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2025年11月

魔法の姫君とはんてんの騎士(アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部) -120-

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 男達の会話を聞く。クジラは、その非常に低い周波数の〝声〟を使い、実に1000キロ程も遠く離れた仲間とコミュニケーションが取れる……うん、そう。ここで行われていたのはその特性を使用したクジラテロリストの開発であろう。音波を電波のように用い、クジラの神経回路を電気でコントロール。海から潜水艦のように目標へ近づき、クジラの子宮に抱かせた爆薬を〝生み出させ〟たり、そのまま起爆する。このプールにおいては管制塔のようなところで制御している。現在ただ今はそれが露見したので自爆・破壊した。
 命の冒涜という以外、表現のしようがない内容と目的の悪辣さ(レムリアは知らぬようだが、犬を使った類例は二次大戦や21世紀のイラク戦役でも見られた)。
「吐いて。息を吐いて。そう。過呼吸気味です。ひっひっふー」
 額の温感で気がつくとセレネの手のひらがあり仰向けに横たわっており、〝ラマーズ法〟の呼吸リズムを自分に言い聞かせている。
 息を吐くと、額の手は自分の両頬を包むように触れた。声は出ないが頷くことは出来る。ええ、はい、何とか。
 ベルトを着けられ、毛布を被せられ、セレネがその身に纏うローブを翻して歩き去る。
「総員着席しベルトを装着せよ。船内全隔壁ロック。本船はこれより原子力船を主加速コイルの磁力を用いて本船に吸着、そのまま大気圏外へ放逐する。監視モニタは副長か。対放射線ゲインを上げ、イベントディテクタを集中せよ」
「はい」
 セレネが画面にタッチペンを立て、カツカツと音を立てて操作。相原はその隣、舵持つシュレーターとの間の席に移動した。船長席はアルフォンスス。みんなシートベルトを装着。
「光圧シールド。火炎内へ進行し船体を左舷90度横転させ、加速コイルで原子力船を吸着せよ」
「アイ」
 アルフォンススの物言いは船体を横倒しにして原子力船にくっつけというものだ。船体において人の居住空間、すなわち操舵室、救命ユニット、船長、副長およびレムリアの個室は、球形または前後方向に伸びた円筒形で、磁力により浮いている。このため船体が傾いても居住空間の向きは一定に保たれる。ベルト装着指示は万が一。
 主加速コイルは燃料陽電子(当初反水素だったが、貯蔵に難があるためこのミッションから陽電子に変更)に、空間中……すなわちそこいらの通常の電子を引きずり込んでぶつけるための強大な粒子加速器のこと。船体という限られた長さで加速距離を稼ぐため、らせん形になっており、かつ強大な磁力を発生する。

(つづく)

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【理絵子の夜話】空き教室の理由 -83-

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 舞い上がる塵埃。だがそれは逆に内川の目に入り視界を奪った。
「くそっ!くそっ!」
 内川は目をしばたたきながら、幾度もライターをこすった。
 しかし火花は立てども火は点かない。入り込む気流は不自然なまでに強く、着火を阻み、ホコリを払い、殺虫剤を吹き散らす。
 必死な内川の背後にマスターが野球よろしく滑り込み、足をすくう。
 内川がもんどり打ってひっくり返る。その手を離れ床面を滑って行くライターと、放り出され宙を舞う殺虫剤。
 そして内川は、後頭部をしたたか床に打ち付けた。
 硬く、低く、鈍い音。
「ぐえ」
 踏まれたカエルさながらの声を発した、
 の、次の瞬間。
 殺虫剤がグランドピアノに激しく当たったかと思うと、ピアノ線が弾ける様々なトーンの音が、全てを引きちぎるように、鋭く、そして連続して響いた。
 次いでピアノが軋み、ネコのそれに似た足がぐにゃりと曲がり、大音響と共にバラバラに分解して内川の身体の上に崩れ落ちる。
 濛々たるホコリが舞い上がり、内川の身体をガレキに埋める。
 マスターがガレキの山から木材片を取り出し、手に持ち構える。
 風が収まる。
 積み上がった木材の山の中から小さく聞こえる「助けてくれ」。
 しかし助け出すつもりはない。理絵子は埋もれた内川の背後に立った。
「もう20年近く前から、警察では、当時の能力では利用出来なかった証拠を、将来の技術発展に託し、冷凍などの方法で保管しているそうです。そうした先見の明により最も大きな成果を得た例が、人体組織や分泌物を用いたDNA鑑定です。
 内川さん、あなたはその、矢車さんに岬さんですか、彼女たちに、自ら、おぞましい切り札を残したのですよ」
 理絵子は言ってやった。
 後は父親が来るのを待つだけ。
 だがそれより早く事象が生じると察知する。追いつめられた内川の精神が、恐怖から常軌を逸脱し、変調が生ずる。
 そのプロセスは担任の発作と同じであるが。
 内川の場合、その意識精神が、別の何かと接続された。
……来る。
「マスター離れて!」
 理絵子は言い、錫杖を再び内川に向けた。
 電撃に似た何かが、激しい頭痛を伴い精神神経回路を突っ走った。目の裏がそれこそフラッシュバックよろしく一瞬真っ白になる。
 理絵子は目を閉じ歯を食いしばりそれに耐え、内川に目を戻した。

(つづく)

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魔法の姫君とはんてんの騎士(アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部) -119-

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 クジラの〝声〟は、人間が聞こえる(その振動を感じ取れると言うべきか?)周波数下限、20ヘルツより更に低い領域まで使える。
 それは唸りであり、応じてプールの波が様相を変化させる。水面に特定の模様が出来るほどのエネルギ……すなわち大音量と言うべきボリュームであるが、人間には音として聞こえないからそうと判らない。
「おう」
『なるほど』
「ASKとは古風な」
『搬送波が16ヘルツでは振幅を使うより他あるまい』
 画面を見ていた相原と、アルフォンススと、それぞれ。
「そいつはクジラの声に情報を載せて送受信する回路だ」(ASKはamplitude-shift keying:振幅偏移変調)
『今の声でこちらのシステムが反応した……子宮に何か詰め込まれていると言ったな』
 アルフォンススのカメラに映っているもの。コンソールと思しき画面とスイッチとランプ類。拘束されているのにニヤニヤ笑う金髪碧眼の男達。次いでマイクが何か拾う、びくとりあ・あど・くれた……。
「白亜に勝利?」
 レムリアはそれをラテン語と捉えて口にした(Victoria ad CretaまたはCretamか)。
「船長、アリス、ラング、戻れ。罠が動くぞ」
『それが良さそうだ』
 男達の認識。降参と見えて勝利を叫ぶ理由。
〈だめ……〉
 クジラの意思。意図せぬ陣痛。男達が甲板に飛び乗る。
「自爆するぞ。浮上」
『アイ』
 船が湖の穴から外へ出た。その直後。
 激しい痛みと悲しみと共に、回遊プールから水柱、続いて火の玉が上がり、〝管制塔〟がタロットの〝塔〟のように火炎に覆われる。すなわちクジラの身体に埋め込まれていたものは。
 何とむごいことを。
『私だ。今の爆発で原子力船の制御が切れた。意図した暴走かも知れぬ。核事故を回避せよ。我々が船内に戻り次第火炎中に突入。相原、君ならこの核物体をどうするね?』
「下に潜り込んでエンジン推力で太陽系外へ放り出す……レムリア大丈夫か」
 相原から見て、レムリアは自席で身体が斜めに傾いて肩で息をしている。
 テレパシーで心と心繋がった状態で相手の命が奪われた。その衝撃が心身に与えるダメージはまるで自分自身のことのよう。
「ああ、彼女はわたくしが。レムリア、私のシートへ来て横になって……船長、宇宙放逐されますか?任務継続ください」
 セレネの台詞をレムリアはただ聞き流している。目の焦点が合わない。思考が充分に紡げない。はぁはぁと荒い息をし、脂汗をボタボタとコンソールに足らしている自分がいる。肩を抱かれてよろよろ歩く。

(つづく)

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魔法の姫君とはんてんの騎士(アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部) -118-

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 その時。
『回遊プールになるほど、シャチ?クジラ?いるぞ。あまり動かないのは弱ってるのか?』
 するとセレネが。
「レムリア。クジラと会話を。わたくしも反捕鯨活動の欺瞞は承知しているつもりです。その子はそのような怪しい輩の手にあるのですから、何かされている可能性があります。私との連携を切って状況を」
「はい」
 レムリアの魔法は、魔女の意図を成就させるように働く、が基本線。それは人間以外の生物に対しては成就をアシストするように、あるいは、邪魔者(=敵)を妨害するように作用する。おおむね爬虫類・両生類あたりからこっちの〝脊椎動物〟には、テレパシー能力を介して命令に従わせ(と、レムリアは解釈している)、更に感情を有する哺乳類になると意思疎通を図ることができる。セレネはそれに基づいてここの海生哺乳類と会話せよと言っているのだ。
 果たして最初に感じた意識は。クジラは人語を解するわけではないが会話形で記す。
〈苦しい〉
 ナガスクジラである。船は管制塔のような建物頂部のガラス窓部分に横付けされ、レーザでガラスを切り取り、中の者達はホールドアップ。武器の火力差がありすぎる。最も、降参しているフリかも知れぬが。
〈どこが苦しいの?息が出来ないの?〉
〈お腹に……お腹に……〉
 管制塔の方は大男3人が突入。中の者に片っ端から手錠を掛け、アルフォンススが〝そこで行われていた電気的な内容〟を機器に触れて読み取っている。なるほど電磁波を介して働くテレパシー状態だ。船長の解釈は船に送られ人工知能に読み込ませる(人工知能に食わせると表現する……相原の概念)。
 比してレムリアのテレパシーはとんでもない内容を拾った。
「クジラの子宮に何か埋め込んでいます」
『船内。クジラの身体に何か通信機器のようなものがへばりついてないか探せ。この部屋の機器から何らか電磁波が出ている。イベントディテクタで拾えるはずだ』
 アルフォンススが指示する。イベントディテクタ(Event Detector)……簡単に言うと〝何かあったら〟拾い上げて通知する回路を言うが。
「相原さん。これは?」
 レムリアの画面に何か出た。電気信号と思しき波形なのは判るが、内容が理解できない。表示された画面をそのまま右側へスライドする(画面上でウィンドウをタッチしたまま投げるように動かす)と、他のメンバーの画面に割り込んで表示される。
「一定の周波数で側帯波そくたいはがある。送信受信の機能があると思われる。レムリア……クジラに何か喋ってもらうことは出来るか?」
「クジラ自身の声でってこと?」
「そう。低い声で」

(つづく)

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魔法の姫君とはんてんの騎士(アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部) -117-

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 レムリアは唖然とするほかなかった。文字通りSF・アニメの戦闘であり、〝救助船〟にあるまじき?凄まじい武力と感じる。しかも手持ちと来ている。よくゲリラがトラックの荷台に対空ミサイル載せてしたり顔しているが、比較にならぬ。この船と男達はフルパワーで戦闘するとこうなるのか。
 追加の迎撃はない。尽きたか。罠か。
『シュレーター。船を真ん中の管制塔のような所へ横付けしろ』
「アイ」
 いきなり中枢へ乗り付ける。躊躇も無い。レムリアは既視感の正体をようやく思い出した。
「この回遊水路と監視塔は『全地球鯨類保護研究所』のそれではないでしょうか」
『何だって?』
 アルフォンススが甲板からこちら(カメラ)を見てくる。
「ひっひっひ。それなら日本の敵じゃねぇか。反捕鯨を隠れ蓑にした単なる黄禍論だけどな」
 相原が唇を歪めさせ、インターネットで検索してそこのサイトを出した。
 反捕鯨団体に同調する国家が出資し、クジラ・イルカの保護とそのための研究を行う、としている。捕鯨国である日本の調査船を妨害するなどの行動で知られ、仕返しを回避するため所在は秘密、というストーリー。サイトの写真は水路と監視塔以外は真っ白に塗りつぶされている。が、しかし。
「そっくりだな」
「日本から隔離、と称して南極の氷の底に原子力船侍らせて隠してますと……おや、アルゴさんは何かとんでもねぇこと教えてくれたぞ」
『相原。何か判ったのか』
 相原はその〝とんでもないこと〟を言った。
「こいつの燃料は君たちが大地震で潰してきた天然原子炉だよ。インド洋をノコノコ行き来してる。ここだろ」
 相原は大画面の左下に一つ地図を出した。名を伏すが20世紀半ばまで南アフリカ同様に激しいアパルトヘイトを掲げていた国家主体が存在していた。それはアフリカ大地溝帯の最南端にあった。インド洋から大きな川で到達でき、現在では観光クルーズ船の就航で知られるが。
「確かにその国の北部にあたりますが、アパルトヘイトは放棄した……」
「から、誰も疑わない。だから、安心して潜伏し、終わったはずの悪いことを継続出来る」
 レムリアは戦慄する。人種差別主義を掲げる非国家主体がプルトニウムを密造し、原子力船の燃料に。
 ……そ・れ・だ・け・か?
「この研究所にカネ出す国家主体は捕鯨に関して日本に死ね出て行け言うくせに北欧の捕鯨国家には何も言わない。奴らはここで何を〝研究〟していたんだろうねぇ」
 相原はサイトにあるパトロンのページを上下に動かして不敵に笑った。いずれも各国で極右思考、排外主義、白人優越。

(つづく)

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【魔法少女レムリアシリーズ】虫愛づる姫と姫君 -17-

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「こういう、海外系のボランティアで、ちょっとジャングルに入ったりすれば、そりゃぁもうデカいのグロいのぎょうさんおりまっから。いちいちキャーキャー言うより、見た目で区別できた方がナンボかまし。ただ、ゴキブリとかハエや蚊は、病原菌のキャリアだったりするので容赦なく殺すけどね。アフリカツエツエバエとか聞いたことない?はい、どうぞ」
 ゴムで結んで三つ編み完了。
「ありがとう」
 森宮のばらは後ろを見上げて。
「眠り病……の奴だよね」
「そう。ワクチンもないからシャレにならないんだ。だから日本の蚊帳を持って行く。あれなら同じ物作れるし、ほつれても直せるしね。虫の知識は場所によっては命を救うよ」
 森宮のばらは目を見開いた。
「虫で……って、蚊帳もそうだよね。日本脳炎コガタアカイエカに刺されないように、だもんね。そういや毒のある虫は海外の方が圧倒的に多いもんね……私志低いな。今あなたに、海外、虫って聞いて、最初に浮かんだのはトリバネアゲハ見たいなって。え?あれ?これ冷たい。本物の石なの?」
 森宮のばらは出来上がった三つ編みゴムを手にし、先端の透明に触れてレムリアに尋ねた。
「水晶だよ」
「え?水晶って宝石じゃん。いいの?」
 それこそ水晶のようにキラキラする瞳にレムリアは苦笑した。確かに宝石の一種だろうが。
「ウチのダンナが山梨の石屋さんから一山いくらで買ってきた奴だから。本当はね、小さい女の子向けに持ってるの。だいたいそういうのってプラスティックのおもちゃでしょ。でも子供たちって子供だましを見抜くじゃない。だから安くても本物勝負って思って」
 すると森宮のばらは笑顔を見せた。
「素敵だね。もらった子がいつか本物と気づいたとき、最初の宝物になるんだ」
「えっ」
 今度はレムリアがきょとんとなった。そういう展開は考えたこともなかった。だったら。
「遠慮無く持ってってね。水晶って魔除けだし、いつかあなたを助けてくれるかも」
「わぁ、ありがとう。実は私も初めてなんだ、本物の宝石に触るの」
 森宮のばらは幼子のような屈託の無い笑みを見せた。なんだ、普通の女の子じゃないか。
「母親に取られないようにしないと……あと、帰った後の言い訳確かに必要かな。最近景気悪くてパートの回数減っちゃってさ……」
 肉を食べなきゃエンゲル係数下がるだろう。で、菜食主義を見出したと森宮のばらは説明した。大人になって行く重要な年頃にタンパク質を遠ざけるとかグーで殴り飛ばしたいが、経済的な背景はそれでは改善しない。森本に頼まれた彼女との友情自体は醸成出来るかもだが、そこだけは。

(つづく)

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魔法の姫君とはんてんの騎士(アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部) -116-

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「あの……姿を消したまま近づけたと思うけど」
 レムリアは相原に訊いた。まぁみんなに聞こえているのだが。
 答えたのはアルフォンスス。
「武器を使わせる。ストックを消費させる。及び、その出てきたところから侵入する。エサでアリの巣を見つけるようなものだ」
 文字通り地下秘密基地の様相を呈する湖中央の穴の中へ船体が降りて行く。壺の中に入ったように突如広がり氷床の下に大空間があることを教える。それこそ地底湖と周囲空間を不法占拠したとみられる。
 船のカメラが捉えたのは。
 陸上競技のトラックのように大きな楕円形を描く水路。その中央に建つ監視塔のような建造物。水路に浮かぶ垂直発射ミサイルランチャーを並べた艦船。さっきのミサイルの出所か。
 レムリアはそのうち水路と監視塔のような建物に既視感。
「船はロシアの原子力発電船だ」
 シュレーター。ちょっとニヤニヤしている。
「試作と聞いたが?」
「秘密の状態では秘密に使うんだろ」
「ロックオンされます」
「アリス、ラング」
 アルフォンススの言に大男2人が立ち上がる。
「おう」
「相手迎撃を掃討し調査する。相原、ロシアの船に西側の装備載せてるのは気になる。この原子力船の航跡をアルゴに探索させろ」
「了解」
 アルフォンススが銃を担いで船外へ。相原が入れ替わって船長席に納まり、画面の一つで船のコンピュータと会話を始める。
「日本語学習させたって?」
「ええ。あなた乗るので」
 レムリアは答えた。大画面には甲板に立つアルフォンススがあり、その肩に船の武器では最も巨大で長大なFELを載せている。レムリアの操作卓画面で船長頭脳と連動中表示。
『何かお出ましだ』
 監視塔の真ん中辺りから、大がかりな銃器がにょっきり。
「M61バルカン。光圧シールド」
 事実だけ書くと、敵は1分間に6000発という高速機関砲迎撃システム〝バルカンファランクス〟を使用したのだが、船がシールドを張ったため〝光の圧力〟で全て弾かれ、その発射速度の故に弾丸は早急に尽きた。それは本来艦船に装備され、迎撃に失敗したミサイル等を文字通りの〝数撃ちゃ当たる〟でどうにかしようとするシステムであるから、無効にされたらどうしようもない。
 次いで人が操作する火器の登場となり、塔の各所からそれらが発射される。ミサイルランチャー、重機関銃。それも尽きると手持ちの銃器類が繰り出される。しかしその都度レーザ光線が無数に飛び交い、ミサイル、そして個々の武器が、瞬時に溶けた金属塊に変わって行く。

(つづく)

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魔法の姫君とはんてんの騎士(アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部) -115-

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「はっはっは。こいつはたまげた。この状況で女の子からかうたぁいい度胸だ。それで?行くかい?相原船長」(欧州人種の笑い方ha-ha-haである)
 アリスタルコスが言い、銃を担いだ。
「悪いことしてるに決まってる」
 相原は同様に銃を担ぎ、大男2人の顔を交互に見る。
「だろうな。ただ、こういうのは接近したら確実に殺すつもりで応じてくる。そこは注意しろ。最も、殺せると思い込んでるから甘い仕上がりな場合が多いけどな」
「探しに来るなら待ってるぜ。但し甘い」
 男達はニヤニヤ笑い合う。次いで相原はレムリアを見。
「テレパスは例の悲しみとここの怪しい構造物に何かつながりを見いだすか?」
『相原さん』
 セレネから。
『わたくしが得た示唆は〝行くべき〟です。正直、悲しみとのつながりは判りません。ただ、この向こうには命を弄ぶ企みを感じます』
『総員乗船』
 船長アルフォンスス。
「アイ」

 船は氷原を滑るように進んで、ヘリコプターの反応が消えたあたりに達する。
 南極大陸は基本的に一面氷原であるが、その下には多くの湖、すなわち地下湖沼が存在する。琵琶湖の20倍以上というものもあり、そこに古代生命が生き残り、宇宙人が秘密基地を作り……SFのネタを供給してきた。
「大きな電力消費を検出」
「氷原下に構造物」
「レーダに感」
「敵味方識別」
「PAAMS(パームス)」
 識別結果をレムリアが読み上げると、男達は互いの顔を見合わせた。
 その文字をタップしてヘルプファイルを見ると、欧州の複数の国が共同開発した艦隊用の防空システムとある。Principal Anti Air Missle System.
 大きな水たまり……に見えた水面の一つから、鍋の底を抜いたようにざぁっとその水が流れ落ちて消え失せ、ぽっかり開いた黒い穴から多数の小型ミサイルが撃ち出されて来る。それらは一旦空中高く上がり、真っ直ぐ突っ込んで来るよう。
「ミサイル複数。透過シールド作動」
「アクティブホーミングだ。受信した探査波をコピーし透過シールドを使って充満させろ」
「アイ」
 この辺りはアルフォンススとアリスタルコスの連携。アクティブホーミングミサイル(active homing missile)。すなわちミサイルが自身のレーダで標的を探りながら進むタイプなので、同じ電波をコピーして空間に充満させ、どこに何があるか判らなくしてやれ。
 ミサイルは50発ほど出てきたようだが、船が忽然と姿を消し、自分たちの出した電波が充満している状態になっているため、互いに同士討ちを恐れて四方へ散って行く。

(つづく)

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魔法の姫君とはんてんの騎士(アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部) -114-

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「へっへっへ。サラシみたいだ」
「心配です。自分で誘っておいてあれですが、無理はしないで」
「そのCDステレオ電源コード接触悪いだろ」
 ベッドの上、荷棚に置いてあるそれを指さして言われる。
「はい?……」
 レムリアはあまりの場違い発言に最初何のことか判らず、ようやく判って唖然とした。現在アパート自室で使っているオーディオを揃えるまでは、取っ手が付いて持ち運べるCDステレオ(その昔「ラジカセ」と呼ばれた類いのカセット無し)で音楽を聴いており、それを船の個室に持ち込ませてもらっている。
 ベッド上の棚に置いてあるのだが、そこを指さして相原は言った。仰向けになったので見えたということか。
「後で直してあげるよ。さて、南極に戻ったようだぜ」
 船を飛ばしてクレバスの位置まで戻ると、アリスタルコス、ラングレヌスがクレバスから氷原へ出ており、指をクイクイしてオイデオイデ。
「これを見ろ」
 それぞれ、クレバスの下の空間を幾らか歩き回り、ゴーグル内蔵のカメラで動画を撮ったようだ。目の前端末に送られて見せられる。内部空間には氷の中を川が流れているのであるが。
「温かいんだよ」
 水温は摂氏15度もある。思い出す。ここの氷原はまるで雨上がりのよう。
「南極大陸に火山や断層、それこそこの間こないだみたいなウラン鉱脈はあったりするか?」
 相原はこの間、と、まるで自分が見て来たかのように言った。
『ロス島に活火山があるものの、こことは距離が離れすぎている。断層は南極大陸自体がテクトニクスから取り残されて億万年、見つかったとは聞いていない』
 とはシュレーターから。
「ましてやウランなんかあるわけないと……放熱している人工構造物が何かあるかもなわけだ」
 その他集めたデータを突き合わせる。クレバスは大きく円を描くように出来ており、応じて〝氷原に円形の歪みを生じさせる何か〟がその中心に配置されていることを示唆した。
『あと、ヘリコプターだが』
 位置を追尾し続けた結果、その円形の中心部に姿を消した。
「レーダーから消滅?」
『本船のマストの上から見通し距離は11キロある。それよりは短い距離だ。地下に入ったかと』
 レムリアはこの間男達の会話を聞いていたわけだが、ちょっと理解が難しい。地学の話と軍事の話とポンポン飛ぶ。
「オレの意識を読んでいいよ」
 相原はレムリアの目線に気付いたか、自らの頭をつついて見せた。
「えっ?」
「見られて恥ずかしいものは特にないよ。お前さんのことを可愛いなと思ってるけど事実だしな」

(つづく)

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魔法の姫君とはんてんの騎士(アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部) -113-

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 相原は寝たまま言った。レムリアはハッとした。それは自分が先に言うべき内容。
「要救護者は」
 相原が続けて訊いた。
「心停止。低体温の症状。後は私が。お二人は相原さんを」
 大男2人が銃身をテコに使い、せーのでソリを持ち上げ、相原が仰向けのまま足で氷を蹴る〝背這い〟の要領で出てくる。
「う……」
 立ち上がろうとして顔を顰め、胸元を押さえる。
「相原さん!?」
『どうした』
 アルフォンスス。
「相原さんが胸を強く打って多分ケガを……一緒に船に戻りたく」
「レムリア……」
「だめ!身体の上に重い物が倒れた。肋骨や肺にダメージがあったら……お願いだから聞いて」
「判ったよ。泣き顔すんな」
 平和そうなメガネの青年はフードのせいで目しか見えないが不敵に笑った。まるで手負いの狼のようだ。
「サムライだな相原。お前のコールサインはサムライで行くか」
「銃器ぶっ放すサムライがいるもんか。サムライに失礼だぜ。好きに呼んでくれりゃいいよ」
「おい、オレはお前が気に入ったぜ」
「ありがとがんす……ぅ」
 大男達が笑い、それに合わせて相原も笑おうとしたようだが、痛い、と言った。胸を圧迫しているせいだろう。スーツは防弾だろうが重い物が乗るのは話が別だ。
 ストレッチャーをウィンチで降ろして上げてを2往復。次までに2台欲しい。
「ラングさん達は?」
「さん付けとはありがたいね。この奥の空間に興味がある。合衆国のヘリにミサイルたぁ面白くなってきたぜ。ソーラーお嬢を欧州まで届けて戻ってこい」
『レムリア2人はやらしておけ』
 アルフォンスス。
「判りました」
 生命保持ユニットは船の竜骨を挟んで左右に2セットの予定であるが、まだ一室のみであるので、ベッドを女性に使い、相原はレントゲンだけ撮った。
 肋骨が折れている。
「このソリの転落は君やセレネさんの言う〝大きな悲しみ〟なのか?」
「いえ……」
「じゃぁバンドだけ巻いてくれ。肋骨用のヤツあんだろ?」
 この男は止めても無駄だ。レムリアは判断した。
「判りました。ただ、せめて医師による確定診察までは身体を休めてください。私の個室に仮眠用ベッドがあるので」
 自室へ案内し、ベッドに仰向け。保持ユニットの女性のそばへ引き返してからコルキス本部へ急行を依頼する。とはいえ5分であるが。
 女性を預け、相原については医師に一旦船内に入ってもらい、レントゲンの結果と触診から第2肋骨が折れている。固定帯(トラコバンド)を胸に巻く。

(つづく)

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【理絵子の夜話】空き教室の理由 -82-

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「学園サスペンスはどんでん返しだってな黒野君。おっと動くな。これが落ちたり、ホコリが舞い上がるとどうなるかな?……オレからの最後の問題としておこうか」
 教頭はライターに火を付けた。
 ぼわっとした橙色の光が室内を照らす。
「切り札は最後まで取っておくもんだよ」
 炎よりも更に赤い血走った目で言う。その目に内川のある種の覚悟を見て取れる。
 ホコリが多量に舞ったり、ライターを床に落とせば、積もったホコリの上を炎が突っ走る“表面フラッシュ”の床面版が生じよう。但し一瞬にして部屋全体が火の海となり、内川自身も炎に包まれる。
 死なばもろとも。最早自暴自棄である。
 逆に言うと躊躇がないので扱いが難しい。
「判ったようだな。全員一緒に伝説にしてやる。永遠に語り継がれるぜ。嬉しいだろ?」
 内川は床面からゆっくりと身を起こした。
 点火したライターを持ち、そこに殺虫剤の噴霧口を向けたまま、じりじりと出入り口へ動く。
 行きがけの駄賃に火を放つことは考えるまでもない。
 それだけはどうしても避けなければならない。
 理絵子は錫杖を手にした。
 両手で真一文字にスッと伸ばす。
 伸ばした錫杖の遊環の部分を、内村満作へと向け、ぴたりと止める。
 念動が出るかどうか判らない。しかし他に手はない。
「何だお前。それで念力でも掛けるかぁ?」
「ノウマク・サァマンダ・バザラダン・センダン・マカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン」
 不動明王真言・慈救咒じくじゅ
 理絵子は唱えながら、錫杖を内村へ向け続けた。
 その目を見、クギを刺すような視線を向け、繰り返し唱える。まばたきせず唱え、錫杖でひたすらに教頭を差し示す。
 理絵子の髪の毛が強い静電気を帯びたように逆立ってくる。
 内川の目の色が変わってきた。
「お前、お前その目……」
 理絵子は学校の廊下において、内川が自分に“眼力”を感じた際のイメージを、フラッシュバックで内川の脳裏に放り込んだ。
 内川が目を見開く。
 その瞬間、理絵子は示唆を得、先刻取り上げた内川の懐中電灯を、窓へ投げつけた。
 電灯がガラスを割る音と同時に、教頭が殺虫剤の噴霧ボタンを押す。
 しかし火は点かない。どころか、ガラスの割れた窓から、どうっという勢いで風が入り込み、炎を吹き消し、室内を闇へ帰し、殺虫剤を拡散さ せつつ室内を吹き抜け、音楽室入り口から流出して行く。

(つづく)

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魔法の姫君とはんてんの騎士(アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部) -112-

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 体温は30度あるかないか。低体温状態だ。そしてAEDの音声誘導によれば、心室細動を検出、除細動処置……。
 体温計を引っこ抜き、電気ショックが走るが回復せず。ラングレヌスが体格に物を言わせて心臓マッサージ。
「以下はAEDの機械音声の指示の通りに」
「おうよ」
 彼に任せ、ザックの中に丸めてあった簡易寝袋を取り出す。空気を入れて膨らませ、その空気に断熱をさせる。ポンプで膨らませる作業をアリスタルコスに任せ、自分は加温パッドをザックから引っ張り出し、女性のウェアに手を入れて脇と腿と腰にセット。
 イヤホンにピン2発。2発は緊急。
『ミサイル確認。AGM84。シュレーター光圧シールド、クローキング。距離10キロ』
「あの……」
 レムリアは一瞬救命措置の手を止めたが。
「続けろ。俺たちが何とかする」
 ラングレヌス。
「船長フレアは?」
 氷に埋もれたままで相原が訊いた。フレアというのは赤外線追尾式のミサイルを誤魔化すためにばら撒く火の玉のこと。
『ヘリは転回した。ミサイルは慣性誘導と推定。フレアは無視される。目標は本船だ。本船正面より飛来。クレバスの上を通る。到達まで10秒』
「ならぶっ飛ばす。ちょっと離れるぞ。頼んでいいか」
 アリスタルコスが言ってポンプから手を離し、レムリアが代わると。
 彼は持ち前の自称〝ニンジャめいた〟身ごなしで縄ばしごを昇って氷の上でレーザガンを構えた。
「アルゴ船外画像をくれ」
 アリスタルコスが言い、レムリアのゴーグル内側に文字だけ走る。彼の照準装置と船の探知システムが同調。
 彼の腕とその握られた銃は、ほぼ音速のミサイルに同期して円弧を動き、ブルーの光条が火花散らしながらミサイルを真っ二つ。まるで光の刀のよう。
 ミサイルは爆発した。が、そこで飛び散った高温の有象無象がクレバスから彼らの頭上へ。
「クソッ!」
 アリスタルコスが悪態をついたがレムリアは気付いた。
 相原学が氷の下から腕を出してプラズマガンの銃床を氷の上に立て、クレバスの真上に向かって発砲した。
 火の玉が幾つか走り、次第に広がりながら有象無象を溶かしたり、生成した熱風で吹き飛ばしたり。
 金属が硬いモノの上に落ちて甲高い音がかんらかんら……。
「誰も被害ないな」
「おう……素直に助かったぜ。よく気付いたなお前」
 ラングレヌスが言い、親指を立てるサムズアップ。
『ミサイルを撃ったか。ただ、これは我々を敵と知らしめたぞ』
「どうせロクなことしてねぇ連中だ。構うもんか。船長はヘリの追跡を。あと、クレバスにストレッチャーを降ろして欲しい」

(つづく)

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魔法の姫君とはんてんの騎士(アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部) -111-

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『レムリアの画像を見ている。中からレーザで焼き切れ、アリス、ファイバアタッチメントは持っているか?』
「アイ」(アイはアイアイサーの意)
 それはプラズマのものと同様、銃の先端に取り付けて使う。但し多数の光ファイバの束で、ホース状をしておりぐにゃぐにゃ曲がる。
『レムリアにそれを持たせて中から照射しろ。焦点距離20センチ。レムリアはゴーグルスコープにターゲット位置を送り込むからその方向にアタッチメントの先端を向けろ。以上指示理解したか』
「アイ」
「判りました」
 レムリアはいったん引き上げてもらい、先端がノズル形状で中を覗くとキラキラしている(石英ガラスである)太めのホースを受け取る。消防訓練を思い出す。
 再度逆さまになって女性のそばへ。ゴーグルに赤丸が8個出る。そこにホースを向けろと。ホースの先端の画像は当然レーザガンの照準装置に送られており、赤丸と一致すると点滅する。理解した。
『ゴーグルに遮光が掛かると思うが目を閉じていることを推奨する。準備完了次第そちらのタイミングで撃って良し』
「いつでも」
 レムリアは言った。逆さまは頭に血が上るが数分なら別に。
「カウントダウン3から、0と同時発砲。行くぞ、そのまま動かすな。3,2,1,0」
 視界がサッと闇に閉ざされ、手の中が熱くなり、ビーバチバチと音が聞こえる。これを6回ほど繰り返すと。
「レムリア、中から太陽光パネルを叩いてみて」
「はい」
 光ファイバの横面でガンガン叩くとパネルはバラバラ落下し、膜状に覆っていた氷が一部割れた。
 相原学の手が見え、彼がソリの構造体をぐいっと引っ張る。
 上手く行った。
「あっ……」
 クレバスに前頭部から落下したソリは、倒立状態であり、ソリを引っ張った相原学の身体の上に倒れ込む。
 がしゃん。太陽電池パネルが割れ砕け、群青色のカケラが周囲に飛び散る。
「相原さん!」
「オレはいい……救護者を……あー痛ぇクッソしくった(しくじった)」
 レムリアは躊躇したが、どのみち要救護者はソリの上だ。どかさないと相原を引っ張り出せない。
 そのタイミングで。
『敵味方識別装置ロックオン警告。対地攻撃ヘリAH64国籍不明』
 シュレーターの声。レムリアは慄然となった。
『ヘリは本船が迎撃を試みる。そちらはそちらの処置を』
 アルフォンススから。大男2人がまず残っている氷と女性を降ろす。レムリアは歯を食いしばって女性にとりつく。心拍と呼吸と、ペンライトで瞳孔反射。
 背中のザックを下ろし、服の胸元を切り取って体温計を挟み、AEDの電極パッドを貼り付ける。心電図はAEDに任せる。

(つづく)

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魔法の姫君とはんてんの騎士(アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部) -110-

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 仮死状態の方が身体が動いていない分、体力の消耗は逆に少ない。ただし安心という意味ではない。可能性が変わるだけであって、急ぐべきであることに違いはない。時間的猶予を与えるものではない。
「生体検知の各種センサ類起動。レムリアはテレパシーで呼びかけ続けてくれ。アリス、プラズマで上から吹っ飛ばして行くから照準をレーダモードにして人体に近づいたら教えてくれ」
「おうよ」
 相原はプラズマを複数回発射した。ドッカンドッカンと言った案配で、火の玉は氷に食い込み幾らか進んで止まり、溶かしながら冷えながら下の方へと進んで行く。が、内部人工物には中々到達しない。
「効率が悪い」
 相原が呟いたとき、イヤホンにピン。セレネよりビーコンの発信者情報。自然保護団体の女性。太陽電池を積んだ〝電動ソリ〟で取材行。過去、極地探検の基本だった犬ゾリは禁止のため。
「じゃぁこれソリか。ソリの形状に関する情報を送ってもらえますか?」
 スポンサーが付いてこんなの作りましたとネットでお披露目されているので、サイズやスペックなどたやすく引っかかる。
 相原はターゲットシステムにその画像を載せ、氷の中とサイズを合わせた。
 氷の中のどの位置にどのようになっているのかアリスとラングにシェア。
「アリス、ソリの外枠骨組みに向かってレーザを。骨組み金属を加熱して中からも溶かす」
「おうよ。時にラング。そろそろ力任せになると思うぜ戻れるか?」
 レーザ光は氷を(少しは溶かすものの)概ね透過し、レーザ光を浴びた骨組みが中でドロドロになって周囲の氷を中から加熱・蒸発、高い圧力を発生する。そこに再度相原が火の玉を打ち込んで表面を溶かしたので、氷が薄くなり、砕けた。
 ソリの上に屋根状に配置された太陽光パネルが顔を出す。
 ラングレヌスが戻ってくる。「奥の方どんどん広くなって行くぞ」
 後回しにして大男2人で力任せ。太陽光パネルを引っ張ってひしゃげた構造物に少し空間を作り、
「中が見えるといいが」
 それなら。
「私をぶら下げてください」
 レムリアは提案した。その間隙に自分なら入れる。
「足を持ってすき間に降ろせと」
「そうです」
「見上げた心がけだ」
 逆立ちしたところで逆さに抱き上げてもらい、足首を掴んでもらってすき間に降りて中を覗く。LEDライトで照らすと横たわった防寒着。意識はないが、冷気から保護するためか、鼻口を覆う呼吸器を付けている。ならば身体の深奥まで冷え切ってはいない可能性。
「確認できましたがどう引き出しましょう」
 するとアルフォンススから提案。

(つづく)

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【魔法少女レムリアシリーズ】虫愛づる姫と姫君 -16-

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「遊歩道歩いてて、クロちゃん、じゃない、ヒロスか。シャーってやってたから、大丈夫だよって」
 つまんで取りのけた……と、森宮のばらはジェスチャーで示した。
「まさか、それのこと?」
「でしょ。お、こいつヘビより強え、勇気あるんだ。て認識したと思うよ」
 すると、森宮のばらは小さく笑んだ。
「初めて笑ってくれたね」
「虫に関することで喜んでもらえたの初めて」
 ちょっと意外な回答。知る限り虫好きスキルが発揮されるのは、授業中に現れる等、パニックを惹起した虫に対し、有害無害を見抜き、殺す・取り除くなどで周囲の心配点をクリアにする行動だと思うが。
「嫌がる虫を殺してあげたとかマンガなんかでよく見るけど?」
「私、虫殺せないから。この間も教室にゴキブリがうじゃうじゃ出たことがあって、殺したらかわいそうだって言ったら、バカヤローって」
 虫も殺せない方か。ならば。
「菜食主義っぽいこと聞いたけど、生き物全般殺せないってこと?」
「いや……それは……また、別で……」
 森宮のばらは再び目線をずらした。
「誰にも……言わない?」
 うつむいて上目遣い。
「言うくらいならあなたのお願い無視して救急車を呼んでます」
 すると、少しあり、森宮のばらは意を決したようにスッと息を吸い。
「私の家、川のそばのアパート。通称、幽霊ダンジョン。聞いたことある?」
 ないが、思い浮かべたイメージは捉えた。丘を通る遊歩道は、スーパーマーケットのある交差点のそばに出る。その交差点から北方、多摩川へ向かって数段、河岸段丘になって下がっている。その段丘最下段に大きな墓地があり、墓地のすぐ脇、堤防そばに、古びた2階建てのアパートがある。
「そんなひどい言い方されているとは知らないけど」
「母親と二人暮らし。誰も呼ぶな、遊びにも行くなって。おもちゃもゲームもないし、遊びに行くと欲しくなるからって。でも、川のそばで草むらだし、お墓には木が沢山生えてるから。虫はいっぱいいた」
「虫と遊んだんだ」
 レムリアは立ち上がり、森宮のばらの背後に回った。
「うん」
 楽しかった虫たちとの話を聞きながら、レムリアは森宮のばらの髪を結い直す。三つ編みを一旦解き、ブラシを通し、再構築。
「編みゴム自分の使っていい?だいぶ伸びてる」
 手品の要領で手のひらに出して見せる。透明な石がキラリ。
「あ、綺麗。いいの?」
「ボランティアでこういうことよくやっててね。差し上げます。そうか、それだけ虫たちと楽しく過ごしたら、虫けらつって殺すのは抵抗があるか」
「相原さん……だっけ、虫は平気なの?」

(つづく)

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魔法の姫君とはんてんの騎士(アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部) -109-

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 相原の言にアリスタルコスはニヤリと笑い。
「警戒しすぎの気もするがな。人為的でないって証拠もないわな」
 銃の安全装置を外す。なお銃の照準装置はゴーグル内の視線センサと連動しており、内部のジンバル(姿勢安定の仕組み)を制御して銃撃をサポートする。但し、これら銃器は〝救助の障害物の除去〟が目的であり、標的が人間と判断するとトリガーが掛からない。
 相原が持っているのはプラズマ銃のようだ。その先端に何やらアタッチメントを嵌めている。プラズマ銃は要は火の玉を撃ち出すものだが、その際生じる急激な空気の膨張を使って色々打ち出す事が可能とか書いてあったのを思い出した。
 相原はアタッチメント先端に短剣のようなものを差し込んだ。
「それって雪山登山でロープを結ぶ……」
「そう。ハーケン。高温でガス圧を上げて打ち込む」
 クレバスの壁面すぐ脇で銃口を氷床に突き立て、出力を上げて発砲。プラズマ銃では弾丸(プロジェクタイル)のアルミが溶けて火の玉になって飛び出して行くが、出力を上げてあるのでアルミは一気に蒸発してしまう。蒸発するので飛び出して行かない代わりに、高温高圧の空気の塊が押し出される。
 得られる結果は一般的な火薬推進弾丸と同一である。結構鋭いパンという破裂音が氷原に轟き、ハーケンは水しぶきを上げて氷床に突き立った。なお、船外活動を行う場合、イヤホンはカチューシャと連結して両耳装着とし、確実な通信を確保すると共に、大音響の遮断・ノイズキャンセルを行って聴力を守る。
 ハーケンを2本打ち、縄梯子を引っ掛けて割れ目に垂らす。
 覗き込むと氷床は青く、まるでこれから巨大なサファイヤの中に入り込むよう。
 下の方で動くライト。
「中は空間で川だ」
 ラングレヌスの声。ただ、その声は届くが偉躯は視認できない。
 声の反響から感じるに相当深い。全面氷なので真っ暗まで行かないが、透明でもないので、底の方は行動に難渋する暗さ。
 相原が再びランチャーに何か仕込んで氷の壁めがけて打ち込んだ。
 白色発光ダイオードの冷めた光が空間に光を届ける。使い捨ての照明ハーケンである。
 何本か打ち込んだら、氷のブルーもあろう、歌番組のステージのようだ。
 そして、照らされたのは氷片がうずたかく積もった山と、その中に人工物の影。なお、ラングレヌスはこれを見逃したか無視したか。いや、もっと興味を引く何かが奥にある?
「レムリアテレパス。生死は」
 相原が言う。船長の流儀。
「何も感じません。……良くて仮死状態かと」
「逆に生きてる可能性はあるな」
「ええもちろん」

(つづく)

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魔法の姫君とはんてんの騎士(アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部) -108-

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 相原も然り。確か日本は銃器を持つのに色々と特殊な条件が必要。しかも二次大戦の傷跡深く、銃器には〝反平和〟のイメージ色濃いと聞く。そんな日本の青年、相原にこんなもの持たせていいのかと思うが、既に持ってしまっているし、心配を口にしたところではぐらかされるだけだろう。なお、頭のフードの内側はセレネの付けたカチューシャと同じものが仕込んである。このカチューシャの内側はアンテナで、要するに脳波を介して直接やりとりできる。
「そこ滑るよ」
「え?」
 背格好でそうと判る相原に言われて、レムリアはスロープから一歩足を下ろして立ち止まる。
 べしゃっ……それが足音と感触。まるで雨上がりの水たまり。ただ、ウエアは足までカバーしているから、濡れた・冷たい等の感触は皆無。
 雪と氷の白き大陸、南極。陽光は低く、弱い。
「溶けて……」
「るよ」
「温暖化?……この間の氷河もそうだったけど」
 見回せば水たまりが幾つも幾つも……それは子どもが泣きながら走ってきた跡のような。
「それでヨッシャ新航路が作れるとか、オレの領土だとか、海底資源を漁れるぞってのが偉大なる人類の考えることさ。環境問題なんかそう言う利権からの目眩まし。クレバスに降りるぜ……普段どうやってんの?こういう場合」
 相原は早口で言い、話題を変えて大男二人に訊いた。同時通訳のタイムラグがあって。
「あ?まぁ、こういう状況不明の危険な事態はだ」
 アリスタルコスが言い。
「とりあえず不死身が突撃するんだよ。縄梯子用意しとけ」
 ラングレヌスが引き継いで、そのクレバスへひょいと身を投じた。
 レムリアは思わず腕を伸ばそうとしてやめた。彼の不死身の機序であるが、皮膚筋肉が粘土のようで衝撃を吸収するという。でも幾ら不死身と言われても、見た目はとてつもなく危険で、そして凄いことだ。この連中と一緒にいると奇蹟が当たり前に思えてくる。魔法使いという自分のスキルが霞む。
 最もだからこそ集まってアルゴプロジェクトの使命……奇蹟を人の手で自ら起こして命を救う……なのだろうが。
 イヤホンにピン。
『レムリア、相原、出番だ』
「了解。レムリア行くぞ。アリス、外敵の確認後来てくれ」
 相原は自分がクレバスを覗き込んでいる間に取って来たのか、縄梯子をひと巻き、氷原にガラリと降ろした。
「外敵?……こんなところに悪の組織ってか?」
「今日び人類はどこでどんなバカやってるかワカランてことさ。断層のウラン鉱に水ぶち込んでプルトニウム作ってたバカいたんだろ?」

(つづく)

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魔法の姫君とはんてんの騎士(アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部) -107-

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 クレバス:crevasse。氷の割れ目。
 SARが検出した地形の輪郭線を正面スクリーンの氷原に重ねる。
 肉眼では判然としないが〝筋〟が画面を斜めに走っており、救難システムの軌跡100メートルはそこで途絶している。
 クレバスに落下しシステムが壊れたか、氷によって電波が遮られ、信号が途切れた。と判断して良さそうだ。
「降りますか」
 相原は言った。
 氷原下に降りて捜索するの意。
「相原、君が行ってみるか?超能力を要する指示に関する限り、君の方が|上手《うわて》のようだ」
 アルフォンススが言い、様子見に座っていたコンソール末席を立ち上がる。
「船は私が見よう。テレパスも二手に分かれろ」
「では私が外で」
 レムリアは言われる前に言った。
「オーケー。捜索に当たれ。レムリアは救護用具一式、男どもは銃器携行だ」
「降下完了。構体着氷。不安定なので下船注意」
 シュレーターから報告。
「着氷確認。では総員耐環境ウェアを着用し下船集合。支度は40秒だ。その先は相原が指示せよ。必要に応じて介入する」
「了解」
 男達はウェアと銃を取りに船首方向通称〝武器庫〟へ。レムリアは女の子ということで個室を与えられており、入ってクローゼットから一見ウエットスーツに見えるその万能ウェアを取り出す。彼女は季節よらず普段着はTシャツ短パンなのだが、これは薄着の方が機能的だからであると共に、殊この船に乗っている限り、これの脱ぎ着が楽だと思ったからである。ローティーンの娘にしてはオシャレに気を配らないと自覚してるし、そんな自分でも女だという自覚はあるが、その前に使命持った人間であって、
 女の子っぽいよりは飾らずにいたい。
 ウェア着込んで個室奥の床板を開くと滑り台が顔を出す。そこから降りると船倉部に組み込まれた医療室……生命保持ユニットに出る。アルゴ号は本来宇宙航行用の船であり、ここは観測機器類を積み込むスペースと書いてあった。
 そこに非常持ち出しよろしく用意してあるザックを背負う。中は心臓電気ショックで知られるAED(自動体外式除細動装置)を始め、各種バイタルセンサ類と応急救命用具、薬が幾つか。放射線障害用のヨードも入っている。
 舷側通路に上がり、昇降口からスロープを下りる。男達はウェアを着たうえゴーグルを着用、ほぼ、潜水服状態で体格と目しか判らない。それぞれ長大な銃器を担いでいる。

(つづく)

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魔法の姫君とはんてんの騎士(アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部) -106-

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2

EーPIRBイーパブ〟と呼ばれるシステムがある。Emergency Position Indicate Radio Beacon:非常位置指示無線標識。タイタニックで一般化したモールス信号SOSの代わりに導入された船舶用の仕組みである。地球周回衛星コスパス・サーサットを介して遭難位置情報を発信する。カーナビゲーションで知られるGPS応用の一種で、当然全地球規模。
 テレパシーよりも先に、それを拾ったと船のコンピュータが告げ、自動航行でその場に近づく。
「南極」
 大画面の船外画像には「E-PIRB位置情報による」と注釈の付いた赤い「+」のマーク。子画面に地図があって南緯88度。
 しかし南極大陸内奥の氷原であって、船が浮かぶ場所には思われず、また当該船舶の姿もない。
「その後ビーコンは?……レムリア追尾できるか?」
「はい……待って」
 レムリアはコンソールに取り付いてタッチパネルを操作。信号のアドレス。位置と時間。
「20秒間にわたって発信しながら西南西へ移動。そこで途切れています」
「移動距離は」
「100メートル」
「誤差に近いんじゃないのか?……テレパシーでは」
 相原はセレネを見た。
「いえ。実際の遭難事象はもっと前だと思われます。また、過去認知を試みましたが、悲鳴や危機感は察知されないので、恐らく、恐怖を感じるヒマすらなく何かに巻き込まれたのではないかと。レムリアはどうですか?」
「何も感じません」
 思わず敬語で答えたが、そこには船長がいるのではなく、はんてん姿で腕組みしながら頷いている相原がある。
 感覚がズレる。ただ、堂に入っていて、初めてにも関わらず手慣れた感じを受ける。全容を把握して全機能を使いこなしているというか。
 確かに彼には特殊な力……超能力はない。ただ、この船と〝相性〟が良いのかも知れない。否、この船とあることによって〝覚醒〟したか。
「硝煙反応、SAR」
「あ、はい」
 レムリアは言われるままに操作。自分で考えるより指示待ちになってしまっている。この男の発想と判断を無意識に信頼している。
「硝煙?撃たれたってのか?」
 アリスタルコス。
「この海域で海生哺乳類の密猟って話を聞くんでね。で、捕鯨国の我が国を毎度疑うと」
「誤射か……え?見られたから射殺しようとした?どっちにしろそんな銃砲で撃たれてビーコン飛ぶなら船の木っ端か血痕くらいあるだろ」
「あのいいでしょうか、クレバスがあるようです」
 レムリアは男達の会話に声を挟んだ。

つづく)

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【理絵子の夜話】空き教室の理由 -81-

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 この態度の急変ぶり。卑怯に根ざした犬、という表現が丁度良い。
 マスターがニタッと笑った。
「それはあんたが自身が一番知りたいんじゃないか?内村。お前が封鎖したのは隠すためだろ?自分が見つけらないものを、他人が先に見つけられないように。だけどまぁ、お前には無理だな」
 マスターは少し見渡した後、手にした懐中電灯のスイッチを、カチッと切り替えた。
 その状態で、マスターは天井を照らした。
 浮かび上がる文字。

私、3年6組41番二宮あゆみは、友人で恋人である岩村正樹のトラブルに際し、学年主任内村満作先生に相談を致しましたが、
「教頭試験を控え、不祥事は困る。受験を目指す君の成績にも差し支える。もみ消して欲しければ裸の写真を撮らせろ」
と言われたため拒否しました。その結果、岩村正樹は逮捕されました。私は、これから死を持って抗議すると共に、このような経過により死を選んだことをここに記録し、この内村満作が教頭はおろか人間のクズに等しい存在であると告発します。西暦…

 スプレーで落書きというのは、不良グループがよくやる犬のマーキング放尿と同じ行為。
 二宮あゆみに落書きを咎められた岩村正樹は、それ以降、通常は見えないがブラックライト(紫外線ライト)を当てると反応する蛍光塗料を用いることにしたのだ。
「何だその落書きは」
 内川が強がる。まぶたの腫れはひどくなっており、左目は恐らく見えていないのではあるまいか。
「だから真実は自ら姿を現すと申しましたでしょ?内村満作さん」
 理絵子は言った。
「先程来、携帯電話でここの会話が父に筒抜けなのをお忘れですか?」
「証拠がねぇじゃねぇか」
 内川は理絵子の声をかき消すように大声を上げ、強がった。そのガラガラ声はまるで勢いに任せて絡んでくる酔漢を思わせる。
 その強がりが少々妙であることに理絵子は気付く。何か強がっていられる背景がある?
「どこにあるってんだ。オレがやったっていう証拠がよ。物証がなければ容疑は成立しないはずだろ?ザマーミロ」
 内川は言い、大笑いした。
 ポケットから何か取り出す。
 ライターとスプレー式殺虫剤。
「……消えるものを証拠とは言わねんだよ」
 内川がニタッと笑う。強がりの背景を理絵子は理解した。殺虫剤の一部には噴射剤がそのまま燃え上がり、一種の火炎放射器になるものがある。父親から聞いた話。

(つづく)

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魔法の姫君とはんてんの騎士(アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部) -105-

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 程なく、ラングレヌスが座る位置で、液晶パネルに緑色が幾つかパパパっと点った。
「フォトンハイドロクローラ始動。主コイル、前段加速器温度所定。機関準備完了」
 ラングレヌスが報告し、
「機関準備確認。……ふ、浮上」
 相原の声が震えた。
「浮上」
 シュレーターが操縦桿を手前に引く。
 画面が動く。地上の相原に吹きつけた暴風が生じて周囲に広がる。船が少し揺れ、不動の大地に座していた感覚が消える。
 浮き上がった。
「浮上しました」
「INS始動」
「INS始動確認」
 シュレーターが返し、振動騒音の類が忽然と消え、操舵室は図書館のように静かになった。確か相原に読んで聞かせたマニュアルには『絶対零度とカシミール効果により空間のエネルギーをマイナスとし、時空構造の伝搬を抑制しINSの効力を高めている』とか書いてあった。日本語に訳して読み聞かせたので言った事は思い出せるが、何を意味するかサッパリ判らない。
「INS動作正常」
「光圧シールド透過モード。リフレクションプレート展開」
「リフレクションプレート展開固定。透過シールド、フォトンチューブ確立確認」
「全機能の動作正常を確認した。起動シーケンス全完了。副長復唱せよ。アルゴ発進する。通常ルーチン」
「発進。通常ルーチン」
 セレネが答え、相原はコンソール上の赤いボタンの蓋を開き、中のボタンを押下する。
 正面スクリーンから草むらの映像が引き抜かれて消える。まるでテレビカメラを急に動かしたように。
「正面カメラ展開します。船長」
 レムリアが言い、スクリーンの映像が切り替わる。
 映ったのはオリオン座。
 但し宇宙ではない。南天高くから西に向かおうと傾いている同星座の姿を捉えただけ。
「巡航到達」
 シュレーターが言った。ため息を付きたくなるような、少し安堵した雰囲気が室内に流れた。
 船が巡航速度に到達した。
「現在位置」
「はい現在位置23N94Eにーさんえぬきゅーよんいー。速度70巡航中」
 レムリアは船の位置と速度を読み上げる。
「おお素晴らしい。しかしドクター、プランク時間未満の加速を高頻度で繰り返すってどうやって」
「対消滅でデトネーションを起こさせるとだな……量子力学は初めてか?まぁ、力抜けよ。あとでゆっくり話そうか」
 レムリアは呆れながら笑った。この男達は何を言ってるんだろうか。
「巡航確認」
 相原は言った。そこでアルフォンススが顔を向ける。
「まるで私のコピーのようだ」
「受け売りですから」
 するとセレネが。
「了解しました。では私はこれから探査に入ります。席を立つことを許可します」
 と言って、カチューシャに近似の装置を前頭部に装着し、リクライニングを深く倒す。

 ※技術用語について
 直交表:実験計画法で複数の条件を変更しながら実験を行う場合に、条件の与え方をマトリクス形式で示した表。
 HALT試験:Highly Accelerated Limit Testの略。極端な温度変化や振動を同時に与えて短期間で製品の弱点を検出する。性能や破壊の限界から設計改善・故障の未然防止を行う。
 ティピカル:(typical)代表的な。ここでは性能数値の中心値・標準値を言う。100オームの抵抗、なら100を使う。
 モンテカルロ(法):乱数を用いて「ばらつき」を含んだ数値解析・シミュレーションを行う手法。
 CNT:カーボンナノチューブ(carbon nano-tube)。軽くて強くて高温に強い炭素素材。アルゴ号の船体はこれで出来ている。
 プランク時間:時間は「プランク長さ」より短い時間を定義できない。その最も短い時間をプランク時間という。(ざっくり5.39×10^-44秒)一般に加減速で生じる慣性力は速度の時間微分である加速度で定義する。それが破綻する程の短時間で加速し、方程式が成立しない状態を狙って慣性力の抑制を目指したと見られる。
 デトネーション:(detonation)爆轟反応の意味で、応用して衝撃波を空中・宇宙の推進力に用いる手法を言う。ドクターシュレーターは両者の複合だと言いたいのであろう。

(つづく)

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魔法の姫君とはんてんの騎士(アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部) -104-

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 セレネが応じる。会話だけ取れば、これから空飛ぶ船が起動するとはとても思えない。
 相原がはんてんの袖をまくってパスコードを打ち込む。なおIDカードを持っていれば基本的に船内の行き来は自由である。但し、メンバー以外(要救護者含む)を伴う場合は、指紋/顔/声紋いずれか、そして船長権限の掌握にはパスコード入力を要求する。
 船のコンピュータがパスコードを受け付ける。
「通常ルーチン起動シーケンス」
 相原は言い、キーボードを押し込んで元通りしまい込み、液晶パネルをポンポン指でタッチ。
 なるほどこの男は〝見れば判る野郎〟だとレムリアは納得した。クルマや医療機器でも「こんなの見れば判る」とのたまう男性(や、男の子)がたまにいる。相原学も同類なのだ。そして、それを見抜いた船長も中々と言えるか。最も、船長の場合〝脳波でキカイを見る〟ので判ってしまうそうだが。
「通常ルーチン了解」
「了解」
 各員から声が返り、それぞれにコンソールの画面を見つめる。船長アルフォンススはコンソールの片隅に座し、各種データをモニタ。
「順次状況を確認する。ドクターシュレーター。電源状態」
「制御電源安定。主電源準備ヨシ」
「ラングレヌス殿。機関状態」
「呼び捨てにしろ鬱陶しい。GMサイクル動作正常。液体窒素温度52ケルビン。INS予冷装置9ピコケルビン、ゼロ点振動確認。燃料陽電子容量8.87パーセントチャージ。読み替え残容量44.35パーセント」
「アリスタルコス。防御システム」
「透過シールド動作中。作動良好」
「了解。船体制御系動作正常を確認。探知システム状態報告」
 探知システムの起動や監視の担当はレムリアである。
「映像装置、探知装置共に問題ありません。船長殿」
 レムリアは言い、振り返り、ウィンクして見せた。
 最上段座する相原が堂々として見え、ハッとする。一連のセリフは知ってるから言えるのだろうが、中々サマになっているように思える。
 椅子に埋もれる小柄な男で、はんてん姿だが。
 男を男らしく見せるのは、シチュエーションと発揮できる能力の方程式なのだろう。
「よろしい。機関始動!」
「始動します」
 相原の声にシュレーターが喚呼で応じる。握っていた操縦桿の奥手側、フタ付きスイッチを押す。
 僅かに甲高い音、擬音に直せばキンと書ける音が聞こえたであろうか。大型のコイルに高周波の電流を与えるため、磁力による振動と音がどうしても生じる。ただ、通常は人体が感知できない高周波で駆動されるため、聞こえるのは始動時の一瞬だけだ。

(つづく)

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魔法の姫君とはんてんの騎士(アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部) -103-

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 セレネが言った。最初の活動からこっち、レムリアは幾らかセレネと世間話をし、その血筋は中東の失われた王国パルミラに連なると知った。「あなたの日焼けと違って元より」という肌の色と彫りの深い顔立ち、醸すミステリアスな外観は、応じたものと納得したところ。
「わたくしは普段から悲しみの声を拾ってしまい、それで少しでも救えればとこのプロジェクトを立ち上げたのですが、これまでにない、耐えがたい規模の悲しみを感知しました」
「それは、どこから、ですか?」
 相原学は大学講堂を思わせる雛段を最も高い位置まで昇りながら訊いた。
「特定は……なぜなら、地球全体を包むように」
 セレネは手のひらで大切なものを包むような仕草と共に言った。悲しみを拾うというのはテレパシーの反応であるが、レムリアは目を見開いた。
 地球を包む規模?
「悲しみがこの星全体に広がる、あたりですか」
「ええ」
 相原学が雛段頂点、船長席の大きな革張りのイスに腰を下ろす。
 三面ある液晶の電源が入りID7 M.Aihara〝Captain〟。
「レムリアは?」
 相原に振られて。
「私の力はそこまでは……ただ、副長の思いに共感をしています」
「何かありそうだと。大きなインパクトが」
「ええ」
「わかった。なら、通常パトロールのルートで飛んでみよう。何周かすれば地球をほぼくまなくカバーする。どこかで引っかかるはずだ。緊急性は無いと言ってたけど、他に何か感じることは?」
「いえ……ただ、何と言うか、悲劇は1回だけで、以降は余韻がくるくる巡っているだけかも知れません」
「大きな隕石が地球に落ちると、インパクトは1回だが、その際の衝撃波は地球を何回も巡る。そんな感じか」
「ああ、はい。そんな感じかと」
 すごい喩えだとレムリアは思った。
「承った。それならそれで、悲しみの大きさに応じた気持ちの残り。専門用語で……」
「残留思念……副長、Psychic Imprintのことです。が拾えるだろうということですね」
「そうそれ」
 会話を聞いていたアルフォンススが振り向いた。
「凄いな。相原君。君は超能力をかじっているのか?」
「ファンタジーが好きでその辺の用語を知っているだけで信じちゃいませんでした。この船を見るまでは」
「私には出せない見解だ。君の意見は。君に参加してもらったのは正解と確信する。そのまま起動し巡回航行まで一通り実行してくれ」
「わかりました」
 相原はコンソール下の引き出しを引き、現れたパソコン用のフルキーボードに指を揃える。
「えと、じゃぁ、行きますよ」
「はい、お願いします」

(つづく)

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【魔法少女レムリアシリーズ】虫愛づる姫と姫君 -15-

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 ひとしきり口を動かし、完食し、森宮のばらはハッと気付いたかのようにレムリアを見た。
「ごめんなさい私ったら無遠慮にガツガツ食べてしまって………」
「いいよ。食べて欲しくて出したし。森宮が相原と一緒になったら気絶して運ばれたなんて言われたら困るし。ただ、そんな訳であなたは今行方不明のお嬢さんなので、帰るにしても口裏合わせをしておく必要があります。少し話聞いていい?」
 食器を下げて(ベッドの下は床下からせり上がって来るストッカー・保温器・加熱器=電子レンジである。食器は衛生管理上使い捨て)、テーブルをリフトアップすると、森宮のばらは視線を下方に外した。そこには船外カメラの映像を映す液晶画面がある。高速で流れゆく海洋と、珊瑚礁に縁取られた緑の島々。
「私にどうこうあっても、誰も心配なんかしないよ」
 吐き捨てるように。既に知っているかのように。
「私には当てはまらなかったみたいでよ?のばらさん」
「……ねぇ、これ、飛んでる?」
 森宮のばらは答えず、そう訊いた。“飛んでいる”ことの頓狂さはどうでもいいようだ。夢心地と言うべきか。
「ええ。飛行船ですから。巡航速度はマッハで言うと200。今は一回りしてポリネシア辺りかな?だから学校の誰も聞いてないよ。親御さんも聞いてない」
 口を開くのを待つ。辛いことを無理強いする趣味は無い。
「クロちゃん。あなたに懐いてたね」
「クロ?ああ、ネコのことか。彼はヒロスって呼んでる。もう、あなたを仲間と認識したから、そう呼べば来ると思うよ」
「ヘビがいたから、何度もおいでって言ったのに」
「あなたが毒ヘビを制していたことは、彼は認識していたと思う。ただ、自分が逃げちゃうとあなたが毒ヘビに何かされると思った。だから逃げちゃダメだと思って対峙してたんだよ。彼も男の子だから」
 森宮のばらはレムリアをゆっくり見上げた。
「私を守ろうと?」
 レムリアがネコの意思を理解できること自体に違和感はないようだ。それは森宮のばら自身もある程度、動物、それこそ虫であろうか、所作から意図や気分を見抜くことが出来ることを意味しよう。
「そう。以前彼のピンチというか、驚いた原因を取り除いてあげるようなことをした?」
「恩返しされるようなってこと?」
「そう」
 森宮のばらは小首をかしげて少し考え。
「セスジスズメってヘビに擬態した大きな蛾の幼虫がいるんだけど」
 森宮のばらの思い浮かべたイメージを見ると、自分の指より太くて長いイモムシだ。黒い胴体にヘビに似た目玉模様がズラズラ並んである。虫嫌いの人には悪夢のような存在であろう。

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(葉っぱにくっついてるヤツもそう)

(つづく)

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魔法の姫君とはんてんの騎士(アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部) -102-

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 レムリアは船長に頷いた。 
「改めて、アルゴ・ムーンライト・プロジェクトへようこそ。相原学殿。私が本船の船長、コールサイン〝アルフォンスス〟だ」
 黒檀の肌を持つ身長2メートル筋骨隆々、アルフォンススは大きな手を相原学に伸ばした。もちろん、船長の声は翻訳されて相原のイヤホンに聞こえる。
「ハイハイとばかりに入り込んでいますがいいんですかね。僕には何の秀でたモノもありませんけど」
 相原学はアルフォンススの手を握り返した。
 軍服を着た屈強な大男と、比べると170センチにやや足りないというところか、〝のほほん〟という感じのジャージにはんてん眼鏡の青年。およそ真逆の立ち位置と言えるだろう、そんな2人が手を結んでいる。何か、象徴的なものを感じる。
「記憶を消す方が面倒だ。それに、君は常に誰かのために、どうすべきか、考えてくれる、とレムリアから助言された。ならむしろ、我々の力とこの船と、誰が何をすべきか、客観的に最適な手段を導き出してくれそうな気がしてな」
「買いかぶりすぎです。ただ、コンセプトは買うので、可能な限りを」
「ありがとう。レムリア次だ」
「はい」
 イヤホンマイクに続いて渡すもの。IDカード。発行番号7番。Acting captain。パスケースに入れて紐でぶら下げ。
「メンバーカードだ。君はマニュアルを全て把握しているだろう。我々が何をしてきたか聞かされて概要を掴んでいるだろう。そしてこれは私の勘だが、機械を触れば操作や挙動が何となく判るタイプと見た。ならば、代理船長の権限を与えたい」
「僕がですか」
 自分を指さして目を丸くする。彼は突如目の前に降りて来た空飛ぶ船に驚かなかった、のであるが、いきなり船長権限には驚いたようだ。
「でも……」
 相原学は男達を見回した。前からの乗組員を差し置いて船長は気が引ける。まぁ、当然の反応。
「我々は構わん」
「むしろ全容を把握して指示出す方が面倒だ。動く船長と動かぬ船長と2人いてもいいんじゃないか?」
「一人増えればもう一人は銃を持って動ける」
 男達はそれぞれニヤニヤ笑った。
 相原学はフッ、と笑った。
「判りました。自分の可能な限りを。こういうの嫌いじゃないっす」
 IDを首から下げてジャージの下へ。
「では早速習熟だ。船長席へ入ってくれ。君の思うままに情報を集約して指示を出してみてくれ、異論があれば口を挟む」
「判りました。が、で、その、緊急事態というのは?」
「大きな悲しみを感知したのです」

(つづく)

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魔法の姫君とはんてんの騎士(アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部) -101-

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 その黒い部分。実は空から暴風と共に降りて来た帆船があり、舷側、スライドドアが開いたのである。それ以外はそこに何かあるようには見えない。クローキング(cloaking・光学迷彩)である。
 ドアから女の子が出てくる。白いTシャツにショートパンツ。髪の毛も肩に触れないほどのショートカットで小麦色の肌が活発さを物語る。
 衛星携帯の女の子、レムリアである。彼女は相原学の姿を見るや小さく吹き出した。相原学は風よけであろう、半纏の背を船へ向けてしゃがんで丸くなっているのであり、それは彼女に図書館の絵本だったと思うが、日本の妖怪〝ゆきわらし〟を思い出させた。
「もう大丈夫ですよ。相原さん」
 レムリアは言い、相原が立ち上がって振り返るのを待った。
 彼は高校時代のねずみ色体操ジャージにはんてんというスタイル。自分のことを呆然と見ている。外見に関して照れるような認識を彼は抱いている。メガネ越しの瞳に映る自分の姿。
「こりゃ、見ちゃうわ。ごめん」

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 照れる相原にレムリアは笑った。が、まだ人目のある時間帯に空飛ぶ船なんか置いておくわけにも行かぬ。その光学迷彩システムを透過シールドと呼んでいるが、それによって見えないとは言え、そのシールドの維持に燃料を消費する。無駄は控えたい。
「乗ってください。船長、相原さん乗船します」
 レムリアは日本語のまま言った。主制御コンピュータは人工知能だが、彼をメンバーに加えたこともあり、日本語を覚えさせ、仲介(同時通訳)する機能を持たせた。
 スロープを歩いて乗り込み、左舷通路を操舵室まで案内。相原学は子細見過ごすのが勿体ないとばかりぐるぐるキョロキョロ見て歩く。
「すげー。CNTシーエヌティで100万G耐えるんかい。継ぎ目ないじゃんか。プリンタ出力か」
 操舵室の大きな扉。映画に出てくる大銀行の大金庫である。日本的表現で観音開きという両側が開くタイプ。
「レムリアです。相原さんをお連れしました」
 ドア脇のインターホンへ告げると。
 ドーン、と大きく重い物が動く音がし、余韻を引く。それはこの大きな扉のロックが解錠される音。
「おおすげえパワー」
 相原学は音だけで使われるエネルギの大きさが判るらしい。そして大きな扉は開き、白銀の照明で明るくされた大きな空間と、
〝作戦席〟と称するテーブル然として配置された大きな液晶画面の周りに立って並ぶプロジェクトメンバーが彼を迎える。
「先にこれを」
 レムリアは自分たちのと同じイヤホンマイクを彼に渡し、自分の耳の穴をこう、と見せた。相原学はそれを同様に押し込んだ。短いアームを耳介に引っ掛け、イヤホン本体を耳に、マイク部分を頬に触れるか触れないか。

(つづく)

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魔法の姫君とはんてんの騎士(アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部) -100-

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『はい。だからこそお力をお借りできればと。詳しいことは船に乗って頂いてから話した方が良いかと。そちらに向かってよろしいですか?』
「ちょっと都合が悪い。大学にいるのでね。〝それ〟を降ろすのはさすがに。帰宅して用意する。準備できたら連絡する。で、いいかな。それとも緊急?どうぞ」
『急いでいますが緊急と言うほどでは。では連絡をお待ちします……どうぞ』
「了解スマンね」
 折りたたみの端末を閉じたところでゼミ室のドアが開く。
「おい相原」
「プレゼンは直してサーバに入れておきます。あの……叔母の体調がちょっと……今日は引き上げさせていただきます」
「待て相原……おい!」
 相原学は会釈をし、廊下に並ぶロッカーの扉を開いて私物を取り出し、肩掛けカバンに首をくぐらせながら走り出す。大学キャンパスと最寄駅の間はスクールバスであるが、丁度いい便がないと判って駅まで走る。カーディガンを振り乱して1.5キロを走り続ければ春先でも汗だくだ。電車にバスにと乗り継いで、自宅へ戻るのに小一時間。
 着替えて、天体観測と称して再度外出する。歩いて5分の距離を走り、四阿のある公園の草むらに到着。夕暮れ空が夜の近づく雰囲気を漂わせる時間帯。うそ寒く、日の陰った辺りは暗く、背後にそびえる高層アパート群はそうした外界と一線を画すようにみな窓を閉ざしている。人こそ多いが人の気配はない。まるで公園だけ取り残されたよう。
 相原学は電話機を手にした。衛星電話に掛けるには国際電話サービス経由で発呼することになる。
「この間と同じ場所です。どうぞ」
『3分です。暴風が吹くので注意してください』
 少女の声に相原学は通話を切り、暮れ始めた空へ目を向けた。西空低くにいわゆる三日月があり、そばに白っぽく土星が輝く。とはいえもちろん、その星がそこにあると知っているだけで、肉眼でリングが見えることはない。
 その視界に真っ直ぐに伸びてくる光条。一見すると流星であるが。
 相原学の頭の上でピタリと止まる。
 静止したそれは間近で見るシリウスという印象を彼に与えたようだ。シリウスは次第にその光芒を強くしながら、大きくなりながら、周辺を白っぽく照らし始める。
 そしてゴッと音を立てて突如暴風が光芒から直下へ吹き降り、地面にぶつかって周囲に広がる。芽生え始めた短い草たちが吹き倒され、土埃が舞い上がり広がる。
 暴風が収まり、目の高さの空間に突如、四角形に切り取られた黒い部分が出現する。

(つづく)

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魔法の姫君とはんてんの騎士(アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部) -099-

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【第2部】

 全てに共通するか判らないが、相原学の大学において、4年次に行う卒業研究・論文の作成は、師事する教授を決め、10人程度でその研究室に入って取り組むスタイル。概ね前期で研究内容を決めて必要な知識を学習し(必要な単位はこの間に取得を終え)、後期以降に実際の研究を進めて行く。その間随時アピールやディベートの機会を設け〝企業戦士〟に必要なスキルを獲得して行く。
 今日はゼミ室の暗幕カーテンを引いて室内を暗くし、大スクリーンにプレゼンテーション。
「ここでL18エルじゅうはち直交表を用いて……」
「あのなぁ相原」
 苛立った口調の教授。老眼鏡で大きく見える目玉がぎょろり。
「はい?」
 見返す相原も眼鏡の男。プロジェクタの放つ強い光が反射してギラリと光る。
「お前本当に18回も実験やるつもりか。しかもそんなあり得ないトンデモ条件並べて。HALTホルト装置1回動かすのに幾ら掛かると思ってるんだ……」
「いやですからこれは極端な条件の方が内在しているばらつきや……」
「企業活動ではムダなことは許されないと言っとるんだ。ティピカル値をシミュレータに放り込んでモンテカルロで振った方が余程短時間で有益だ」
「しかしそれでは設計変更が起きた場合に……」
「口答えするなやり直せ……なんだその顔は」
 と、そこで相原学のポケットで盛大に着信音。昔々の魔法少女アニメのオープニング曲。
 相原学は文字通り目を見開いてジーンズのポケットに手を伸ばした。
「聞いてるのかキサマ!」
「すいません実家の叔母から緊急です」
 相原学は適当を言ってゼミ室から逃げるように外へ出た。
 傾いた日射しが廊下を黄色っぽくしている。2010年であるから折りたたみ式の携帯電話〝セルラーフォン〟である。雑な液晶にアイハラ・ヒメコと発信者が表示され、番号は008816……となっている。発信元は衛星携帯電話。
 もちろん、身内が衛星携帯なんか使うはずがない。見られた場合に備え、身内を偽装したもの。
「はい」
『相原学さん?』
 タイムラグを持って女の子の声。衛星携帯は電波がその名の通り宇宙へ飛んで一旦米国へ集約し、そこからは海底ケーブルで各国へ信号が流れる。都度万キロを馳せるため〝電話〟なみの同時性を前提に使うと苛立つことになる。
「そうです。お元気ですかい天使さん。いや魔女さんだっけか。満月にはまだ早いと思うが招集ですか?どうぞ」
 相原学は話しながらタイムラグを思い出したようで、トランシーバー通話に倣って〝どうぞ〟を付けた。

(つづく)

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【理絵子の夜話】空き教室の理由 -80-

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 そのあゆみちゃんが守ろうとし、転落していった少年こそ、目の前のマスターだったのだ。
「正樹怒ってるの?」
 担任顔の二宮あゆみが小首を傾げ、眉をひそめる。
「そうじゃない。怒ってはいない。怒ってないよあゆみ。でも、そういうことを言ってはダメだ。オレが過ちを犯したことに変わりはないし、それ自体を後悔もしていない。あゆみの気持ちは嬉しかったが、罪の償いは償いだ。オレはむしろ、お前がオレと切り離されて良かったと思ってる」
 マスターの言葉に、担任顔の二宮あゆみは瞠目した。
 自己を否定されることに対する精神的ショック。
「そんな……正樹まで」
「誤解するな。だからオレはそれ以降、一人だ。意味が判るか」
 マスターは首にかけていたペンダントを外した。
 メッキの剥がれたハート枠の中の古びた写真。
 バイクに乗った二人の写真。
「オレは罪を償うために生きる。人ひとり人生台無しにした。それは事実だ。代償はその人がある限りオレが償う。だから今すぐお前の所へは行けない。だけどオレにはお前しかいない。長いけど、待っててくれるか?」
「うん」
「優しいあゆでいてくれるか?」
「うん」
「ありがとう。じゃあ、あとでな」
「うん。またね。正樹」
 それは一聴しただけでは、単なる恋人同士のデートの終わり。
 但し、次回は何十年も先。
 消える……理絵子は感じた。二宮あゆみは満たされたのだ。あっさりしすぎているように思うが、彼女にとって心残りは何ら会話なく彼と引き離されたことであり、彼と心が繋がっていると確認できればそれで充分なのだ。
 心のみで彷徨う人は、満たされれば、しかるべき地へ行く。そして心のみの存在に、時間は意味を持たない。
 さすがだ、と理絵子は思った。マスターには肉の身があろうと無かろうと二宮あゆみであり、彼女の心理がどんな状態にあり、何が必要か、即座に判るのであろう。
 心で結ばれた二人。対しそれを引き裂いた眼前のこの男の方は……。
 担任の身体から、がっくりと力が抜けた。
 失神し、コンタクト・セッション終了。すると、己を咎める存在がいなくなったせいであろうか。眼前の男内川が突然笑い出した。
「ハハッ。とんだ茶番を見せてもらったぜ。で?その隠した証拠とやらはどこにあるんだ?」
 あぐらをかいて一同を見渡す。

(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト/第2部~魔法の姫君とはんてんの騎士~ について

従前載せていたものからゴッソリ変えます。

元のお話は1990年頃の知見に基づくモノです。四半世紀を経てもう少しソフィスティケートされました。

引き続き毎日更新で進めます。なお、見出しを変えていて切れていますが、第1部からの完全な続きです。2部だけ・2部から読み始めたらワカラナイ部分が出てきます。トータル字数は16万4千です。

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -098-

←前へ次(第2部)へ→

「あら。所長さんは殿下のことを……」
「ええ、彼女が子供達に笑顔をもたらした時、それは奇跡の始まる合図。誰もを元気にする奇蹟の姫君、ミラクル・プリンセスってね。我々の前にいるこのキュートな姫君はそれはもう伝説です。マダムがそこまで快復されたのはある意味当然かと。そうかそうか。殿下の魔法の秘密が判ったぞ」
 所長は笑みを見せた。
 その言いぶりは褒めすぎであって本来照れるべきであろう。というかそんな言われ方をしているのか自分は!。しかし、その言葉には本質的な気付きが含まれていると知り、レムリアはただ「恐れ入ります」とだけ返した。この所長氏は、自分が今回、この施設にこれまで無い物を持ち込んだと理解したのだ。
 すなわち自分は、〝お年寄り〟であることを意識した行動は取っていない。ただ、年上に対する敬意は払ったつもり。
 でも、それだけ。見舞いついでにひととき楽しんでもらえれば、というエンターテナー。
「企業秘密ですから、バラしちゃダメですよ」
 レムリアは小さく笑い、いたずら少女の耳打ち。
 一方奥様は戸惑い、
「あら、判らないわ。わたくしには教えて下さらないの?」
「(……)」
 その問いに、レムリアは奥様の手を取り呪文を唱える。呪文の詳細は彼女の意により記述を控える。
「今、何て?」
「これで、『奥様は魔女』です。これをお持ち下さい。少し持ち上げぎみに。そうです」
 レムリアは渡した一輪挿しを一旦受け取り、奥様のステッキを少し高い位置まで持ち上げてもらった。
「え?でも」
「術式は奥様もご覧になった通り。私と全く同じ要領で」
「術式って……え?本当に?」
 奥様はステッキの先で、まず足下を軽くカツンと突いた。それはレムリアがマジックショー冒頭で最初に取った動き。
 大理石に弾かれて戻ってきたステッキを、くるりと回転させて天地逆さにする。
 結果、ステッキの先から花が一輪。
「あら。でもこれ普通のステッキよ。マジック用に?」
「これで今度は奥様が是非」
「わたくしがマジックショーを?」
「ええ」
 レムリアが頷くと、奥様はハッと目を輝かせた。
「これで、わたくしもここの皆さんに魔法を掛けられるわけね」
「おっしゃる通りです」
 すると、奥様はいたずら少女の笑みを返した。
「あなたはまた一つわたくしに魔法を使ったようね。あなたが帰ってしまった後のことを考える寂しさが一気に吹き飛んだわ」
「魔法使いですから」
 レムリアは笑って、手のひらのひとりぼっちオリエンタリスを、花束に変えた。
「ミッション・コンプリート」 

第1部・了

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -097-

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 婦人の帽子からオリエンタリスを抜き取り、花瓶に挿して差し出す。
「どうぞ、お持ち下さい」
 レムリアは言い、
「快癒おめでとうございます」
 オリエント急行車中で倒れた婦人は、一輪挿しを受け取り、目を見開き、大きく息を吸い、ハァと声に出して吐き出した。
 ブラボーと口笛まで混ざって、余興は終わった。
 観客だったお年寄りはめいめい、或いは看護師に付き添われて回廊の双方へ去ったが、件の婦人だけは、オリエンタリスを手にその場に残った。
「本当に来て下さるとは。殿下」
「いいえ、遅くなりまして申し訳ありません。お身体よろしくていらっしゃるようで、何よりです」
「そりゃそうよ。あなたは人生最高の瞬間をくれたの。あの瞬間を思い出すだけで副作用もリハビリもお花摘み。……ああなんて不思議で素敵なのかしら。ここに姫君が、本当の姫君が来ていて、それを知っているのはあたしだけなのよ。誰も知らないの。施設のスタッフもよ」
 上気した顔、高揚した声。明らかにこの場所では大きな音量だが、やりとりの言語がオランダ語であるせいか、留まる目線はない。
「奥様、血圧が上がります」
「少しくらい構わないの。むしろその方が血の巡りが良くなるってお医者に言われたわ。安定しているし不整脈も出なくなった。全てあなたのおかげ。あなたを思うだけで身も心も躍るよう」
 気恥ずかしいがそれは真実なのだろう。経験はないが、〝恋心〟がそういうものだと容易に想像が付く。恋する女は美しいという物言いが納得できる。血の巡りが活発化し、代謝も良くなる。
「まるで魔法。そうあなたは魔法使い!」
 奥様は納得したようにハイトーンの声で言い、手を叩いてパチンと鳴らした。
 快活そのもの、と言えるその音は、回廊を行き交う人々を、さすがに幾人か立ち止まらせるに充分だった。その立ち止まった中から一人、進路を変更して歩いてくる老男性。
「ほほう……あなたが、その魔法の看護師さんというわけですな」
 医師であろう。白衣の男性が、古風な発音の英語で話しかけ、ゆっくり歩いてくる。薄くなった頭部、度の強い老眼鏡、ふくよかな頬や顎の回り。
「あら見つかったしまったのね。所長さん」
 悔しそうな奥様。
「初めまして。こういう者です」
 レムリアはウェストポーチからEFMMのIDカードを取り出し、所長と呼ばれた老男性に提示した。
 所長氏は老眼鏡を上下に動かしながらIDカードを覗き込み。
 目を見開いた。
「おお。……これはこれは。足をお運びいただき光栄です、ハイネス。いやしかしマジックショーの姫君がなんと……。でもまぁ、ここで声を大にする物でもありますまい」

(次回・第1部了)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -096-

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 降参だ。この青年は〝誰かのために〟なのだ。基本的に。
 ならば。
「セレネさん……副長。彼を、私たちと共にあるように……不可能でしょうか(……I have a request for the sub-captain. Would it be possible for us to have him join us?)」
『いえ、特に(I have no objections.)』
「船長(Captain)」
『全部教えておいて、断る理由があるかね?(We've told him everything, there's no point in saying no.)』
 レムリアは相原学を見た。であれば、彼を迎えられる。なぜなら、誰かのために、それこそがあらゆる奇跡の始まりの動機になると思うから。
「私たちの仲間に……アルゴ・ムーンライト・プロジェクトへようこそ」
 レムリアは両の手を相原学に差し出した。
「誰かのためになれ。そう言われて育った男の子の夢を叶えろと」
「そうです」
 相原学は、レムリアの両手を、その大きな手のひらで包んだ。
 レムリアは目を見開いて彼を見返した。自分より大きく、なおかつ熱い手のひらは初めてだ。
「必要な物を準備して、また、迎えに来ます。必ず来るその時に」
「判った。まるで予言者か魔法使いみたいだな」
「魔女ですから」

 20

 温泉療養施設。キームゼー。
 医療宿泊棟は大理石をメインとした環形の構造物であり、中央に噴水を備えた庭があり、環状の回廊が囲み、その外側にリハビリやレクリエーションなどの部屋が並ぶ。
 回廊には車いすのお年寄りが多い。
「このような、ステッキの先端から花が咲く、というのはありきたりで面白くないので……」
 流暢なドイツ語は少女の声。
 声の主はTシャツにジーンズという軽装で、回廊でステッキを手にして立っている。回りをお年寄り達が囲んで眺めており、あたかもストリートマジシャン。
 その少女を見守る、優しい目線ひとつ。
 紫の帽子をかぶった高齢の婦人。ステッキを支えに立っている。
「奥様、その帽子を取ってみて下さい」
「これですか?姫様」
 彼女を姫様と呼んだその婦人は、もう結果が判っているかのように、微笑みながら頭の帽子を手に取った。
 くるりと返すと、中からヘレボルス・オリエンタリス一輪。
「あらまぁ」
 衆目から拍手。
 そこで少女……レムリアは持っていたステッキを折りたたみの傘よろしく縮め、再度伸ばす。すると、ステッキは一輪挿しの花瓶に化ける。
「花瓶にしてみました」
 更に拍手。

(つづく)

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【魔法少女レムリアシリーズ】虫愛づる姫と姫君 -14-

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 話してる間に、体温計が測温(実際には推定)完了を知らせる小さな電子音。
「はい」
 差し出された数値は36.7度。
「ほぼ平熱ですと。びっくりしました。突然失神するから……結論から言うけどあなたマトモにご飯食べてないでしょ」
「え……」
 森宮のばらは恥ずかしそうにうつむき、次いでいわゆる“お腹が鳴る”きゅるきゅる言う音。
 姫子……この船でのコールサイン“レムリア”は、ベッドの下に前屈みになって顔を入れ、扉を開け閉めした。
 併せてベッドのマットレスが動き出し、上半身部分が立ち上がって椅子の背もたれになると共に、頭の上から金属アームが板を抱えて降りてきた。
 おっかなびっくりという感じで森宮のばらが見ている間に、ベッド両脇の手すりの上に板が乗り、テーブルのセット完了。
 レムリアは少しの間森宮のばらの表情を見、その指先に嵌めてあったパルスオキシメータのセンサを外した。
「酸素も脈拍も良し。起こしたけど貧血もないね。どうぞ。召し上がってください」
 デミグラスソースのハンバーグステーキプレート。
「炭水化物はパンかライスが選べますが?」
「あの私お肉は……」
 レムリアは目の下をピクリと動かしたが。
「大豆ハンバーグですからアレルギーが無いなら」
 大嘘。
「え、あ、じゃぁ……ご飯で」
「人体はタンパク質で出来ていますから、タンパク質を食う必要がある。ただそれだけなのに拒否すると言うことは死ぬと言うことです。私にはそういう思想が理解できないし、人間も食物連鎖の一貫を構成している点に特別なことはなく、偉そうなご高説は日々食べるものもない貧しい地域の人たちにとても失礼だと思います」
 話しながら再度ベッドの下をゴソゴソし、レンジでチンのパックご飯と、お湯で溶いた粉末ポタージュを並べる。白いプラスティックのナイフとフォーク、それにスプーン。
「はいどうぞ。とやかく言いません。というか今のあなたは食べなきゃダメ。高熱の原因は栄養不良です」
「はい……」
 自認があったのだろう。森宮のばらはハンバーグを少し口にし、「おいしい」と声に出して猛然と食べ始めた。
「おいしい……おいしい……」
 涙ぽろぽろ。どれだけ我慢していたのだろう。健康保険の話は帰化に際して聞いているので仕組みは知っている。なので保険証がないというのは彼女の家庭が充分に機能していないことを示唆する。それは彼女の栄養不良に至るほどの食事量減少と何らか同期していることであろう。
 じっと彼女を見ているのもどうかと思い、紅茶を口に含み、機器の画面のデータを見たり。

(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -095-

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「ちょっと、ちありちゃんの様子を見てきました」
 レムリアはまずは報告した。
「直接?」
「ええ。この船で空を飛んで。あなたのことをとても気に掛けていました。日本国内では私たちがあなたを攫ってしまったので行方不明と報道されています」
「そうか。元気ならいいや。彼女の方も、自分に変なことをされたとか、学校で言われたりしてないかと気になってね」
 相原学は携帯電話を見ながら言った。
 レムリアは後頭部を雷で打たれたような衝撃を受けた。一番酷い目に遭っているのはあなた自身なのでは?
 それよりちありちゃんを心配しているの?それも失恋ショックと低体温の影響?
「おおどうしたそんな顔して。何か悲しいことがあったか」
「あなたは……自分で自分の心配はしないの?その……私のせいで酷い目に遭ったというのに……」
 悲しい結果と自責の念で涙が抑えきれない。
「君のせい?なんで?頼まれた通り彼女を家に帰した。彼女とご両親に喜ばれ信じてくださっている。なら、いいじゃんか。ミッションコンプリート」
「そんな……」
 レムリアは思わず彼にしがみついて泣いてしまった。
「私が……頼んだりしなければ……あなたは失うことも、疑われることも、追われることもなかったのに……ごめんなさい……」
 相原学はレムリアの後頭部を軽く、ぽん、ぽんとした。ゴツゴツと骨張った、大きな、そして熱い掌。
 両の手を取られる。
「君の手は温かいね」
 相原はまずそう言った。
「幾ら否定しても思い込んでる相手には通じないんだよ。でも、逆に言えばうわべだけで判断してるに過ぎないってことだろ?そんなもん、放っておきゃいいじゃんか。それよりとんでもない高速船ととんでもない人たちに出会えてエキサイティングだよ。奇跡を起こして世界中で人助け、とんでもねぇじゃんか。勝手に犯罪者扱いしてつけ回すとレベルが違ぇ。レムリア、だっけ?笑顔の方が似合うと思うよ君は。んなこと言ってるとやっぱりロリコンって言われそうだけどさ」
 相原学は声に出さず身体の振動だけで笑った。
 逆に自分が慰められている。
「ごめんなさい。逆に心配させてしまいました」
 レムリアはベッドから降りて立ち上がり、彼を見た。
「そんなことはない。君の優しさは染みたよ。それより世話になったね。もう大丈夫だと思うぜ。で、当然この船は極秘なんだろ。動力と武装を公然にしたら米ロが黙っちゃいない。オレの記憶消しちゃう?」
 相原学は自身の頭を指さした。
「いいえ。ちありちゃんにもそんなことはしていません」
「判った。消されると彼女やご家族と船の話が出来なくなるからね。最も女の子同士の方がいいような気もするが」
 それを聞いてレムリアはフッと笑った。

(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -094-

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 お茶を頂き、日暮れて真っ暗になってから、総出で見送られて孤児院を辞する。一夜をみんなと、と引き留められたが、ちありちゃんは本来寝ている時間だ。いい加減に家に帰さないとならない。
「日本時間だと?」
「午前4時」
 ちありちゃんは「わお」と目を丸くして。
「夢?」
「あなたが目覚めた時、そのカードが残っているかどうか、じゃないかな?」
 レムリアはウィンク。
「また、あの船で飛んで行くの?」
「ええ、数分」
 運河の堤防を離れた船は、夜闇の一瞬を突き、人々の視界をくぐって天空へ躍り上がる。
 星の宝石箱を進むこと少々。
 もうすぐ夜明けという時刻。雪雲の去った星空は、先んじて春の様相を呈し、されど大地は一面の白銀。
 そこに船は影を落とし、少し雪煙を立てて降下した。構体が大地に接すれば音を立てようが、積雪は音を吸収する。
 昇降口を開くとビクターが尻尾を振ってこちらを見ている。命に応じて吠えはしない。主人の帰宅に、主人の変化に、嬉しくて声に出したいのをじっと我慢している。
 レムリアは少女の着衣を元に戻し、庭先に下ろした。
「行っちゃうんだよね……」
 少し寂しげ。〝眠れない〟という日常へ戻る事への、不安と怖さ。
「今は、ね。でも大丈夫。何かあったらまたこうして飛んでくる。あ、私の携帯電話の番号を教えましょうか?」
 レムリアは言った。別に構わない。本当に飛んで来られる。
 すると。
「ううん、いい」
 ちありちゃんは首を左右に振った。
「あなたを頼っちゃう気がして怖い。それに、あの施設の子ども達はみんな一人だけで頑張ってるんだ」
「判った」
 レムリアはまず応じた。
「でも、本当にどうにもならないと思ったら、心の声で私を呼んで。多分、判る……判らせる」
 こう言い足した。確信がある。1万キロテレパシー使えるとは思わない。ただ、何かあれば今日のように偶然が積み重なって……否否、魔法が働いて、シグナルをキャッチできる。
「天使の権限で?」
 パジャマにガウンの少女は小首を傾げて尋ねた。
「ええ、天使の権限で」
 レムリアは笑顔で答えた。
 イヤホンに声。相原青年が目覚めた。
 次は彼を返しに行かねば。
「では、次の任務に向かいます」
「うん。頑張って。私祈ってるから」
 
 いっぱいいっぱい、子ども達を救って。

 祈りを背中で受け止めながら、レムリアは船に戻った。
 保持ユニットに入ると、相原学は毛布の上に置いておいた患者用ガウンに袖を通しており、居並ぶ機器類を見回している。〝デンキとキカイに囲まれて幸せ〟という印象。

(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -093-

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 ただしそれは正確ではない。たまに聞く、奇跡体験を経た人の人格変化だ、とレムリアは気付いた。生死の境目から帰還した、など、形而上を感じた人が〝覚醒〟するという現象だ。
「ああ、神様……」
 シスターも同様な変化を感じ取ったと思われる。ため息のように声を漏らし、両の手で口元を覆う。
「大丈夫、だよ」
 輝きを背負った少女はまず言った。
「思うんだ。私がこの魔法のお姉ちゃんに見つけてもらえて、そう、家に帰れたのは、ちゃんと神様は見て下さっていると、みんなに伝えるためだって。だって奇蹟にしか思えないから。陸も見えない海の上で、このお姉ちゃんに見つけてもらえたなんて」
 ちありちゃんの言葉を、レムリアは慎重に訳した。
 ただ、既に日本語の段階で、彼女の言葉は子ども達に伝わっているように思われた。
「お母さんにも言われたんだ。そういう経験をしたからには、その経験を伝えなさい。その経験を生かしなさい。そして、次は自分の力で、そういう経験が必要な人に届けなさいって」
 レムリアは彼女の言葉を置き換えながら、自分の母親の言葉を思い出した。
 この魔法は、自分だけの特別な力は、その意図を成就させるように働く。ならば、自分にしかできないことをするために使いなさい。
 期せずして、シスターと目を合わせていることに気付く。
「私は家に帰ることが出来た。それは幸せなこと。そしてきっと、みんなにも同じくらいの幸せが待ってる。自信を持って言えるよ」
「すぐ幸せになりたい」
 小さくて真剣な声。レムリアは声の主と、ちありちゃんを交互に見る。それは自分自身、どんな答えを用意しようかと悩むものであったが。
「私と友達になるんじゃ、だめ?地球の裏にお友達がいる子なんて、世界中探しても簡単には見つからないと思うよ」
 間髪入れず、ちありちゃんはそう言った。
 その言葉にレムリアは舌を巻いた。そして、心理学にいう代償行為の提供だと気付くと共に、そんな分析をしている自分をちょっといやだと思った。
 シスターが微笑みながら何度も頷く。ちありちゃんの言葉はキリスト教の概念に合致する内容を含むが、レムリアの知る限り日本はキリスト教国ではなく、それ以前に、無宗教に近いと認識している。道徳的概念を宗教の戒律で根拠化する必要がないからだ、と、どこかで聞いた。
「すばらしいお母様だと思いますわ」
 シスターがそっと言った。
「恐縮です。どこかの受け売りだと思うんですけどね」
 ちありちゃんは苦笑い。
「いいえ。きっと、神様がお気持ちをあなたに託されたのでしょう。えーと、わたくしもあなたのお友達になってよろしいかしら?」
「あ、シスターずるい」
「私が一番になる!」
「こらこら、みんな一緒だから。一番も最後もないのよ。お友達カードを作って交換しましょう」

(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -092-

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「あ~みんな助けて~」
 シスターも心得ている。
 すると。
「あれ?ヴァルキューレゴールドは?」
 子どものひとりが指摘した。
 正義の味方ヴァルキューレはゴールドとシルバーの女の子コンビである。
「シルバーだけ?」
「ねぇ、ゴールドは」
「予算の都合でシルバーだけなんだよ。オランダは遠いねえ」
 レムリアは取り繕った。ちありちゃんにオランダ語は無理。
「なんでドラキュラ魔女がそんなこと知ってんだよ」
「細かいこと気にするな。みんながゴールドの代わりになってやってよ」
 シスターがアドリブ会話に身体を震わせて笑う。
「よーし。オレ達でシスターを助けるぞ!」
 子ども達が寄ってたかって魔女を襲撃。
 放っておけば、特に男の子は本気で殴りかかってくるので。
 魔女としてはシスターを残して逃げ出す。この後アニメでは派手な立ち回りになり、敵が一発逆転を狙ったところで必殺技炸裂、がパターン。
「逃がすか魔族!闇の手先は闇へ帰れ!チェックメイト!」
 ちありちゃんがパターン通りに動いて、日本語そのままでポーズを決め、ドラキュラ魔女レムリアと対峙。一方で男の子達がシスターの身の安全を確保。
 必殺ビームを喰らって爆発するわけにも行かないので、可愛くて勇敢な追っ手が中庭にみんな集まったところで種明かし。
「あ~参った。これで勘弁してくれ~」
 魔女のとんがり帽子を脱ぎ、くるりと裏返すとお菓子山盛り。
 キバも外す。
「あ、魔法とお菓子のお姉ちゃんだ」
「なーんだ。え?」
 正体のバレたレムリアに対して、俄然注目が集まるちありちゃん。
「こっちのお姉ちゃんは?」
「でも、ヴァルキューレはマンガだぞ」
 理性的な分析有り。
 すると。
「このお姉さんは、当院に一度来たことがあるのです。元気になりました、と私たちにご挨拶に来てくれたんですよ」
 シスターが種明かし。
「なーんだ」
 その時。
「お姉ちゃん、ママの所へ帰れたの?」
 その場が静まりかえる。過冷却の水が、軽い衝撃でさぁっと一気に凍りつき、結晶が走る有様に似て。
 ちありちゃんは突然の変化にハッと驚き、戸惑いからか、目を泳がせた。次いで、幼くストレートな質問の翻訳を聞き、顔色を変えた。
 ここは孤児院である。
 ママ、母親という言葉の重さ。
「うん」
 ちありちゃんは慎重と言える間合いを持って頷き、ゆっくりと、まばたきしながら少し考え、そして。
 再び目を開いたその姿に、今度はレムリアが衝撃を覚えた。この150センチの身体がビシッと音を立てたかと思うほど。
 ちありちゃんの、黒く輝く双眸と、その身の周りに放たれる光。
 満ちあふれて包む光。
 オーラライト(霊光・後光)が自分の能力で視覚化されているのだ、ということはすぐに判った。無論、それは自分に見えても不思議ではない。
 超感覚は言う。今、この目の前の日本の少女には、降臨と称するに等しい、強い何かが宿った。

(つづく)

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【理絵子の夜話】空き教室の理由 -79-

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「そうみたい。こんばんは、理絵子さん。その結果、二人かな。ここまでたどり着いたけど、結局この人に見つかって突き落とされた。それがまた伝説を生んだのね。この人にとって都合のいい形に」
二宮あゆみは、テレビドラマのあらすじを語るように、淡々と言った。
理絵子は目を剥いた。ひとつは、彼女たちは内川の陵辱にショックを受けての自殺、ではなく、内川の手に掛かったのかということ。
そしてもうひとつは。
「あなたそれを……」
「見てた。ずっとここにいたからね。ずっとずっとぼーっとここにいた。空しいだけだったし。その間に、二人が死んだ。それだけのこと」
二宮あゆみのこの傍観スタンス。
彼女の言を酷いというのは簡単かも知れぬ。実際理絵子も一瞬はそう思った。
しかし、大切な人を、自分を守ってくれたことがきっかけで引き離され、挙げ句全てを失って自ら死を選んだ少女なのだ。他人の死などどうでも良いものと映っても、仕方がないことかも知れない。
彼女は永遠に孤独で寂しいのだ。
「可哀相なあゆみさん……」
理絵子のその言葉に、マスターがあゆみ……担任を見、その“存在”に気付いたらしく、目を見開く。それは驚愕の反応と言って良い。憑依現象を目の当たりにしたのだ。さもあろう。
次いで理絵子を見、目で問う。理絵子は頷いた。マスターは理絵子の能力を知らない。最もこの事態であるから、桜井優子が道すがら話したかも知れぬが。
能力を知られる相手がマスターである分には別に構わない。
「ありがとう。もう、どうでもいいけどね。そう、もう、どうでもいいの。あなたは何故私が出てこないかって不思議がってたけど、どうでもいいんだもの。朝倉先生が苦しんでたのも判ってたけど、別に何とも。だって……私はもう」
「もういい!やめろあゆみ、もういい!」
その声を放ったのはマスターであった。
「まさき……」
あゆみの宿った担任がまるで人形のように、まばたきせずに、その目をマスターに向ける。
まさきという名に理絵子は気付く。岩村正樹。担任の一人芝居に出てきた名前。
喫茶店、ロッキー(岩のロック+樹)のマスター。
謎が全部繋がる。マスターと警察官である父親との関係、何故マスターがあゆみちゃんの家を知っていたか、何故学校がロッキーを出入り禁止としたか。

(つづく)

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アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -091-

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 エントランスでドアベルを鳴らすと、シスターの声で応答。
「すぐ行きますからどうぞお入り下さいな」
 ……教会という性質上、来る者は拒まず、なのだろうが、レムリアとしてはもう少しセキュリティレベルを上げた方がいいのでは?と思うのが正直なところ。アムステルダムは良くも悪くも自由な、自由すぎる都市だからだ。ちありちゃんを連れてきたのも昼だと判っているから。
 テレパシーを持つ自分ですら、日が暮れた裏路地は怖い。
 ドアを開けて顔を見せる。丁度シスターが現れ、オウ!と、目と口をアルファベットの〝O〟の形に小さく開く。
「(あなたはあの時の)」
 通訳の部分は略す。
「お世話になったそうで」
 ちありちゃんは頭を下げた。
 レムリアが日本の〝お辞儀〟の意味とタイミングを知ったのはこの時である。
 この動作は日本においては謝意を表すと、レムリアはシスターに説明した。
「日本からわざわざ?」
 シスターはその事実に気付いて更に目と口を開いた。
「ええ、私の魔法で」
 レムリアはウィンクして付け加えた。
「あらあらまぁまぁどうしましょう。日本、フジヤマ、キョウト、お茶。そうよお茶をお出ししなきゃ。遠い遠いところいらしたんですもの」
 来客が遠すぎて類推が及ばないせいか、悩ましく右往左往するシスターの向こうを、男の子がひとり、通りがかる。
「あ、『ヴァルキューレシルバー』」
 その子はすぐにちありちゃんのコスプレに気付いたようだ。指さして声をあげる。
 そのまま、周囲に叫びながら、来た道を取って返す。みんな来いよヴァルキューレがいるぞ……。
「さて、見つかっちゃったよ。どうする?」
 レムリアはいたずら少女の瞳でちありちゃんに言った。こういう場合、自分としてはやることは一つ。
「え?えっ!」
 何事かと戸惑い目を見開くちありちゃん。二人のやりとりにシスターは一歩下がって微笑。
 これから何が始まるか、予想が付いているのだ。
 正義の味方ヴァルキューレが日本から見参。〝第一発見者〟の子は孤児院中を触れて回り、恐らく孤児院の子ども達が全部集まった。
 頃合いである。レムリアはドラキュラ用の付けキバを口にくわえ、シスターの背後に回り、人質よろしく抱きかかえて広い場所へ。
「へっへっへ。シスターは我ら魔族が預かった」
 レムリアはちありちゃんにウィンクして見せた。
 日本語「活躍してね」。
 即席の正義の味方ショータイム。ちありちゃんも了解したようで、頷いてウィンクを返した。
「やっつけるわよ」

(つづく)

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