« 2025年9月 | トップページ | 2025年11月 »

2025年10月

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -090-

←前へ次へ→

 そして。
 舷側のロープにもたれ、レムリアは星の世界を見上げた。
 地球の自転速度を遥かに上回る速度で航行するということ。
 応じた速度で星空が巡ること。
 シールドの光周波数を変更すれば、金色の光は無色に出来る。雲より上にあって人工光の影響は皆無となる。
 従って。
「うわ……」
 ちありちゃんが有様に気付いて絶句する。プラネタリウムの場面転換よろしく、冬の銀河を擁した星空が目に見えて天を巡る。白く煙る星の川がコーヒーのミルクのように大天蓋をたゆたい動く。
 自分が動いていると言うより、数多の光点を張り付けた天球が回るが如し。ガリレオの発想はなるほど驚天動地であったと妙に納得。
 更に。
「あれ?もう朝?」
「違うよ。沈んだはずの太陽を追いかけて追いついた」
 漆黒の夜空が下方より青みを取り戻し、束の間の夕焼けを作り出し、西から太陽が顔を出し、天高くへと昇って昼になる。
「魔法みたい」
 ちありちゃんが感想を述べると、着ていたパジャマが姿を変えた。
「あ、あれ?」
 パールシルバーのフリルが煌めくワンピース。
 レムリアが知る日本の女の子の服は、キモノか、変身して悪と戦うアニメのヒロイン。
 選んだのは後者。〝変身〟なら月明かりが必要だが、この程度なら手品の範疇。
「これ……ああ、『ヴァルキューレ』か」
「あなたの無事を孤児院のシスター達に見せてあげたいんだ。……で、そこの子ども達にその番組人気でね」
 レムリアはウィンクした。フランスを中心に、日本のアニメは知名度が高い。
「透過シールド作動」
 船は青空で姿を隠し、アムステルダムへ降下して行く。

19

 白昼、運河沿いのレンガ道は歩行者天国。
 楽器を片手のミュージシャン、ジャグリングで拍手を浴びるパフォーマー。
 混じって歩いて行くのは、とんがり帽子にホウキをかついだ魔法少女と、変身アニメのコスプレ少女。
 高校(ギムナジウム)の生徒くらいとおぼしき男の子が声を掛けてくるが、レムリアは軽くあしらう。
「今のお兄さんはなんて?」
「彼女達カワイイね付き合わない?要するにガールハント」
「え?じゃぁ私たち今ナンパされたわけ?」
「その通り。まんざらじゃないってことでしょ」
 ウィンクして教えたら、ちありちゃんはくすぐったそうに身をよじって。
「コスプレにナンパ。秋葉原みたい」
「アキハバラ……」
 レムリアが思わずちありちゃんを見ると、ちありちゃんは驚いた様子。
「秋葉原知ってるの?」
「テレビで見たことあるよ。メイドさんがコンピュータの部品売ってるんでしょ?へぇ~こんな感じなんだ」
 レムリアの認識にちありちゃんは苦笑。
「ちょっと違うけど……まぁ詳しくは後で。最近は執事もいるんだよ」
「へえーっ!」
 公園を横切り、教会脇の孤児院へ。怪しい姿のはずだが、かえって溶け込む不思議。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【魔法少女レムリアシリーズ】虫愛づる姫と姫君 -13-

←前へ次へ→

 否、正しくは“船が無ければ見えるであろう向こう側の景色”を投影してそこにある。クローキング(cloaking)、いわゆる光学迷彩である。
 超高速飛行帆船アルゴ号。クラスでその存在を知る者は彼、平沢と、諏訪利一郎、女の子数名。但し、その彼たちも飛行船型救命隊という認識であり、超常識的な駆動システムや銃器類の存在は知らない。
 風景の一部が切り取られて黒い四角形が出現する。出入り口である。スロープが伸びて草むらに坂道を形成し、中から金髪碧眼の大男が車輪付きベッド、ストレッチャーを押して姿を見せる。
 この船の乗組員である。コールサインをアリスタルコス。
「Hey!Baseball!Here!」
 おい野球!とでも記すか。アリスタルコスは平沢に笑いかけ、スロープから下ろしたストレッチャーの上をバンバン叩いた。ここへ彼女を置け。平沢はうなずき、森宮のばらをストレッチャー上に横たえた。アリスタルコスは直ちにストレッチャー付属のベルトで少女の身体を固定した。以前一度だけ、二人は顔を合わせたことがある。
「Thanks for protecting the princess. Take care and keep up the good work!」
 平沢の手を握り、肩をポンポンと叩く。
「え?何て……」
 平沢は困り顔。
「姫のお守りをありがとな。頑張れよ、野球」
「あ、お。さ、サンキュー」
「You're welcome!」
「じゃあ頼むね。Let's get out of here.」
 彼女レムリアは首を傾けて西方を示すと船に乗り込み、離陸の暴風に平沢を残し、上空へ舞い上がる。

 5

 森宮のばらはうっすら目を開け、やがて異変に気付いてガバッと身を起こした。
「ここ、ここ、へ?へ?」
 周囲をキョロキョロ。仰臥していたベッド両脇にはLEDや液晶画面の明滅する機器類が高層ビル群のようにそびえ立ち、数本の電線と輸液(点滴)のチューブがおのれの身に接続されていると気がつく。
 の、有様を見ている同じ制服の娘。ベッドサイドの仕切りに肘を立て、その手のひらに顎を載せて。褐色肌で小さくポニーテール。
「お目覚め?森宮さん」
「さっきの……えーと……相原……さん?」
 森宮のばらは、夏服ブラウスの胸に安全ピンで留まっている名札を読んで言った。
「はい、3組相原姫子です。体温測らせてもらっていい?」
 体温計を渡すと、森宮のばらは自ら服の下へ手を入れた。
「ここは?」
「えーと、南緯26度10分、西経164度48分」
 レムリアはその辺の画面を見て言った。
「いや、そうじゃなくて。わたし病院は……保険証持ってないから……」
「病院並みの設備持ってますが病院じゃありません。ボランティア団体の飛行船についてる生命保持ユニットというスペース。私の別荘。秒速70キロで海の上飛んでるから下ろすのは無理です」

(つづく)

| | コメント (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -089-

←前へ・次へ→

 それから、ゆっくりと、スロープ下端に立つレムリアに目を向けた。
「眠れない夜は空の散歩が一番。お迎えに上がりました、ちありさん。よろしかったらどうぞご乗船を」
 手を差し伸べる。舞踏会に隣国の姫君をお迎えする王女の作法で。
「天使さん。ああ、本当に天使さん……」
 ちありちゃんは、さながら磁石に引かれるように、雪原を歩き、レムリアに手を伸ばす。
「元気になって良かった」
 伸ばされた手を迎え、包む。
「ビクター。彼女を一晩誘拐してもいい?」
 レムリアはちありちゃんを抱き寄せながら、犬小屋わきのぶち犬に尋ね、ウィンクした。
 腕の中でちありちゃんが目を見開き、振り返って犬を見つめる。
 魔女に黒猫、のみならず、動物の意思掌握は難ではない。機序としてはテレパシーの一種と思われる。血脈がもたらす人間以外への対象拡大であろう。明確に言語として知覚されない点が、対人間型生命と異なるが、何を考えているかは判る。
「……吠えない。ビクターが知らない人に吠えないって」
「あなたの瞳がキラキラしているのを久々に見た。彼はふさぎ込むあなたが心配だった。あなたを傷つける者が来たら守ろうとしていた。守護者としての狼の遺伝子を呼び覚まされた」
 レムリアが〝彼〟の気持ちを代弁すると、当の〝彼〟は尻尾を振った。
「だから、留守は任せな」
 本当はレムリア自身が照れるようなことを彼は思ったのであったが、レムリアはこう〝翻訳〟した。
 すると、ちありちゃんは納得したようにビクターからレムリアに向き直った。
「連れてって。空の散歩」
 以下、レムリアが操舵室へ飛ばした指示を、逐一書き出すのは野暮というもの。
「当面の針路ですが……」
 スロープを登り、通路を歩き、扉を開け階段を上がり、
 甲板へ。
 ふたり、夜空の散歩。
 船が浮き上がり、緩やかに加速しながら上昇し、厚い雪雲を突き抜けてその上、
 雲の海原は、月明かりの中。
 少女二人を甲板に乗せて、船は天空を行く。
 大きくカーブを描き、月の姿を左舷に見、針路は欧州。
 但しこれにはレムリアの意図がある。
 ちありちゃんが言う。
「この感じ憶えてる気がする。どこかで見たような……こういう気持ち何て言うんだっけ」
「デジャヴのこと?」
 緩やかな気流に短い髪を任せて、レムリアは言った。
「そうそれ」
「違うよ。あなたの実際の記憶」
 レムリアはまず言った。それは悲しいことですごいこと。先にも書いたが不明瞭なのはアヘンの影響。
 それでも憶えているのは、それほどの強い印象。
「少し飛ばすよ」
 シュレーターの舵で船は加速し、応じて出力を増した光圧シールドの金色の光が船体を淡く包み、二人の周囲を数多の光子が舞い踊る。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -088-

←前へ次へ→

 レムリアは堂々とした口調で、今だけは天使の気分で、即答した。
『よかった……』
 受話器を頬に当てたまま、床にぺたんと座り込むイメージが浮かぶ。
「天使の権限で。それで、ちありちゃん自身は大丈夫なの?心配しています」
 レムリアの問いに、ちありちゃんは、夜が怖くて眠れないと答えた。
 今夜も然りと。
 ならば。
「行きましょうか。あなたのもとへ」
『えっ……』
 ちありちゃんが絶句する間に、操舵室からイヤホンへ探知済みの由。サイタマ・プリフェクチュア。現在地より50キロ。山裾の地で関東平野の西端、雪はここより更に深く、より強く。
 相原の電話のマイク部を指で塞ぐ。
「急行願います」
 これで操舵室には話が伝わり、ピン、と音が返る。このピン音は注意喚起に用いられるが、今の場合了解という操舵室の応答である。マニュアルを読み聞かせたせいか、自分自身、この船で何が出来て、クルーが何を考えているか、大体把握した(そのためもあって読ませたのか?)。
 船が飛ぶ。
「電話は切らなくていいから」
『うん』
 不思議に思う気持ちが伝わって来る。その間に体調を尋ねる。体温に食欲の有無。
 船が止まる。
 上空で静止。ちありちゃんのお宅は(レムリアの認識を日本的に表現すれば)平屋建てで庭先が田んぼ。
 今はそこが一面銀世界。
 イヤホンに声「降下する」。
 今度はレムリアがイヤホンに指で触れ、ピン音を返すと、船は直ちに雪原へ高度を下げた。暴風は出せないが、深夜であり、周辺環境から見られる心配はまず無いので、セイルで滑空、軟着陸。
「お庭にワンちゃんがいますね。名前はビクター。白くて耳にブチがある。彼が吠えますよ」
 果たして、ベッドサイドのモニターには吠える犬の姿と、少しのタイムラグを持って、携帯電話の向こうから吠え声。
『うそ……』
「庭先にお邪魔しました」
『えっ。えっ!?』
「出てみて下さい。私がいます」
 電話を手に立ち上がる。少し変なセリフ。
「光学シールドオフ。スロープを下ろして下さい」
 イヤホンに音が返る。レムリアは舷側通路を通って、スロープより雪原へ降り立つ。
 Tシャツにショートパンツという姿の自分。
 寒くはない。
 気取る必要もない。
 対し、パジャマにオーバーコートを羽織った姿で、縁側から庭先へ降りてきた女の子。
 電話を閉じ、女の子も受話器を屋内に戻し、窓を閉める。あの日、目の前で倒れた女の子は、やせ細って骨張っていた。
 少しの時を隔て、再会した彼女は今、豊かな国の子どもとして、相応の外見に回復し、髪も整っている。
 レムリアは笑みを作った。儀礼的なものではなく、彼女の快復に安堵して。
「天国の船」
 女の子は視界を奪う異様な存在を見上げ、まずそう言った。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -087-

←前へ次へ→

18

 携帯電話のバイブレーション。
 レムリアではない。ハンガーで下げた相原学のはんてん袖の中。
 振動のせいか転がり出てきて床に落ちる。衝撃で折りたたまれた機体が開き、着信表示。
〝ちありちゃん〟
 無論、いぬかいちありちゃんのことであろう。電話越しのテレパシーは自信がないが、強い心配をハッキリ感じる。ちありちゃんは相原学を気にしている。
 レムリアは電話を拾った。
 受話器の絵のあるボタンを押して、受信。
『あの……』
 ちありちゃんは電話の相手が違うことに気付いたようである。
「(月よ我が身に我が思う映し身を)」
 レムリアは返事の代わりに、あの日の呪文を口にした。
 ハッと息を呑む気配。
『天使さん……』
 ちありちゃんは、しかしすぐにそう応じた。
 テレビインタビューの通り、その辺りは憶えているらしい。例えば睡眠導入剤もそうだが、薬物による記憶障害は、体内濃度によっては〝途切れ途切れ〟のモードがある。そして勿論、印象が強いほど、薬の作用を越えて記憶されやすい。
「具合は如何?ひどいことされたんだから、急いで元に戻ろうとしなくてもいいよ」
 寝しなの子どもに囁くように、レムリアは言った。
 恐怖と絶望の中を彷徨ったのだ。簡単に復古するほど心の傷は軽くはあるまい。
『ああ、やっぱり、天使さんだ』
 ちありちゃんはまず涙声でそう言い、
『私のことをあなたは知ってる。ああ、やっぱり天使さん本当にいたんだよね。そうだよね。テレビが……』
 少し明るい声。しかし、続いた言葉は沈んだ声。
 揺れ動く感情の大きさは、心が落ち着きどころに戻っていない証。
「ゆっくりでいいよ。あなたの話を聞きたい」
 一息おいてのちありちゃんの説明によれば、テレビの報道は彼女の意に反しており、まるで相原学が誘拐したような物言いになっているという。その上で。
「お兄さん、行方不明って……私……わたし……心配になって」
 電話番号は、相原学自身が、何かあった時にはと、ちありちゃんの両親に教えていたものだろう。公明正大だからこそできること。いやむしろ当事者の当然の配慮。
『私、ちゃんと他の子ども達と一緒だったとか、日本に連れて来てもらって男の人に預けられたとか、話したのに……』
 放送では全てカット。まぁ、突拍子もないから仕方がない。
『お願い天使さん。あの時の天使さんなら私の願いをかなえて。お兄さんを探して。掛かった疑いを解いて……』
「もちろん。心配しないで。彼なら私のそばにいます。だから電話に出られました。騒動も二、三日のうちに収まります。約束します」

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -086-

←前へ・次へ→

 どうやらマニュアルの文言だけで、どんな船かが想像できるようなのだ。意識に出来たイメージの船を夢うつつで飛ばしている。テレパシーに飛び込んでくるのでそうと判る。
 レムリアは納得し、読み続けた。その内容は殆ど紹介したが、救助支援機器……銃の使い分けを記しておく。4種の銃器の主用途は、レーザビームによる〝穿孔〟〝切断〟。レールガン弾丸による〝粉砕〟〝破壊〟。そしてプラズマ火の玉による〝溶解〟〝焼却〟。アルフォンススの専用機FELによる〝光の弾幕〟形成となる。船自体には海軍艦のような砲火・大火器の類は搭載していない。
 なお、SCADAとは、Supervisory Control And Data Acquisitionという産業用のプラント制御の仕組みを指す専門用語で、同じ概念でこの船の制御系も組まれている。これは、多くの自動制御系と、それらを束ねて指示を出す主幹コンピュータで構成され、更にそこから人間が介入(強引に従わせる)できる。
「それで?……」
 メンテナンスのページまで来たところで、寝言のように相原学は言った。
 仰向けになり、目を閉じたまま。
「え?」
「この船に乗って、君は何をしてるんだい天使さん」
『構いません』
 セレネがひとこと。
「奇蹟の天使を手助けするために……」
 地球を巡ってあちこちに降りた話を、レムリアは語って聞かせた。
 相原学は都度都度で、一言二言感想を挟んだ。
「奇蹟を起こして人助けか。それでちありちゃんを救い出してきたわけだ。いいな、そういうの」
 その言葉で、レムリアは彼を罵って去ったという〝彼女〟が、少なくとも彼の本質を見抜いてはいなかった、と直感した。
 失恋ショックによる退行現象も多少は含まれているかも知れぬ。ここにいるのは「正義でありたい」という、男の子普遍的な憧れを抱いたままの、割れ砕けた水晶のゲシュタルト。
 恐らく現時点、彼の心理は自分より幼い。子どもの心がピュアというなら、大人の心はその外側に傷と、それを治したカサブタと、汚れと、色々と積もった状態。しかし今ここで見えている心は、恐らく。
 自分の、小さいけど自分の手のひらで包み、すくい上げたい。この、ぐらりと動揺するほどの衝動は、何。
「難しい言葉知ってるな」
「え!」
 レムリアは思わず大きな声を出した。ゲシュタルト、のことであろうが、口に出したわけではない。
 心に浮かべただけ。彼にテレパシーがあるようには感じないが。
〈眠りましたよ〉
 セレネからメッセージがあり、そして教えてくれる。
 夢という、意識だけの時間へ遷移する過程で、自分と彼とが超常的な意思疎通を行った瞬間があったのだと。
 そして、その瞬間の存在は、予知夢や既視感が生じる要因でもある。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【理絵子の夜話】空き教室の理由 -78-

←前へ次へ→

「私があなたから離れたのは、あなたの子を堕胎してまで離れたのは、あなたが所詮自分のことしか考えてない人間だと判ったからよ。でもあなた自身はそのことに全然気付いていない。自分の生徒を“当てつけに自殺した”なんて言い放つ人間を信用出来ると思って?」
「それは……オレが教頭になれば君を幸せに」
「良く言う。教員である以上大事なのは生徒の幸せでしょう。なのに……そんなあんたを一時であれ仮初めであれ愛情を持ったなんて、あんたの子を孕んだなんて……おぞましい。虫酸が走る」
 担任が再び発作の徴候を示し、それは桜井優子が理絵子の流儀で抱きしめて抑える。理絵子は、担任の一人芝居の空白は、そうした過去を思い出すからだと判断した。
 教頭内川某をかばっていたのではない。思い出したくないのだ。
 二宮あゆみの記憶を思い出すと、必ず連想で思い出されてしまう消したい過去。
“恐怖”の正体は、二宮あゆみそのものもあろうが、より強い要因としては、むしろ分かちがたく結びついているそれ。及び、それさえなければ、内川に相談することも無かったし、彼女らを死を持って引き裂くこともなかった、という慚愧悔恨もあろう。辿ったような生い立ちの持ち主である。この男に優しい声をかけられ、母親言うところの“のぼせ上がって”しまったということであろうか。なるほど担任の人格根幹に関わる内容であろう。
 その時。
「だから私、あなたに手紙を出したわ。あなたのゆえに死にますと。私を死に追いやったのはあなたですと。その全てをこの部屋に隠しましたと。あなたは私のゆえに身の破滅を招きますと」
 担任の口調が“一人芝居”のそれに変わった。
 但し、喋っているのは担任の記憶ではない。
 担任を抱きしめていた桜井優子がギョッとした表情で担任を見、“変容”に気付いてあわてて担任と距離を取る。
 理絵子は、ピアノの下から出てきた。
 担任を喋らせているもの……二宮あゆみちゃん本人。
 憑依(Possessed)。
 あゆみちゃんは担任の身体を借りて喋っている。担任自身が内部に亡霊として抱えていたのだ。そこを借りたのだろう。まぁ方法論はどうでも良い。
「それで、秘密を暴かれまいと、この人はここを封鎖したのね」
 理絵子は尋ねた。ついにあゆみ本人と接触する。あゆみに今のところ、このコンタクト・セッションを閉じる気はない。

(つづく)

| | コメント (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -085-

←前へ次へ→

 ドアノック。
「いいか」
 入って来たのは船長アルフォンスス。
「状態は」
「低体温。意識障害。それと……」
「副長から聞いたよ。そういうのは悪夢のようにエンドレスでリフレインし、心を蝕む」
「です……よね。私ったら彼に何てことを……」
 自分が代わりになれば治まるのだろうか?
「気に病むな。この青年には私と同じ気配というかニオイがする。壊れた男は一番大好きな所へ戻ろうとする。それは繰り返す悪夢を断ち切り、再生の道を開く」
 船長の言うニオイとは本当の臭気のことではなく、要するに〝オタク気質〟の事であるとレムリアは理解し、
 目を丸くして船長を見上げた。
 厳つい大男が温和な表情で手にしているのは分厚い冊子。
 
 Starship Argo. System and control manual.

「これは……」
「本船の説明書だ。読んで聞かせてやれ」
 失恋の対処が宇宙船の説明書。
 突拍子もない提案のようだが。
「嫌なことを大音量の音楽で誤魔化すことがあるだろう?君の魔法で使うか知らんが、呪文も一心不乱に唱えることで邪念を払うのだろう?同じさ。心くすぐる専門用語が〝元いた世界〟に引き戻す。信じろ」
『いいかも知れないな』
 とは、アリスタルコス。
『ああ、飛ばしてやれ』
『それが男のやり方って奴だよレムリア』
 ラングレヌスにシュレーターも同意らしい。
 なら。はい。
「ちゃんと訳してな。日本語の実技だ。あー別に本船のことを知られる分には構わん。そもそも驚きもせん奴だ。その時は乗組員にしてしまえばいい」
 レムリアは今度はちょっと笑った。確かに、秘密の口外を恐れる位なら、仲間にしてしまった方がいいかも知れない。あの子を助けて、〝ワル〟ではあるまい。
「はい。えー、目次。緒言、本船の概要、外観寸法、内部構成、動力システム、航法システム、防御・ステルス、操舵インタフェース、ローカルSCADAスキャダー……」
 読み上げるうち、相原の意識で死神の進撃のように繰り返されていた悪夢は回数を減じ、マニュアルが織りなす機械の動きを想起した動的な画像に変わっていった。まるで〝序曲1812年〟で繰り返されるフランス軍歌を打ち消して行くロシアの大砲のようだ。
「……最大船速は0.9975Cを得られる。この状態では人的な制御は全く不可能であり、光圧シールドの維持に異常がないかのみ注力のこと」
「Cって光速か?じゃぁずっと乗ってると14倍くらい長生きか?」
 彼は目を閉じたままではあるが、表情を穏和にして言った。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -084-

←前へ・次へ→

 丘の上空に到着する。積雪で一面真っ白。街灯があり、斜面と、まだかろうじてアスファルトが透けて見える遊歩道があり、GazeboというかSummerhouseというか(日本語で言えば四阿である)。
「追われている?」
「何らかゴシップを追跡するマスメディアのようです。彼を探しているようです」
「彼は?」
「テレパシーは何も。船のセンサー類で見つかりませんか?」
 それは、〝この辺にいるはずなのに意識がない〟を示すが。
 まさか?いや〝絶命〟とはテレパシーは言ってない。
「SAR。赤外線、心拍パルス検出」
「はい」
 指示を得てレムリアは画面でそれらを起動する。画面にコンピュータグラフィックスが重なる。
 四阿。内部の円形に作られたベンチの下。
 体温、摂氏32度。もちろん低体温である。
 降ろして、と声に出すまでもなかった。PSCによって船は四阿近くの丘の上に船底を付けた。
 舷側のスライドドアが開き、しかしスロープが延びる時間も惜しい。レムリアは飛び降り、大男2人が続く。
 そばに立つ10階建てのアパートメントにマスメディアが幾らか存在しているのを知る。
 四阿に走り込む自分たちを見つける。何という目ざとさ。
「(意図したこと形を成さず)」
 レムリアは魔法を使う。雪が風を伴い彼らの視界を白く塗りつぶす。
 果たして相原青年は失神状態で四阿のベンチの下にあった。ここに隠れて低体温で動けなくなり、失神したのであった。
 大男達の手によって引き出され、そのまま船に担ぎ込んでもらう。家に帰す手もあるが、マスコミの目があるなら元の木阿弥であろう。ならば、その目をくらませるためにも〝誘拐〟してしまった方が良い。
 マスコミと警察は追って自分の国家権力を使って黙らせてやる。
「保持ユニットへ収容しました。浮上して構いません」
 すっかり濡れそぼったキモノと寝間着を脱がしてパンツ1枚にさせてもらう。ベッドの上に横たえ、ヒータを起動、脇の下にペルチェクッション(加温・冷却を切り替えて使える両用素子を入れてある)を挟んで加温。毛布を被せ、血圧・心拍・酸素飽和度など各測定器のセンサを取り付け機材を起動、酸素マスクを被せ加温した空気を送る。
「違う……」
 うわごと。意識障害を起こしている。だが、レムリアにはテレパシーの故にその中身が見えている。
 簡単には彼はロリコンの誘拐犯にされた。
 付き合っていた女性があったようだが、その嫌疑が掛かっていると知るや罵って去った。だから「違う」のである。
 なんということを、自分はしたのだろうか。
 どう、詫びれば良いのだろうか。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -083-

←前へ次へ→

 その質問の答えは、言葉で用意する必要はない。
〈判りました。探しに行きましょう〉
 耳に仕込んだ無線機から、雑音混じりに声が聞こえる。船長……あの青年……誘拐の嫌疑……。
 緊急事態であれば当船に保護を。多分、日本にいる限り他に逃げ場はないので。
 鉄扉を開けて屋上へ出る。薄着を突き刺す寒さと、ビル風に舞う白いもの。
 雪。
 傷だらけの映画フィルムのような光景の中、装う必要のなくなった船は、リフレクションプレートを開いて発進待機状態。
 昇降口スロープ先端にはセレネの姿。寒いのに。
「すぐ出ます」
「すいません。私が一人で行けば良いのでしょうが……」
 精神と肉体のダブルの寒さに、レムリアは羽織ったカーディガンの前を合わせる。生来基礎代謝が旺盛なのか寒さは余り感じないが、今回ばかりは胴震い。
「気にしないで。私たちの活動で誰かが罪を着るようなことがあってはなりません」
 僅かな距離ではあったが、昇降口でセレネは自らのヴェールを広げ、風雪を避けてレムリアを迎えた。
「船長、行けます」
 二人が船内通路を移動中に船が起動する。ビームが雪の中を刺し貫いて一閃し、光チューブが形成される。
「データベース照合を実施」
 レムリアが操舵室に入って最初に聞いたのは、そんな言葉。
 大画面に映っているのは、寝袋の彼を上空から捉えた、あの日の画像であった。それと……コンピュータとのチャット画面には「ネットワーク上に登録されている個人情報を比較しろ」……要するにハッキングか。
 ただ、名前はマナブ・アイハラと判っているので造作も無かった。学生証が引っかかる。西東京工業科学大学機械制御工学科3年生。東京都内多摩地区。住所は先日船を下ろした丘の上に程近い。
 雪の夜であって、まず自宅近くを探すべきであろう。
「住所の近くへ船を差し向けていただいて構いません。先日と近い場所にいると思われます」
 セレネが丁寧に指定した。不思議な認識が生じる。彼我の距離はテレパシー能力の限界を遥かに超える。しかし、確実に彼はそこにいる。予感に近いものかも知れぬ。
 その認識はセレネも同じようだ。能力の限界以上だが間違いない。2人の力を合わせることで、2人分以上の力が得られる。
「まるで電波望遠鏡のようですね」
 セレネは小さく微笑み、パラボラ・アンテナのイメージを送って寄越した。
 二人でイメージのパラボラを西へ向ける。
 パラボラを向けた先へ舵が取られる。船が西進し、PSC作動の文字が出る。自動操舵モード。
 雪は本降りとなって来た。都心に比して気温の低い多摩地区に進行したこともあり、正面スクリーンは一面の白。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【魔法少女レムリアシリーズ】虫愛づる姫と姫君 -12-

←前へ次へ→

 いやちょっと待て。
 姫子は気付いた。森宮のばらの様子がおかしい。急激に顔色が悪くなる。この子は失神する。毒蛇への極度緊張からか、急に動いて起立性低血圧(朝礼中にぶっ倒れるアレ)を起こしたか。
「ちょっと待ってあなた顔色が……」
 ふらつく肩を支え、額に手をやると凄い高熱。
 なら違う。それは本当はボロボロの身体を精神的に鼓舞して耐えていた、ことを示唆した。ヒロスの解放がトリガとなって力が抜け、ガクンと来たのか。
「やばい。救急車呼んでもらえる?」 
 姫子は平沢を見た。衛星携帯電話は持っているが、“日本から”という形で信号が飛ぶので、この場所に救急車よこせと頼むのは簡単には行かない。
「え?お、おう」
 とはいえそもそも携帯オーケーな中学ではなく。彼は学校めがけて走り出そうとしたが。
「だめ……呼ばないで……病院は……お金が……」
 か細い声を聞いて平沢が立ち止まると。
 のばらは失神した。膝がガクンとなり、崩れ落ちるように仰向けに倒れ込む彼女を、平沢が俊敏な動きでしゃがみ込み、手を伸ばして捉え、お姫様抱っこ。
「姫ちゃん……」
 困惑する平沢に姫子は周囲を見回し。
「誰もいないね。病院がイヤだと言うなら奥の手使うしかないでしょう。ちょっと抱っこしてて」
「レムリア案件」
 姫子はうなずき、背中に回したウェストポーチに手を伸ばし、取り出したのは軍用無線機に似たごつい機械。
 衛星携帯電話。
 アンテナを伸ばし、電波を捕まえ、発呼。
「Hello, this is Lemuria. We have a patient. Please dispatch ARGO immediately. The symptoms include a high fever, likely due to malnutrition. Please also prepare a food supply pack. That is all.」(雑訳:レムリアです。高熱を発した急患がいます。幾らか食糧持ってアルゴ号を派遣願います。以上)
「俺はどうすればいい?」
「学校へ戻って森本先生を捕まえて。いなければ奈良井先生で。森宮の体調が優れないので相原と一緒にいますと伝えて欲しい」
「判った」
 会話が終わると程なく、竜巻かと思うような暴風が上空から吹き下ろし周囲に広がり、草むらを吹き倒し土埃を巻き上げる。
 風に刃向かって彼平沢は少女を抱いて立ち、彼女姫子は猫を四阿へ行かせ、少女のばらの顔に埃被らぬよう制服翻して覆う。
 風が止むと同時に、巨大な何かが陽光を遮る。地面に落ちた影だけ見ると船の形をしている。が、その姿は見えない。

(つづく)

| | コメント (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -082-

←前へ次へ→

「ドクター・ナカムラ。初対面だが初めてじゃないな。不思議な気持ちだ」
「こちらもだ。しかも放射線障害の患者で来院とはな。このお嬢さんが『病院の上です』何かの冗談かと思ったね」
 日本人医師、中村は笑みを見せ、検査装置の数値を見た。
「今のところリンパ球減少などは見られない。しかしどこの事故に巻き込まれたんだい。核事故ならニュースにもなるはずだが……」
 中村医師は団長サムエルソンのベッド脇からテレビのリモコンを取り出し、ベッドサイドのテレビに向けた。
 画面と音が出る。ニュース・ショーだとレムリアは理解した。
 そして次の瞬間、思わず椅子から立ち上がった。
 後ろ姿の女の子。画面下にテロップ〝プライバシー保護のため音声は変えてあります〟。
「どうしたね?」
「彼女、ちあり・いぬかい……」
「よく知ってるなぁお嬢さん……神隠しか誘拐かってな。散々実名報道して来て今更仮名とかにされても」
「kidnap……」
 誘拐を意味する単語、kidnappingの途中でレムリアは口ごもった。
 恐怖に似た感情を覚える。なぜなら、誘拐という見方は正しいのだが、状況から嫌疑は流星を観測していたあの青年に掛かるからだ。
 テレビの声に耳を凝らす。『良く覚えていません。空を飛ぶ船に乗って、天使の声が聞こえていました』
 少女は薬物で常時微睡んでいたのだ。それを強調したいために、テレビはこのセリフを取り上げた……レムリアは気付いた。ただ、ニュースの曰く、青年の名前は明らかにされておらず、事情を聴取している、とあるのみ。
 それは犯人扱いの意味ではない。ただ、言い換えると、
 まだ、捕まっていない。
 恐怖が身体を震わせる。
 自分が、罪を、着せた可能性。
「彼女……大丈夫か。顔色が悪いぞ」
「いえ。あの、ドクター中村。後をお任せしてもよろしいでしょうか」
 レムリアは思わず日本語で言った。意図を確実に伝えたいから。
「おおびっくりした。日本人かい君は。もちろん承った。次の任務かね?」
「ええはい。ではわたくしはこれで」
「忙しいな。変化があればEFMMにメールするよ」
「ありがとうございます。すいません。団長もまた今度(Head. I look forward to seeing you again next time.)」
 挨拶も早々に病室を後にし、階段を駆け上がる。目指すのは病院屋上へリポート。ドクター・ヘリ用であるが、そこに降りたのはもちろん、ヘリを装った船。
 階段ホールに響く自分の足音。コンクリートの打ちっ放しで照明が少なく、薄暗い。そして自分の心はそれ以上に暗い。恐怖がさながら寒冷前線のように心に迫り来、悪い予感という名の雷雲を沸き上がらせ発達させ、どす黒く占拠して行く。
〈どうしましたレムリア〉
 悪寒を知ったか、セレネがテレパシーで訊いてきた。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -081-

←前へ次へ→

 日本時間では夜に当たる。
 EFMMと日本の病院との契約は、アドバイザリーとして、であった。基本的な内容は、インターネット会議システムで連結し、リアルタイムに情報をやりとりしながら共同で診察、治療を行うというものだ。
 考えてみれば当たり前だとレムリアは納得した。放射線障害の治療は一刻を争う。どんなに速い飛行機を使っても、都度日本まで飛んで行く時間は無い。
 目を開けたEFMM団長に、当該病院のベッドの上だと話したら、当然、その目は丸くなった。
「1万キロは優にあるんじゃないのか?あれから何時間経った?時差があるから……24時間か」
 病室の時計を見て団長が呟く。実際には15分であるが、レムリアは何も言わなかった。
「つくづく、不思議な姫だ」
 団長は青い目を細めた。レムリアはゆっくりまばたきを返した。現在メンバーはめいめいベッドに横たわり、血球数の変化を常時観測する大がかりな装置に取り囲まれている。但し、放射性物質の付着・残留は検出されなかったため、一般病室であり、レムリアもベッドサイドのイスの上。
「最も、私の見立ても間違っていなかったと自画自賛していいかな?追い込まれて浮かんだ存在は姫だった。姫ならひょっとしてと思ったのは確かだからな。何せ姫が携わった子どもは皆回復してしまうからな。姫は本当に魔法があるんじゃないかってな……エビデンスは何もないがな。ただ一つ事実は姫の存在によって我々オトナも助かったということだ。あのリフトはどこから持ってきたとか……まぁ、訊くだけ野暮だ。姫よ|貴女《あなた》は奇蹟を呼んだ。いや貴女自身が奇蹟なのかも知れない。ミラクル・プリンセス」
「え……」
 はっ、とする。身体がびくりと震えて一瞬熱くなる。
 ミラクル。奇蹟。
 それはアルゴプロジェクトが標榜していること。
 このシンクロニシティ。
 クルマの両輪、寄り添う月と照らす太陽。
「ふふ、その表情は初めて告白された少女みたいだな。オレ達の誰も異論はないだろうよ。ところで村はどうなったんだ?」
「証拠隠滅のため……」
 言葉を濁すが、これで通じるであろう。
「何か報道は?」
「判りません。その後何も報道メディアを見ていないので」
「そうか」
 ノックがあり、病室の入り口に人影。白髪混じりで顎髭の男性医師。
「サムエルソン、生で貴殿に会えるとは思わなかったよ」
 ジャパニーズ・イングリッシュという言葉を聞いたことがあるが、そうとは思われない歯切れの良い英語で、男性医師は言った。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -080-

←前へ次へ→

 ウラン鉱脈をこの地へ露出させた大地溝帯の活動は、陥没クレーターを形成しながら、再びその鉱脈を地下深くへと引き込んで行く。
 人類が貪欲な探求心で解放した禁断の力を、大地の女神へ返すが如く。
 核施設と……遺棄された人々もろとも。
 ちなみに、放射性物質が、地下数十キロとはいえ、大地の中に拡散したことになるが、その故に臨界条件は満たさず、懸念されるような規模の核反応は生じない。それは再び掘り出されない限り、物理の法則通りに、ゆっくりと反応し、減少して行く。目の敵にされる核物質だが、そもそもは自然が生成し、大地に鉱脈を形成し、人類が発見するまでの長い時間をそこで経てきたのだ。それが今また大地に戻り、同じような長い時間をそこで過ごす。
 プルトニウム239の半減期、2万4千年。
 ウラン235、7億年。
『レムリア。大丈夫ですかレムリア』
 セレネの言葉にレムリアはイメージの視界から意識を引き抜く。船の振動は既になく、強靱に抱えていた男の腕の力も弛緩している。袋から顔を出すと、照明された通路が見える。
 団長の太い腕の中から這い出し、袋を脱ぎ捨て、仲間達を見回す。
「私は。でも、EFMMのメンバーが」
 言いながら素早く面々の腰に装備されたバイタルモニタの液晶画面をチェックする。放射線カウント数増加無し、心拍・脈拍・呼吸とも問題なし。
 総勢5名。命に別状はない。恐らくは強い震動に連続的に晒され、失神状態。
 自分は、団長の腕と身体がベルトとクッションになり、その状態にまで陥らなかった。
「病院へ」
 レムリアは言った。
『了解した。船内センサに反応はないが、メンバーに放射線障害の兆候はないか?』
 アルフォンススの言葉に一瞬、ギョッとするが。
「……あ、はい。失神はしていますが、放射線による意識障害とは考えにくいと思います。バイタル数値、下痢や出血、皮膚の異常も認められませんが、これ以上は経過観察の領域に入ります。ただ、私の手の内では」
 知っているのはむしろこの目の前の面々である。
 すると。
「我々の病院探しか、プリンセス」
 団長が細く目を開けた。
「あ、はい」
「本部を経由して……」
 日本にある核事故契約の病院名を団長は口にした。
 レムリアの脳裏を行き過ぎる少女と、その少女を託した青年。
「不思議そうだな。行ったことは確かにないからな。だが経験は最も豊富だ……」
 団長はそこで再び意識を失った。
「日本に核事故契約時の病院があります。私の方でアポイントを取りますが、チバ・プリフェクチュア」
『コルキスではなく日本?ああ、原爆か、判った』
「そうです。向かって下さい」
 
【天然原子炉】
 核反応生成物の分布から億年単位の太古に存在したと推定されたもの。ウラン鉱脈への地下水の流入→中性子の適度な減速による連続核反応→核反応熱による水の蒸発→核反応の停止→再度の地下水の流入というプロセスを数回繰り返したと考えられている。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -079-

←前へ次へ→

『船の向きを変える。レムリア……』
 船長の声を警報音が遮る。
『異常振動検知……船長、エンジン制御ではないぞ』
 シュレーターの冷静な分析、背後の焦燥。
 確かに異質の振動が混じる。船の前後バランスに起因するものは、ある程度のリズムがあり、振幅も一定だが、比して混じった振動は、ランダムな周期で振幅も〝ギザギザ〟。
「姫、今度こそ地震だ。ここは地溝帯の上だからな。たまにあるんだよ」
『地殻変動です。船体を左右から圧迫。断層が動きます』
 それはつまり、億トン単位の大地岩盤同士の擾乱。
「おお神よ」
 アフリカ系スタッフが両の手を組む。
 その言葉は、この船と、このプロジェクトの場合、待つものではなく、自ら実践するもの。
「離脱!離脱して下さい!」
 レムリアは思わず叫んだ。
『やむを得んただちに脱出。シュレーター全速!レムリア衝撃注意!』
 船の通路が一瞬〝ヘ〟の字に曲がり、隔壁が撓って見えたのをレムリアは覚えている。
 そして船は動いた。動いたのだが、大地が、地震波が船体を変形させる力の方が、わずかに到達が早かった。
 端的には直下型の地震であった。通路にいたレムリアとEFMMメンバーには、大地と船体の加速による振動が同時に加わり、一旦浮き上がって隔壁に叩き付けられたような格好になった。
 直前にレムリアは頭から袋を被せられ、強い腕に抱え込まれる。腕はEFMM団長のそれであり、とっさに守ってくれたのだと知る。袋は放射線障害患者搬送用の包袋。
 我が船、今全てを託すのは、カーボンナノチューブで構築された超絶の構体と光のエンジン。
 身動き取れない中、激しい振動を感じる。超感覚が状況をイメージに組み立てて寄越す。
 火が駆け上って来るイメージ。
 水が流れ込むイメージ。
 深く掘られた〝ゴミ穴〟は、大量の水と、核反応の熱を地下の断層へもたらし、大地岩盤間の固着を解放し、地震を生じさせたのであった。遠く20世紀半ば、アメリカで化学兵器工場の廃液によって地震が誘発された〝デンバー地震〟と類似の現象であった。
 水分と熱で大地は泥と化し、震動で安定を失い、地溝帯へと泥流が流れ込む。アルゴ号はその流れに呑まれた。そのままでは地溝帯の深奥で煮えたぎるマグマへと引きずり込まれる過程にあった。
 光の柱が天へ貫いた。
 フォトンチューブを生成すれば、遺棄された村の人々にも光圧が作用する。アルフォンススはそれを良しとせず、使用を避け、ギリギリまで方策を練っていたようだが。
 結局、苦渋の断を経て安定とフォトンチューブシールドを回復し、船は光条の中を地下から空中へ飛び上がった。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【理絵子の夜話】空き教室の理由 -77-

←前へ次へ→

 死した彼女の見上げる目線に、この部屋から下を覗き見る教頭の姿を加えた形で送り込む。
 それは教頭にはフラッシュバックとして見えるはずである。
 遠慮などするものか。こんな魔物に遠慮などするものか。
 連続暴行殺人犯。汝抑制の対象とするに能わず。
「ひ、ひゃっ!」
 得られた教頭の反応は、首筋に不意に氷塊を当てられたかの如く、であった。首をすくめ、耳を塞ぎ、床にぺたんと座り込み、……聞きたくないが失禁した音まで聞こえた。
 声が裏返る。
「待ってくれ。オレはあの時教頭への昇進が掛かっていた、そんな最中に君みたいな優秀な生徒が暴走族に熱を上げるなんてことは避けたかった。君のためだ」
「支離滅裂ですよ、先生」
 理絵子はフフフ、と演出気味に笑った。
 要するに教頭は、教頭への昇進……確か筆記試験もあると思ったが……を果たさんがために、生徒を一人裏切ったわけだ。
 その時。
「内村さん。もう結構です。あなたに祥子などと呼ばれたくない」
 射し込む懐中電灯の明かりと共に、成熟した女性の声が凛と響いた。

12

 理絵子の母親が着ていた紺のスーツに身を包み、肩幅に足を開いて立っている、担任、朝倉祥子。その瞳には怒りがある。あの怯えていた彼女ではない。
 そしてもう二人。壁により掛かる桜井優子と、その傍らの喫茶店マスター。
 自分を守るために馳せ参じてくれた人たち。
 直接見えてはいないがそのようであると判る。しかし今はまだ、ピアノの下から出て行くつもりはない。
「りえぼー。電話話し中だから心配で来たぞ。いるんだろ?」
 懐中電灯であちこち照らす。理絵子は敢えて返事をしない。
 教頭が名前で呼んだ女性。二人のやりとりを見届けたい。
「内村さん、あなたまさか黒野さんを」
「え?いや彼女はやってない。むしろ被害者はそそそうだオレだ。これを見ろ、オレはあいつに殴られたんだぞ」
 その口調は“弱気モード”と書こうか。自らの額を差し示す教頭を、マスターが手にした懐中電灯が照らす。
 まぶたが青黒く腫れ上がり、若干の出血もあり。
「変わってないのね。全然変わってない」
 朝倉祥子は吐き捨てるように言った。

(つづく)

| | コメント (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -078-

←前へ次へ→

 コンクリートが溶け出す温度は、摂氏1千度少々。絶対温度に直すと1300ケルビンほど。
『900ケルビンを突破した。船長、どうする』
 とはシュレーター。それは今、船を包む光の筒の外側が、応じた高温になっていることを示した。
 コンクリートが溶解すれば、支えを失った岩盤が崩れてアルゴ号を潰しに来ようし、放射線は塞ぐ蓋を失い容赦なく地上へ散乱する。そして炉底では核反応が爆発的に加速する。それはガンバレル型(広島型)原子爆弾の起爆機序に近似となる。
 船長は断を下さない。迷っていると判る。船は脱出はできる。しかしその後、(不完全な)原子爆弾が炸裂する。それは許されることなのか。しかも水底の多くの亡骸もろとも。
『船長』
 とは副長セレネ。
『わたくしも、レムリアも、付近に人の命を感知していません。残念ながら。行きましょう』
 進言。レムリアが口に出すのは無理だと判っているから。
 プロジェクトリーダーとして。
『1070ケルビン。限界だ』
 シュレーター。
『判った』
 アルフォンススは重く、引きずるような声で言った。そして。
『アルゴ発進する。但し条件を付す。前進出力最大、同時にリバーサーにて後進出力も発生させ相殺せよ。前進加速度1G設定』
 それは前進と後進を同時に指令し、若干前進が勝る程度にせよ、の意。
 その意図は。
『光圧で大深度へ掘削する。一気に穴を掘って炉を落とし、ウランを散らして濃集を阻止せよ。地上への影響を極限まで軽減する』
『了解船長。レムリア、穴掘りながらここを脱出する。君らを隔離エリアに収納できないためINSは使用できない。衝撃に備えよ』
「判りました」
 シュレーターの注意喚起にレムリアは答え、耳に指を入れてイヤホンのボタンを押し、ピンを打った。
「姫。誰と話しているんだ?」
「リフトを動かします。手近のハンドル類につかまって下さい」
 レムリアは必要最小限のみを言い、昇降ゲートのハンドル、隔壁のロック用レバーなどをメンバーに示した。今後こういう場合に備えてベルトやロープなど接続や拘束の道具が欲しい。
 各人がそれぞれつかまり、更に手と手を握り合う。
「EFMMはOKです」
『よろしい行け』
『主機関出力漸次増大』
 船がぐらぐらと前後(つまり上下)に揺れる。前進と後進をかなりの出力で同時に掛けているので、バランスの関係で多少の振動はどうしても生じる。
「姫、地震では」
「いいえ、このリフトが動いているだけ」
『炉の滑落開始確認。炉心温度1200ケルビン。限界近い』
『船体を振って炉床を打ち砕け、反応済み燃料を散らせ!』
 器の底に穴を開け、そこにうずたかく積もっているであろう〝核ゴミ〟を光圧で飛び散らせろ。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -077-

←前へ・次へ→

「姫……」
 EFMM団長が何か言おうとした時、
『近場に大量の水はないか』
 船長の舌打ち。レムリアは返事の代わりEFMM団長に問うた。
「このウラン村で活動する際、水はどこから」
「ああ、5マイルほど東の……」
 答えに被さりイメージが到来した。
 団長の記憶である。医療団の来訪に合わせ、村の人たちがこぞってその距離を歩き、湯を沸かし茶を用意、活動の準備を手伝う……。
 そこへ銃を乱射しながらこの軍人達が。
 昇降ゲート脇、液晶画面の示す温度が数字を上げて行く。同時に船の下から熱を帯びた高速の気流が上がってくる。
 そして。
 超常の視覚が、正確に言うと、セレネの方が若干早く、次いでレムリアが気づく。
 この〝炉〟の抜かれつつある水の中には、放射線傷害で命を落としたこの地の人々がそのまま遺棄されており、水圧と強力な放射線のゆえにバクテリアが一切存在しないため、亡くなった身体には一切変質が生じない。その時の姿のままになっている。
〈レムリア……なんということでしょう……〉
 衝撃と落胆の意志がセレネから飛んでくる。コンクリートの器に水をたたえた原子炉の下、ウランを掘り出す際に生成された、地下20キロ遙か、大陸地殻断層面にまで続く深い穴。
 そこに今、炉心の減速材として使用されていた水が、滝の勢いで放出されつつあり、人々の亡骸はその水に乗って大地へ還って行く。
 原子炉でウランの核反応が起きると、副産物としてプルトニウムが生産される。このプルトニウムは反応後の物質(核のゴミ)に混ざっているため、より分けて取り出す。この作業を分離或いは抽出と呼ぶ。一般的なのは核ゴミを極めて強い酸である硝酸に溶かし、試薬として市販もされている〝リン酸トリブチル〟等で化学反応を行わせて取り出すものだ。いわゆる原子爆弾の原料には、ウラン235或いはプルトニウム239を用いるが、ウラン鉱からウラン235だけを取り出すには巨大なプラントと高度な技術を要する。対しプルトニウムは原発の排出物から薬品で取り出せる。従って原子炉とウランさえ手に入れば、プルトニウムを取り出す方が技術的障壁は低い。この国はその炉を、天然原子炉を範として水だけで生成し、そして、プラントの運転……核物質の取り扱いを、前述の如く、人手で行ったのである。
 すなわち核奴隷どころか〝人間の使い捨て〟。
 当然、秘密保持のため皆殺しも視野に入れたものと断じて良かろう。従い、放射線事故で死亡した人体は、そのまま水の中に遺棄され〝処分〟。他方、医療団を受け入れ、表面上は健康維持に前向きに見せかけ、という構図が見て取れる。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -076-

←前へ次へ→

 船体を、エレベータシャフトに文字通り押し込んだのであった。
「あそこから中へ。リフトを下ろしました」
 リフトとはエレベータのことである。空飛ぶ船とは言えないため、そういう表現になる。船内には光子ロケット機関の異常に備え、幾つか隔壁が設けられている。そんな壁の一枚を通路にセットした。船尾が下向きなので、隔壁は床になる。
 ブザーと赤色回転灯。
 地下の空間に上から下へ風が起こる。何かが空気を動かしている。
 船のものではない。
『気圧低下。原子炉の温度上昇を検知』
「奴らは水を抜くつもりだろう」
 EFMMメンバーの一人が言った。
「水が抜かれると?」
 レムリアは訊いた。メンバーと、マイクの向こうの乗組員に。
『核物質が流れに乗って集まり、反応が暴走する』
「チャイナ・シンドロームだ」
 前者はイヤホンに届いたシュレーターの回答、後者は団長。
「走って!」
 レムリアは言いながら、軍人達はどうすべきかと自問した。
『彼らは、毒を口にしました』
 セレネが言った。彼女の超感覚による分析では、警備する政府軍兵士が自ら支配者に君臨すべく核クーデターを計画し、ここを占拠、際してプルトニウムの生産量を増加させるべく、住民による所定の工程を逸脱させた。結果、水のもつ核反応抑制効果を上回ってウランの核反応が加速、高温が生じて小爆発に至った。
 それは街角の電光ニュースのようにレムリアの意識に流れた。しかしレムリアには、その情報に価値があるとは思えなかった。
 EFMMのメンバーを船へ導く。全員の搭乗を待って、自らも船内に入る。
 昇降口のゲートが閉まり、イヤホンに警報。通路そのものを放射線汚染区域として前後封鎖。基地に戻って処理するまで出るべからず。
 それは良い。問題は基地に帰ること。すなわちここからどうやって脱出するか。
『近傍最高温度720ケルビンに上昇』
 逃げること自体は容易である。ただ、現在ここで進行しているのは、核反応。
 炉心溶融、象の足。放置した|炉《リアクター》の行く末を言う語を幾つか知っている。チャイナ・シンドローム……団長の言ったそれも、行く末を示す語のひとつ。すなわち炉心が冷却剤を失い超高温の火の玉と化し、炉心どころか大地を溶かしながら地中へ進行、そのまま地球内奥をも突き抜けて裏側まで行ってしまう……アメリカの反対側は中国……から来た言葉。
『緊急冷却装置はないのか』
『本船の機能で何か使えないか』
 無線越しの男達の錯綜。
 何も答えを用意できない自分が歯がゆい。仕方がないと判っているが、何も言えないのは辛い。……だから自分はこの地に呼ばれなかったのか、とも思う。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【魔法少女レムリアシリーズ】虫愛づる姫と姫君 -11-

←前へ次へ→

 授業プリントで説明しながら遊歩道を歩いていると、立ち塞がるようにしている森宮のばらのお下げ髪。
「来ないで!」
 彼女のばらは二人に向け両腕を広げて制した。その向こうには耳を伏せた非常体勢、俗に〝イカ耳〟で何かと対峙している黒猫ヒロス。
「毒ヘビがいます」
「毒ヘビ」
 なら、ヒロスが危険ではないか。ヒロスに目をやると、こちらに気付いたようでチラリと一瞥があり、そのまま動かない。猫は遺伝子的にヘビを恐れると聞くが。
 ヒロスの視線の先。赤と黒のどぎつい模様のヒモが絡み合っているように見える。しかしよく見るとヌメヌメテラテラしていて、時々、クネクネ動く。
「ヤマカガシ、って奴です」
 森宮のばらの説明と共に、姫子はのばらの思い描いた図鑑の画像を直接意識で捕らえた。

Img_3941

(前出の図鑑より)

 その筋の用語で超常感覚的知覚の一種・テレパシー。
「猫を逃がしたい?」
 姫子は訊いた。
「え、あ、うん」
「進君、バット」
「え?おう」
 その自主練の一環、素振り用にと持ち歩いているバットを出してもらう。
「え?ちょっとあんた何して……」
 バットでヘビをぶん殴るのかと危惧する森宮のばらの傍ら、遊歩道脇の土の上で姫子はバットを持ち上げると、古代の杵で臼を突く要領で、地面にどん突きをかました。
 地面を伝わる振動でヘビは驚いたようで、ただちに絡んだ縄が解けるようにシュルシュルと動き出し、応じてびっくりしたのかヒロスが飛び上がり、その足で一散に彼女らの方へ駆けて来た。
 しゃがみ込んで腕を広げた姫子に駆け込み、訴えるようににゃぁにゃぁ。
「バット大活躍。はいはい怖かったね」
「お、おう」
 平沢にバットを返すと、腕の中のヒロスには手品の要領で“猫用鰹節削り”のパッケージを取り出し、中身を与える。
「あなたの……猫?」
 森宮のばらは丸い目で訊いてきた。誰にも懐かないとウワサの猫が自ら手の中に飛び込んだ。自分が異色の存在に映ったのは想像に難くない。
「いいえ、良く通るので仲良し。あなたも上げる?」
 小袋残りを手渡す。のばらは近くにしゃがんで自らの手のひらに載せ、猫に差し出した。
「あ、食べた……私が呼んでも来なかったのに……この子誰も近寄せないって有名なのにあなたは頼ってるみたい。こんなに人に懐くの見たことない。魔法でも使った?」
 姫子は小さく笑うと。
「魔法は使ってないよ。むしろ何もしてないかな。積極的に寄りつかれるのはイヤなんだよ。猫ってそうじゃん」
 すると。
「私と一緒だ」
 森宮のばらは言った。自分達に好感触を持ったようだ。敵意緊張一転安心。

(つづく)

| | コメント (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -075-

←前へ次へ→

 アルゴ号の形成する光圧シールドチューブである。光子の噴射によって白銀となる、その領域が上方から降りてきたのである。
「(意図したこと形をなさず)」
 光の筒から、少女の声がした。
 軍人達にとっては、未知なる言語であった。
 彼らはその職ならではの反射で発砲した。
 パンパンという乾いた音が鋭いインパルスとしてコンクリートの空間に反響し、鼓膜を貫く。
 同期して、激痛の絶叫が聞こえるか、絶命して昏倒する音が聞こえる……はずであったろう。
 しかし、彼らが見たのは、天地貫通する光筒をかすめて飛び去る銃弾の光跡と、
 光筒の中で揺れる、短い髪の毛のシルエット。
「状況201トゥオーワン
 少女の声が、そう言った。
 軍人達は、少女の存在に目を奪われ、恐らくは彼女が言葉を発したことに、そこに意味があることに、思いが至らなかった。
 対して、EFMMの団員は、団員としての見識に基づき反射的に姿勢を低くした。レムリアの意図した刹那の躊躇に比して、実際得られた時間は、充分に長いと言えた。
 201……暗号コード〝爆発警戒〟。
 猛然たる風が地下室内に吹き付けた。
 その風は光の色をし、渦を巻いていた。
 横たわって形成された竜巻、すなわち、風のドリル。
 それは天地貫く光の筒が、そのまま横倒しになって襲いかかってきたと書けば、状況の説明として適切になろうか。
 光圧で加速生成された風のドリルは、軍人達を振り払うように突き飛ばし、それぞれ床や什器、壁面でしたたか頭を打つ。
 しゃがみ込んだメンバー達は難を逃れる。
 そして団員と、軍人達の間に距離が出来たところで、強靱なレーザビームが軍人達の火器を溶かす。
 少女は手を上げ、光の風を制した。
「姫か……」
「こちらへ。今のうちに」
 長い会話は不要。レムリアは何か言いたげな団長の声を遮り、腕を伸ばした。天へ掲げたその手には、
 手鏡。
 船の発する光を弾き、白く輝く。
 彼女は鏡を動かし、その強靱な光を軍人に差し向ける。軍人は一般に肉体的な痛みに対する訓練を受けるが、網膜細胞だけはどうにもならぬ。単に肉体限界を超えて視界を白く奪うのみならず、光線に目を射られる痛みと恐怖は、生命として根源的、反射的なものだからだ。軍服や軍靴に忍ばせた予備の銃器を探すどころか、目を背け、しまいに腕で目を庇うことを余儀なくされる。
 光を掲げ、それを印として彼女は導く。行く手には船が尾部を下方に向け直立し、左舷昇降口を開いて彼らを待つ。但し、船体そのものは見えない。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -074-

←前へ次へ→

 そして、戦場においては、刹那の躊躇が、全てを制する。
『ジャンヌ・ダルクだな。それとも我々を導いてくれるか女神様』
 アルフォンススが、ドラクロワの壮大な絵画を想起したことを、レムリアは知った。
 ジャンヌ・ダルク。彼女は魔女裁判で火あぶりになる。言わば、先輩魔女。
 ただ、自分に死ぬ気はない。比して女神はまさか。
「魔女として、お引き受けします」
 果たしてアルフォンススは笑って寄越した。
『誰も考えつかない作戦として見上げた勇気を買おう。副長、何か感じるところはあるか』
「いえ、彼女もわたくしもある種の確信を得ています。船長の赴くままで問題は無かろうと」
 運命の導き再び。
『良かろう。シュレーター。船の装備で放射線を避けつつ中枢に達する策はあるか』
「敵施設の破壊を厭わぬのであれば」
 シュレーターは即答し、レムリアに向かって親指を立て、後ろを指し示す。
 意図するところ、用意せよ。昇降口へ向かえ。
『構わん、許可する』
 アルフォンススの言を聞きながら、レムリアは巨大な扉を開く。
『では船長、その地下10キロにこの船を突き立てる。光圧シールドチューブを地下に向かって走らせる』
『了解した』

16

 地下空間。コンクリートの構造物であり、剥き出しの地肌はじっとりと湿った印象。
 EFMM団長は、防護服の奥で、金色の眉に困惑の皺を寄せた。
「もう血液が足りんぞ」
 ベッドに仰臥する軍人は口元に呼吸器を付け、激しく息をし、その旨心電図に表示が出ている。
 ポータブルの輸血装置は間もなく残量がゼロになると警告している。
「ない、では困るのだ」
 別の軍人がしゃくるように銃を動かし、団長は金色の口ひげをぴくりと震わせる。
 急性放射線障害で大量の輸血を行っているのである。
「核物質を侮るからだ」
「黙れ」
 引き金に指が掛かり、銃の部品が動いてわずかに音。
「撃てば良かろう。その代わりこの将校は確実に死ぬ」
「理屈だな。では貴殿スタッフの血液を頂戴するとしようか」
 軍人は団長の傍ら、アフリカ系女性スタッフに銃口を向けた。
 大きな音がした。
 発砲ではない。
「またかっ!」
 銃の軍人が叫び、背後を振り返る。
 また……それは核事故の再発懸念を示した。
 縦横に配された配管群の向こうが白銀の光に包まれる。それを〝反応〟と誤認しても確かにおかしくはない。
 しかし正体は強烈な照明である。降ってくるように上方から照射され、地上と結ぶエレベータを包み、見えなくした。
 それは、天とこの地下とを直結する光の筒そのものであった。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -073-

←前へ次へ→

 円形に切り取られたコンクリートが外れて落ちる。その下は。
 ラングレヌスがそばに立ち、そこから中を覗き込んだ。
 ゴーグルカメラが捕らえ、船の画面に映し出す、地面の下に広がるブルー。
『映った空、じゃねぇな』
 ラングレヌスの呟き。
 船の画面全てに、警告の赤が表示された。
 着色を解除すると、文字だけが残る。人跡未踏の秘密の湖のような映像の中、高温注意、および、高強度の放射線。
「チェレンコフ光。これは水で出来た原子炉だ」
 シュレーターが言った。
「ウラン鉱山と言ったな」
「ええはい」
 レムリアは答えた。
「鉱脈全体を水で包み込んだのだ。プルトニウムでも生産してるんだろ。蓋してカモフラージュさ」
『それは、天然原子炉の条件を人工的に、ということか』
 アルフォンススが口を挟んだ。太古の地球において、ウラン鉱脈を地下水が取り囲んだ結果、継続的に核反応が生じる条件が整った〝天然原子炉〟が構成されたことがある。
「そうだ。被曝の危険さえ誰かに押しつければ、水を流し込むだけだ。技術も資材もいらん。効率は悪いが、確実だ」
 シュレーターの声に重なり、双子のどちらかの声がイヤホンにボソボソ。
『口を割ったぞ。医者達はこの池の地下10キロ、プルトニウム抽出工場だ。但し引き換えに逃がしたぞ』
 命の保障と引き替えに聞き出したらしい。10キロ。レムリアのテレパシー能力の限界を超える。
 対して。
「私なら……のはずですが。感じ取れません。放射能や大量の水が影響しているのでしょうか」
 セレネは困ったように言った。
『まぁ追求は今はいい。問題はどうやって行くかだ。人質取られた要塞攻撃は難儀だ』
 アルフォンススは溜息をついた。
 レムリアに訪れる。それは天啓。
「私が行きます」
『なに……』
 アルフォンススだけではない。メンバー全員の驚愕と呆れた感情を受け取る。
 別に単なる無茶無謀な発言ではない。
「EFMMメンバーは私ならすぐ判るからです。警戒を解いてもらう必要がありません。それに、今まで散々姫として庇護を受ける立場でした。皆さんのお力添えを得て恩返しをする時は今です」
 及び。
「それに、突然女の子が現れるというのは色々と混乱を招くでしょうから」
『何だって?』
 意図するところ、殺戮の亡者と化した男達が荒れ狂う戦乱の地において、小娘という存在が現れるインパクト。
 何もないとは思わない。経験が確信を与える。
 例えば難民キャンプを襲う自称〝聖戦士〟。テントの幕をめくると異邦人の少女、このシチュエーションに過去驚かなかった者はない。
 
(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -072-

←前へ次へ→

 程なく各人のイヤホンから電子音が聞こえ、それぞれのコンソールに権限移譲した旨表示が現れる。
『判断結果を合議の上、副長の認証を得て実行せよ』
 レムリアのコンソールで一つ画面が開いた。
 それは、武器を〝着て〟舳先に立つ船長アルフォンススの姿であった。
「ショルダーブレイス(Shoulder Brace)ってんだ」
 シュレーターが唇の端で笑う。一言で済まされたそれを理解しやすく書くならば、防弾チョッキの肩の上に銃器装架用の台を追加したものだ。そこに機関砲と思しき銃器を搭載し、腕と銃器が一体化している。
 船長アルフォンススは同じくカチューシャをセット。すると、船長と電子的に融合した、と船は言って寄越した。
 それは身体の一部に武器を備えた人間である。稼働中武器としてFELという文字が加わる。
 機関砲と思しき巨大銃器の正体、FEL(フェル)。Free Electron Laser:日本語では自由電子レーザという。任意波長のレーザビームを生成する。

Aho_2

(現物はまだデカい)

 それは未来世界を舞台にした戦争さながらであった。
 大地の蓋が開いて現れたのは、円形のコンクリート平面であり、円の中に〝H〟と描かれたヘリポートであり、エレベータの扉と思しき構造物であり、
 銃器構えてズラリと並ぶ迷彩服の攻撃隊であった。
 その、攻撃隊を、アルフォンススは左から右へ一瞥した。
 それは文字通り、視線を左から右へ走らせただけであった。
 兵士一人一人を、彼の網膜が捉え、その旨が赤い四角で大画面の居並ぶ顔にマークされ、同時に、彼らの手にした武器が赤熱溶解した。
 アルフォンススが〝見る〟ことは、その瞬間に照準され発砲される意味であった。
『強襲』
 アルフォンススが言った。
「了解」
 シュレーターが答えた。
 兵士達は己れらの武器を作動させようと引き金に手をし、無力化の事実に気が付いた。
 次いで溶解の熱さの故に放り出した時、彼らは目の前に唐突に出現した船の姿を見た。
 船の傍らには、異常な武器を手にした3名の男があった。
 小銃が溶けたことで腰のピストルを抜こうとした者もいた。しかしピストルもその瞬間に蒸発するのであった。
 異常な男達は進み始めた。兵士達はそれぞれに降参の意を示して両手を挙げ、異常な男達に道を空けた。
 異常な男達は、Hマーク近傍に立ち、アリスタルコスと、アルフォンススの銃器から、それぞれ多数のレーザが走って煙が上がった。
 Hマーク近傍が円形に切り取られ、その中央をラングレヌスのレールガンがヒットする。それはこのコンクリートの平面下にまだ何かあることを意味した。まぁ、エレベータがある位だから当然そうなのだろうが。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【理絵子の夜話】空き教室の理由 -76-

←前へ次へ→

「学園ホラーサスペンスってのは、最後に生徒が正義であるように、どんでん返しがあるんですよ。……お父さん、聞いての通りです。彼女たちの検死をもう一度」
「なにっ!」
 理絵子が何をしていたか知ったか、教頭が飛びかかってくる姿勢を示す。
 理絵子は通話状態の電話を教頭の目に入るように見せ、教頭の視線がそちらに移るのを見て、二つの行動を同時に起こす。
 携帯を通話状態のまま部屋の隅に投げ出し、錫杖を振り出し竿よろしく振り回し、遠心力で伸ばしながら、その回転力で教頭の顔をひっぱたいた。
 非力な少女とはいえ、1メートルの鉄棒の先に金属リングが幾つもあるのだ。効果は絶大である。
 ひょうっと風切り音が聞こえ、次いで金属リングが頭蓋骨にぶち当たり音を立てる。
 鈍い音で、ゴツ、と、ぢゃりん。次いでウワッという悲鳴。
 こぼれ落ちる懐中電灯。もうもうと舞い上がる綿ぼこり。
「くそっ。目に当たった。畜生。畜生」
 教頭が顔を覆う間に理絵子は懐中電灯を拾って消し、グランドピアノの下へ潜った。
 さぁ今度はこっちの番だ。理絵子は声色を使う。
「教頭……先生」
 揺れ動くような、ゆっくりした口調。
 それは担任が一人芝居で演じた、二宮あゆみのイメージ。
「だ、誰だ」
「私です。ずっと、待ってました。ずっと……ずっと……。先生に、伺いたいことがあって。どうして……彼を警察に?」
「お前……」
「二宮です。忘れてないですよね。だって先生、私のために、私の成績を上げようとご尽力下さった。
 その結果として、彼を警察に突き出したんですもんね」
 理絵子は前半は可愛らしく、後半は声にドスを利かせた。
 文芸部の主たる活動は創作である。セリフを作り、感情込めて読むくらい造作もない。
「に、にの……みや……」
 果たして教頭は恐怖風に吹かれたようだ。乾いた掠れ声をようやく絞り出す。自分が有利か不利かでここまで言動が変わるのは、一般には卑怯者によく見られる傾向。或いは、弱みと恐怖を押し殺すための行動が、普段の横柄さ、強圧に繋がっているのか。
 しかしもはやどうでもいい。矛を収める必要はない。それが弱みなら弱みを攻め立てるまでだ。引き続き、無惨に散った二宮あゆみの悲惨な姿を、教頭の脳裏に送り込んでやる。

(つづく)

| | コメント (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -071-

←前へ次へ→

 程なく、行く手タイヤ痕の向こうに、銃というには大がかりな武器を抱えた兵士。
 抱えているそれは、ゲリラが野戦病院を襲撃するのによく使うため、レムリアにも何なのか判った。
 一応カーソルを合わせ、船に識別させてみる。
 思った通りである。肩に担げる小型ミサイル、スティンガー。
「アリス!」
『甲板だ。射程に入り次第落とす』
 彼の声はイヤホンから届いた。レムリアが画面をいじっている間に操舵室を出、甲板に出たらしい。
「撃って来ます」
 これはセレネ。程なく、カーソルを当てたそれが火を噴く。
 ミサイル本体がランチャーから射出され、加速を開始。
 煙が弧を描いて飛来……船のカメラが自動追尾している。
 レムリアの画面に何か文字。そのまま読み上げる。
「シーカー(目標捜索装置)探知」
「逆照準……アリス」
 画面の動きを書けば、ミサイルが搭載していた探査装置の出所を船のコンピュータが逆探知、アリスタルコスのレーザガンの照準をミサイルへ誘導。
 画面を横切る緑の光条。
 ミサイルが胴体部分で真っ二つとなり、爆発する。まるで刀で切り裂いたよう。
 その爆発の煙の向こうで、事態に気づき、明らかに驚いて反転逃走する兵士たち。
『おいおい』
 ラングレヌスの呟き。
『こいつら、地下に何か作り込んでるぞ』
 言葉尻に含む不敵。
 画面奥に逃走する兵士達を、カメラのズームで追いかける。
 彼らは走り、地面に飛び込むような仕草をし、そのまま姿を消した。
 例のSARに切り替えるが、塹壕の類は無いようだ。銃口だけこちらを覗いているような感じでもない。船のセンサも武器を検出しない。
 完全に姿を消し、攻撃してくる気配なし。地下に絶対安全の構造物があり、その中に入り込んだと考えるのが妥当なようだ。
「なるほど」
 アルフォンススが呟いた。
「更に来ます」
 セレネが言った。
 レムリアにもそれは感じる。ただ、それは個々の具体的な攻撃手段を示していない。
 もっと大規模。ズラリと並んだ殺意。
「大きいです……」
 感じたままレムリアは呟いた。
 池に落ちた沢山の雨粒の波紋が重なり、一つの大きな波になるように、殺気が重なり、合わさり、全体として衝撃波を形成し、攻め寄せてこようとするのを感じる。
 重低音。
 地面が割れる。
 地割れではない。それは地面を装った、蓋。
 それこそアニメの秘密基地のように土と草を生やした大地が2つに割れ、左右に開いて行く。画面に幾種類もの警告が出て赤くフラッシュする。照準システムの探査ビーム、赤外線探知装置。
「武器多数」
 船のコンピュータがズラズラとリストして寄越すが、読み上げるには追いつかないのでそんな言い方になる。
「副長指揮を頼む」
 アルフォンススは言うと、自席を立ち、背後扉より姿を消した。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -070-

←前へ次へ→

 自分に言うからには探査装置の名前であり、画面を操作してメニューから探す。シュレーターの説明によれば、輪郭が強調された画像が得られるレーダだという。マイクロ波は電波の種類であり、SARは合成開口レーダの意(synthetic aperture radar)。
 当該レーダの文字を見つけ、指先でタッチしたら画面がモノクロになった。
「えっ」
 間違えたかと思ったが、そうではなかった。
 兵士の脇から、土に描かれた筋が浮かび上がる。
 車のタイヤ痕である。〝輪郭が強調〟された結果、抜き出されたのだ。
 メンバー達は車で連れ去られたのか。
「ラング、バーチャルを使え。タイヤ痕を追う」
『了解』
 ラングレヌスは答え、女性の髪飾り、カチューシャに似た器具を取り出し、カチューシャ同様に頭に装着した。但しその〝カチューシャ〟からは顔の前にアームが伸びており、左目の前に小画面がセットされる。
 ラングレヌスはその姿で振り返り、船のカメラに見せて寄越した。彼の小画面に船内のモノクロ画像が伝送され、同じ画像が見られるらしい。現実風景と重ね合わせる。後にAR(Augmented Reality:拡張現実)と呼ばれる仕組みである。
 タイヤ痕に沿って進む。少し行くと幾人か兵士が倒れており、いずれも脇を通るたびに船内画面に警報が出る。そして、いずれも船の側に頭を向け、俯せに倒れており、例えば逃げてくる途中背後から爆風を浴びて倒れたとするなら、向きが揃っているのは理解できそうだ。少なくとも何らかの核事故が起こった、とは確実に言えそうである。
 だとしたら……レムリアが気になるのは、メンバーもそうだが。
 危険な作業に従事していた地元の人たちは?
 超感覚が反応。
「えっ」
「あ」
 それが〝殺意〟であることをセレネと同時に認識する。
 刹那の後、銃撃を受ける。自動小銃、いわゆる機関銃による側方からの狙撃であり、乾いた連続発射音の後、ラングレヌスの身体が左右に小刻みに揺れる。
 彼の身体に着弾したのである。ガムの噛みカスのような物が幾つか、彼の身体の傍らに無造作に転がる。変形を受けた弾頭である。
『痛え。船長、反撃良いか』
 彼はまるで他人事のように許可を求めてきた。戦車でも操縦しているかのようだ。
「そのまま行け。攻撃の火の元に敵の本拠がある」
『オトリになれと。了解』
 それは、彼が進むのをやめないならば、敵は次々攻撃者を送り出さねばならないであろうの意味。更に言うと、その攻撃者は前哨で足りないならば、本拠地から出てくることになろうという意味。
 よって敵の本拠をあぶり出せる。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -069-

←前へ次へ→

 すなわち兵士の死因は放射線がらみ。というか、強力な放射線を浴びた結果、自身も放射線を放つ状態になってしまった。〝放射化〟という奴だ。……以上シュレーターの意思を読み取って。
〝あり得ないことが起こっているというメッセージとして〟
 ヘリコプターはEFMM所有とすぐに判明。
『重大なことが起こり、解決を要請されたが拒絶。強制されたがなお拒絶』
 自分の言葉を反芻する。
 核物質に関わり何かが起こり、何かを要請されて断り、EFMMのメンバーは姿を消した。
「ラングレヌス」
「おうよ」
 アルフォンススの声に大男が応じた。
 レムリアはギョッとする。不死身という触れ込みの彼だが、放射線障害の機序は遺伝子を傷つけるもので、前記したような銃弾等に対する頑強さと異なる。
「心配のお目々だなレムリア。優しくてありがたいね。だけどよ、この船のウェアは宇宙服として対放射線防御能力があってな。宇宙空間は放射線のシャワーの中だから応じた作り。大丈夫だよ」
 大扉へ歩きながらラングレヌスは言い、その背中にレムリアは思わず微笑みを浮かべた。
 そして、大男は、扉の向こうへ出ながら振り返って一言。
「多分、な」
 ニヤッと笑い、扉を閉めてしまう。
「総員手がかりを探せ。カメラ、レーダ動員せよ。テレパス。人の意識は感じないか」
「いえ……いや、西へ流れる感あり。西へ流れています」
 セレネが答える。レムリアは船長副長のやりとりに唇を噛みしめ、自席の画面に目を戻す。
 今大事なのは、EFMMのメンバーを見つけること。
 テレパシーは何も明確なことは言わず、画面にあるのはヘリコプターと兵士の遺体だ。ちなみに、レムリアの能力ではいわゆる幽霊・霊体とテレパシーで意思疎通は出来ない。〝次元が違う〟ので成立しないらしい。魔女だから天国方面はお断りなのかも知れない。
 画面にウェアをまとったラングレヌスが歩いて来る。先回と同じく長銃を背負い、それと別に腰元に何か機器を付けている。画面に出ている使用機器表示には放射線検出器とあるのでそれだろう。マイクのような形のセンサーを手にし、横たわる兵士に向ける。
 船内画面には赤文字で警告。大丈夫と言われても、不死身という触れ込みでも、やはり心配は払拭できない。
 しかしラングレヌスの物言いは至って落ち着いたもの。
『数値が振り切れる。頭から足の先まで背中一面反応する。この兵士が被曝したことは確かだろう』
「了解。兵から距離を取り指示を待て。レムリア、この兵士の過去の動きを探る。マイクロ波SAR用意」
「はい」
 アルフォンススはレムリアに命じた。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【魔法少女レムリアシリーズ】虫愛づる姫と姫君 -10-

←前へ次へ→

 彼女は苦笑してさて困ったと思った。まぁ、森本教諭の話を合わせると、森宮のばらに対する男子の反応は概ねネガティブであろう。女子からも男子からもネガティブ。それは彼女も自覚していよう。だから防空識別圏を顕わにしたに相違ない。
 そこへ自分が突入し話しかける?
「あぁやって虫や猫に話しかけてるとは聞いてたけど、見たのは初めて」
 諏訪は言った。このルートで通っているのは皆知っており、応じて見たことあるか?と訊かれたことがあるという。
「あの子と友達になってあげてねって言われるタイプだよね」
 諏訪はそう言い足し、これに彼女はギョッとして立ち止まった。
「相原さんどうしたの?」
「……ひょっとして諏訪君やられたことあるの?」
 姫子は訊いた。だから、シンパシーを覚えたのでは、と思ったまで。
「ちょっと動くと発作起こすような奴が遊びに誘われると思う?友達になってやれって言われたっぽい奴が来たよ。でも何を話せって。ご趣味は?ってか?お見合いじゃあるまいし。でも、今は携帯ゲームが流行ったおかげでそっちで友達作れるけどね」
「俺、頼まれるタイプ」
 平沢は自らを指さした。クラスではボケ役道化役を買って出ることが多い。
「何か面白いこと言ってやれって……そういう問題じゃねーんだけどなぁ」
 どこも一緒かい。それは即ち、
「オトナって自分がコドモだった頃の、自分がされたら嫌なこと、全部忘れるんだよ。なんでか知らないけど」
 姫子は言い、再び歩き出した。
「そういや相原さんのカレシさんってオトナだよね。コドモ扱いされる?」
 諏訪が訊いてきた。ちょっと頬を染めて。
 彼女ははにかんでくるりと2人へ振り返る。
「それはない。だって私、彼の姫様だから」
「くっそ盛大にノロケやがった!」
「いやヤバい。むずがゆくてヤバい。助けて利一郎キサマなんてコトを訊くんだ」
 男二人立ち止まって体中が痒そうなアクション。自転車で行きすぎる小学生達がゲラゲラ笑う。

 4

 諏訪を住まいの7階建鉄筋アパートまで送り届けると、元来た道を平沢と共に丘まで戻る。この間に英語が不得手という彼に少しレクチャーをしている。
「過去分詞ねぇ……どうしてこうやって分類しちゃうんだろうね。日本語で話すのに文法とか気にしないでしょ?えーっとこれはもうテクニックの問題なので、簡単には例文を覚えて、彼が彼女だったりとか、そういう一部置き換えで問題文が出来てくる構成だから、あ、このパターンのアレンジだなってピンと来れば得点にはなると思うよ。何だろ、野球だってセオリーと応用ってあるでしょ。そういうのって理屈じゃくて練習してるとピンとくるようにパターンを覚えるじゃない。それと一緒……」

(つづく)

| | コメント (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -068-

←前へ次へ→

 ここに団長が自分を呼びつけるはずがないのだ。年端も行かぬ女の子にはあまりにも危険すぎると許可してくれなかったのだ。
 なのに発呼され、あまつさえは切れた。
「団長さんの故意、という事は考えられませんか?」
 セレネが訊いた。
 わざと、故意に自分に電話した。
 あり得ないことをした。
 あり得ないことが起こっているというメッセージとして。
「EFMMはどうやってここへ来ている。レムリア」
 シュレーターが尋ねる。
「ヘリコプターと聞いています。大きくEFMMのロゴとURL、注射器をデフォルメしたマークが描いてあるはずです……」
 レムリアの声をかき消すように船からアラーム。画面に赤ランプを模した点滅が現れ、放射能標識と物質名。
 レムリアは一呼吸置いて、読み上げる。
「ベータ線検出。セシウム137有意と推定」
「船を止めろ。検出される放射性物質、継続性、強度、射出方向を探査」
「了解」
 レムリアは赤文字で表示された放射線探査システムに起動を命じると、自身もヘリコプターを探しに船底カメラの絵を覗き込んだ。
 ただ、この位置ではジャングルばかり。
「解析急げ。テレパス。意思人格の感はないか」
 アルフォンススの声を背中に感じる。テレパシーは。
「何も」
 レムリアは唇を噛む。動揺が超感覚への集中を妨げる。
 対しセレネ。
「ただ命に関わる……待って下さい。途切れた。強制した。断った……」
 セレネは感じたままにであろうか、語の羅列を口にし、同時にレムリアにイメージが飛んできた。
 構成し直せということのようだ。レムリアは動画のように再生されるそれをつなぎ合わせ、文にする。
「重大なことが起こり、解決を要請されたが拒絶。強制されたがなお拒絶したところ……そこからは薄れています」
 目を閉じてイメージを追うが、霞の向こうに消えて行くよう。
 それは距離が遠くなったことを意味するのか。
 それとも。
 再度アラーム。
「ストロンチウム90検出。船長、ウランの核反応が起こった可能性が高いぞ」
 その時。
「魔女っ子。あれは違うか」
「えっ」
 アリスタルコスが割り込みで探査システムを動かし、船底カメラ画像にカーソル「+」記号が表示される。
 ヘリコプターと横たわる人体。

  15

 超感覚が即座に返して寄越す。人体はEFMMメンバーではない。迷彩服を着ており自動小銃を手にしている。及び、
 絶命している。一目でそれと判り、〝死体〟に驚きもしない自分は恐らく異常なのだろう。これまでの活動でもう、慣れてしまっている。
 船はアラームを継続している。「+」記号に赤文字表示が重なる。人体と放射線源が一致している。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -067-

←前へ次へ→

 ウラン鉱山を擁する村。
 ウラン、元素記号U、ウラニウム。言わずと知れた核物質であり、原子力発電は勿論、核兵器の燃料として最右翼にある物質である。正規・非正規を問わず外貨の獲得源にも使え、その物流を支配することは、国内権力のみならず国際影響力を高める。それは貧困国家や支配欲の権化、そして、歪曲した主張をテロリズムで掲げる非国家主体にとって、垂涎の的。
 従い当然、その村は軍事国家の直轄とされ、政府が軍隊を配置して管理している。しかし、周辺の反政府勢力が奪取制圧を虎視眈々と狙っており、小競り合いが頻発していた。一般に割拠した少数民族が政府正規軍に楯突いて軍事的に勝利を得られる公算はなく、無駄な戦闘は挑まない(奉じる〝神〟の力を信じ込んでいる手合いは除く)ものであるが、この地の勢力は、狙うものの故に、周辺の他の貧困国や国際テロリズムの支援を受け、潤沢な武器と組織を有していた。
「正直、背景が何であろうと私たちには関係ないのです。重要なのはウランの産出に高い賃金で人を募り、放射性物質に関する知識のない人々を危険な作業に従事させていること」
 判っているのに看過は出来ぬ。ちなみに政府はEFMMの定期巡回をあっさり許可した。これは国際医療団を受け入れることにより、正当性を主張し、危険作業を押しつける〝核奴隷〟を否定する隠れ蓑にするためと容易に予想できた。
「で、団長殿以下連絡が途切れたと。政府の受け入れ方針が変わったか、蜂起した勢力が君たちの団体を人質として占拠でもしたか。単なる医療器具泥棒か。レムリア……どれにせよ君の判断は的確と言えそうだ。かけ直すと君という存在を連中に知らしめる。或いは虚偽を言ってさらにおびき寄せるなどした可能性がある」
 アルフォンススは腕組みし、更にこう付け加えた。
「もう一つ。聞きたくないかも知れないが言うぞ。総員、放射線防御準備。シュレーター。状況、核物質汚染」
「了解。核施設接近警戒」
 船は時間的にはとうに現地に到達している頃合いだが、次第に減速し、あと10キロというところで一旦静止した。光圧シールドの出力を最大とし、放射線測定を行いながら徐々に接近開始。
 つまり。
「核事故の可能性があるということでしょうか」
 レムリアは訊いた。
「否定は出来まい。君の言う通り放射性物質の知識を持たない作業者であれば、不適切な取り扱いで事故を起こす可能性もあり得る。それでインマルサット無線機器や、電話が破損したとも考えられる。EFMMメンバーの放射線防護は?」
「被曝者を診察するので防護服着用で従事しているはずです。ただ、私は随行禁止なので確定的なことは言えません」
 そうだよ。レムリアは自分のセリフに〝電話の違和感〟の正体を見た。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -066-

←前へ次へ→

 それともう一つ。
「レムリア?」
 端末を黙って見つめるレムリアに、セレネが訊いた。
 かけ直してはならない。違和感がある。
「今の着信に逆探知はかけられますか?」
 レムリアは訊いた。
「何故ですか?」
 セレネが訊き返す。レムリアの抱いた〝違和感〟に超感覚の発動を感じている。
 レムリアは答える。
「緊急呼び出しはショートメッセンジャーの一斉送信が普通なんです。一人一人に団長自ら電話を掛けるなんて悠長なことはしない」
「裏に何かあると」
「ええ」
「船長」
「了解した。試みよう」
 セレネの口添えにアルフォンススが答え、自らコンソールを操作した。伴ってメインスクリーンに小画面が一つ開く。
 その画面の構成は、レムリアにはネットの〝チャット〟を思わせた。パソコンの歴史を知る向きにはコマンドプロンプトと言った方が実際には近い。
「これでコンピュータと会話を行い、探知した電波の座標を出させる。EFMMの使っている通信システムは?」
「インマルサット」
 レムリアは答える。それは20世紀から存在する衛星通信システム。及び衛星自身の名前。
 開いた小画面で英語のやりとりが走る。その間にレムリアはEFMMの本部に電話を掛ける。
 電話端末の問題なら、この発呼は失敗するはず。また、本当に自分に用事があって切れてしまった、であるなら、本部にメッセージの一つもあるはず。
 それに、本部はメンバーが今どこにいるか把握している。船の探知がそこと一致するなら。
 この船なら、そこまで飛べる。
 数秒で。
「メディアです。団長と……」
 応対した事務の女性の声は切迫していた。
『ああ姫様。実は定時通信が途絶えました』
 操舵室内にスピーカーからの声が響く。
 メンバーの注目が集まる。
「今回の予定の場所は?」
『アフリカの……』
 国際安全保障上の理由から名を伏す。
 その場所を聞いたアルフォンススの動作が、にわかに慌ただしい。
「過去1時間にアフリカから発呼されたインマルサット向けの通信は7件。そのうち1件が合致する」
 画面に地図が用意され、伏した地名その場所に、発呼位置の「+」マークが重なった。
「ありがとう。……嫌な予感がします。行ってみます」
 レムリアは確信を得て言った。
『行くって姫様今どち……』
 答えず切る。説明できないし信じてくれない。
「船長」
「シュレーター行け」
「了解。当該座標に急行」
 程なく、INSが作動し、超絶の加速を行い、速度を落とすと森林地帯。アフリカ大地溝帯に属する、とだけしておく。
「ここは、EFMMでは定期巡回点に定めています。理由は……」
 レムリアは地図上の「+」をトラックボールで動かしながら説明した。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -065-

←前へ次へ→

「よろしい。アルゴ発進する。機関正常。船体制御系正常。定常ルーチン起動シーケンス。探知システム状態報告」
「映像装置、探知装置共に正常です」
 レムリアは答えた。
「フォトンハイドロクローラ始動。浮上せよ」
「了解、アルゴ浮上」
 アルフォンススが宣言し、シュレーターが操縦桿を手前に引く。
 あの加速……レムリアは思い出す。文字通り瞬く間に数千キロ彼方に達したあの加速。
 光子ロケット……相対性理論……原理や理屈は良く判らない。
 ただ、判っているのは、科学雑誌に書かれた概念、いや、SF映画そのものの世界に、自分は来ている。
 船が水面を離れる。
「浮上しました」
「INS始動」
 操舵室を包む静寂。空間的に切り離すとあった。よく判らないがそのためだろうことは判る。
「INS動作正常」
「透過シールド」
「透過シールド作動。フォトンチューブ確立確認。リフレクションプレート展開固定」
 船尾カメラが捉える〝光のくす玉〟。
「起動シーケンス全完了。副長復唱せよ。アルゴ発進」
「発進します」
 セレネが答え、船が動く。
 街の光が正面スクリーンで幾重もの直線光跡と化した。
 からの文字通り刹那、まばたきするとスクリーンに映るのはオリオン座。
 聞けばオリオン座の方向に常に飛び立つようである。当然、満月ごとに見える位置は変わってくるので、いつも少しずつ方角がずれる。こうすることによって同じコースばかりを飛んでしまう問題を避けている。なお、オリオン座は、北半球では冬の星座であるが、南半球においては一年を通じて見えているので、夏期の出発方向は、コルキスから見て赤道を越えた向こう側の位置に基づき、ということになる。
 そして、今回は、セレネが〝電気カチューシャ〟を装着して横になる前に、レムリアの衛星携帯電話がEFMMからの着信を告げた。

14

 EFMMの団長である。
「すいません。私の……」
 レムリアが断って出ようとしたら、電話は切れた。
 衛星携帯電話は、名の通り、電話端末と通信用の人工衛星とが、直接通信する。
 従って、衛星との間に建物などが入って電波が遮られれば、通話は切れることもある。
 呼び出す途中で切れる。それ自体は珍しいことではない。
 だが、これは何か違う。
 何か引っかかる。言うなれば〝運命の導き〟の逆。
「君の電話の通信システムは本船コンピュータに記憶させた。そのまま発呼して使えるはずだ」
 アルフォンススが言ってくれた。それは先回、ありがたく利用した。
 それだ、とレムリアは思った。この船は高い空を飛んでいる。電波が途切れることは通常無い。
 確かに、使う衛星を切り替える際に、一時的に途切れたりすることはあると聞いた。だが、技術の進歩(シームレス・ハンドオーバ)で会話が切れる心配は無いとも聞いている。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【理絵子の夜話】空き教室の理由 -75-

←前へ次へ→

 ある判断が教頭の中でなされ、方針が変更されたのだと理絵子は理解した。
 すなわち。
「それはすなわち私もここで死ぬということですか?」
 後ずさりしながら言う。私“も”というのは誘導尋問だが、恐らく気が付くまい。
 或いは、もうそのつもりにしたからどうでもいいか。
「やはり君は優秀だ。おっと、ムダな抵抗はやめた方がいいよ。その手足の状態で大人の男に何が出来る。子猫ちゃん」
「そうですか、先生ですか私を突き落としたのは」
 理絵子は言いながら更に後ずさりした。教頭のその告白は、本気であることを明示し、恐怖による譲歩を自分から引き出そうとするものであろう。
 単純に死をもたらす以前に何か目的がある。
 理絵子は電話に意識を向ける。父親が耳をそばだてていることを確認する。録音を試みているに相違あるまい。
「まさかあんな方法で電車が止まるとはな。さすがにいろんな事を知っているね。そこまで優秀なのに。残念だ」
 教頭は言い、女の子的に非常に不愉快な印象を受ける、ニヤニヤした笑みを浮かべた。
 もう少し挑発してみる。何を自分にさせたいのか引き出したい。
「クルマの運転もおヘタクソのようで。あれで実際突っ込んだら一発でバレましたよ」
「おいおい私を怒らせたいのかね。そんなに早く死にたいのかな。矢車(やぐるま)や岬(みさき)は、代わりに身体の提供を申し出たがね。綺麗だったよ二人とも。ひひひ」
 教頭の唇が、悪魔の如くVの字に変形するのが見て取れた。結局、そういう方向かい。
 だとすれば外れだよ。理絵子は窓際まで下がり、片方の手を携帯電話から離した。
 教頭なんてとんでもない。こいつは死んでも先生だなんて呼びたくない、人間の形をしたタンパク質の塊だ。
 おぞましさに怖気を振るう。理絵子は自分にある種の許可を与えた。最大限の抑制を、ロックを解除する。
「陵辱なさったと」
「おいおい心外だな。言い出したのは相手だぜ」
 ニヤニヤ笑って近づいてくる。今にも青く長い舌がベロンと出てきて、口の周りをなめずり回しそうだ。
「学園ホラーサスペンス、クライマックスですね」
 理絵子は勝ち気にニタッと笑ってやった。
「ほほう、そういうビデオを見たことがあるのかね?」
 下卑た笑い。ふざけんな。

(つづく)

| | コメント (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -064-

←前へ次へ→

 日本語も少し強化を図る。EFMMは日本と縁が薄いと書いたが、〝放射線障害〟に関する専門知識は原子爆弾を端緒として日本が先行しており、事故が起こった際は協力を受けられる体制のはずだ。および、日本からの寄付による食料・薬品・資材は実はかなり多く回ってくるが、その殆どが〝日本仕様〟そのままの物品であって、品名やマニュアル類をメンバーが〝解読〟できず、使えなかったりするのだ。自分は多少なりとも読めるわけだが、更に不明点を問い合わせするなど、充実化できれば。
 次は地理歴史。
 理由は単純、〝今〟の前には〝過去〟があり、過去から今への変化は、自然環境が与え場合が殆どだから。
 繰り返される大地震、噴火や洪水、暴風雨。それらはとりもなおさず、救助活動の対象となる。
 その結果見えてきたのは〝躍動する大地〟そして〝つながり〟もう一つ書くことを許されれば〝循環〟。
 大気であれ、海であれ、大地の下であれ、水平に垂直にダイナミックに巡っている。
 船に乗るという行為は、地球全体を一つの視野に収めるというやはりパラダイムシフトを迫った。
 相応しい、か、どうかは判らないが、その視点は、物事考える際の自分の立ち位置を変えたように思う。
 そして時は来た。
 電話が彼女を呼ぶ。
 彼女は応えて部屋を出る。ウェストポーチに必要最小限の応急処置用具と衛星携帯電話。
 及びお菓子も少し。子ども達を相手にする時のみならず、何か食べ物を口にすることは、パニック状態の心を落ち着かせる。
 照らす満月の光を浴びて彼女はレンガの街路を駆け抜ける。街娼さんが客を取る古いビルの脇から運河へ。……この街には、この制度が生きている。
 岸に船有り。
 見た目には運河出発の観光帆船のようだ。この場所を選んだのは、上記した夜の業界ビルから、運河側を見る人は多くないだろう、という考えによる。
 甲板から岸にスロープが渡されてあり、見張りであろう、大男アリスタルコスが腕組みして立っており、太い腕を見せている。

P51600051
「用心棒みたい」
 彼女は彼に言った。
「おかげさまで守る姫があってな。さ、乗った」
「はい」
 操舵室に顔を出す。
「お待たせしました。すいません先日は荷物を置いたままで」
 レーダ席に腰を下ろし、イヤホンマイクを耳にねじ込む。
 コンソールにタッチしてトラックボールとディスプレイ群が電源オン。
「構いませんよ。貴女の動く別荘になれればこの船も本望でしょう」
 セレネが笑顔。ちなみに荷物は後日届いた。オリエンタリスは自室でドライフラワーになっている。
「総員揃ったか」
 アルフォンススが高位から訊いた。
「はい。副長以下全5名、所定位置に着きました」

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -063-

←前へ次へ→

 だから、戻って来たこの部屋がいつものようでもいつも通りではなく、どこかしら余所余所しい。何故ならこの部屋、一昨日までの自分の居場所は、とりあえず今日をやり過ごす、そんな日々の繰り返し。更にこの街へ来た動機を反芻すれば〝こんなのはイヤだ〟……すなわち〝これをやりたい〟ではない。
 気付く。船にオリエンタリスを置き忘れてきた。
 どころか、衣装ケースもハンドバッグも置いたままだ。
 〝持って帰る〟という意識がなかったからに相違ない。子ども達の様子を見て、一休みするためにここへ来ただけ。
 寝に来ただけ。
 でも、まぁいいや、と思ってしまう。またあの船に乗るわけだから。私の部屋に行くのだから。
 不思議な話ではある。大陸地塊に載った不動のアパートに浮遊感があって、12分で地球を一周する船に安心安定を覚えるのだ。
 その理由の一つに、彼ら大人達の中に素直に入って行けたし、迎えてくれたという事実があるのは確かだろう。それは都度メンバーが異なり、ある程度〝よそ行き・その場限りのミッション〟であるEFMMとは違う。自分は今この地で一人、孤独な暮らしをしているわけだが、EFMMのよそ行き感はその延長線と言える。比してアルゴは違う。家族的と言えるか。
 それは自分、大人達に迎えられて喜んでいるのか。
 ひとりぼっちの子どもが大人に囲まれて安心しているのか、大人の一員と認められて安心しているのか。
 どちらの見方も恐らく正しいのだろう。そして、どちらにせよ言えることは、自分の居場所が出来た。
 パラダイムシフトという奴だ。
 やれ、自分。
 困難は予想される。ただ、喜びと確信も同時に存在する。
 レムリアはまずメールのリストを各国のEFMM協力機関に転送する。アヘンが抜け次第、この子達を帰したい。
 子ども達とのコミュニケーション能力も高める必要があるだろう。普段ココロを掴む手段は手品であるが、それよりプリミティブな手段は食べ物やお菓子だろう。
 アイディアと課題が湯水のように意識に湧き出す。幾らでも出来ることがあるし、やらねばならないことがある。
 翌日からのひと月。次の活動は当初の話では4日後の満月になるはずだが、燃料を使い切って1回パスとなったのでまるっと一ヶ月。
 彼女は図書館に籠もって手当たり次第専門書を当たった。1年で学習した以上の知識を可能な限り詰め込んだ。まず手を付けたのは世界情勢の掌握、周産期に関わる知識の充実。EFMMであれアルゴ号であれ、出かけて行くのは怪我や疾病、災害が多い地域であり、背景には戦役、貧困がもたらす社会基盤の整備不足がある。可能性の高い地域をあらかじめ把握しておくことは無駄ではない。そして、そうした場所で最も弱い立場にあるのが赤ちゃんとお母さん。栄養が最も必要で、しかも病気に対して最も弱い。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -062-

←前へ次へ→

 子ども達の姿と共に思い出したこと一つ。船で消毒する際、一人ひとり顔写真を撮影、行方不明者データベースに画像検索を掛けたのだ。その結果をメールでパソコンに送ってくれる手はずになっている。EFMMサイドで当該国の組織につながりがあれば、自分が付き添って帰すことが出来るからだ。
 やはり夢ではないのだ。そして、だから、この部屋は、昨日までと同じだが違う。
 ノートパソコンをベッドの下から持ち出して電源を入れ、ネットワークのケーブルを繋ぐ。
 システムの起動の間にテーブルに載せ、メールチェック。スパムを切ると発信ドメイン名コルキスが一つ。件のメール。
 開くと、データベースが添付されており、子ども達22人の国籍がズラリとリストされていた。いぬかい・ちありちゃんはサイタマ・プリフェクチュア。後は位置的に東南アジア系の子が多い。タイ、マレーシア、フィリピン、台湾、ベトナム、インドネシア。
 
 〝彼らはその後摘発されたようです。国際ニュースサイトに現代の奴隷商人摘発とあります〟
 
 字面から受けるイメージはセレネの言葉である。リンク先のサイトを覗くと、確かに船から見たのと同じ〝犯人〟の写真が載っている。当局の逮捕に抵抗もせずおとなしく従ったという。その理由に曰く、
『海の中から神が船に乗って現れた。だから我々は観念した』
 すなわち彼らは、突如現れた船に対し、神による奇蹟の顕現、悪の処罰を見た。
 そこに自分が関わっているという現実。
 影響力の大きさに戦慄する。今の自分の素直な感想。見えざる手による大きな采配。
 そこへ組み込まれた。
 変わった。動いた。
 新たな世界が動き始めた。
 過去を振り返るタチでも歳でもないが、〝変化〟の認識は、過去と現在を比較している裏返し。
 レムリアが故郷に背を向け、〝世界一自由で移民に寛容〟とされるこの街へ来て1年。
 しかしそれは〝逃げた〟という後ろめたさと、居場所無しの根無し草な不安定感を彼女に与えていた。なまじっか心身に関する知識もあるから、それが思春期の自分には良くないことだとも判っていた。ただでさえ心が不安定になる年頃である。身の方まで不安定でいい影響があるわけない。
 事実、中途半端に日々を過ごしていたように思う。リモートの授業と、メールによるレポート提出。かまけて〝それだけこなしていた〟充足感のない毎日。
 そして今、肩書き増えて戻った真の意味を知る。自分は多分、自分のフルパワーで動ける居場所を見つけた。
 多分それは、飢えるように欲しかったもの。やりたいことと、出来ることと、やれと言われたことの一致。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【魔法少女レムリアシリーズ】虫愛づる姫と姫君 -09-

←前へ次へ→

 昇降口より校舎の北側に出る。校舎はコンクリ3階建てで東西方向に伸びており、その西端に昇降口と正門がある。正門前の道はアルファベットの「L」字の角になっており、右手・東側と、正面・北側に街路が延びる。その北側に真っ直ぐ行くと、十字路を挟んで丘があり公園になっている。そこは住宅街造成時に元の丘をそのまま残して生かしたもので、四阿があり、遊歩道が整備されている。ただ、その先は同様に存置した雑木林に繋がり昼でも暗く、夜間は危険と言うこともあり、通学路には指定されていない。前述の別ルート、である。が、緑の中を行くので呼吸器には良い。
 その遊歩道の途中で、諏訪が固まったように立ち止まっている。目線を追うと……丘の草むらに見え隠れするブレザー制服スカートの尻。
 同じ中学の娘と思しき、しかし年齢の割に頓狂な所作。
 件の彼女、森宮のばらであるらしいことはすぐに判った。
「こういう場合、そそくさと通り過ぎた方がいいのか……」
 追いつくと、諏訪は困り顔で姫子に言った。尻はこちら側に向いており、らしき少女は膝立で俯せに寝そべっている状態。風が吹けばスカートが捲れて中が見えよう。男の子としては通るタイミングに困る、と。そして、らしき少女の寝そべっている先には黒猫が一匹。野良なのかあまり人には懐かない猫で、姫子はヒロスと呼んでいる。ラテン語で“ヒーロー”の意。
「あの猫、ヒロスだよね」
 諏訪の言葉にらしき少女が反応し、こちらを振り向いた。ぼさぼさのお下げ髪に少し不健康な顔色。やはり森宮のばらである。強く結ばれた唇にキッとした目線。それは少し刺してくるような、敵視しているような、守勢に入ったハリネズミのような。自分達は設定された防空識別圏の中に入ったか。
 “コミュニケーションお断り”
「スカート、見えちゃうよ」
 姫子はとりあえずそれだけ言い、先にスタスタ歩き出した。男達が後を追いかけるように付いてくる。遊歩道は丘を越えて下り勾配に入れば、のばらは視界に入らない。
「彼女も、姫ですね。虫愛づる姫」
 言ったのは諏訪。
「あーあれが」
 対して平沢はそんな言い方をした。
「姫?」
 あっちも姫かと彼女は首を傾げた。
「そう。悪口だから話半分でいいと思うけど……」
 諏訪はその“姫”は、古典に出てくる虫好きなお姫様で、頓狂な扱いで描かれている。森宮のばらは似たようなエキセントリックな子で有名、と説明した。
「知らない?」
「知らない」
 そう呼ばれていることは。
「ふーん。相原さん顔広そうだから知ってると思ったけど」
「むしろ男の間で有名だろ。この姫褐色美少女で知らない男子いないだろ。同じだよ」
「たはは……」

(つづく)

| | コメント (0)

アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -061-

←前へ・次へ→

13

 運用テストはひとまず成功と言って良いだろう。次は満月に燃料満タンで。そう約束して、レムリアはアムステルダムへ戻った。
 燃料はタンク二つを交互に使用する運用であるから、日本からコルキスに一旦戻り、その時点充填中の〝反水素モジュール〟に交換、アルゴ号で送ってもらった。アムステルダム市内は運河が縦横に走っており、加えて真夜中であれば、人のいない場所を見つけて船を下ろすのは造作もない。
 船を降り、街路を少し走り、先ほどの孤児院へ向かう。この街は世界的大都会だが、大麻オーケーといったイメージも手伝い、治安が取りざたされていることを知っている。21世紀になって改善された方だが、深夜帯にローティーンの少女が一人で歩いて安全なわけではない。ただ、彼女は〝危険〟を事前に察知できるという自負がある。
「子ども達はどうですか?」
 チャイムを鳴らし、応対に出た若いシスターに、レムリアはいきなり訊いた。
「あ、子ども達は大丈夫ですが……あの確か魔女さん、先ほど中国だか日本だか極東の方へ」
 数時間で行って戻れる距離ではない。
 常識では。
「日本の技術は流石ですね」
 レムリアはそれだけ言った。超絶技術大国というイメージがあるので、多分これで事足りる。考えてみればオランダと日本の関わりは古い。サムライの時代、日本の唯一の貿易相手はオランダだったと聞くし、コンパクトディスクなど、光ディスクの開発は、オランダの発想と日本の技術力の協業とか。
「あ、ああ、そういうことですか。凄いですね」
 シスターはそう応じ、ニコッと笑った。
 紅茶をもらいながらその後の状況を聞く。子ども達はここで食事を取ってもらい、いわゆる禁断症状の重い子は病院へ搬送されたとのこと。今ここに残っているのは4名。煙をあまり吸わなかったらしい。
 顔を見に行く。ぐっすり寝ており、安心したような表情。
 とは言え怖い目に遭ってきたのだ。念のためそのまま夜明けまで様子を見させてもらい、
 明るくなってから後を託し、トラムに乗ってアパートへ戻る。
 ポストを覗き、いつものように何もなく。
 鉄の階段を上って、カギを開けて入る、自分の部屋。
 一昨日までと変わらないし、実際いつも通りだが。
 なんだか別世界のコピーに来たような感覚。
 余りにも、余りにも短時間に多くの出来事が起こりすぎた。
 そして、その間に、自分が変わってしまったと認識する。
 シャワーを浴びてトーストを口にくわえ、オーラ・ノートとアマトールに歌わせる。
 紅茶をいつもの手順で淹れて落ち着く。の、つもりだが、まるでハイキングから帰った幼児のよう。
 いつもと同じ物を見ているがやはり違う。今の自分には現代版〝アルゴナウタイ(Argonautai)〟乗組員・専属看護師という肩書きが付いて戻った。
 世界を何周も回り、赤道直下の海に、日本に降りたのは夢かまことか。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2025年9月 | トップページ | 2025年11月 »