【理絵子の夜話】空き教室の理由 -77-
死した彼女の見上げる目線に、この部屋から下を覗き見る教頭の姿を加えた形で送り込む。
それは教頭にはフラッシュバックとして見えるはずである。
遠慮などするものか。こんな魔物に遠慮などするものか。
連続暴行殺人犯。汝抑制の対象とするに能わず。
「ひ、ひゃっ!」
得られた教頭の反応は、首筋に不意に氷塊を当てられたかの如く、であった。首をすくめ、耳を塞ぎ、床にぺたんと座り込み、……聞きたくないが失禁した音まで聞こえた。
声が裏返る。
「待ってくれ。オレはあの時教頭への昇進が掛かっていた、そんな最中に君みたいな優秀な生徒が暴走族に熱を上げるなんてことは避けたかった。君のためだ」
「支離滅裂ですよ、先生」
理絵子はフフフ、と演出気味に笑った。
要するに教頭は、教頭への昇進……確か筆記試験もあると思ったが……を果たさんがために、生徒を一人裏切ったわけだ。
その時。
「内村さん。もう結構です。あなたに祥子などと呼ばれたくない」
射し込む懐中電灯の明かりと共に、成熟した女性の声が凛と響いた。
12
理絵子の母親が着ていた紺のスーツに身を包み、肩幅に足を開いて立っている、担任、朝倉祥子。その瞳には怒りがある。あの怯えていた彼女ではない。
そしてもう二人。壁により掛かる桜井優子と、その傍らの喫茶店マスター。
自分を守るために馳せ参じてくれた人たち。
直接見えてはいないがそのようであると判る。しかし今はまだ、ピアノの下から出て行くつもりはない。
「りえぼー。電話話し中だから心配で来たぞ。いるんだろ?」
懐中電灯であちこち照らす。理絵子は敢えて返事をしない。
教頭が名前で呼んだ女性。二人のやりとりを見届けたい。
「内村さん、あなたまさか黒野さんを」
「え?いや彼女はやってない。むしろ被害者はそそそうだオレだ。これを見ろ、オレはあいつに殴られたんだぞ」
その口調は“弱気モード”と書こうか。自らの額を差し示す教頭を、マスターが手にした懐中電灯が照らす。
まぶたが青黒く腫れ上がり、若干の出血もあり。
「変わってないのね。全然変わってない」
朝倉祥子は吐き捨てるように言った。
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