【理絵子の夜話】空き教室の理由 -83-
舞い上がる塵埃。だがそれは逆に内川の目に入り視界を奪った。
「くそっ!くそっ!」
内川は目をしばたたきながら、幾度もライターをこすった。
しかし火花は立てども火は点かない。入り込む気流は不自然なまでに強く、着火を阻み、ホコリを払い、殺虫剤を吹き散らす。
必死な内川の背後にマスターが野球よろしく滑り込み、足をすくう。
内川がもんどり打ってひっくり返る。その手を離れ床面を滑って行くライターと、放り出され宙を舞う殺虫剤。
そして内川は、後頭部をしたたか床に打ち付けた。
硬く、低く、鈍い音。
「ぐえ」
踏まれたカエルさながらの声を発した、
の、次の瞬間。
殺虫剤がグランドピアノに激しく当たったかと思うと、ピアノ線が弾ける様々なトーンの音が、全てを引きちぎるように、鋭く、そして連続して響いた。
次いでピアノが軋み、ネコのそれに似た足がぐにゃりと曲がり、大音響と共にバラバラに分解して内川の身体の上に崩れ落ちる。
濛々たるホコリが舞い上がり、内川の身体をガレキに埋める。
マスターがガレキの山から木材片を取り出し、手に持ち構える。
風が収まる。
積み上がった木材の山の中から小さく聞こえる「助けてくれ」。
しかし助け出すつもりはない。理絵子は埋もれた内川の背後に立った。
「もう20年近く前から、警察では、当時の能力では利用出来なかった証拠を、将来の技術発展に託し、冷凍などの方法で保管しているそうです。そうした先見の明により最も大きな成果を得た例が、人体組織や分泌物を用いたDNA鑑定です。
内川さん、あなたはその、矢車さんに岬さんですか、彼女たちに、自ら、おぞましい切り札を残したのですよ」
理絵子は言ってやった。
後は父親が来るのを待つだけ。
だがそれより早く事象が生じると察知する。追いつめられた内川の精神が、恐怖から常軌を逸脱し、変調が生ずる。
そのプロセスは担任の発作と同じであるが。
内川の場合、その意識精神が、別の何かと接続された。
……来る。
「マスター離れて!」
理絵子は言い、錫杖を再び内川に向けた。
電撃に似た何かが、激しい頭痛を伴い精神神経回路を突っ走った。目の裏がそれこそフラッシュバックよろしく一瞬真っ白になる。
理絵子は目を閉じ歯を食いしばりそれに耐え、内川に目を戻した。
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