魔法の姫君とはんてんの騎士(アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部) -158-
レムリアはもう気が気でない。
「ドクター呼ぶか」
「でも私なんかの……」
男性に異変が生じた。
機械の唸りのような異様な声を発し、勢いで布団をベッドから蹴り落とし、体を折り曲げて吐血する。
「ああっ!」
レムリアと相原は同時に声を上げた。夫人が目を覚まし、突然の事態にどうしていいか判らず、立ち上がって狼狽える。
「手伝って。気道確保しなくちゃ」
レムリアはベッドを飛び出した。点滴の管を抜き、スリッパに足を入れる。
しかし
「痛!」
顔をしかめて脇腹を押さえる。筋肉を使うと痛みで力が入らない。
「待て」
相原は動こうとするレムリアを制し、両腕で抱き上げた。
いわゆるお姫様抱っこ。腕だけで40キログラムを支えるのは負担かろう。ちょっと震えているのが判る。ただ同時に、これが自分の脇腹に負荷が掛からない最善と気が付いた。
だから相原の首に腕を絡める。私を運んで。
「具体的にどうする」
相原はベッドへ歩を進め尋ねた。男性は激しく咳込み、そのたびにベッドに血の飛沫が文字通り噴き出している。まるで塗りつぶすかの如く。
「ベッドの上に下ろして。肺の中の血を出すからあの人押さえて」
「了解」
相原は答え、彼女を血の海と化したベッドに下ろした。
濃密な血の臭い。生臭さと、口の奥がギシギシする鉄さびの刺激臭。
「おとうさん、聞こえますか?おとうさん!」
レムリアは呼びかけた。が、男性はそれどころではない。苦しげに喉を掻きむしり、七転八倒しながら血を振りまいている。
肺の中で大量出血が起こり、呼吸不全になっているのだ。顔が青紫色に変わって行く。
「押さえて。仰向けに!」
レムリアの指示通りに、相原は男性の上半身を柔道“横四方固め”の要領で押さえ込んだ。
「そのまま、あ、ナースコールのボタンを!」
レムリアは言い、自分の口を使って老男性の口から血を吸った。
そして床の上に吐き出す。相原は痙攣する男性を抑えながら手を伸ばし、テレビの下に降りているコールボタンのケーブルに指先を引っ掛け、引き寄せ、押した。
相原の目に映ったのは、血液の飛沫を浴びながら、それでも必死になって男性を救おうとする浴衣の少女。
その横顔は凄惨だが、気高さと強さが横溢した。
老男性を全神痙攣が襲い、相原の感傷を吹き飛ばす。腕が動かなくなり、ただガタガタ震える。
「心停止!」
レムリアが声を出す。要するに心臓が止まったのだが全く動じない。
「任せろ」
相原は判っていた。寝技を解き、両手を揃えて男性の胸の上へ。
「いいぞ」
「お願い。圧迫15回呼吸5回」
「了解」
言われて相原は心臓マッサージを始める。右手の上に左手を重ね、上半身の体重を掛け、胸部がばくんばくんと動くほど力を込めて押す。相原にとって実際やるのは初めてだったのだが、レムリアの記憶がテレパシーで送り込まれた結果か、考えずともできたようだ。
その押す動作のたびに口から血が溢れる。それをレムリアが口を使って吸い出して捨てる。
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