【理絵子の夜話】空き教室の理由 -73-
だが、木の引き戸の方がボロボロであり、戸を引くだけで、カギ自体が容易に外れて落ちた。
木の戸がレールを動く。ゴロゴロという音がいやに大きく響く。
第2音楽室。
内部は静止空間というのが第1印象である。吸音パネルで覆われた壁と天井。右方窓際にグランドピアノがあり、前方、すなわち部屋としての後方には、クラシック作曲家の年表が剥がれかけた状態で放置。床には折りたたみ椅子が乱雑に幾つか転がっている。クモの巣すら絶え果てた。そんな様相。
中に入る。一歩、二歩、三歩。
変化はない。ほこりっぽい暗いところにいる、と書けば事足りる状態。
何もないのか?
「あゆみちゃん」
呼びかけてみるが、構造の持つ物理法則に従い、吸音されておしまい。
これだけか?
不安がふっと生じる。実は音楽室ではなく、別の部屋なのか?
まさかそれとも罠。
僅かな音を捉え、理絵子はそちらに意識を向ける。
音楽室入口に人影。
自分に向けられる懐中電灯。
警備会社の……ではない。
「子猫ちゃんは迷子なのかな?」
まるで幼児向けの演劇をやっているような、そして小馬鹿にしたような口調。
電灯で逆光になるため顔は見えない。無論、意図してそうしているのだろうが、その声は間違いなく教頭。
「忘れたのかね。この部屋は監視している。いつ何時でも私の携帯に連絡が入る」
教員が生徒に対する口調でないことは、説明の必要もあるまい。
発見者と、発見された者だ。
そしてその口調は、後に理絵子が他者にこのことを話す、という事態を想定していないことを意味する。
すなわち。
「過去15年近くになるんでしょうかね。あゆみちゃんの自殺と、朝倉先生の発作と、関わる生徒が数名、この部屋で命を絶った」
理絵子は言いながら、後ろ手で携帯電話を取り出した。
「ああそうだ。だから封鎖した。全く毎年誰かしら入るな。人の死を弄ぶとは何事だ。しかもよりにもよって君ほどの生徒がね。伝説ってのはほじくり返すもんじゃないんだよ」
教頭は一歩、また一歩と間を詰めてきた。
「説得力ありませんよ、教頭先生」
理絵子はその目を見て言ってやった。
「……なに?」
教頭が瞠目するのが判る。表情に緊張が生じ、反射的に足が止まり、懐中電灯持つ手が少し下がる。
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