【理絵子の夜話】空き教室の理由 -84-
電撃に似た何かが、激しい頭痛を伴い精神神経回路を突っ走った。目の裏がそれこそフラッシュバックよろしく一瞬真っ白になる。
理絵子は目を閉じ歯を食いしばりそれに耐え、内川に目を戻した。
野獣のような咆哮。
狂。
その一文字が頭に浮かんだ。たった今、内川の意識精神は別の何かに変わった。
文字通り化物の怪力で内川が木材の山の中から身を起こす。うず高く積み上がった木材片を周囲に飛び散らせる。
理絵子は錫杖を化け物に向けた。
その目は炎のようであり、口は内部に深淵を蔵す。超感覚の捉えた様相がそのまま肉眼次元に反映されている。化け物が口を開いたその様は、眼窩に火を蔵した髑髏そのもの。
その正体を理絵子は知っている。狂気に乗じ、憑依して現れ出た魔界の住人。
死神。
この世に出してたまるか。
「臨兵闘者皆陣列在前、吽」
九字を切るという密教の行為を、火渡り儀式などの冒頭でご覧になった方も多いであろう。理絵子は今まさに錫杖を用いてそれを行った。上記のように唱えながら、銀色のリングが空中に格子状の幾何学模様を描く。意味は『兵に臨んで闘う者皆最前に列をなし鎮座して在り』、といったようなもので、字面から“総動員”的な意味合いがあることが読み取れよう。
更に
「バン、ウン、タラク、キリク、アク、ウン」
唱えながら星印の五角形、ペンタグラム(五芒星)を描く。陰陽道安倍晴明で知られるが、密教でも用いる。九字で描く幾何学模様と合わせてセーマン・ドーマンなどと呼ばれる。なお、こうした両者の密接な繋がりから、理絵子は神道・陰陽道の方も少々独学で知識を得ている。
更に再度九字を唱える。但し幾何学模様ではなく、胎蔵界大日如来を意味する、アーンクと呼ばれる梵字を描く。
この3つの動作で、狂にある内川に現出した死神を、理絵子は封じたことになる。
理絵子は錫杖で内川を、その向こうに存在を現した死神をまっすぐに指し示す。拳銃で狙いを定めるように、照準装置のロックオン動作に似て。
背後に存在を感じる。女の子達であり、もうひとり、強く大きな存在。
光の柱と理絵子は捉えている。太陽柱現象を想起させる、縦に長い楕円形の発光体である。三つが小さく、一つは大きい。そしてその一つは光が強い。
死神が去ると判る。この世への現出を諦念し、己の世界に帰ると判る。髑髏の口が……口惜しさか不敵さか、笑みを刻み、その存在感がフッと消失した。
狂のゆえに、羆の如く仁王立ちしていた内川の身体がくずおれた。
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