アルゴ・ムーンライト・プロジェクト -097-
婦人の帽子からオリエンタリスを抜き取り、花瓶に挿して差し出す。
「どうぞ、お持ち下さい」
レムリアは言い、
「快癒おめでとうございます」
オリエント急行車中で倒れた婦人は、一輪挿しを受け取り、目を見開き、大きく息を吸い、ハァと声に出して吐き出した。
ブラボーと口笛まで混ざって、余興は終わった。
観客だったお年寄りはめいめい、或いは看護師に付き添われて回廊の双方へ去ったが、件の婦人だけは、オリエンタリスを手にその場に残った。
「本当に来て下さるとは。殿下」
「いいえ、遅くなりまして申し訳ありません。お身体よろしくていらっしゃるようで、何よりです」
「そりゃそうよ。あなたは人生最高の瞬間をくれたの。あの瞬間を思い出すだけで副作用もリハビリもお花摘み。……ああなんて不思議で素敵なのかしら。ここに姫君が、本当の姫君が来ていて、それを知っているのはあたしだけなのよ。誰も知らないの。施設のスタッフもよ」
上気した顔、高揚した声。明らかにこの場所では大きな音量だが、やりとりの言語がオランダ語であるせいか、留まる目線はない。
「奥様、血圧が上がります」
「少しくらい構わないの。むしろその方が血の巡りが良くなるってお医者に言われたわ。安定しているし不整脈も出なくなった。全てあなたのおかげ。あなたを思うだけで身も心も躍るよう」
気恥ずかしいがそれは真実なのだろう。経験はないが、〝恋心〟がそういうものだと容易に想像が付く。恋する女は美しいという物言いが納得できる。血の巡りが活発化し、代謝も良くなる。
「まるで魔法。そうあなたは魔法使い!」
奥様は納得したようにハイトーンの声で言い、手を叩いてパチンと鳴らした。
快活そのもの、と言えるその音は、回廊を行き交う人々を、さすがに幾人か立ち止まらせるに充分だった。その立ち止まった中から一人、進路を変更して歩いてくる老男性。
「ほほう……あなたが、その魔法の看護師さんというわけですな」
医師であろう。白衣の男性が、古風な発音の英語で話しかけ、ゆっくり歩いてくる。薄くなった頭部、度の強い老眼鏡、ふくよかな頬や顎の回り。
「あら見つかったしまったのね。所長さん」
悔しそうな奥様。
「初めまして。こういう者です」
レムリアはウェストポーチからEFMMのIDカードを取り出し、所長と呼ばれた老男性に提示した。
所長氏は老眼鏡を上下に動かしながらIDカードを覗き込み。
目を見開いた。
「おお。……これはこれは。足をお運びいただき光栄です、ハイネス。いやしかしマジックショーの姫君がなんと……。でもまぁ、ここで声を大にする物でもありますまい」
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