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【理絵子の夜話】空き教室の理由 -75-

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 ある判断が教頭の中でなされ、方針が変更されたのだと理絵子は理解した。
 すなわち。
「それはすなわち私もここで死ぬということですか?」
 後ずさりしながら言う。私“も”というのは誘導尋問だが、恐らく気が付くまい。
 或いは、もうそのつもりにしたからどうでもいいか。
「やはり君は優秀だ。おっと、ムダな抵抗はやめた方がいいよ。その手足の状態で大人の男に何が出来る。子猫ちゃん」
「そうですか、先生ですか私を突き落としたのは」
 理絵子は言いながら更に後ずさりした。教頭のその告白は、本気であることを明示し、恐怖による譲歩を自分から引き出そうとするものであろう。
 単純に死をもたらす以前に何か目的がある。
 理絵子は電話に意識を向ける。父親が耳をそばだてていることを確認する。録音を試みているに相違あるまい。
「まさかあんな方法で電車が止まるとはな。さすがにいろんな事を知っているね。そこまで優秀なのに。残念だ」
 教頭は言い、女の子的に非常に不愉快な印象を受ける、ニヤニヤした笑みを浮かべた。
 もう少し挑発してみる。何を自分にさせたいのか引き出したい。
「クルマの運転もおヘタクソのようで。あれで実際突っ込んだら一発でバレましたよ」
「おいおい私を怒らせたいのかね。そんなに早く死にたいのかな。矢車(やぐるま)や岬(みさき)は、代わりに身体の提供を申し出たがね。綺麗だったよ二人とも。ひひひ」
 教頭の唇が、悪魔の如くVの字に変形するのが見て取れた。結局、そういう方向かい。
 だとすれば外れだよ。理絵子は窓際まで下がり、片方の手を携帯電話から離した。
 教頭なんてとんでもない。こいつは死んでも先生だなんて呼びたくない、人間の形をしたタンパク質の塊だ。
 おぞましさに怖気を振るう。理絵子は自分にある種の許可を与えた。最大限の抑制を、ロックを解除する。
「陵辱なさったと」
「おいおい心外だな。言い出したのは相手だぜ」
 ニヤニヤ笑って近づいてくる。今にも青く長い舌がベロンと出てきて、口の周りをなめずり回しそうだ。
「学園ホラーサスペンス、クライマックスですね」
 理絵子は勝ち気にニタッと笑ってやった。
「ほほう、そういうビデオを見たことがあるのかね?」
 下卑た笑い。ふざけんな。

(つづく)

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