←前へ・次へ→
さて、彼女が瞳を青く染めているこの時間を利用し、数々登場した横文字語の意味とそれら名を冠したシステムについて軽く注釈を加えておく。但し、原理と構造まで言及すると物語として停滞するため、ここでは機能のみの説明にとどめる。委細は必要に応じ追記する。
「対消滅光子ロケットと言って意味が判るか?」
・光子ロケット
この船の主機関。原理自体は1930年代に発表されたが、実現は22世紀以降になると見られていた究極の推進装置。名の通り光そのものを推進力に用いる。船尾でパラボラ状のリフレクションプレートが展開したが、ここにその光を当て、船を押させる。原理上光速近くまでの加速が可能であり、宇宙航行用として必須といえる。
「ギフォード・マクマホン・サイクル動作正常。液体窒素温度70ケルビン。INS予冷装置7ピコケルビン、ゼロ点振動。燃料反水素容量……」
・ギフォードマクマホン(Gifford-McMahon)サイクル
絶対零度を目した冷却システムであり、名前の由来は発明者から。この船では光子ロケットを筆頭に絶対零度・液体窒素温度で動作する機器が多い。これら極低温生成のために搭載している。従い、故障の許されない基幹装置。但し、MEMS(Micro Electro Mechanical Systems:微小電気機械システム)と言われる超小型装置の多段直結で構成されており、小型化と消費電力低減が図られている。
・液体窒素
光子ロケット部で使用している超伝導コイルの冷却用。別掲INSのように絶対零度近くが要求される部位は液体ヘリウムも使用。
・ゼロ点振動
物体を絶対零度近傍まで冷却すると生じる現象。この振動の観測を持って冷却システムの動作正常と判断する。
・燃料反水素
光子ロケットの燃料である水素の反物質。通常の水素と出会うと〝対消滅〟反応を起こし、推進用の高エネルギ光子が生成される。なお、貯蔵中に通常水素と反応を生じてはならないため、絶対零度真空(負エネルギ環境)で保存。これには液体ヘリウムを使用。
・容量……残容量……
宇宙航行用として、最大40キログラムの反水素貯蔵を想定している。但し、現段階で実用化できたのは100グラム貯蔵ユニット1基のみであり、これで運用。前述25日で生産蓄積できる反水素質量20グラムを〝満タン〟として容量管理している。なお、質量単位は間違いではない。反水素1ミリグラムで標準的なロケットエンジン燃料1トンに相当するエネルギが得られる。アインシュタインの見いだした〝エネルギは質量と光速の自乗の積〟をそのまま体現する。
※更に技術的な解説
反水素は電気的に中性であることから、電磁場による貯蔵・制御がしにくい。このため、陽電子を燃料とし、「その辺にある」(野良の!)電子と〝電子陽電子対消滅反応〟させるタイプの光子ロケットに移行を計画中。
(おのれ現実め。。。)
「アリスタルコス。防御システム」
「光圧シールド作動良好」
「よろしい。透過シールド準備。副長PSC状態報告」
・防御システム(光圧シールド)
生成した光子を推進以外に船体周囲に噴射し、妨害物を〝光の圧力〟で押しのける、言わば光のバリア。これは超高速航行では〝障害物を目で見て回避〟など不可能であるため。
・透過シールド
電磁的・光学的クローキング(cloaking:迷彩)システム。光子……すなわち電磁波であり、光である。これより、レーダに反応しない、更には〝見ても見えない〟とするのは容易。なお、光学クローキングは透明化するのではなく、〝船がなければ見えるはずの風景〟をテレビと同じ原理で投影する。光圧シールドの応用と言える。
「フォトンハイドロクローラ始動。主コイル、前段加速器温度所定。機関準備ヨシ」
・フォトンハイドロクローラ(Photon Hydro-Crawler)
クローラとはいわゆる〝キャタピラ〟と同意。光子を直接噴射推進するのが不可能な状況で、空気や水など流体を光子圧力で加速噴射して推進する補助駆動機関。地球上では主として船体の垂直浮上・降下時に用いる。すなわち空気圧で浮上して光子ロケットに切り替え、静止して空気圧降下する。これは、強大な光線を噴射すると周囲を傷つける恐れがある場合に用いられるシーケンスである。なお、補助推進装置としては他にソーラセイルを装備。マストに付いている〝工業製品の趣を漂わせる帆〟がそれである。太陽など恒星から噴き出す光や粒子を受けて動力とするほか、太陽電池としても機能する。
「INS始動」
・INS─Inertia Neutralization System。慣性力中和装置。
一般に乗り物が加減速を行うと、応じた力を身体に感じる。これを慣性力というが、当然、大きすぎれば人体は潰れてしまう。この慣性力を相殺する装置である。アルゴ号では加速度が100万G(地球重力の100万倍。加速開始1秒で秒速9800キロ)に達するため搭載した。巨大出力によるプランク長さ未満の時間での加速、負エネルギー空間の介在による時空の遮断、および、必要に応じて加速の一瞬、各居住区画を船体加速と逆方向に一瞬動かす物理装置の複合でこれを達成する。操舵室出入り部の扉が堅牢なのもこれに伴う。
※更に─このシステムでは連続直線加速には不向きであるため、目標速度が大きい場合は瞬時加速を繰り返す。
「透過シールド作動。フォトンチューブ確立確認。リフレクションプレート展開固定」
・フォトンチューブ
光圧シールドは特に船体前後方向に長く伸びた形で形成される。これは早期に進路妨害を排除するため、及び、大気圏内での衝撃波発生防止のためである。結果、シールドの制圧範囲はチューブの形状を持つ。これをフォトンチューブと称する。
「全機能動作正常確認。起動シーケンス全完了。副長復唱せよ。アルゴ発進」
以上全て動作して飛行するその姿は、光の尾引いて疾る流星そのものと何ら変わらない。
そして、チューブを形成していた光子達は、流星痕のように金色の光の粉となり、次第に拡散し、消えて行く。
イヤホンマイクがピピッと電子音を鳴らした。
外国テレビの混信のように、意識にフラッシュで送り込まれる映像数葉。
溺れている?
「救難要請をキャッチ」
(つづく)
最近のコメント