばれたせいであろう、ベッドの少女が反応する。テレパシーが働いてその通りと知る。彼女は冬の南の島で、海岸を一人歩いていて、人身売買グループに拉致された。
 身元が判ればすることは一つ。
「この子は日本の子です。届けます」
 レムリアは言った。点滴が出来る。その時間で日本まで行き着けてしまう。
 だったら、やってしまえ。
 そばで緊急自動車のサイレンが聞こえ、シスターのひとりが医者到着の由。
「判りました魔女さん」
 孤児院長のシスターは言った。
「この子達は私たちが責任を持って。その日本の子はあなたに託します」
「ありがとうございます。お願いします。ではまた」
 レムリアは挨拶しながら点滴作業の準備をする。展開された保持ユニットが閉じて行く。
「神のご加護を」
「ええ、子ども達が、ここに来られたのは、多分」
『状況は聞いた。発進する』
 アルフォンススの声。
「お願いします。風は控えめに、目的地は日本」
『了解。シュレーターできるか?』
『クローラ逆進起動。空気圧浮上後に光子推進に切り替える。上昇中保持ユニットは衝撃に注意』
「了解」
 応じるとエレクトロニクスを格納した〝影〟が動く。
 教会庭先から道へ向かって一陣の風が吹き出し、影が地を離れる。
 かすめ行く流れ星のように光の帯が曲線を形成し、何かがその中を駆け抜けて去る。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -056-

←前へ次へ→

 その出入り口傍ら、スッと飛び降りて来る少年。
 否、少年ではない。穴の開いた船倉横、月影に立っているのは〝魔法使い〟の小柄でスリムな少女。
 レムリアの〝変身〟は月光の下でのみ有効。だから箱の下影の中に入ればお出かけ着の魔法少女レムリア。
「ここから出て。階段を通って下へ」
 レムリアは開いた出口から子ども達の手を引き案内する。他に大男の姿もあり、同様に子ども達を導く。
 甲板から船内を経由し、生命保持ユニットへ。
 子ども達を洗浄消毒の設備に通し、汚れた身体を洗う。ちなみに、船倉内は不潔ではあったにせよ、人間だけしかいなかったせいか、洗い落とした汚れの成分から、懸念される菌やウィルスは検出されない。
 液晶画面にOKの文字。
 シスターが驚きつつ、しかし思いついたように併設孤児院に取って返し、バスタオルや寄付された服を持ってきてくれる。レムリアは子ども達の水分をエアシャワーで飛ばした後、それらを羽織らせ、送り出す。
「突然すいません」
 レムリアはシスターへ向かって言った。どこかの女の子の髪の毛をシュシュでまとめ、シャツを着るのもままならぬ幼い男の子にポンチョをかぶせる。
「いえ……ああ、寒いわ。子ども達は中へ入れて下さいね。少し人を呼びます。麻薬中毒と聞きましたが?」
「はい。何も判らなくさせて拉致したものと」
「ドクターはこちらへ向かっています」
「ありがとうございます」
 後から出てきた他のシスターや、手伝いに来てくれているボランティアのおばさま方、それに、孤児院の年長児であろう、大柄な子ども達も出てきて、22人を順次、孤児院の遊戯室へ導いて行く。
 全員の消毒が終わったところで、レムリアも誘導作業に加わる。体調別に部屋を分ける。
「暖房を最強にして。パンが幾らか残っていたでしょう。あと麻薬であれば喉が渇くはず。災害避難用の水を」
「判りました」
 シスターの指示と、応じる声と。
「ドクターから連絡がありました。程なく到着されるそうです」
「ありがとうございます……よかった」
 報告にレムリアは思わず笑みを作って応じ、両の手を叩いてパチンと鳴らし、そっと目を閉じた。
 それは、嬉しい時の、安堵した時の、彼女の癖。
「あなたは……あなたは確かに魔女のレムリア」
 仕草を見て、改めて認識したようにシスターが言った。
「今、わたくしは多分……」
 シスターが言いかけたその時。
「魔女さん。一人倒れてしまいましたっ!」
 レムリアは声の方へ目を向ける。
「ちょっと失礼」
 駆け寄ると、耳を捉えたのは、間違いなければ日本語、であった。
「おかあ……さん」
 細身の、否、痩せてしまった少女である。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -055-

←前へ次へ→

「はいそうです。人身売買組織に拉致された子ども達を救出しました。閉じこめられ汚れており、麻薬中毒の疑いがあります」
『船の設備で汚れと消毒は何とかなりませんか?』
 セレネの英語。
『魔女さん何を?』
「すいませんこちらのやりとりです。人数は……」
『22人だ』
「22人です。いったん引き受けを今すぐお願いしたいのですが」
『今すぐ、ですか?』
「離脱症状の対策だけ専門家へ連絡をお願いします。後は私の方で」
『今どちらに?22人もどうやって……』
 シスターの困惑が伝わってくる。当然であろう。以前、街中でみなしごに出会い、連れて行ったことはある。
 それと同類だが人数が違う。
 しかし、説明する時間はない。理解もされまい。
 基本的に姿を隠す……その言葉をレムリアはここで思い出した。
 ただ、私は〝魔法使い〟。
『着くぞ』
 シュレーターの声に街路番地を伝える。カトリックの教会なので十字架が屋根にある。すぐ判るはず。
 程なく船が中空に静止した。
「今、真上です」
『えっ』
「風が吹きます」

12

 夜を迎える12月の教会。ただ、時刻自体は午後4時と少し。
 シスターが突然の風に驚き、礼拝堂から飛び出した時、教会の庭先には、赤く大きな月の姿と、何か大きな〝影〟があった。
 巻き上がる砂埃に、シスターは腕を上げ顔を覆う。
 程なく風が収まり、シスターが腕を下ろす。訝しげな表情をしていたが、子ども達のうめき声に真剣さを取り戻す。
 そして。
「(月よ我が身に我が思う映し身を)」
 シスターが近づくと、船の体を成した構造体の上に、天使がいた。
 月に照らされ、翼輝かす天使がいた。甲板上に箱状の物体があり、その傍らに立っていた。
「中からぶち抜くぞ」
「お願いします」
 成人男性と娘の声。その会話は英語であり、シスターにとって〝英語〟としか判らない。
 声がして数瞬、天使が触れている箱の中から光条が数本、壁を突き抜け走る。
 一方船体状の影の下でも動きが生じる。ランプ明滅するエレクトロニクスシステムが姿を現し、大きな翼のように左右に広がる。
「安全な場所です」
 天使はいつの間にか箱の上に立っており、ヴェール状の着衣を広げて言った。天使は続いて、幾つかの言語で何か言った。そこにはオランダ語も混じり、シスターにもそれと判じた。
「ちょっとでかい音がするぞ」
 別の男。英語であるがシスターにも理解できた。
 カウントダウンの声があって破裂音がした。予告されても、それでも思わず身体がびくりと震えるような音であった。
 破裂音に併せ、箱の側面から、今度は銀色が幾条か迸った。続いて数度、恐らく蹴り飛ばしている音がガンガンと聞こえ、出入り口が開いてバタンと倒れた。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【魔法少女レムリアシリーズ】虫愛づる姫と姫君 -08-

←前へ次へ→

 学生カバンを持って立ち上がると、野太い声の平沢と、高いトーンの諏訪と。
 諏訪は福島県郡山こおりやまの病院に通っていたが、東北地方太平洋沖地震で建物や設備が被害を受け、親戚宅のあるこの地へ転居転院。喉の保護でクルマの多い規定の通学路は避けたく、別ルートを使っている。その際、何かあった時のために国際医療ボランティアの看護師資格を有する彼女が付き添い、更にその別ルートは不審者カツアゲが出るのでボディガード名目で平沢が付き合う、というスキーム。なお人通りの少ない下校時のみ。ちなみに野球部というと毎日練習のイメージだが、少子化の影響かチームは近隣複数中学共同になったとかで、全体練習は土曜の午前のみ。その他は自主練、ということでボディガードが出来る、という次第。ただ、ぶっちゃけ姫子に対する平沢の片思いである。
 3人で教室を後にすると口さがない声が聞こえる。付き合ってるんじゃないの?3Pだったりして。やだー勘弁……聞こえてるって。
「何だかんだ言われてるけど、僕、拒否されてないし、声かけてもらえるし、二人のおかげだなって思うよ」
 下駄箱で靴を履き替えながら、諏訪が言った。すると。
「あーそれな。違う。裏のお寺のトワイに顔出したろ。そこにクラスの連中の弟妹おとうといもうとが通ってて諏訪にーちゃんすげーって」
「へ?」
 平沢の言葉に諏訪は瞠目して動作を止めた。平沢家の裏手はお寺であり、お年寄り向けのデイサービス、およびトワイライトスクールに参画し、集会場をトワイライトスクールに充てている。対し、現在諏訪が居候生活している叔父夫婦は70を超す高齢であり、お寺の法話や、お年寄りと子供の交流イベントにも参加している。「叔父夫婦がお世話になっているし、自分もいろんな人にサポートしてもらっているので、せめてもの恩返しに」と、諏訪本人もちょいちょい顔出して手伝っている、という背景。
「ボードゲームの相手をしたりとか、勉強教えたりとか、アレルギーの子と一緒に代替食を食べてくれたりとか、みんな知ってるんだよ」
「そ、そうかな。なんか照れる。でも、僕でも出来ることがあるって思わせてくれたの相原さんだし」
 彼女はニヤッと笑った。
「残念、わたしゃ照れたりしませんよ。偉そうなご高説を垂れるだけなら誰でも出来ます。サッと行動できるのは誰にでも出来ることではありません。私のやってることが何らかの動機になっているならそれはとても嬉しいこと。でも多分、もっと嬉しいのは子供達。以上です」
「うわー、余計照れる」
 諏訪は逃げるように先に早足で歩き出した。

(つづく)

| | コメント (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -054-

←前へ次へ→

 甲板から縄ばしごが海面に降りて双子が伝ってよじ登り、船長の銃が作った割れ目にそれぞれ銃の先端をねじ込み、テコの原理で引き剥がす。蓋の代わりに底を抜いた形。
 子ども達は。
『これは……』
 マスト上から見たのだろう、アルフォンススが絶句した。
 カメラも中を映している。しかしレムリアは見るのを躊躇った。見なくても判っていた。
 子ども達は生きてはいる。生きてはいるが、そこは人間がいるような状況じゃない。
 見るのは可哀想。
『一人ずつ身体を洗うべきか?レムリア』
「コレラ感染の危険があります。しかるべき施設に急ぐのが先決。船長さん達は……」
『了解。甲板は光圧シールドで常に下から上への流れがあり、外部とは隔絶されている。拡大はないから安心を』
 つまり、仮に子ども達の間に伝染病が発生していても、甲板では常に下から上へ風が吹いていて病原菌は吹き飛ばされるので、直ちに甲板上の双子や船長が感染するような事態は起こらない。
「判りました。では先方に衛星電話を掛けたいのですが」
 衛星の電波を捕まえるには、船外に出る必要があるが。
 これにはシュレーターが応じた。
「コンソール下に幾らかコネクタが格納してある。本船が衛星との交信を中継するから接続して発呼してみろ」
「はい」
「レムリア……この子達に麻薬禁断症状が出ます」
 セレネが言う。船は甲板に人がいるためINSが使えず、なおかつ公海上からの出発であるため光出力を抑制した。このため加速度が常人限界(3G・ジェットコースター程度)しか取れず、アムステルダムまであと3分。
 待って。お願いだから待って。
 レムリアは念じながら衛星携帯電話の底面コネクタ蓋を開き、ケーブルを繋ぎ、ダイヤルメモリを呼び出し、発呼ボタンを押した。
 音はイヤホンへ回された。イヤホンマイク~船のコンピュータ~衛星携帯電話~再度船による中継……そんな通信経路。
 だったら。
 レムリアは電話をコンソール上に投げ出して操舵室を飛び出す。
 ルルル、ルルルと呼び音を聞きながら通路を駆ける。
 電話が繋がった。掛けた先は教会付属の孤児院。
「レムリアです」
 レムリアはまず言った。階段を上り、甲板へ出る。
 金色の光のドームに囲まれて甲板はあった。マストがあり、その中位のスペースに座すアルフォンススの姿があり、件の船倉が裏返しに載っている。
 中からは子ども達のうめき声。
『レム……ああ、魔女さんですか?』
 信号変換と宇宙往復のタイムラグを持って、オランダ語が返る。院長をしているシスターさんが出たようだ。
 魔法使いのレムリアで通っているので話は通じる。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -053-

←前へ次へ→

 ただ、船の多い海域だからいずれ発見される。それがアルフォンススの認識と知る。
『了解』
『ラジャ』
 双子から相次いで返事があり、画面には海賊船の男達と、彼らに銃口を向けながらアルゴ号へ戻ってくるラングレヌスの姿。
 しかし怪しい者達、すなわち海賊も人身密輸団も、その意識は反撃や恐怖という次元には無いようだ。謎の帆船が突如現れて沈み、そして密輸船を載せて浮かんできた。
 その有様に唖然として動けない。
 そして、船は忽然と姿を消す。透過シールドの作動。
 次は中の子ども達を救い出すステップである。レムリアは席を立とうとした、その時。
 船のコンピュータが警報を寄越す。麻薬成分のガスを検出。
 麻薬。種類は。オピオイド。すなわち。
「アヘン……」
 レムリアは呟いた。そして全て合点が行った。心の悲鳴が一瞬だけで終わり、その後、子ども達の心が読み取れない。
 その理由。アヘンである。タバコのように吸引する麻薬であるが、この煙を船倉内に満たし、怖いも何も判らないようにしているのである。
 依存症にして拘束するという意図もあろう。
 思わず手が拳を作ろうとし、トラックボールで爪が音を立てる。
「アムステルダムへ。依存症の療養所があります」
 レムリアは反射的に言った。オランダで少量の麻薬は捕まらない(合法という意味ではない)。当然依存症も多い。なおこの時、アルゴプロジェクトが隠密であるという認識はレムリアの脳裏になかった。
 吹き飛んでいた。子ども達を救いたい。ただそれだけ。この船使えるなら使いたい。
 副長セレネが船長アルフォンススにピンを送る。
 アルフォンススが返す。レムリアは気付いていない。
 この間3秒。
『シュレーター向かえ。到着後は彼女の指示に』
 アルフォンススは言った。レムリアは副長を振り向いて相互に頷いた。カメラに動きがあり、マストの中途まで昇ってきたアルフォンススの姿を捉える。その背負った巨大な銃は、銃と言うよりどこかの対空砲を外して背負っているという印象が強い。必殺銃を抱えたアニメの合体ロボットを見ているようだ。
『船底を破るぞ。赤外線レーダ同調』
 画面の中でメニューや選択の表示が勝手に動く。アルフォンススが自身の頭脳で直接船と通信し、船の探知装置と銃の照準を連動させている。
 サイボーグという言葉と概念を知っている。彼は生身のまま同じ事が出来るのだとレムリアは理解した。
 画面に三次元レントゲンよろしく、透過された沈没船の船倉が映し出される。次いで、その〝裏蓋〟を切り取るような形に、赤い線が記入される。
 文字通りの切り取り線だと判る。アルフォンススの銃はその線の通りに蓋を切るのだろう。
 引き金を引いた旨の表示が出る。それは意に反して、銃口を振り回すなど、アニメのロボットのような大げさな儀式はなかった。銃を水平に左から右へ、光のナイフで薄く削ぎ取るように動かし、樹脂で出来た船底を切り離した。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -052-

←前へ次へ→

「船倉は水圧で保持されているようだ。船ごと持ち上げる。シュレーター、本船を下へ回せ」
「了解」
 アルゴ号が水中を移動し、裏返しになった船の下へ甲板部分を差し入れる。アルゴ号と転覆船が直角に交わる形。
「そのまま浮上せよ。重心偏倚(へんい)による船体バランス変化に注意」
「了解」
 シュレーターが舵と出力を操る。船が揺れる。程なく。
「船長。向こうの船が浸水で持たない。このまま持ち上げれば船体が折れる」
 浸水した船を持ち上げると、船自身と、その中に入っている海水の重さが、船の骨組みに加わる。
 アルフォンススは頷き、
「了解。舵は指示あるまでホールド。以降副長代行せよ。レムリア、ハッチから目を離すな」
「判りました」
「了解」
 答える背後をアルフォンススは横切り、操舵室を出た。
『シュレーター、そのまま海面近くまで浮上』
 無線を介してアルフォンススの指示。
「了解」
 船が少し上方へ動く。
『アリスタルコス聞こえるか』
 アリスタルコスと通信するためには、船体の一部、少なくもマストを水上へ出し、電波のやりとりを可能にする必要がある。
 少し雑音。
『船長。……ああ、上がってきた。転覆船上は現在無人だ。だが、これ行けるのか?』
 アリスタルコスの声が入る。マストが水上へ出、通信成立。
『判っている。このままでは折れる。本船甲板よりはみ出た部分を切り落とす。前半分はレーザで、後ろ半分は私が』
『了解した』
『シュレーター聞いた通りだそのまま持ち上げろ』
「了解」
 男達のやりとりは緊迫感に溢れているが、どこか余裕がある。そのせいか、中にいるであろう子ども達に関し、レムリアも不安や焦りをあまり感じない。うまく行く、という不思議な確信がある。
 船が転覆密輸船を押し上げる。レムリアは画面を注視する。
 甲板に載せた密輸船が、水上にその全容を見せ始める。
 それと同時に海賊船からアリスタルコスのレーザ光、そして操舵室の上、マストからFELによるブルーの光条が、それぞれ密輸船めがけて突っ走る。
 密輸船の船体は、二本の光条によって、アルゴ号甲板より左右にはみ出した船首・船尾の部分を切り落とされた。
 密輸船の船倉部分が現れ、甲板下に浸水していた海水が、堰切れたように流れ落ちる。一方、切断された船体前後は水しぶきを上げてそれぞれ海中に落下し、泡と共に没する。
 上下逆さまの船倉を甲板に載せ、帆船が海中より浮き上がった。
『各員、本船へ帰還せよ。シュレーター、帰還完了次第光圧シールド。救助優先とし、本船はこの場を離れる』
 つまり犯人どもは自走不能の海賊船に〝放置〟。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -051-

←前へ次へ→

 海賊が叫び声を上げる。彼達の手にしたAK47は銃身が溶解した。
 次いで銀色の光は海賊船の甲板に幾つもの穴を穿ち、穿たれた穴からは海水が滲出する。
 緑色の光条はレーザ光であるが、音を発した銀色は、超高速で射出されたアルミニウムの塊。電磁力で発射するもので、レールガンと呼ばれる(なお銃身は励磁し、固定磁界を与えている。短い銃身で充分な初速を得るため)。
「甲板」
 アルフォンススは双子を呼んだ。
 転覆している人身売買船の調査を終えたのか、海賊船に戻ってきたシュノーケルの男が、海面から顔を出し、自船の置かれた有様に気づき、ホールドアップ。
『海賊船は無力化』
「よろしい。下船して海賊船を制圧、転覆船上の者も排除せよ。これより本船は転覆船を処置する。水中の状況を確認する。シュレーター、潜航準備。光圧シールド」
「潜航準備了解。主機関停止。クローラに注水」
 船は水面へスッと降下し、波の揺れが一旦船を捉え、すぐに消えた。
 水面に船がある。当たり前のはずなのに違和感を覚えるのは、波の影響を排除しているせいか、空を飛ぶ方に慣れたせいか。
「このまま水平保持し潜航する。船外との接続部分の閉鎖状況を確認せよ」
「エントランス、甲板ハッチ、生命保持ユニット部いずれも開閉部ロックおよび密封度確認」
「よろしい。甲板、転覆船を制圧後そのまま水上で待機せよ。レムリア、ソナーが起動する。異常探知に注力せよ」
『了解』
「了解」
 レムリアも答えて画面に目を向ける。ソナー(SONAR:Sound navigation and ranging)。音響探査装置。
 水中で電波は飛ばない。光もそう遠くまで届かない。そこで音波を発し、その反射有無で障害物の位置や形状を探知する。映画など、潜水艦の描写でコーンコーンと音を出す場合があるが、その音こそ、このソナーから発せられる探査ビーコンである。動物ではコウモリやクジラ類も同様に音波を使う。
『下船完了。幸運を祈る』
「了解。船体水平保持。潜航開始」
 甲板2人の声を受けて船が潜航を開始し、レムリアのコンソールで画面が忙しく動く。潜行モード。水中移行表示。水深・水圧・水温。海図表示と海流速度。付近の船舶位置。
 ソナー動作開始の表示。前照灯。
 正面スクリーンに裏返しになった船が映される。船のライトは当たっているが、やはり影になっているところは暗く不鮮明だ。ただ、その部分は簡略CGのような画像で補填され、輪郭が把握できる。画面の表示によれば、ソナーの反応から画像に起こしたようだ。水面下にある甲板ハッチは閉じられたままと確認できる。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【理絵子の夜話】空き教室の理由 -73-

←前へ次へ→

 だが、木の引き戸の方がボロボロであり、戸を引くだけで、カギ自体が容易に外れて落ちた。
 木の戸がレールを動く。ゴロゴロという音がいやに大きく響く。
 第2音楽室。
 内部は静止空間というのが第1印象である。吸音パネルで覆われた壁と天井。右方窓際にグランドピアノがあり、前方、すなわち部屋としての後方には、クラシック作曲家の年表が剥がれかけた状態で放置。床には折りたたみ椅子が乱雑に幾つか転がっている。クモの巣すら絶え果てた。そんな様相。
 中に入る。一歩、二歩、三歩。
 変化はない。ほこりっぽい暗いところにいる、と書けば事足りる状態。
 何もないのか?
「あゆみちゃん」
 呼びかけてみるが、構造の持つ物理法則に従い、吸音されておしまい。
 これだけか?
 不安がふっと生じる。実は音楽室ではなく、別の部屋なのか?
 まさかそれとも罠。
 僅かな音を捉え、理絵子はそちらに意識を向ける。
 音楽室入口に人影。
 自分に向けられる懐中電灯。
 警備会社の……ではない。
「子猫ちゃんは迷子なのかな?」
 まるで幼児向けの演劇をやっているような、そして小馬鹿にしたような口調。
 電灯で逆光になるため顔は見えない。無論、意図してそうしているのだろうが、その声は間違いなく教頭。
「忘れたのかね。この部屋は監視している。いつ何時でも私の携帯に連絡が入る」
 教員が生徒に対する口調でないことは、説明の必要もあるまい。
 発見者と、発見された者だ。
 そしてその口調は、後に理絵子が他者にこのことを話す、という事態を想定していないことを意味する。
 すなわち。
「過去15年近くになるんでしょうかね。あゆみちゃんの自殺と、朝倉先生の発作と、関わる生徒が数名、この部屋で命を絶った」
 理絵子は言いながら、後ろ手で携帯電話を取り出した。
「ああそうだ。だから封鎖した。全く毎年誰かしら入るな。人の死を弄ぶとは何事だ。しかもよりにもよって君ほどの生徒がね。伝説ってのはほじくり返すもんじゃないんだよ」
 教頭は一歩、また一歩と間を詰めてきた。
「説得力ありませんよ、教頭先生」
 理絵子はその目を見て言ってやった。
「……なに?」
 教頭が瞠目するのが判る。表情に緊張が生じ、反射的に足が止まり、懐中電灯持つ手が少し下がる。

(つづく)

| | コメント (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -050-

←前へ次へ→

 カメラはホールドアップの背景事情を捉えている。異様な船の黒いネットの下には、転覆船へ向かって銃口を向ける男の姿が見え隠れ。なので、転覆船の乗員等はホールドアップより他に手がない。
 船のコンピュータが警告、画像内に銃を検出。
 一瞬静止画が出、銃の部分だけ切り取られ、隅っこにAK47という文字が出た。
 AK47突撃銃。旧ソ連の生まれでコピーが拡散。〝神の兵士〟を自称するゲリラ盗賊がよく使う、要するに軽機関銃。
「彼らは海賊です。襲撃された船の方は……」
 セレネが言いかける。転覆船は見ただけでは判らない。
 テレパシーを行使する。レムリアは自分のそれが鋭敏さを増していることを自覚する。セレネに絆されるというか、共鳴するような形で細やかに素早く動く。
「あっ!」
 まるで透視したようにイメージが訪れ、レムリアは思わず声を発した。
 転覆船と、その様子を水中から探っているシュノーケルの男。
 転覆船は本来漁船である。甲板にハッチがあって、その下船倉にプラスティックの大きな水槽を抱えている。
 しかし現在、その水槽の中には魚ではなく。
 多数の子ども達。
 子ども達を詰め込んだ状態で船はひっくり返り、水面上に出ている船底に男性、否、怪しい男が2人立っているのだ。幸いにも水槽の蓋は水圧の故かまだ開いていない。ただ、子ども達の心理をテレパシーで捉えられないのが気がかり。
 何が起こっているのか。
 自分の経験が導く答えは一つ。
「人身売買だと言うのですか?」
「そうです」
 セレネが自分の心理を読んで呟き、レムリアは応じた。即ち、海賊が襲ってみたら、たまたま子どもの密輸船だった。無法の跋扈。
『船長どうする』
 甲板の問い。
 必要なミッション二つ:子ども達を助ける。双方の男共を拘束する。
 何であれ、使える時間は短い。
 アルフォンススが応じる。
「シュレーター。光圧シールド解除」
「了解」
 光圧シールドが解かれた。
 前述の通りそれは船の姿をカモフラージュするために用いられる。解除はすなわち、海賊船の傍らに帆船が忽然と姿を現すことを意味した。
 当然、海賊達は驚愕の瞳を帆船へ向ける。
 その瞳に映ったであろう、帆船と、そこから向けられた2丁の黒く、巨大な銃器。
 船の銃器は大きく長く、レムリア自身の背丈ほどもあるが、ラングレヌスが今持っているそれは、加えて二回りほど銃身が太い。
 唐突すぎる状況に、海賊達の動きが凝固。
「やれ」
 アルフォンススは短く言った。
 二人の銃口から、それぞれ緑色と銀色が生じる。緑色は光条であり、チカチカと数瞬にわたり線を描き視界を走り、他方銀色は光が走った後、パンと弾けるような音を寄越した。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -049-

←前へ次へ→

 画面を捉えていた視覚に違和感。
 海面を映す画面は一面の水のように見えたが、良く見ると帯状に色の異なる部分がある。
 レムリアは船底カメラが捉えたその画面をキャプチャして正面に回した。画面上の画像に指先を乗せて放り投げるように右側にスライド。
「この部分は?……」
 カーソル矢印を載せ、トラックボールで帯に合わせて動かし、残ったクルーに尋ねる。
 アルフォンススが応じる。
「油だ。船の燃料だろう。本件は船舶トラブルと判断する。……甲板二人、本船直下に油の帯が確認できるか」
 問うて2秒。
『……確認した。確かに油だ。東西方向』
「海図をスクリーン上に投影。レムリア」
「……はい」
 地図が出ている子画面の隅に、海図と書かれたタブがある。
 ペンでつつくとスクリーン海面に重なった。
「シュレーター海流と勘案し油の流出方向へ微速。副長感(かん)あるか」
 意味、テレパシーは何か拾ったか。
「いえ何も。遭難者は意識を喪失した状態かと」
「了解。シュレーター、そのまま微速で前進。総員探索せよ」
 緩やかに船が西へ動いて行く。レムリアは直下の海面を映していた正面の大画面を、船首カメラの映像に切り替えた。これで〝前方を見て船を動かす〟スタンダードな状態である。
「いいぞレムリア。それでいい」
 アルフォンススが一言。この辺りの作業、ゲリラ出没地域で無人探査を行うのに状況が似ていると思う。『だからあなたの経験が必要なのです』とはセレネから。逆になるほど生かして使える。これだけのエレクトロニクスと、オカルトの極北たる魔法・超能力が、同時に存在して協調。
 画面の奥の方に何かが映った。
 レムリアがズームのためにトラックボールを走らせるのとほぼ同時に、イヤホンがピンと小さく鳴った。
『操舵室。先方に船影』
 ズームアップしたカメラが、それを捉えた。
 姿形は漁船というイメージの船だが、甲板を黒いネットで覆っており異様な雰囲気。傍らには、腹を見せてひっくり返っている小型船舶あり。
 その転覆船の腹の上にはホールドアップ状態の男性が2人おり、周囲には油が広がっている。油はどうやらこの転覆船の燃料らしい。
「シュレーター接近せよ。甲板、INS使用しない。加速衝撃注意」
『了解』
 甲板の答えを待って船が加速する。海上であり、周囲に船影はなく、強い光が悪影響を及ぼす懸念はない。船は光圧で海上すれすれを走り、黒いネットの船に接近する。
 そこでシュレーターが左右の加速レバーを前後互い違いに操作すると、船は海面すれすれで静止した。
「両舷ゼロ速」
 エンジンを止めたわけではない。出力表示には〝リバーサー(reverser)動作中〟とあり、前進と後退を同時に行っているとある。〝プラスマイナスゼロ〟として静止しているのである。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -048-

←前へ次へ→

 この間にレムリアは必要事項をスタッフに伝達。タブレット端末を所持しており、トリアージのチェックシートの選択肢を指先でタップして行く。そのままトリアージのタグが現場へ出力される様式のようだ。この夫婦はⅡ、中等。
「OK」
「これで両親は大丈夫だ」
 ラングレヌスは言って、男の子の頭をガシガシ撫でた。
「うん。……おじさん、魔法使いの天使さん、ありがとう」
「さぁ、ママとパパのそばへ。気が付くまで守ってあげるのは君の役目だ。天使としてこの先を君に託します」
 男の子を見送る。彼は小走りで病院スタッフを追いかけてエレベーターに乗り込んだ。
「ふう」
 レムリアは一息ついた。似たようなことは当然EFMM派遣先でやるわけだが、応じた慣れもあるのだが。
 手の内の機器と薬で考えるEFMMと。

 恐らく、地球上の各所にある〝使えそうなモノ〟全てを対象とするこの活動では、要求される選択肢と手段の規模が異なる。

 及び、魔法と言っても、何か呪文一発で全ての状況を仕留める・解決するものではないので、船の力と、みんなの力が欠かせない。そしてなるほど、逆に自分の力も必要という事か。
「レムリア。終わっていいか。まだ何かあるか」
「いえ。後は医師にお任せで良いかと」
「では、ミッションコンプリート。次へ行くぞ」
 イヤホンにピン音が4つ返る。クルーから了解の意味。
「戻るかね?まだ行くかね?」
 船に戻りながら、アルフォンススに訊かれる。
「可能であれば、もう少し」
 レムリアは答えた。
「その心意気を買おうか」
 屈強な大男に父親のような笑みが浮かんだ。

11

 2回目の心の悲鳴は地球を一周と少々。15分足らずでセレネと自分と、揃って拾った。
 PSCによって停船した位置は海上である。画面に表示された地図よりマラッカ海峡。現地の時刻はこれから夜が始まるか、くらい。1時間も経たず暗闇が支配しよう。
『船体停止。自動制御解除します。操舵権移譲』
「手動操舵」
 船が言い、シュレーターが応じ、舵持つ手に力を込めた。
「各員対象者捜索を開始」
 アルフォンススが言い、双子が操舵室を出て行く。
「気をつけて」
 レムリアは言った。武装した男達がまず前へ。EFMMでの武装護衛付き活動を思い出す。救命救急の団体を襲ってどうすると思う向きもあろうが、医薬品、医療機器を売り飛ばすほか、麻薬成分を含む鎮痛剤(モルヒネ・ソセゴン等)、狙われるものは多い。幾度か、遠距離弾が飛んできたことがある。
『優しいなぁ』
 厳つい外見、軽妙な語り口。それは知る限り、修羅場を知り実力のある男の余裕。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【魔法少女レムリアシリーズ】虫愛づる姫と姫君 -07-

←前へ次へ→

 ただ。
「先生のご心配は理解しました。ただし、何にしても不自然はダメです。趣味で占いやってますので彼女が思い悩んで来てくれたとか、トワイライトスクール(放課後に児童生徒を親が迎えに来るまで預かる施設)でマジックショーやったりとか手伝ってますけど、そこの虫取り大会の手伝い募集に応じてくれるとか……必要なら天の采配、思し召しがありましょう。私としても知ってしまった以上、彼女が傷つくようなことを見過ごす気はありません。先生も必要でしたら『虫もヘビも行けるオンナが3組にいるぞ』と言って下さって構いません。ただ、確約はできませんよ」
 森本は応接セットのテーブルに両手を付いた。
「巻き込んでしまったようだな。すまん」
「いえ……」
 そもそも皆前で自分に声を掛けたのは、断れない環境を作り出したいという奸計であったのだろう。だが、もし、それで自分が“断った”場合に、巡り巡って当の彼女に〝裏事情〟が伝わったら、取り返しの付かない結果を招いただろう。
 そこまでは考えていなかったと。

 教室に戻ると幾らか残っている級友達に囲まれた。
「何だった?」
「キミが転入して早々に友達ができた理由を教えてくれ。話しかけづらい生徒がいて、きっかけ作りの参考にしたい。って。教えてもいいけどその顔でタロット片手に迫られたらイヤだろとは言えなくて四苦八苦」
 級友らは大笑い。
「でも姫って何だろ、転入生に対してウチらが持ってた先入観、みたいなもの5秒で破壊したからね」
 とは先の菊名。簡単に言うと緊張の初対面、と言う場で、名古屋弁を混ぜて漫才のツカミのようなことをやった。
「あれは猫かぶってもしょうがないし、素のままに、ただ面白くしたいなと。やり過ぎて滑ったかなって思ったけど受けてくれて良かったワ」
「だ、男子代表としてはぶっちゃけ美少女だったので、教室に入ってきた瞬間に破壊されました」
 これは男子学級委員の宮越みやこし。眼鏡姿のキリッとした好印象だが、色っぽいネタで突っ込んでくるのは珍しい。まぁそれだけフランクな間柄になったと言うことか。
「あらそれはどうもありがとがんす。ってか、みんな待っててくれてありがとね。ちなみにテカテカタヌ……失礼、森本先生には、思春期複雑だから無理に接触せんでも、何かあったら言いに来いと声がけしておくだけで充分で、猫と一緒で過干渉は避けられるだけだと伝えました。さて、んじゃ行こうか野郎共、お待たせ」
「へーい」

(つづく)

| | コメント (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -047-

←前へ次へ→

 こういう場合。くどくど説明するより〝魔法〟とか〝奇跡〟とか言った方が逆に早い。
「いないよ。あ、でも……」
「でも?」
「弟か、妹は、そのうち」
 男の子は母親のお腹を指さした。
 レムリアは母の腹部に手をする。〝4人目〟は赤ちゃんだ。男の子の顔色が変わる。
「え?……赤ちゃん死んじゃうの?」
 そんなことは絶対にさせない。決意を伝えるためにレムリアが選んだのは。
「(月よ我が身に我が思う映し身を)」
 彼女は唱え、西の空に傾いて見える〝半月が不満げに膨れたような〟月齢11の月明かりの中に立った。
 呪文を原語で記述することは控える。それは、彼女自身と、彼女の母親のみが知る語。
「天使様だ……」
 男の子は言った。宗教画さながらの光背を纏った姿に見えていよう。レムリアは月の光に働きかけ、自身を〝天使〟に化身して見せたのであった。いいのか悪いのか判らないが、必要なのは〝怖がらせないこと〟だと思ったからだ。そして、その技は一種の催眠術であり、そのように見える、だけ。
「だから、助けます。どうぞ、パパとママを呼びかけ続けて。君の声が聞こえれば、パパとママも助かります」
「ママ!パパ!」
 男の子が呼びかける。
「助かった。ぼく助かったよ。魔法使いが天使を呼んで助けてくれた!次はママとパパが助かる番だよ!天使さんが言うんだ。間違いない」
 涙ながらに叫び、揺さぶり、手を引っ張る。回転が脳へダメージ与えた危惧はあるが、男の子は問題がなさそうであり、それよりは五感に伝え続ける効果の方が上回るであろう。
 イヤホンにコール。
『間もなくコルキス本部病院屋上。ストレッチャーが待機しています』
「ありがとうございます。さぁ、助かりますよ。間もなく病院です」
 船が高度を下げる。夫婦は目覚めるとアメリカより1万キロを隔てたコルキス王国にいる、という事態になるわけだが、まぁ、こじつけはどうにも出来るだろう。男の子はおとぎ話の世界で良いかも知れない。
 船は風を纏い、コルキス城内一角、リゾートホテル風の佇まいを示す8階建ての白いビル屋上に着地する。ただちに白衣のスタッフがエレベータホール脇から現れ、移動式のタラップを引っ張ってきた。状況を見てラングレヌスが男の子を抱いたまま飛び降り、タラップの固定作業を手伝う。小型旅客機の乗降でよく見るタイヤ付きであり、大男には造作もない。
 続いてキャスター付きの寝台、ストレチャーが2台横付けされ、マットレスの部分をそのまま担架として甲板へ持ち込み、夫婦を載せて順次降ろす。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -046-

←前へ次へ→

 手遅れか。まさか。子どもは?
 解こうとして解けぬ二人の手指に、レムリアは息を呑む。
 自分たち、この絆に応えてこそ。
 その時。
『トレーサー感あり。氷ダムが壊れます』
 セレネから警告。すなわち、車の人々をそこから早急に動かせ。
 固く結ばれた夫婦の手指。3人で150キロはあるか。
 4人で顔を見合わせる。全員で船まで抱えて運ぶ?非現実的。すると。
「帆を使え。こちらに倒せ。シュレーター」
『アイ。メインマスト左舷へ90度倒位』
 アルフォンススの指示にシュレーターが即座に回答。帆膜が広がりながら自分たちの方へ倒れてくる。
 膜の上に3人乗せるならそう難儀でもない。
 滝の上から轟音。ダムで溜まった水が氷を割り、橋を押し流したようだ。
 大量の水が来る。
 そこでレムリアはアルフォンススにヒョイと抱き上げられ、帆膜の上に載せられた。まるで散歩ルートを外れて捕まった子犬だ。
「わ……」
「船体を横倒しに。直接甲板に上がる」
『了解』
 シュレーターが答え、船は転覆の如く船体を倒した。もちろん、帆膜の水平は維持だ。
 甲板外周ぐるりと囲うポールとロープの部分に男達が立つ。
「船体このまま浮上」
『アイ!』
 滝の上から氷ごと大量の水が落ちてくる。氷混じりの土石流。
 船体は帆を広げ、横倒しのまま浮上し、その場を離れる。眼下で幾片かに砕けた氷塊が滝を流れ落ち、大きな水柱が上がってクルマを押し流して行く。次いで橋桁や大量の流木。
 一連の動きは一般に間一髪だったわけだが、この船の能力上、インシデントとは言えず、その評価は当てはまらないだろう。
「光圧シールドで船体を包囲し内部を保温せよ、船体を少しずつ復位し、帆膜の人員を甲板上に回収」
 横倒しの船体が少しずつ正常位置へ戻って行く。水平だった帆膜が傾くと滑り台のようになり、レムリアは要救護者家族とともに甲板まで滑った。
 この間に夫婦の固く結ばれた手指が離れ、挟まれていた男の子が転がり出る。
『本部病院へ向かいます』
「了解」
 そのまま甲板で家族の身体状況、いわゆるバイタルサインをチェック。トリアージのシートに書き込んで行く。低体温で意識はないが、それが逆に〝連続回転に晒された状態〟を意識せずに済んだのではないか。
 と、ここで船長の言葉を思い出して慄然となる。心拍は〝4〟と。あと1人は?
 男の子がう~んと声を発して身じろぎ。気が付く。
「ここは?」
 男の子は目を開けるなり、すぐさま半身を起こした。
 周りを見回し、気付く。
「あっ!ママ!パパ!……お姉ちゃん誰?」
「私は魔法使い。君を事故から助けたところです。良く聞いてね。君に兄弟姉妹はいますか?」

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -045-

←前へ次へ→

「氷のダムは成功です。引き続きそちらに向かいます」
『了解。ダムの崩壊を検出するためトレーサーを氷の上に投下せよ』
「了解」
 トレーサー(tracer):追跡子は電波を発して己の位置を知らせる。アルゴ号にも幾らか積んであり、ボタンを押したり〝突然の変化〟を検出すると信号を発する。忘れ物追跡タグとして2010年代以降一般化した。
 船は氷の上にトレーサーを投げると滝の上に移動した。程なくして滝に落ちる水流は急激に減少し、流量の減った泥水の中にワンボックス車が見え隠れ。回転が収まってくる。
「引きあげるぞ。ロープを降ろせ」
 即座にアルフォンスス。
 船体両舷から双子がシュルシュルとロープ先端にぶら下がって降下する。なお真下に暴風を出すわけに行かないので、前後の斜め下方向に振り分けて出力し、空中静止を維持。
 大男達がドボンドボンと水の中に飛び込んで行く。
 クルマの回転が止まり、レムリアのモニタに〝フックモーターに荷重を検知〟の表示。つまりロープとクルマが繋がった。
『上げろ』
 アルフォンススから。ただ、巻上機の出力にクルマは重すぎる。
「了解。地上、本船から離れろ。浮上ルーチンで引き上げる」
 シュレーターの警告にアルフォンススも水に飛び込む。暴風の吹き出しを真下に切り替えてクルマを水中から引き上げる。暴風よけに故意に水へ入ったとレムリアは判断した。
 この後自分の出番があるだろう。個室へ向かって自分もウェアに着替える。〝姫様のおでかけ着〟で救助活動でもあるまい。救命セットの入ったリュックを背負う。
『引き上げ完了。停船する。引き続き乗員を救出』
 船が降りたのを確認して外へ出る。既に男達が車を見回してどうすべきかと考えている。川岸に引き上げられたワンボックス車は裏返しで泥まみれである。走行系には夥しい枝葉が引っ掛かっており、長い年月水中にあったような印象。誰が見ても中で存命など万が一にも思うまい。しかも、その車中は、半分ほど水が溜まっている。
 ただ人影はある。存命とテレパスが答える。
「アリス、レーザだ」
 水中から立ち上がるなり、アルフォンススが言った。
「承知した。総員こっち見るな」
 アリスタルコスは背中に回した長銃をワンボックス車の後部へ向けた。
 ブルーの光条が走り、車の後端部から煙が上がって鉄板が切られて行く。加工機のデモ動画さながらだ。
 車中の水圧に押され、切断された部分から水が流れ出し、切断長さの拡大に連れてざぁざぁと音を立て始め。
 鉄板が切り落とされると共に、水の塊と人体が吐き出されて転がる。
「レムリア」
「はい」
 駆け寄ると夫婦とおぼしき若い男女が抱き合っており、良く見ると二人の間に子どもが1人挟まっている。
 子どもだけは守ろうと夫婦が行動した結果であろう。白い肌に金髪。車のナンバープレートから米国南部の方と推察。いずれも意識はない。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -044-

←前へ次へ→

『状況』
 を教えろ。アルフォンススから。
「氷河先端で氷塊切断に着手」
『了解。救助手配中と車載音響を通じてしきりに呼びかけている。手持ちだが心拍センサの反応は4』
 甲板上を映すマストカメラ、及び船底カメラの画像を見る。甲板から緑の光条が真下に走り、船が微速で動き、光条が湯気立てながら氷河の中へ切り込んで行く。
 続いてレムリアが当初口にしたプラズマに〝R〟の表示。ラングレヌスか。
 〝コ〟の字の切れ込みを入れたところでラングレヌスが氷河の上に飛び降り、出来た切れ目・隙間にプラズマの銃口を突っ込んで発砲。
「中で小爆発するから押し開く圧力になる」
 シュレーターがその意図を説明してくれ、レムリアは納得した。
 〝コ〟の字に切断完了。巨大な〝氷のスティック〟が氷河の端面からぐらり。その上に乗っている大男2人。
『ドクター。船体を立てて甲板で受け止めろ』
 2人のどちらか。
「アイ。総員衝撃が予想される。身体を固定せよ」
「間もなく完了します。数分で滝まで戻れるかと」
 作業を見ながらレムリアは言った。座席ベルトで身体を拘束。レース車両でよく見られる四点式だ。
『了解』
 アルフォンススが反応して程なく、船は船尾を下に直立し、倒れてくる〝氷の堤防〟を甲板で受け止め、そのまま船体を元に戻した。重量オーバーなので(水は1立方メートルで1トンである)光圧も併用、すなわち氷の堤防に爆風を吹き付けて浮力を与えてこれを保持、川沿いに移動する。
「船長以下告知願います。Please never give up !. We perform all can do it so that you survive.(諦めないで。助けに行きます)」
 レムリアはテレパシーに〝光を見い出した〟旨を感じ取った。船長の声は車内に届いている。
「到着します」
 眼下、車の転落現場と見られる倒れた橋の上。
「総員、船体を反転させ氷塊を落下させる。船長におかれては不測の事態に注意」
 くるりと船体を上下反転させ、氷の堤防を流れの中に落とす。船内が応じて逆さまになるわけだが、同時に遠心力を発揮させて〝見かけ上の重力〟は維持させる。大スクリーンでは大地がぐるり1回転。
 地震のような地響きを伴って盛大な水しぶきが上がる。氷の堤防は落ちた際に割れたのだが、橋と引っかかった有象無象によって雑なダムにはなったようで、水流はそこでせき止められ、下流への流出は一気に減じた。
『ちっと雑で適当だったな』
『力任せの仕事は結果オーライ』
 双子の会話にレムリアは吹き出しそうになった。良くこの緊迫した状況で冗談めいたことが言えるものだ。余裕があるのか。ともあれ。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【理絵子の夜話】空き教室の理由 -72-

←前へ次へ→

 幽霊伝説のある学校なのだから。
 昇降口へ向かう。直角に曲がった校舎の外壁が、自分の足音を反響させる。
 入口には当然カギが掛かっている。が、開く、と確信を持って引き戸を引く。
 開く。この辺りいわゆる念動力なのか何なのか、自分でもよく判らない。なにがしか力が働いているらしいことは確かであろう。番号ロックと同じ要領で純粋に超感覚を併用し、ピッキング出来なくはないだろうが、これで済むならこれの方が早い。
 門扉と同じく引き戸を閉じ、施錠する。
 中は非常灯のぼんやりと白い灯りと、非常口の案内板がぽつぽつ緑に光る以外、全くの暗渠。
 しかし理絵子の感覚にはそれだけの灯りで充分である。自分の上履きに履き替え、廊下を行く。無人の校内に響く自分の足音と、錫杖遊環の触れ合う僅かな金属音。
 まず3階。時計塔のある校舎中央へ移動。
 そこより上へ向かう階段の踊り場途中にロープがしてあり、“立ち入り禁止”と立て看板にチョーク書き。チョークは書いてかなり経過しており、足元、うず高く積もった綿ぼこりに、足跡はなし。
 その看板の上に教頭の仕掛けたカメラ。この暗さでは映らないのでは?と思う。2個あると聞いたのでもう一つが技術的に凝ったものかも知れないが、まぁどうでもいい。
 躊躇は不要。ロープをくぐり、禁断の領域に踏み入る。足を降ろすと舞い上がる綿ぼこり。何人か入ったとの噂を聞いているが、それもただの噂にすぎない気配。
 冷たく、じっとりとよどんだ空気。
 4階。
 部屋の配置は3教室5室。内訳は突き当たりが第2音楽室。その隣音楽準備室。第2理科室。理科準備室。多目的教室。
 探す感覚は二つ。あゆみちゃんと、彼女の最後の記憶の断片。教頭は放っておいても来るだろう。教頭が何か絡むなら、自分がここにいるだけで勝手に馬脚を現す。
 突き当たり、第2音楽室に向かう。聞く限り、そこで彼女は死を選んだ。
 慎重に足を進める。元電源が切られているらしく、非常灯も非常口の表示もない。各部屋のカーテンを閉め切っていることもあり、完全な闇の中。
 でも理絵子には黄昏程度には見えている。色はないが十全に歩ける。
 第2音楽室、扉の前に立つ。廊下の突き当たりであり、内部に大きなスペースを確保している。
 入り口には、金具をクギで打ち付けた簡単なカギに南京錠。

(つづく)

| | コメント (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -043-

←前へ次へ→

 必要なのは“助かるという意志・生きようとするモチベーション”。
「カーオーディオに干渉する」
 アルフォンススが立ち上がった。
 電磁波干渉能力を使用するようだ。
「下船する。副長の指揮の下、シュレーター操船し氷河を適量切断して上流に落下、水流を抑止せよ。指示理解良いか」
「承知しました」
「了解」
 セレネとシュレーターが応じ、一旦船は河岸へ降りた。
 アルフォンススが昇降ゲートからスロープを伸ばさずそのまま飛び降りる。なおウェットスーツに良く似た黒一色の作業着を着用している。耐環境ウェアという。宇宙服として使用可能で温調つき、防弾。
 カメラに向かってサムズアップ、船は再度浮上して川を上流方へ向かう。土石流に伴い流されてきたであろう岩や流木がそこここにゴロゴロしており、泥水がまるで身をくねらす大蛇のように少しずつ流路を動かしながら駆け下りている。
 更に上流に向かうと氷河の末端に達する。氷の壁が出来ており、下部は溶けていて、氷の下から青い水がザァザァと流れ出ている。
 この氷を切り取れ?……氷を切る……溶かす。
 銃器選択。FEL・プラズマ・レールガン・レーザ。殺戮が目的ではないので正式には銃器ではなく救助支援機器と言うそうだが、見た目も呼び方も銃、銃器である。ただ、殺さないと判っているせいか、自分が関わっていることにあまり抵抗はない。レーザはそれを剣のように振るう映画やアニメを多数見たが、対象に比してビームが細いのではという気がする。
 ヘルプでそれぞれの銃器の内容を確認。プラズマは火の玉を発するとある。
「プラズマはどうでしょうか?」
「えっとだな」
 シュレーターが画面の〝氷河の崖〟にマウスを使って何か書いた。買ってきたバターを端部から四角く切り出す要領で。
「甲板から下方へレーザを照射状態でロック、船を動かして……」
 氷河の上を……日本語で表現するならカタカナの〝コ〟の字の形に切り込みを入れれば、スティック状に切り出せるだろう。出来上がった氷の塊はそのまま堤防に使える。
「それでいいと思うぜ」
 とはアリスタルコス。
「賛成だ」
 ラングレヌス。
「可能と考えます。レムリア不調の感覚はありますか?」
 失敗する予感の有無。
 正直自分の提案却下はちょっと悔しいがどっちが合理的か。
「行けると思います」
 レムリアは即答した。
「甲板へ行く」
 アリスタルコスは言うと文字通り残像を作りながら席を立ち、ドアをリモートで開いて隙間が開いたと思った瞬間には操舵室から消え。
 どこ、と気付くと長銃背負ってカメラの向こうに映っている。画面上の銃器リストからレーザに〝R〟の表示(持ち出すを意味するRemoveのRであろう)。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -042-

←前へ次へ→

 拾った感情はこの場所で恐怖と驚愕を感じたというもの。その残照である。……残り香・移り香という言葉があるが、それの記憶版と解釈されたい。強い心の擾乱が痕跡を残したのだ。SF用語で残留思念とも。併せて感じる〝守らなきゃ〟他は疑問〝なぜ・どうして〟。
 間違いない。鉄砲水に遭難者は流された。
「遭難者はこの川に流されたようです」
 セレネが声を出した。眼下には流れの中に倒れた道路橋と、そこに引っかかって積み上がっている無数の流木。
「了解。本船は流れに沿って下流へ動く。頼むぞテレパス」
 シュレーターが船を水面ギリギリまで下ろし、濁流の行方を追う。
「生命赤外線センサ、合成開口レーダ作動。レーダは全波長スキャン」
 アルフォンススから技術による探査の指示。
「はい。人体検知、SAR(合成開口レーダの英語表記Synthetic Aperture Radarの略称)作動。レーダは全波長利用モードにセット」
 レムリアは液晶パネルを指先で叩いて次々起動し。
「……でも何故SAR?」
 振り返ってアルフォンススに意図を訊く。ヘルプを覗くと輪郭を見出すために使うと書いてあるが。
「人工物なら不自然な形状をしているだろう」
 レムリアは納得し、向き直って画面の有様に凍り付く。
 滝である。その流れ落ちた中に船のセンサが何かを見つける。形状同定がなされ、ワンボックスタイプの車であるとの判定が出た。ただし水面下であり、上からは泥水の色もあって見通せない。
 流れ落ちるその直下で水車のようにくるくると回転している。
 すなわち、
 ミッション:滝壺で回転するクルマから救い出せ
「乗員は生きていると思われます」
 レムリアはまずは安堵し、報告した。状況は不明だが乗員は生きている。4名である。
 しかし残された時間は長くない。長時間の回転、低温、車中の空気も酸素が薄くなっているであろう。以上看護師なりの知識とテレパス。
「まず水を一時的でもいいから止めねば」
 アルフォンススが言った。
「ダムが作れれば、ですね」
 セレネが同調し、周辺地形をスクリーンに投影する。
 滝であり崖があり岩がゴロゴロ。
「切り取って……」
 そこでレムリアは思いついた。この事故は氷河が溶けて起きている。
「上から氷を切り取った方が早くないでしょうか。やがて溶けるので環境負荷も少ないでしょうし」
「採用する」
 アルフォンススが即断。レムリアは更に、
「それと、中の人たちに呼びかけたいのですが」
 今すぐ助けると伝えて元気づける。自分のテレパシーはこの距離では相手を拾えるのみ。送り込むには目と目が合うほど近づいている必要あり。
 セレネは形而上的呼びかけには否定的見解を示した。現実離れし過ぎており、逆に“天国からのお迎え”に捉えられる。なるほど。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -041-

←前へ次へ→

10

 セレネの声に、レムリアの意識は宇宙旅行から現実へと舞い戻った。
 この間に船は地球を二周。担当しているレーダ画面に赤い×印が点滅している。
 そこは副長セレネが〝心の悲鳴〟を拾った位置だと知る。
 船のコンピュータから、自動制御でそこへ向かう旨の合成音声。英語であるが日本語で記す。『位置を同定しました。INS作動し、加速します』
 再び一瞬の無音の時間が訪れ、映画のシーンチェンジよろしく画面が光り、何か映し出す。
『目標同定。減速します』
 船が言い、スクリーンの脇に地図が現れ、赤い「+」の記号を表示。
 正面モニタの映像が停止した。
『停船。INSオフ。制御権を委譲します』
「制御権を掌握した」
 シュレーターが応じ、イヤホンがピンと鳴る。操舵権が舵手に移った旨は各自の席にも表示が出る。
 スクリーンの光景はほぼ夜である。赤外線から起こした画像に変換すると、茶色く渦巻く濁流の大河が確認できる。
 レムリアは画像の隅々に目を走らせる。この川で遭難事故があった、ということだろう。アメリカのワイオミングとアイダホの州境。山奥だ。
「高度海抜1650メートル。船の位置は川面まで15メートル。天候は快晴。時刻は現地時間1800(いちはちまるまる)」
 レムリアは報告した。初めてのシステムで初めての活動。応じた緊張感はあるが〝救助活動〟自体はいつものこと、であり、事態に対して平常心というか〝そのモード〟に心身がスイッチしたというか。
「夜間につき透過シールド解除してもよろしいかと」
 セレネ。見られる心配はない。
「了解。透過シールド解除を許可」
「透過シールド解除した」
 セレネの提案にアルフォンススが応じ、アリスタルコスが操作する。
「現在遭難者を捜索中です」
 セレネが言った。レムリアはトラックボールを動かして地図の縮尺を変える。氷河見物が有名な国立公園。
「晴れているのに鉄砲水?」
 レムリアは思わず呟いた。場所柄鉄砲水自体はあり得ると思うが、空を見る限り豪雨の痕跡は感じず、氷河が崩れる……雪解けの時季ではもちろんない。
「氷河の下は溶けていて新雪の重みで滑った……あたりじゃないのか?氷河は世界的に失われつつあるんだろう?」
「温暖化、か」
 双子の会話。もたらす干ばつや高温が、いわゆる〝南北問題〟における貧困地域に影響を与えていることは肌身で知っていたが。
〝北側〟にも影響が出始めたのか。
 超感覚が反応する。
「あっ」
 それはセレネも同時であったようで、思わず互いに顔を見る。二人同時ということは、どちらかの思い違いや認識ズレは無い、ということ。……自分達の能力こうやって連携させれば確度が上がる。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【魔法少女レムリアシリーズ】虫愛づる姫と姫君 -06-

←前へ次へ→

「その女子にこの話をしている時、男子が『あいつ休み時間に本見てるんだけどよ。ヘビの図鑑なんだぜ』って、それで女子が『うわキモっ』て」
「あぁ」
 姫子は自分でも判るくらいシニカルに唇の端を歪めた。

Glh63oiaiaaony4

(ヘビの図鑑w)

 多分、なのだが、“女の子としてあるべき姿・しかるべき話題・興味“が、同調圧力で決まっていて、そこからはみ出た者をキショいと排除する傾向があるのだ、日本の女子は。道徳だかで外部講師サマによるジェンダーフリーのご高説を聞いた時にそのことを思い出して吹き出した記憶がある(何がおかしいの?と怒られたわけだが)。
「普通じゃない、という意味のキショい少女、という一般評なんですね?先生自身はどんな印象ですか?家庭訪問で面談があったと思いますが……」
 姫子が転入してきたと書いたが、その前は“海外”であり、日本の学校システムは全てが初めてだ。運動会前にそれはあり、自宅自室で担任と二人きりで話す機会があった。
 すると森本はため息をついた。
「出来てない。去年も今年も多忙を理由に断られた」
「家庭環境は複雑……普通の女の子とは趣味が違う……他には?」
 すると森本は「おおそうだ」と膝を打った。
「先日君がナイフで襲われた時な」
 唐突で物騒な言葉であるため説明する必要があろう。あるカップルの崩壊に関わってしまい、別れをそそのかしたのは自分だと逆上した元彼が教室に乱入してきて刺されそうになった。前述の難癖トラブル、である。
「ゴキブリがいっぱい沸いて、あれ、ウチのクラスにもウジャウジャ入り込んでパニックになったんだ。でも森宮だけは平気で……ちょっと待ってくれ」
 森本は立ち上がって相談室を出た。何か思い出したらしい。
 さて面倒だ、というのが、ここまでの姫子の率直な感想。ゴキブリが平気な時点で確かに普通の女の子とは見られておるまい。併せて、家庭環境も考えると、選んだ孤独、という彼女の心理が見えてくる。
 森本が何か書面を持って戻ってきた。
「これだ。『虫が好きなのは分かりますが、気持ち悪がる子もいるので、もう少し配慮してくれたらと思います』」
 それはどうやら1年生の時の担任から引き継いだ(2年と3年はクラスも担任もそのまま持ち上がり)、彼女の評価のようだ。いいのかそんなの生徒に見せて。
「虫好き、なんならヘビもOKのキショいオンナ」
 結論はこうなる。
「まぁ……」
「そこに違うクラスの私が唐突に近づいてお友達になれ」
「いや……ああ……」
 森本は舌打ちし頭を抱えた。自分がどれだけ無理難題を押しつけているか、ようやく自身の理解が行ったようだ。

(つづく)

| | コメント (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -040-

←前へ次へ→

 さて、彼女が瞳を青く染めているこの時間を利用し、数々登場した横文字語の意味とそれら名を冠したシステムについて軽く注釈を加えておく。但し、原理と構造まで言及すると物語として停滞するため、ここでは機能のみの説明にとどめる。委細は必要に応じ追記する。
 
「対消滅光子ロケットと言って意味が判るか?」
 
・光子ロケット
 この船の主機関。原理自体は1930年代に発表されたが、実現は22世紀以降になると見られていた究極の推進装置。名の通り光そのものを推進力に用いる。船尾でパラボラ状のリフレクションプレートが展開したが、ここにその光を当て、船を押させる。原理上光速近くまでの加速が可能であり、宇宙航行用として必須といえる。
 
「ギフォード・マクマホン・サイクル動作正常。液体窒素温度70ケルビン。INS予冷装置7ピコケルビン、ゼロ点振動。燃料反水素容量……」
 
・ギフォードマクマホン(Gifford-McMahon)サイクル
 絶対零度を目した冷却システムであり、名前の由来は発明者から。この船では光子ロケットを筆頭に絶対零度・液体窒素温度で動作する機器が多い。これら極低温生成のために搭載している。従い、故障の許されない基幹装置。但し、MEMS(Micro Electro Mechanical Systems:微小電気機械システム)と言われる超小型装置の多段直結で構成されており、小型化と消費電力低減が図られている。
 
・液体窒素
 光子ロケット部で使用している超伝導コイルの冷却用。別掲INSのように絶対零度近くが要求される部位は液体ヘリウムも使用。
 
・ゼロ点振動
 物体を絶対零度近傍まで冷却すると生じる現象。この振動の観測を持って冷却システムの動作正常と判断する。
 
・燃料反水素
 光子ロケットの燃料である水素の反物質。通常の水素と出会うと〝対消滅〟反応を起こし、推進用の高エネルギ光子が生成される。なお、貯蔵中に通常水素と反応を生じてはならないため、絶対零度真空(負エネルギ環境)で保存。これには液体ヘリウムを使用。

・容量……残容量……
 宇宙航行用として、最大40キログラムの反水素貯蔵を想定している。但し、現段階で実用化できたのは100グラム貯蔵ユニット1基のみであり、これで運用。前述25日で生産蓄積できる反水素質量20グラムを〝満タン〟として容量管理している。なお、質量単位は間違いではない。反水素1ミリグラムで標準的なロケットエンジン燃料1トンに相当するエネルギが得られる。アインシュタインの見いだした〝エネルギは質量と光速の自乗の積〟をそのまま体現する。

※更に技術的な解説
 反水素は電気的に中性であることから、電磁場による貯蔵・制御がしにくい。このため、陽電子を燃料とし、「その辺にある」(野良の!)電子と〝電子陽電子対消滅反応〟させるタイプの光子ロケットに移行を計画中。

Baka
(おのれ現実め。。。)
 
「アリスタルコス。防御システム」
「光圧シールド作動良好」
「よろしい。透過シールド準備。副長PSC状態報告」
 
・防御システム(光圧シールド)
 生成した光子を推進以外に船体周囲に噴射し、妨害物を〝光の圧力〟で押しのける、言わば光のバリア。これは超高速航行では〝障害物を目で見て回避〟など不可能であるため。
 
・透過シールド
 電磁的・光学的クローキング(cloaking:迷彩)システム。光子……すなわち電磁波であり、光である。これより、レーダに反応しない、更には〝見ても見えない〟とするのは容易。なお、光学クローキングは透明化するのではなく、〝船がなければ見えるはずの風景〟をテレビと同じ原理で投影する。光圧シールドの応用と言える。
 
「フォトンハイドロクローラ始動。主コイル、前段加速器温度所定。機関準備ヨシ」
 
・フォトンハイドロクローラ(Photon Hydro-Crawler)
 クローラとはいわゆる〝キャタピラ〟と同意。光子を直接噴射推進するのが不可能な状況で、空気や水など流体を光子圧力で加速噴射して推進する補助駆動機関。地球上では主として船体の垂直浮上・降下時に用いる。すなわち空気圧で浮上して光子ロケットに切り替え、静止して空気圧降下する。これは、強大な光線を噴射すると周囲を傷つける恐れがある場合に用いられるシーケンスである。なお、補助推進装置としては他にソーラセイルを装備。マストに付いている〝工業製品の趣を漂わせる帆〟がそれである。太陽など恒星から噴き出す光や粒子を受けて動力とするほか、太陽電池としても機能する。

「INS始動」
 
・INS─Inertia Neutralization System。慣性力中和装置。
 一般に乗り物が加減速を行うと、応じた力を身体に感じる。これを慣性力というが、当然、大きすぎれば人体は潰れてしまう。この慣性力を相殺する装置である。アルゴ号では加速度が100万G(地球重力の100万倍。加速開始1秒で秒速9800キロ)に達するため搭載した。巨大出力によるプランク長さ未満の時間での加速、負エネルギー空間の介在による時空の遮断、および、必要に応じて加速の一瞬、各居住区画を船体加速と逆方向に一瞬動かす物理装置の複合でこれを達成する。操舵室出入り部の扉が堅牢なのもこれに伴う。

※更に─このシステムでは連続直線加速には不向きであるため、目標速度が大きい場合は瞬時加速を繰り返す。
 
「透過シールド作動。フォトンチューブ確立確認。リフレクションプレート展開固定」
 
・フォトンチューブ
 光圧シールドは特に船体前後方向に長く伸びた形で形成される。これは早期に進路妨害を排除するため、及び、大気圏内での衝撃波発生防止のためである。結果、シールドの制圧範囲はチューブの形状を持つ。これをフォトンチューブと称する。
 
「全機能動作正常確認。起動シーケンス全完了。副長復唱せよ。アルゴ発進」
 
 以上全て動作して飛行するその姿は、光の尾引いて疾る流星そのものと何ら変わらない。
 そして、チューブを形成していた光子達は、流星痕のように金色の光の粉となり、次第に拡散し、消えて行く。
 イヤホンマイクがピピッと電子音を鳴らした。
 外国テレビの混信のように、意識にフラッシュで送り込まれる映像数葉。
 溺れている?
「救難要請をキャッチ」

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -039-

←前へ次へ→

 超能力と先端科学の連動。のみならず、そのシナジーとして得ようとしているものは奇蹟。
 タロットカードを思い出す。〝塔〟というのはバベルの塔がモデルと言われ、愚かな人間が神へ挑戦し、神の怒りを買って燃えているのであるが、この船は、乗り組む人々は、言わば神の手伝いをしようとしている。
 そして、その次元へ、バベルの塔の無謀と違い、本当に手が届くかも知れない。
 そこに組み込まれようとしている自分を意識する。全身全霊を発揮し、それが何かの役に立つという至高の感覚。それは精神・識閾を吹き荒れる暴風のような覚醒感、飛ばされる勢いで揺さぶられる心。
「レーダ異常ないか」
 アルフォンススの問いかけに我に返り、画面に目をやる。レーダ画面に取り立てて表示は見えない。
「異常ありません」
「よろしい。出来れば3分おきに報告せよ」
「了解しました」
 すぐそう返すのは、そう言えるのは、救護活動のいわゆるバイタル・サイン・チェックで似たようなことをしており、身体が馴染んでいるせいだろう。3分、という時間も、時計を見なくても大体3分だと直感的に判る。絶対音感ならぬ絶対時間・絶対速度みたいなものが身についている(画面の隅に世界時は表示されている)。
「機関正常」
 ラングレヌス。
「よろしい」
 船は光噴いて高々度空中を南南東へ流れて行く。地球を12分で一周する。すなわち秒速70キロである。
 自宅から学校までトラムに乗るより短い時間で、世界を一周してしまうというのだ。
 文字通り〝地球の裏までちょっと行ってくる〟である。世界観の変換、パラダイムシフトというコトバがにわかに実在性を伴って自分に迫り、意識をこじ開けに来る。
 言い換えると、全容の見えない〝無限に近い大きな存在〟だったこの地球という星が、視界に全て収まるサイズに変わった。
 自分が今、液晶画面に見ているのは、確かに地球の、青い丸み。
 なんという巨大で、そして愛おしい、手の中の全て。
「綺麗……」
 思わず声が出る。地球が青い球体であることは初期宇宙飛行士の名言だし、写真やビデオにもそのように映っているので、知識としては知っている。
 しかし、しかし。
 ここまで鮮やかな、心の中全て洗い流されるほどの青さであるとは。
 仮に〝美しさ〟に近世のメートル原器やキログラム原器のような絶対的な基準器があるなら、この地球の青こそ、それなのではあるまいか。古代珍重されたラピスラズリは、人がどこかしらそれを知っていて、無意識に求め続けた証左なのではあるまいか。
「見とれていいが、レーダとカメラの異物だけは見逃さんでくれよ」
 シュレーターが傍らで小さく笑い、
「まぁ、綺麗だけどな。いい歳こいたジジイが何言ってんだって話だがな」
 しかしその気持ちは良く判る。目の下を流れて行く透明な群青は地球そのもの。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -038-

←前へ次へ→

 見たままを書けば、正面スクリーンに映っていたのは最初、トンネルの黒い断面であった。それが刹那、文字通り刹那、画面左右に一瞬白い光が現れ、次いで一面の青に変わった。
 その青が空であると判った時、レムリアのコンソール上の画面は、世界地図を映していた。地図上の赤い丸印が船の位置なら、アラビア半島東端を南下中ということになる。
 本当だろうかという問いが声にならない。まばたきする前はアルプス山懐コルキス王宮の地下にいたのだ。さながら瞬間移動である。これは夢か、それとも時を旅して未来に来たのか。アルゴ……その名は建造した大工の名にちなみ、神話において黒海を高速で馳せたという。たった今その名を受け継ぐこの船は星の海を行けるという。星図の南天に描かれたアルゴが時を経て実際に動き出したか(現在のりゅうこつ座・ほ座・らしんばん座・とも座は、アルゴ座を分割したもの)。
「レムリア。船底カメラ画像を正面スクリーンに展開せよ」
 アルフォンススの指示。
「はい」
 見ると、三面ある液晶モニタのうち、右側モニタ画面は六つに分割され、その中に〝船底カメラ〟の文字の付いた画像がある。
「指先かペンでタッチ」
 シュレーター。言われた通りにチョイと触ると文字が出、カメラを動かすか、映す先を変えるのか(move or screen)、と訊いてきた。映す先を触ると、リストが出てきて一番上に〝メイン〟。
 メイン、の文字に触れると正面スクリーンに出た。
 それは、テレビで見た宇宙中継を思わせた。宇宙ステーションにテレビカメラを持ち込み、延々地表を映し続けたものだ。但し今見ているこちらはその数倍速の動きを見せる。最初に視界に収まったアラビア半島は既に画面下方へ去り、インド洋がスクリーン全体を青く染める。
 時々白い塊が目にも留まらぬ早さで画面を横切る。それは目の前画面の〝船首カメラ〟と見比べたら雲だと判じた。雲が船底カメラのすぐそばを横切る時、画面が一瞬白くなるのだ。
「巡航。探査自動航行確認。INS解除」
「INS解除確認」
 アルフォンススにシュレーターが答える。
 わずかな電磁音が操舵室の無音を遮った。〝乗り物に乗っている〟感覚が戻る。
「では、わたくしは探査に入ります」
 セレネの声が聞こえ、彼女が副長席のシートをリクライニング動作させ、仰向けになるイメージがテレパシーで飛んできた。
 どうやらセレネは自分にテレパシーを同調させているらしい。この力を精神感応と表現することがあるが、今、自分たちの間に生じている現象はそう表記するのが相応しい。この手の活動で重要なのは〝発見〟であり〝ピンと来る〟だろう。テレパシーで共有・共感できれば、この辺を強化でき、次のアクションに移るのが早くなる。それをトリガに船を直接制御可能、であれば、なおさらであろう。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -037-

←前へ次へ→

 この船を試してみたいという気持ちも率直にある。
「もちろん可能だ。異論あるかね?諸君」
 アルフォンススが言った。
 男達は何も言わない。代わりに、めいめいコンソールの自席に向かう。
「これがみんなの答えだ。レムリア」
 船長アルフォンススは言った。
「はい」
 彼女は背筋を伸ばした。
「よろしい。総員、ミッション実行準備」
 了解の声が各自から返り、レムリアは先ほど案内されたコンソールに腰を下ろした。
「これを耳に」
 シュレーターから渡されたのはイヤホンマイク。ワイヤレス通信機能内蔵。耳に掛けるタイプで、マイクは短く頬に触れるか触れないか。
 コンソールの機材手近のトラックボールを手で回す。電源が入り画面が立ち上がる。
 そして。
「これより本船はミッション実行準備を行う。各員担当システム状態について喚呼かんこ報告せよ。シュレーター。電源確認」(※喚呼……声に出して確認しながら操作を実施すること)
「制御電源安定。主電源準備ヨシ」
「ラングレヌス。機関状態」
「ギフォード・マクマホン・サイクル動作正常。液体窒素温度70ケルビン。INSインス予冷装置7ピコケルビン、ゼロ点振動観測。燃料反水素20グラムチャージ。残容量100パーセント読替設定。設定完了」
「アリスタルコス。防御システム」
「光圧シールド作動良好」
「よろしい。透過シールド準備。副長PSC状態報告」
「PSCシステム健全。主管制と通信成立」
「各員了解。船体制御系準備状態全て確認。起動シーケンス。正面スクリーン投影」
 劇場の大画面が光を発する。映っているのは収まっているコンクリートの大空間。
 カメラが捉えた正面は扉であったようだ。左右に大きく開き始め、奥に英仏海底のそれを思わせる巨大なトンネル。
「レムリア。探知システム状態報告」
 自分のこと。
「あ、はい」
 何を言えばいいの?と思ったが、目の前画面を良く見ると、装備しているカメラとレーダのリストと思しき表があり、機能の項目に全て緑の丸とOKの文字がある。
 ならば。
「映像装置、探知装置共に問題ありません」
「よろしい。機関始動」
「始動します」
 アルフォンススの声に応じてシュレーターが喚呼する。握っていた操縦桿の奥手側、フタ付きスイッチを押す。
 キュイーン。擬音で書けばそんな表現か。次第に周波数が高まる電磁音。やがて聞こえなくなる。人間の可聴域を超えた周波数であろう。
 数秒後、ラングレヌスが座る位置でランプが幾つか。
「フォトンハイドロクローラ始動。主コイル、前段加速器温度所定。機関始動確認」
「機関始動確認。浮上」
「浮上」
 ラングレヌスが報告し、アルフォンススが宣言し、シュレーターが操縦桿を手前に引く。
 画面が動く。
 船が少し揺れ、浮き上がったと知れた。
「浮上しました」
「INS始動」
 アルフォンススがその〝インス〟と称される装置を始動したようである。振動騒音の類が一切消えた。
 しんと静かになる操舵室。
「INS動作正常」
「光圧シールド透過モード」
「透過シールド作動。フォトンチューブ確立確認。リフレクションプレート展開固定」
 呼応してか、レムリア傍らの船尾カメラ画像に動きが生じる。船尾の丸みが、くす玉のように左右に割れ、くるりと回って裏返しになり、船尾にパラボラアンテナを付けたような姿となる。
「全機能動作正常を確認。起動シーケンス全完了。副長復唱せよ。アルゴ発進」
「発進」
 セレネが答え、アルフォンススが船長席机上のボタンを押す。
 船が動く。
 動き出した。レムリアが思ったその瞬間。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【理絵子の夜話】空き教室の理由 -71-

←前へ次へ→

 ただ、そのどちらであれ、答えは空き教室にある。
『じゃぁ切るぞ。また何かあったら掛けてきなさい』
「うん」
 理絵子は電話を切った。
 ちょびっとであったが、教えてくれた辺りやっぱり父親であり、自分に甘いと思う。
 思わず笑う。次いで窓の外に目を向け、その窓に映った自分を見る。
 これで担任は母親に預け、危害が及ぶ可能性を排除した。
 必要な情報も全てそろえた。
 あとは。
 理絵子は自分の姿に気合いを入れる。足が痛いとか言っていられない。

11

 午前2時。
 ガチガチにテーピングしてはみたものの、足は自由に使える状態にはあらず。ただ、多少引きずる程度で、歩行や自転車駆動は問題ない。
“これから、空き教室に行く”
 桜井優子にメールを飛ばす。心配してくれている友人にこっそり黙って、はないだろうと思うからだ。
 ただ、同行させる気はない。
 超自然的な意味で危険だからである。相手があゆみちゃん本人かどうかはさておき、自分の超感覚をそれと判らせず感度低下させ、2度に渡って殺害を試みるなど(本当に殺そうとしたならば、であるが)尋常な能力ではないからだ。
 学校に到着する。門から少し離れたところに自転車を置き、後は歩く。
 超感覚感度全開。
 神経回路網が身体を飛び出し、周辺一帯へ広がって行くような感覚にとらわれる。それは例えるなら手足で触れる範囲、見える聞こえる範囲が非常識なまでに拡大したような、と書けようか。
 門扉へ近づく。ライトで照らされ、監視カメラが作動している。更に門扉自体は柱にチェーンでくくられ、番号キーがぶら下がっている。ちなみに、門扉の両脇はグリーンの菱形模様が連なるよくある金網で、昇って昇れなくない。だが、今の手足の状態ではダメだ。
 監視カメラの存在を無視してカギを手にする。10個の数字ボタンがあり、4桁を押すことでリングが外れるというもの。
 番号4312。造作もない。
 解錠。鎖を解き、門扉を身体一杯の力を使って開き、敷地へ入る。
 門扉は元通り閉めておく。何もだからってドロボーさんを招く必要はないからだ。ちなみに監視カメラは警備会社に直結だが、女の子が普通にカギを開けて入ったのを見て、どう反応するか。最も、彼らが来たらそれはそれでどうにかなる。

(つづく)

| | コメント (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -036-

←前へ次へ→

 奇蹟を人の手で、とセレネは言ったが、万能かどうかはさておき、とりあえず史上最強の人命救助ボランティアであることは確かであろう。
 自分を選んでくれたのは、光栄だ。
「ありがとう。ただ、一つだけ、欠点があるのです」
 その説明はシュレーターから、ということで、二人は操舵室に戻った。
「ドクターシュレーター。レムリアに欠点の件を」
 シュレーターの額で皺が歪んだ。
「燃料が反水素はんすいそと言って極めて特殊でな。一回あたりの連続航行は3時間が限界。しかも、それだけの燃料を再度蓄積するのに25日ほど要する。まぁ、改善は要求しているが」
 セレネが繋いで。
「ですので、現状では当プロジェクトの活動は月に一度が限度です。そこであなたに異存がなければ、活動日を毎度の満月に設定しようと思うのですが如何でしょうか」
「え……」
 それは言うまでもなく、自分の魔法のサイクルに合わせた設定。
「もちろん、あなたにとって大切な日で、何か……」
「いえ、そうしていただけるのであれば喜んで」
 レムリアは答えた。手品以外に使い道の無かったこの力。
 最良の条件下で、フルに使って、人命救助、ということであれば。
 セレネは頷き、
「了解しました」
 そう答え、メンバー男達の方を振り返る。
「皆さんもよろしいですね」
「もちろんだ」
 アルフォンススが答える。
 不思議な充足感がレムリアを捉える。パズルの最後の一ピース。チェスで陣形が整った瞬間。
「では、飛びますか?」
 セレネが微笑んだ。
「飛ぶ……」
 飛行機で飛ぶ。ヘリコプターで飛ぶ。EFMMでは日常茶飯事。
 同じ、飛ぶという行為。ただ、ニュアンスは違うであろう。
「満月まではまだありますが、少し燃料もチャージされていますから、少しはあなたの希望通りに。もちろん、宇宙でも……」
 月齢11。セレネの言う〝飛ぶ〟は周遊飛行みたいな意図であろう。だが、そんな貴重な燃料なら、誰かを助ける以外の用途に使うべきではないと思うのだ。
 〝周遊〟はオリエント急行で充分堪能させてもらった。
 自分の服装を確認する。お出かけ着でありスカート長め。であるが。
 ジェームズ・ボンドだってタキシードでスパイ・アクションをする。
 ウェストポーチもいつも通り腰に巻いている。
「いえ、でしたら、その、出来る範囲で……実際やってみたいんですけど。無理ですか?今からは」
 レムリアは提案した。プロジェクト活動の具体的なイメージはさっきテレパシーでもらった。が、実際動いてみるとまた違うと思うし。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -035-

←前へ次へ→

 シュレーターは一気に喋り、後はマニュアル参照、と言ったが、レムリアはほぼ掌握した。この手の暗記は日常茶飯事。なぜなら野戦病院のシステムなど同じ内容は二つと無く、都度概要から覚え直すからだ。
 教えられた内容を要約して復唱し、画面に触れてみせる。
「大したもんだ。それともこの程度操るのに一ヶ月も掛かった我々の頭が固いのか?」
 シュレーターは額の皺をよじらせて笑った。そのセリフはすなわち、メンバーが準備として乗り組んだ期間は過去一ヶ月に及んでいることを意味した。この宛がわれたコンソール周りは把握したが、もっと、いろんなことが出来るべきだろう。そう、覚えることは格段に多い。
「終わりましたか?」
 セレネが問いかける。
「はい。何とかなりそうです」
 言って、無言で続ける『この位なら』。しかしセレネには、〝胸の内に隠す〟ということが出来ないと気づくまで数秒。
 セレネは笑って。
「一度聞いただけで素晴らしいのでは?。で、次に、と言ったらあれですが、あなたが来て下さることを前提としたシステムがあるのですが……よろしいですか?」
 セレネはレムリアを連れて操舵室を出た。
 通路を船首方へ向かい、先ほどの個室を行き過ぎ、すぐのT字を右に折れ、階段を降り、操舵室の一フロア下。
「この船は本来、太陽系外宇宙用観測船として開発されました。その場合、ここ船倉には観測機器が収まるのですが」
 扉に触れて開き、中に入ると、まるで集中治療室。
 生命保持ユニット、とセレネは言った。ベッドがあり取り囲む高層ビルのように機器がひしめく。いわゆるバイタルサインのセンサ表示類は当然として、心臓電気ショックで知られる除細動装置、人工心肺装置、輸液・輸血。MRI(核磁気共鳴断層撮影)を使った三次元体内解析装置。細菌・ウィルス分析システム。BSL(バイオ・セーフティ・レベル)3クラス緊急隔離機構。緊急冷却及び炭酸ガス瞬時充満装置まで備える。
「展開するとこうなります」
 ボタンを押すと、船外への扉が大きく開き、部屋全体が外へせり出し、妙なたとえだが、ドールハウスのように左右に展開。
 雨除けとして幕屋が付いて高機能野戦病院である。日本におけるドクターカーやドクターヘリにMRIを付加したグレードになろうか。
 最も、レムリアは看護師であり、資格もスキルも全て扱えるわけではない。止血して輸液して心臓マッサージ……応急処置がメインとなる。それでも、全部人力とこの手のシステムがサポートするのでは格段に違う。
「私の国立病院とリンクするシステムを構築中です。まさか空からこの船で近場の病院へ乗り付けるわけには行きませんので。正直、対応能力もバラバラでしょうし」

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -034-

←前へ次へ→

「まぁ、お前さんが舵を取ることはないと思うがね。知っておいて損はあるまい。さて私にお鉢が回ってきたところでついでだ。この船に乗り組む以上、巡航パトロール中は乗組員としての任務を持ってもらう。種類は大きく二つ。船自体の管理と監視、船の周りの管理と監視だ。対消滅光子ついしょうめつこうしロケットと言って意味が判るか?」
 ロケット、は判った。その前は意味不明。
「いえ、ちょっと……」
 ここは教えを請うべきなのか。それとも……
「了解。では監視員を依頼しよう……」
 シュレーターはあっさり言った。ロケットと言うからには推進装置だと思うが、容易に説明するのは困難ということか。
 任務の説明を受ける。監視といっても主たる目的である要救護者の発見はセレネであるが。
高高度こうこうどとはいえ空中を飛ぶ。このため他の飛行物体との遭遇、それから変な話だが宇宙から何かが飛んでくるような場合もあるかも知れない。意思あるものは副長が見つけるが、意思なきものを見つけるのは意思持つ人の目しかない。向こうからこちらは見えないしな。それを我々が分担して行うわけだ」
 サンドイッチを一通り食べ終わると、コンソール中央に舵手席があるが、その左方の椅子に案内された。
 そこは正面と左右と液晶パネルが3つ用意されてあり、卓中にはコロコロ動くリンゴサイズのボールが埋め込まれ、ボールの傍らにペン差しがあって刺さっている。画面に手で触れると電源が入り、ボールの正体はトラックボール。ペンは画面用タッチペンと判った。
 システムが起動する。画面はとりあえず真っ黒で、パソコンと同じくカーソル矢印一つ。
「見ただけじゃ判らんわなぁ」
「はい判りません」
 レムリアは今度はきっぱり、そして少しにっこりして答えた。
 答えて気付く。いい意味での〝軽み〟がこのクルーにはある。軽妙というヤツだ。オリエント急行車中のやりとりに近い。軍隊的なしゃちほこばった感じは皆無。
 レムリアの微笑に応じてか、シュレーターは笑みを見せて。
「パソコンはいじるか?」
「ある程度なら」
 このコンソールでのレムリアの仕事は、要するにレーダに映った〝気になる物〟の発見だという。画面に表示された反応物を追跡するのにトラックボールを使い、船外カメラのコントロールと画面中に映った物体・生命に対する監視測定装置の起動。基本的なパターンとしては、危急を捉えて駆け付けたものの、遭難者の意識が喪失して発見できない。そんな場合には人の目で探す。船外カメラで捜索し、ズームし、赤外線や拍動センサをそこへ向ける。
 画面表示の説明。使用するレーダやカメラの選択方法。敵味方識別装置の呼び出しと照合方法。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【魔法少女レムリアシリーズ】虫愛づる姫と姫君 -05-

←前へ次へ→

「ああ、すいません。やはり見覚えないです」
「そうか。いや、実はな。森宮はいつもひとりぼっちみたいでな。良かったら友達になってやって欲しいんだが……」
「はあ!?」
 姫子は自分自身驚くほど大きな声でそう応じ、自分自身眉根が歪んでいると認識した。
 森本は更に驚いたようで、その大きな身体がガサッと音を立てるほど震えた。メガネのレンズに歪んだ顔の自分が映る。
「びっくりした……ダメかい?」
「ダメというか最悪です。いきなり見知らぬ他のクラスの奴が友達になろうと言ってくる……不自然だと思いませんか?言われた側は誰かの差し金と察知します。自分で友達とか作れないんだろ?と誰かに決めつけられる。もし、本当にそうなら、それは隠しておきたいことのはずで、露見して世話役を当てられるとか、みじめな気持ちになると思いませんか?或いは、そもそも一人でいるのが好きだったら、ただの余計なお世話になってしまう。思春期の娘に“所詮子供”という見識で臨むと大変なことになりますよ」
「そうか……」
 姫子が思わずまくし立てる勢いで言うと、森本はしょげたように小さく言った。
 姫子は聞こえないようにため息をついて。
「猫と一緒で放っておけば良いと思いますが……それは良くないと先生としての経験が囁くとか?」
 森本はわざとらしいほどの音でため息をついて。
「こんなこと君に言ってしまっていいのか判らんが……」
 じゃぁ言うなよ。
「悪口を言われているらしいんだ。気持ち悪いの意味か?キショいって。それっていじめの兆候だろう」
 なるほど。
「孤立させたくない、そう仰るわけですね」
「まぁ、そういうことだ」
「部外者の自分なら、彼女の友達だからってクラスの中で何を言われても問題ない……」
「まぁ……」
 だったら自分が味方になってやればいいではないか。自分のクラスの問題を自分で解決できないとかクソ教員ではないのか。
 まぁ、思春期の娘がこのテカテカタヌキに迫られたらイヤか。
「何がどう、キショいのか、心当たりはありますか?……ちなみにその友達になってくれ作戦、クラスの中で実行したりしてませんよね」
「いや……その……」
 やったんかい。まぁその結果更に孤独を深めて(いるような気がして)、責任感じて焦ってる。そんなところか。まぁ、本当にそうなら必要に応じて彼女を救うべきではあるだろう。
「女の子からの評判は?」
「それが……えー、やだ。としか」
「理由は訊きましたか?」
「だから、キショい」
「キショい理由は?」
「そこでみんな逃げちゃうので」
 なるほど、話題にもされたくないと。
「男の子からは?知る限り思春期の男の子は全くノーチェックの女の子はいないと思いますが……」
 すると森本はハッと思い出したように目を見開いた。

(つづく)

| | コメント (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -033-

←前へ次へ→

 天を向いた巨大画面に紙皿並べてサンドウィッチ。Sn3n0024

(CEATECにて。2011)

 後はめいめいティーバッグのコーヒーなり紅茶なりチョイス。〝船内食〟は基本的にこのレベルになるとか。全く異存はない。どころか〝ちゃんと食事に見える食事〟が用意できるだけ大したもの。
 船自体はやはり本来は宇宙船なのだとか。確かに、スクリーン方を向いている限り、映画の中の宇宙船そのものである。ただ、スクリーンに背を向けて立つと景色が異なる。
 この空間は操舵室と呼ばれる。後方は大学の講堂よろしくひな壇状に数段、コンソールが配置され、大人数の収納が可能な構造である。ただ、コンソールに機器はなく椅子もない。唯一、最上段中央にのみ、黒革張りの大きな椅子がある。
「私の居場所だ。目障りだから隅っこから見てろということさ」
 言ったのはアルフォンスス。つまり船長席。
「全情報がそこに集中し、あらゆる指揮管制が可能だ。操舵権を持つことも出来る」
 船長席後ろの壁にドアがあり、現在そこが開いている。その中に食料庫があるという。
 不思議なのはひな壇中腹である。右舷寄りにスペースがあり、観葉植物の鉢植えに囲まれた一角。深くリクライニングできる大きな椅子が配されている。
 「副長席です。テレパスは草木に囲まれて横になっていなさい」
 確かに、目を閉じて静かにしている方が、超感覚は鋭敏になる。
 セレネはここに横たわり、センサーを頭部に装着して、電気的に船のコンピュータと通信するのだという。そして危機にある命の悲鳴をキャッチすると、船がセレネの意識から悲鳴の座標を読み出し、船をそこへ振り向ける。つまり、電気的なテレパシー。称して
 Psychology-direct-reflection Synchronization Control-unit.
 心理同期制御とでも訳すか。略称PSC。
 尚、船の地球周回は基本的に空の極めて高い所を巡航し、地球一周約12分のペースである。この周回パトロール航行、及び、発見後の急行はPSCによる自動制御。現場に近づいた後は全員で対象者を探索し、シュレーターの舵に委ねる。
「それこそ星座絵のアルゴみたいに、でかい舵輪でも付けといた方が格好良かったかい?3次元コントロールだからゲーム機のレバーみたいにしたが」
 シュレーターがにやりと笑う。コンソールの中央に、それこそゲーム機のジョイスティックを思わせるスティックレバー。舵である。舵の左右には、飛行機のエンジンスロットルを思わせるバーハンドルが一本ずつ。スティックで上下左右を指示し、バーハンドルで速度を変える。ハンドルは左右どちらでも速度制御が可能。加速度指定と到達速度指定が選べ、同時に使うとアクロバット的な飛翔が出来るとか。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -032-

←前へ次へ→

 以上の概念を、セレネはレムリアの意識に直接送り込んだ。
 すなわちテレパシーで一気に伝えた。もちろん、魔女であるレムリアもある程度の超感覚を有する。郵便物もポスト開ける前に手かざしで内容を確認できる。そんな能力者が街中に意外といることも気付いている。
 ただ、ここまでクリアな伝達能力を有し、能動的に発揮する使い手に会ったのは初めてだ。テレパシーを精神感応と書くこともあるが、セレネと一緒にいると共鳴し合ってクリアになり、より遠くまではっきり感知できるようだ。まるでオーディオセットを買い換えて音質差に気付いたかのよう。
「この船はホウキの代わりに魔女が空飛ぶ道具です。だからごめんなさい。お送りした書状にそこまで書くわけには行きませんでした。他人様の目に触れる可能性が万が一にもありましたので」
 言葉と共に、今度はイメージが織りなされる。
 自分が加わるまでにある程度練習・訓練をしたようだ。まずこの船は定速で地球を周回し、救護を要する現場があれば超高速で現場に降り立つ。
 難民キャンプを襲うゲリラを男達が掃討。けが人や置き去りの子ども達を船に乗せて救い出す。ここに彼女レムリアが多言語を駆使してパニックを抑制し、応急処置など出来れば。
 逃げ場を失った火災現場で、男達が建物にレーザー光線で穴を開けるなど万難を排して救い出す。この時レムリアが幻影を見せたり神や天使の声を聞かせて勇気づけたりできれば生きる望みを抱く。
 但し自分たちの正体は見せない。〝奇蹟〟が必要な段階を乗り越えたなら、コルキスの本部病院へ送り届けたなら、古来〝奇蹟〟の顕現に倣い、誰かに特殊性を察知される前に姿を消す。
 超高速飛行帆船と、超絶の能力を持つ人間達で、神や天使の領域だった〝奇蹟〟を、人間自身の手で起こし、命を救う国際救助ボランティア。
 奇蹟を待たず、自ら起こす。それにより命を救う。
 それは多分、この伝承の力を発揮する方向、目指すレベルとして、最適、最高と言って良い。
 死なないように呪文を唱えろ、であれば難しいだろう。だが、その程度であれば。
 失われたものを元に戻すことはできない。しかしその前に、被災者が意識あるうちに、セレネが卓越したテレパシー能力で検出し、駆け付けるというのだ。
 どのくらいの速度?地球の裏側まで6秒で。
 ……6秒!?
 地球一回り確か4万キロ。
「もちろん、私達の能力には限界がありますし、同時に起こっている全部を担うことはできません。でも、出来る限りの全てを用いるのが、人間としてあるべき姿のはずです」
 プロジェクトは、後は、自分が加わるだけ。
 既に出来上がっている。それは、自分を加えればすぐ動けるように鍛練を重ねてきた結果。彼らにとって自分は今、12歳の小娘ではなく、触れることさえ出来ぬ姫君でもなく、単なるメンバー候補の一員。看護師で魔女。船長は傭兵で電磁兵器人間。双子はすばしっこい銃器使いと不死身で賞金稼ぎ。
 それらと同じ。と、思い至って気付く。個々をコールサインで呼ぶのは、恐らく。
 それさえ判っていればいいじゃないか。
 EFMMでも姫は姫である。スタッフが自分を気にする、かばうような言動もままある。
 対して、それならば。
「私に出来る全てを」
 レムリアは言った。
 すると。
「ありがとう」
 船長アルフォンススがまず答えた。そしてその大きな手のひらが伸びて来、握手。
 男達が追従し、最後にセレネの繊手と手のひらを合わせる。
 彼女は笑顔に囲まれた。
「軍人は嫌いかとドキドキしたよ」
 アルフォンススはくだけた調子で言った。
「それを言ったら俺たちは人殺しと思われてるかと」
 アリスタルコス。
「若いだけマシだろお前たちは」
 シュレーターが言い、男達が笑い合う。
 不思議な気持ち。それは、映画に見るこの手のチームで描かれる上下関係と、大きく異なる違和感か。
 いや、それは正しくない。この人たちに人間味、仲間感覚、温かさを感じるからだとレムリアは知った。接していて、居心地がよいのである。
 最も、薄情な人が救助ボランティアなんかしないわけだが。
「さぁ、細かい話はランチと共に……お腹すいていませんか?」
 国際旅行をすると、時間の感覚がどうしてもずれてくる。
 昼の1時を過ぎている。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -031-

←前へ次へ→

「私たちの目的は、奇蹟を要するような緊急事態において、奇蹟の天使の負担を減らすこと。人が出来ることは人がするべき。常識を覆す能力を結集し、世界のどこでも瞬時に駆けつけ、奇蹟を起こして救い出すこと」
 セレネは言った。つまり。
「奇蹟を待つのではなく、自ら起こして人を助ける」
 レムリアは認識を口にした。
「その通りです」
 常軌を逸した発想。一般的な回答はそうなるだろう。だが、自分を、自分の能力の故に呼んだのであれば、話は別だ。
 アルフェラッツ・ムーンライト・マジック・ドライブ(ラテン語表記Coegi magicae Lunaeこえじまじけるなえ)。魔法の血脈を知り、その故に自分を呼んだのであれば。
 そう、彼女レムリアは事実魔法使い。情報通信革命を経た科学技術文明時代に受け継がれたいにしえよりの術の担い手。
 最高の秘密。と同時に、最も信じてもらえないこと。しかし、この船に集った人々はそれを知り、信じ、どころか、この能力を人命救助に活かせ。
〝月光〟という呼び名の一致は何かの縁か。
「たった今の私の能力でどれだけの事象を招聘できるか未知数ではありますが」
 レムリアは一同の顔を見て言った。彼女の魔法はムーンライトの名の通り月の満ち欠けと明確に連動する。新月の頃には手品レベルが精々。大がかりになると満月期に呪文を要する。そして魔女の意図するところを忠実に反映しようとするため、憎悪や怒り、恐れなどの負の感情は〝あるべき結果〟と異なる状況を出現させる可能性がある。
 でも、人の命を救うことを目的とするならば。
「それでも、よろしければ。可能な限りを、皆さんと共に。それで、よろしければ」
 セレネは、ゆっくり、うなずいた。
「私たちに必要なのは、あなたの全て。そして、私たちの全ては、あなたのために」
 セレネは言い、文字通り、超絶の方法で、レムリアにプロジェクトの概要を伝えた。それは、意識の中に直接上映される映画。マニュアル自体は、あるのですけどね……。
 アルゴ・ムーンライト・プロジェクト。
 水中・空中・宇宙空間。地球を取り巻く環境の全てを超高速で航行可能な飛行帆船〝アルゴ号〟と、乗り組むメンバーとで、地球全体を対象に活動を展開する救助ボランティア。
 メンバーは船の設計者であり舵を預かる工学博士、コールサイン〝シュレーター〟を除き、いわゆる超能力の持ち主。
 
【船長】アルフォンスス
〝電磁波過敏症〟に代表されるように、電磁波を心身で直接感知する能力を持つ人はあるが、彼は感じることはもちろん、更に自ら電磁波を発する能力を有する。本職は傭兵で特殊部隊に所属し、電磁的探査・索敵手段の検出と、それらの妨害・破壊を行う。アフリカ系ギリシャ人。身長2メートル。
【副長】セレネ
 プロジェクトリーダー。超常感覚的知覚能力の持ち主。その能力の高さの故に引きも切らず聞こえ続ける悲鳴に心耐えかね、駆けつける手段があればと発案したという。助けを求める心の声をテレパシーで検出し、救助活動のトリガとなる。古代エジプトの女王を思わせるミステリアスな流麗。身長173センチ。
【操舵手】シュレーター
 船の開発設計を担当し、操舵を司る。超能力は持たないが、方程式を見ただけで解が判る特殊な頭脳を有する。その成果がこの船であり、船の全てが彼の能力とも書けるか。イタリア出身。身長170。〝小柄〟に見えるのは他の男達の身長による。
【活動員】アリスタルコス
 天才的な銃の使い手で異様なまでに敏捷。先祖はニンジャと思っているが北欧出身。救助活動に伴い必要となる障害除去、攻撃掃討の器具は彼の発案で銃器の形状。但し対人ロックオン防止機構を有しており殺傷機器ではない。次のラングレヌスとは双子の兄弟。身長195。
【活動員】ラングレヌス
 不死身。粘土質の筋肉・皮膚系で撃たれても弾丸の勢いは吸収され、切られず刺さらない。爆破されても〝吹っ飛ぶ〟だけ。普段はアリスタルコスとはコンビでフリーの賞金稼ぎ。
 
 ……そしてここに、看護師で魔法使い、レムリアが加わる。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2025年8月 | トップページ | 2025年10月 »