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2026年1月

【妖精エウリーの小さなお話】異形・異郷にて(前)

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(前編)

 川沿い道をヘビが行く。
 ヘビはカエル類が大好物ですので、水辺にいること自体は不思議でも何でもありません。ただ。
〈ちょい待ち〉
 私は行き過ぎようとする白いヘビを呼び止めて手に取りました。
〈驚いた。なんで直接呼びかけられるんだ?〉
 意識に直接意思を届ける……私のしたことに〝彼〟は驚いたようです。意思のやりとりを人語で書いていますが、ヘビはもちろん人語を理解しません。そういう意味の意思のやりとり。要するにテレパシーです。
〈人間……〉
〈違うよ。妖精〉
 腕にくるくる身を絡め、怪訝な(に、見える)表情で私を見ます。近くに誰もいないので〝あるがまま〟の姿で私は川沿い公園にいますが、人間さんがいればどう思うでしょう。白い装束を纏う髪の長い女、に良く似た姿形をしていますが、背中にはカゲロウに近似した形の翅があります。で、腕に白蛇。
〈お前、日本のヘビじゃない上に妖精を知らない。ブリーディングか〉
 日本産のヘビで体色が白いのはいわゆるアルビノです。アオダイショウなどで稀に見られ、神の使いと崇められます。が。
 この子は元々白い種類。そして野生種であれば妖精の存在は遺伝子に入っていますので、忘れるくらい人工的に代を重ねた。
〈どこか目的地があるの?〉
 訳ではないようです。隙間があったからそこから出て、とりあえずいる場所を変えたいと思った。
 とはいえ外国のヘビが暮らせる環境ではないでしょうし、それはあってはならないこと。
〈どこから来たの〉
 頭部に額で触れ〝彼〟の記憶を逆行します。その筋の用語でサイコメトリ。200メートルほどの所のアパート。
……アパートでヘビ?しかも有毒種もろともブリーディング?この時私はそれが人間の法的にアウトであることを疑うべきだったのでしょう。ただ、それよりは飼い主にエサをもらうべきだと考え、私は彼をマフラーのように首に掛けて左右に足らし。
 背中の翅で舞い上がります。
〈おお、なんかすごい〉
〈あんた持って住宅街歩き回れますかいな〉
 飛ぶのはいいのか?白昼上を見て歩いている人間さんはあまりいません。何なら昨今手のひらの画面をじっと見ていることが殆ど。もし見られたら?……見たことを忘れていただきます。妖精を見たことを記憶している人間さんはほとんどいませんよね。
 果たして件のアパートの上空……から、降りたいのですが、様子が変です。パトカーが止まっていて、人だかりがあり、大きなトングや衣装ケースのようなものを持った警察官がたくさん。
「無許可でヘビ飼って売ってたんだって」
「あらやだ」
 おばさん達の会話。
 やがて男性がひとり、両脇を私服警察官に抱えられて連れ出されます。まぁ、そういうことなのでしょう。
 そこへこの子もそうですと差し出すべきでしょうか。私がなぜこの子を首に巻いているか信じてもらえる説明が出来るでしょうか。翅は縮めて見えなくするように出来ますが。
〈あの……〉
「仕方ない、来なさい。リクラ・ラクラ・シャングリラ……」
 呪文。仮に見ている人がいれば、思う言葉はテレポーテーション。

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【魔法少女レムリアシリーズ】虫愛づる姫と姫君 -26-

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「衆生を救う仏に仕えている坊主として、困った人を、ましてや子供さんを救えない大人の坊主に価値はなし。だから安心して連れてこい。副住職はオレにそう言ってた」
「でも……一方的にお世話になるなんて……」
「『子ども食堂』もやってるんだよ。そこで働いてくれればいいってさ。調理配膳のほかに、小さい子供達の話し相手になること、新しい友達になること、かけがえのない価値があるんだ、って。オレさ、よく言われんだ『お前誰それの友達になってやれ』って。普通それやられた方はムカつくじゃんよ。大抵、好きで一人でいるんだし。でも、中には本当に一人にしちゃいけない奴って、いるんだよ。そういう時の友達って、無敵なんだよ。だからお寺の方針はよく判る。森宮さんがそういう無敵の友達になってやってくれれば」
 森宮のばらは途中から目を見開き、その瞳を揺るがせて彼の言葉を聞いていた。書くまでもあるまい。“逆の立場”の意味と重さを彼女は理解している。
 そして涙を拭い、こくん、と、頷いた。
 姫子は、森宮のばらの目の下に、ハンカチを添えた。
「じゃぁ、行こうか。少し身の回りの物買いそろえた方がいいね。のばらちゃん一緒に来て。上のスーパーに寄るから。進君はぶっちゃけ荷物持ち手伝ってもらっていい?」
 姫子は言った。
「いいぜ。先生携帯返す」
 平沢進は森宮のばらの段ボールをひょいと持ち上げた。
「あ」
「おいおい女の子の私物を勝手に触るもんじゃないよ」
「え?そうなの?……これ姫ちゃ……相原さんのチャリンコ荷台に括っていいか?」
「いいよ。荷台にゴム紐巻いてあるから」
「オーケー」
「あ、あの……」
「気にするな友達じゃねぇか……大きさの割に軽いなこれ」
 先だって歩き出す平沢進を森宮のばらが追いかけて階段を降りて行く。
 姫子はそれを確認すると、大人二人に向き直る。
「先生は福祉面の可能な対応をお願いします。必要に応じてお寺か、私の家の方で大人の対応は手伝います。不動産様には不躾に怒鳴ってすいませんでした」
 姫子はそれだけ言って、先行く二人を追った。
 階段を降りて、買うべき物を確認するため、平沢進には“回れ右”をさせ、段ボールの中身を確認する。果たして森宮のばらの「私物」は、乱雑に放り込まれた学用品と体操ジャージだけであった。私服はおろか寝間着も肌着もない。
「パジャマとかは?」
「持ってたけど……出て行く時に汚えって捨てたんじゃない?私が自分で洗濯してたし」
 極めて残酷な物言いだと思うが、森宮のばらが腹を括っており、サバサバした喋り方なので、ヘタな同情はやめておく。不動産屋氏と別れ、徒歩で来たという森本と共に学校へ向かい坂を上がって行く。沈黙が怖いので会話。トワイライトスクールと泊まりのシステム。スケジュールやら決まりごとやら。その間森本は彼女らとは距離を置き、あちこちに連絡。それなりの対応マニュアルがあるということだろう。

(つづく)

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【魔法少女レムリアシリーズ】虫愛づる姫と姫君 -25-

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 超能力な追跡が出来なくはない。とっ捕まえることは出来なくない。ただ。
「探してくれようとしてる?探しても無駄でしょ。向こうは清々したと思ってるわけだし、仮に見つかっても元に戻ることはないよ。別の追い出すか死にたくなる算段をするだけ。こっちこそスッキリ縁切れて根無し草。あんなのに怯えて暮らすより一人で生きた方が気楽。どのみちいつか抜け出そうと思ってたし。不動産屋さんすいませんでした。先生も……親と暮らせないとか、テレビで見たけど震災孤児とか預かる施設さえ見つけてもらえれば……」
 森宮のばらの目から、そう言いながら涙溢れる。心と裏腹な、そして目一杯の気丈な振る舞い。
 このままではこの娘は壊れてしまう。
「のばらちゃんウチにおいでよ」
 姫子が思わず言うと。
「だめ!」
 森宮のばらは強く拒否した。
「それはだめ。仮に今夜一晩は泊めてもらったとしてその後どうするの?金なし服なし穀潰しだよ私。今日一日だけであんなに、あんなに迷惑掛けたのに、もうこれ以上は……その……お友達だと思うから……お友達には……」
 唐突に段ボールを抱え、歩き出そうとする森宮のばらの行く手に立ったのは平沢進。
「森宮さんちょっと待ってくれ。俺ら何も迷惑だなんて思ってないぜ。それに心当たりがあるから……先生、携帯電話を貸してくれ」
「構わんが、どこに掛けるんだ?」
 森本は首から下げた携帯電話(スマートホンではない)のロックを解除して差し出した。
光龍寺こうりゅうじ。ウチの裏手のお寺さんです。そこでトワイライトスクールを運営しているのはご存じかと」
 電話番号をプッシュしながら話す。
「ああ、働いてる親御さんが帰るまで預かって、だな」
 姫子は気付いた。そう言えば。
「泊まりを始めたんですよ。親御さんに病気やなんかでどうにもならない時に備えて……地震の後整備しました……あ、進です。いつもお世話になっております。その……『どうにもならないこと』が僕の友達に発生しまして……あ、はい」
 森宮のばらは振り切って歩き出そうとする。平沢はその手首をヒョイと掴む。野球部少年の握力は華奢を極めた少女の全力の及ぶところではない。
「副住職。進です。……はい、女の子です」
『その子はそばにいるかね?その子にこの電話を聞こえるように出来るかね?』
 平沢進は携帯電話をハンズフリーモードにした。
「どうぞ」
『女の子さん。安心していらっしゃい。妻と待っているよ』
「あ……」
 森宮のばらが何か言う前に、電話は切れた。同時に、平沢進は手を離した。もう、森宮のばらは走り出したりしない。

(つづく)

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アルゴ号とレムリアのこと

いや「虫愛づる姫」の更新は予定通りなんだけれども、毎日更新がパタッと終わったら何か間延び感があるから、後書き代わりに何か書くわ。

雑誌「ニュートン」で連載していた星座の話に一枚の絵がありました。ロレンツォ・コスタ 『アルゴー船』

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……いい時代になったものでネットで検索するとすぐ出てきます。そのちょっと浮かんで見えるイメージは同じくニュートンの記事「反物質ロケットの未来」(だったと思う)の内容と結びつき、一つのシステムが誕生し「お話書きたい中枢」を刺激しました。
「超高速救助隊なんか、どや?」
コロンブスのサンタマリアに寄せた3枚マストの帆船で、しかしその帆は大きく広がるソーラセイル。駆動機関は人類が知りうる最速の原動機光子ロケット……。似合いの超兵器を持たせ、男達が敵と困難を銃器とパワーで破壊しながら世界をまたに掛け救って行く……熱いでしょ?でも書き始めようとしてすぐ困難に直面しました。火力差のゴリ押しだからあっという間に片付いてしまう。物事の羅列になってしまって感情を揺さぶってくれない。何か足りない?それともプロットに肉付けして行くタイプか……折に触れ書いてますがあたしゃプロット立てるタイプではありません。プロット=あらすじを作って肉付けするくらいなら、そのまま書き始めます。ただ、ストーリーのイメージが先行すると書くのが追いつかないのでプロット形式を取るものもあります。が、そのプロットも進まない。んーこりゃ構造的な欠陥(不足)があるな。
「物語には女神が必要である」とは故・平井和正氏の至言だと思いますが、同時に「美少女に頼るのは負け」という意地もありました。
「私じゃダメですか」
作中彼女は招聘を受けて参加するわけですが、実のところ乗せろと言ってきたのは彼女です。そう「こんな女の子にしよう」と考えたわけではないのです。女の子を乗せようか、思った瞬間にそばにいて手を上げた、イメージとしてはそんな感じです。長銃を振り回すゴリマッチョと対極にある魔法娘。そして本部で見守る女神様……の予定だったセレネさんも乗りますか?喜んで。
2002年に一旦完結を見ますがそこから現実世界はインターネットとそれをインフラとするコンピュータ・視聴覚端末の長足の進歩を見ます。するとそれなりに先端技術を乗せたあれやこれやが陳腐化しました。船のコンピュータはセレネさんの脳波拾って現地へ急行……これは最初からのパターンですが、人工知能として出来る内容が現実に追い越されました。
こりゃいかん。
で、2020年代の「出来ることと出来そうなこと」で組み直したがこの159回分、ということになります。おかげさんで(?)アルゴ号のコンピュータはお利口さんになったし、各種ガジェットも小型でスマートになりました。これならまぁ、向こう暫くは互して戦えるでしょう(何と?)。
この時12歳だった魔法の国のお姫様は、現在16歳の高校生になって……おっとっと、という所までは書き進んでいます。まぁ、ぼちぼち。

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【魔法少女レムリアシリーズ】虫愛づる姫と姫君 -24-

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 多摩川の堤防が見える所まで坂を下りると、右手に墓地の入り口があり、大きなその募集看板が見える。そして、看板の向こう側、1つだけ廊下の明かりが灯る二階建てのアパート。その二階部分に人影が複数。恰幅は森本でスカートは森宮のばらで、スーツの男性?
 階段下には白い軽自動車が止めてあり、ドアには不動産屋の広告と電話番号。管理会社か。
 近づくと軽は到着して程なくのようでまだボンネットが温かい。幽霊、と森宮のばらが自虐したアパートは「古びた」という表現が使え、鉄製の外階段は赤さびが目立ち、歩くとグラグラ揺れ、照明に蜘蛛の巣が白く光る。
 階段を派手にカンコン足音立てて上がって行ったせいか、目線が二人を待ち構えていた。
 投げ置かれたような段ボール、その傍に座り込み肩を震わせて泣きじゃくる森宮のばら。
「あんたがた!のばらちゃんに何をした!」
 彼女姫子は怒鳴った。それは小柄な外見と似つかぬ度肝を抜くような大音声であり、墓石並ぶ急斜面でこだまのように反響して広がった。
 ただし、それはブラフである。自分が彼女の絶対味方であるという意思表明に過ぎない。
 驚愕の丸い目3人。涙を止めた森宮のばら。困惑の森本と、同じく困惑しているスーツの男性。
「あ、相原さん落ち着いて。ちゃんと話すから。その生徒手帳なんだが……」
「いいよ先生……相原さんは隠し立てなんか要らない」
 森宮のばらはぼそっと言った。泣きはらしたのかしゃくり上げるような声。
「母親に捨てられた」
「は……」
 瞠目する姫子の前に森宮のばらはメモを差し出した。走り書き。
『出て行くならこのキタネエのぜんぶもって行け』
「帰ったら、カギが合わなくて、先生に頼んで不動産屋さん来てもらって……そしたら転居したって」
 そのスーツの男性であろう。彼女が勢い余ってギロリと睨み上げると。
「転居先を、とのことなんですが、何せ契約者様お一人の契約で、個人情報ですので身分証明が必要でして……」
 気圧されたように引きつった笑みを浮かべて言う。
「私が担任だと言ってもダメだと言うんだ……君も、その平沢君も持ってないということは、無かったんだな?」
 姫子は歯がみした。彼女が生徒手帳を落とした責任は連れ出した自分にあろう。それは探すとして。
「他の手段はダメなんですか?住民票とか」
「いいよ」
 森宮のばらは再びぼそっと。
「いいよ相原さん。わたし、戸籍無いはずだから。だから保険証もないんだし……3時までに帰って部屋中掃除して食事の準備。それが置いてやる条件って言われてたの。破ったの私だし……」
 ネグレクト(neglect):保護者としての責任放棄。見れば交換されたカギはピカピカ輝き、しかし古典的なシリンダー錠であって、森本に見せた“おまじない”で開けることは可能であろう。だが、段ボールは彼女の少ない私物を恐らく“全て”押し込まれたと見え、室内は空っぽの公算が高い。

(つづく)

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魔法の姫君とはんてんの騎士(アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部) -159・終-

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「ストップ」
言われて心臓マッサージを一旦停止。レムリアが人工呼吸。
「どうしました……あ」
 ナースコールで駆けつけたのは小柄な看護師。先ほどの看護師ではないが、事態は瞭然。
「吐血しました。ドクターをお願いします。喫煙したようです。CPR(心肺蘇生)はできますので手配願います」
 レムリアは血塗れの顔で状態を報告した。看護師は数回頷き、腰につけている院内PHS電話機に手を伸ばした(PHSは一般向け簡易携帯としては2010年までに殆ど姿を消したが、企業の内線電話向けとしては引き続き利用されている)。
「すぐ戻ります」
 看護師はひとこ言うと、一旦その場から走って消えた。
 程なくして別の看護師とストレッチャーを持って来る。
「学!」
「はいよ」
 看護師らも加わり、老男性をせーので抱え上げ、ストレッチャに移す。
「手伝います。私もナースです」
 レムリアは血を拭うこともせず、ストレッチャーの下にあったAEDを見つけて中を開けた。
 看護師のPHS電話機が鳴る。
「はい、判りました。今AEDを……すぐ行きます」
 看護師が応じ、電話を戻す。
手術オペ室へ行きます。じゃあ悪いけど一緒に」
「もちろん。学、お母様のほうお願い」
 レムリアは言うと、看護師らと共に、ストレッチャーを押して風のように去った。
 相原はその後ろ姿を見送ると、口の端に薄笑みを浮かべた。
「あの……おじいさんは……」
 夫人が心配そうに相原を見上げる。
「大丈夫です。ちょっと出血したようです」
 相原は膝小僧をすりむいたかのように軽く言った。
「でも」
 ベッドは血の海であり、一部したたり落ちるほど。
「大丈夫、彼女……医療奉仕活動やってましてね。世界中で沢山の人々を助けてます。自分も同じように肺に骨が刺さりましたがこのように。彼女のおかげです。待って下さいね。今後の対応について看護師に連絡を取り……ああ」
 相原は言うと、自分が座っていた椅子を夫人に勧めた。そこへ、連絡を受けたのだろう、先の愉快な看護師が小走りで到着。
「あれ?坂口さかぐちさ……」
 夫人が所定の位置にいないためか、見回す。
「こっちです。大丈夫です。落ち着いてらっしゃいます。ベッドの交換を……」
 看護師は夫人が移ったことに気づき、表情を緩める。
「オーケイ。手配する……もう一度洗濯だねそれ」
「ですかね。で、お母様どうしましょう。説明を受けられたいと思うんだけど」
 相原の言葉に、看護師は小気味よいとばかり、口の端に笑み一つ。
「ご案内しますのでこちらへ」
 看護師は夫人を伴って立ち、出入り口で立ち止まると、相原を振り返る。
「彼女は?」
「もちろん旦那さんと一緒に。来るのを待つ娘じゃないっす」
「やれやれ……入院が伸びるぞ。鬼だね」
「いや、魔女の本領かと」

 アルゴ・ムーンライト・プロジェクト/第2部~魔法の姫君とはんてんの騎士~ 完
(アルゴ・ムーンライト・プロジェクト・終)

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魔法の姫君とはんてんの騎士(アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部) -158-

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 レムリアはもう気が気でない。
「ドクター呼ぶか」
「でも私なんかの……」
 男性に異変が生じた。
 機械の唸りのような異様な声を発し、勢いで布団をベッドから蹴り落とし、体を折り曲げて吐血する。
「ああっ!」
 レムリアと相原は同時に声を上げた。夫人が目を覚まし、突然の事態にどうしていいか判らず、立ち上がって狼狽える。
「手伝って。気道確保しなくちゃ」
 レムリアはベッドを飛び出した。点滴の管を抜き、スリッパに足を入れる。
 しかし
「痛!」
 顔をしかめて脇腹を押さえる。筋肉を使うと痛みで力が入らない。
「待て」
 相原は動こうとするレムリアを制し、両腕で抱き上げた。
 いわゆるお姫様抱っこ。腕だけで40キログラムを支えるのは負担かろう。ちょっと震えているのが判る。ただ同時に、これが自分の脇腹に負荷が掛からない最善と気が付いた。
 だから相原の首に腕を絡める。私を運んで。
「具体的にどうする」
 相原はベッドへ歩を進め尋ねた。男性は激しく咳込み、そのたびにベッドに血の飛沫が文字通り噴き出している。まるで塗りつぶすかの如く。
「ベッドの上に下ろして。肺の中の血を出すからあの人押さえて」
「了解」
 相原は答え、彼女を血の海と化したベッドに下ろした。
 濃密な血の臭い。生臭さと、口の奥がギシギシする鉄さびの刺激臭。
「おとうさん、聞こえますか?おとうさん!」
 レムリアは呼びかけた。が、男性はそれどころではない。苦しげに喉を掻きむしり、七転八倒しながら血を振りまいている。
 肺の中で大量出血が起こり、呼吸不全になっているのだ。顔が青紫色に変わって行く。
「押さえて。仰向けに!」
 レムリアの指示通りに、相原は男性の上半身を柔道“横四方固め”の要領で押さえ込んだ。
「そのまま、あ、ナースコールのボタンを!」
 レムリアは言い、自分の口を使って老男性の口から血を吸った。
 そして床の上に吐き出す。相原は痙攣する男性を抑えながら手を伸ばし、テレビの下に降りているコールボタンのケーブルに指先を引っ掛け、引き寄せ、押した。
 相原の目に映ったのは、血液の飛沫を浴びながら、それでも必死になって男性を救おうとする浴衣の少女。
 その横顔は凄惨だが、気高さと強さが横溢した。
 老男性を全神痙攣が襲い、相原の感傷を吹き飛ばす。腕が動かなくなり、ただガタガタ震える。
「心停止!」
 レムリアが声を出す。要するに心臓が止まったのだが全く動じない。
「任せろ」
 相原は判っていた。寝技を解き、両手を揃えて男性の胸の上へ。
「いいぞ」
「お願い。圧迫15回呼吸5回」
「了解」
 言われて相原は心臓マッサージを始める。右手の上に左手を重ね、上半身の体重を掛け、胸部がばくんばくんと動くほど力を込めて押す。相原にとって実際やるのは初めてだったのだが、レムリアの記憶がテレパシーで送り込まれた結果か、考えずともできたようだ。
 その押す動作のたびに口から血が溢れる。それをレムリアが口を使って吸い出して捨てる。

(次回・最終回)

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【魔法少女レムリアシリーズ】虫愛づる姫と姫君 -23-

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 7

「姫ちゃん。森本先生から電話」
 彼女が“母”と呼ぶ夫候補の母の声に、彼女は眉根を潜めた。その日の夕刻、5時半近くで、これから早めの夕食を摂って塾へというところ。森宮のばら関連に相違ないのだが、彼女は30分前に森本に引き渡している。ちなみに二人ともハチに刺されたわけではないが、森宮のばらは何度か転んだし、自分も膝突いての方向転換や、道路脇の草に触れるなどして、絆創膏の必要な傷を幾つか作って適当にやさぐれている。
「はい。お電話代わりました」
『ああ、森本だが、君、森宮の生徒手帳を知らんか?』
「は?」
 唐突すぎて事態が飲み込めない。ただ、電話の向こうに森宮のばらの嗚咽が聞こえる。
「のばらちゃん何かあったんですか?」
『……ああ。それで……』
 要領を得ない。言葉を濁す何かがあるのは判る。
「今どこですか」
『いや……』
 面倒くせぇ。テレパス使わせろ。
「彼女のおうちの前ですね?のばらちゃん聞こえる?今行くからちょっと待ってて」
 電話を切り、ジーンズにブラウスの上半身に体操ジャージを上着がわりに羽織ると、母なる人も慣れたもので。
「塾には連絡しておくわ。何かあったら電話なさい」
「はい」
 電動アシスト自転車に電池を仕掛けて車庫から駆け出す。彼女のアパートは家から左へ出て坂道を上がった方が早いが、生徒手帳がどうのと言った。落としたか何かしたのだろうか。ならば彼女が寝そべっていた草むら四阿の前を通ってみようか。
 右に折れて急坂登って学校の方へ。学校前の十字路を左に折れて遊歩道……そこにはジャージ姿の平沢進が懐中電灯を持って地面を照らしている。
「ヒラ、どうした?森本先生からの電話?」
 彼には伝言を頼んだので、森本がアクセスするなら自分と彼だろう。
「ああ、森宮さんが生徒手帳をなくしたって……でも、見つからない」
 見れば草むらはかなり踏み倒されており、彼がくまなく探してくれたと見て取れる。
 超感覚はここにあるとは言ってない。ならば寝かした船内か。いや、船は活動前後の自身の質量を見ているので、あればそれと判る。
 散々暴れ回ったバスの転回場だろう。自分の物じゃないので認識が薄く、超感覚は反応しなかったのだ。
 ともあれ。
「彼女の泣き声が電話越しに聞こえた。どうも普通じゃない。行ってみようかと思う」
「家知ってるの?」
「判るよ」
「オレも行くよ。報告しなきゃならないし……あ、オレは走って行くからいいよ」
 自転車とランニングで並んで走り、二人は川沿いへ向かう長い坂道を降りて行く。道は細く、舗装が古くデコボコしており、聞くに住宅街ができる前からあるとか。

(つづく)

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魔法の姫君とはんてんの騎士(アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部) -157-

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 レムリアはテレビを覗き込みながら言った。男性の頭があって画面がよく見えない。
「同じく何もなし。まぁあんなもの正体ばれたらえらいことだが。ちょっと借りるよ」
 相原は言うと、レムリアの衛星携帯電話を手にして窓際に向かった。
「Hello,this is Manabu-aihara from remlia's mobile phone.Please show me star-ship argo's status………yes……yes,Oh I know……that's famous company……yeah,I'll be slave from next spring.So thank you.And now Princess so well good-condition……yes,bye」
(雑訳:相原がレムリアのモバイルから通話です。アルゴ号の状態は?その会社なら知ってます来春からそこの奴隷。姫様はご機嫌麗しく。では失礼)
 相原は終話ボタンを押して戻った。
「本部の曰く鎌倉にある宇宙機やってる会社に保管中とさ。セキュリティからも妥当だろう……って、聞いてないな」
 レムリアはテレビの情報に集中している。詳しく知っても動けないが、気になる。人ごとではいられない。そのバスが遊園地に出かけた子供会の帰路と聞けば尚。
 コマーシャルになった。
 そこでベッド上の老男性が夫人の方を見、のっそりと起き上がり、咳をしながら部屋を出て行く。
「肺炎……」
 老男性の姿が見えなくなったところで、レムリアはぼそっと呟いた。
「しかもかなり悪い……やだな」
 レムリアは下唇を噛んだ。
「それは予感?」
「て言うか……あの人まさか……」
 レムリアは夫人の方を見た。夫人は椅子の上でこっくりこっくり居眠りをしている。
 男性は奥さんの居眠りを見計らって立ち上がったに相違ない。
「ヤバくね?」
 期せずして二人は顔を見合わせた。相原も自分と同じ懸念を持ったと理解する。
 数分後、男性が帰ってきたが、先程以上に咳が酷い。
 そして呼気に含まれる臭気。
 二人は頷き合った。
 男性はトイレか何かでタバコを吸ってきたのだった。タバコを吸う人間と吸わない人間では存在を感知する閾値が大いに異なる。喫煙者が皆無と感じる程でもあからさまという表現が使える。
「まずい……んだけど」
 レムリアは呟いた。老男性の咳はゴボゴボと泡立つような音だ。いや本当に泡が立っているのかも知れぬ。肺の中に発生しうる液体・水分とは即ち。
 男性はレムリアの視線に気付き、すぐに避けるように目を背けた。
 そしてベッドに潜り込み、息を押し殺すようにして咳をする。布団の大きな動きから呼吸が不調であることはすぐ判った。

(つづく)

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魔法の姫君とはんてんの騎士(アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部) -156-

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 恐らく、今後のことを考えると、彼には正直に話すべきなのだろう。が、今それを全て話すのは時期尚早、というか、おのずと知ってもらう時が来る、そんな気がする。
 なので。
「いい思い出ないもん。多分どこの姫様にも大なり小なりあると思うよ」
 レムリアは目線を外した。
 相原は両の手を広げて軽く持ち上げた。アメリカ映画で諦念の意思表示に使われるジェスチャー。お手上げ、ノータッチ。
「判ったごめん立ち入ったこと訊いて。レムリアとしか呼びません」
「いいよ、別に」
 レムリアは笑った。ごめんね。
 すると、相原は薄笑みを浮かべて。
「姫君か。船乗って奇蹟を起こして回る姫ね……いいじゃんか、なるほどミラクル・プリンセスだな」
「そうかな」
 ちょっと照れる。それは目の前開かれたままの記事の最後の方に書いてある。キームゼーでも聞いたことだが、自分が言ったことではないから、周辺にそう言われているということだろう。
 ただ、アルゴ号は本当に奇跡を起こすためのキカイだ。メディア姫がアルゴ号で救助する側。それはそれでいいではないか。 
「かっこいいじゃねぇか。姫様舞踏会でドレス引きずり回してるだけじゃねえぞってな」
 レムリアはブッと吹いて笑った。姫様イメージぶちこわし。
 彼の目が、レムリアを見る目に戻ったと知った。
「副長とか、どうしただろ」
 話題を変える。〝最大の懸念〟が解決したせいだろう、次の心配はそっち。
 ハッと気づく。まずその心配をすべきだったのでは。……自分優先に反省。
「ん?新聞には何も書いてないよ。オレも逮捕されたが現在ただいまここにいるわけで。乗組員推して知るべし。イスラエルは写真出してるし、ちありちゃんに発言されたら日本政府は信じるしかないでしょ。コルキス本部と裏で何かやってると思うし。何でも同盟国合衆国の言いなりの可愛い犬ってわけじゃない。心配するこたないと思うぜ。何か感じるか?」
 テレパシー。予感など特になし。
「そっか。そうだね」
 レムリアは頷くと、箸を盆に戻した。
「ごちそうさま」
 久々にまともな食事を摂った気がする。今回船の中では自分のクッキーすら口にしなかった。
「もういい?売店で何か……」
「ううん、いいよ」
 レムリアはうーんと唸って伸びをした。相原が空食器を載せた盆を脇机に移す。
 外が騒がしくなってきた。救急車のサイレンに加え、ヘリコプターの飛行音。応じて廊下をバタバタ行く足音が幾つか。
 隣の老夫婦の見ているテレビに速報。空撮画像によれば、玉突き事故にバスが巻き込まれ、横転している。
「船があれば……そういや船は?」

(つづく)

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魔法の姫君とはんてんの騎士(アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部) -155-

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 そこで院内放送のチャイム。先ほどの個人呼び出しと異なる雰囲気であり、応じてコミカルな看護師にも緊張が浮かぶ。
 放送の曰く、首都高でバスの絡んだ大きな事故があり、急患が大勢押し寄せるという。手空きの者は対応願う。
「あのあたし……」
 彼女メディアは自らを指さし、ベッドから出ようとした。
 看護師が目を剥いた。
「え?おいおいうちの病院は腹の傷パカパカしてる娘を手伝わせる趣味はないよ。それにナースは充分足りてるから。寝てなさい。これは命令」
「はーい」
 彼女メディアは不承不承といった風情で頷いた。看護師はニコッと笑うと、部屋から出て行った。
 視線を感じて振り返ると相原が見ている。
 それは傷付いた、そばにいた、彼ではなく、テレビの向こうのタレント……〝存在は知っているが接点は無い〟相手を見る目。
「姫様、ねぇ」
 相原はマンガに出てくる古代中国の任官のように、右手をガウンの左の袖に、左手を右手の袖口に入れ、腕組みした。
「ええ」
 レムリアはちょっと気取ってペットボトルの緑茶を口に含んだ。それこそ古い東洋からの使節団の訪問を受けたみたいだ。
「王女様」
 相原は恭しく拝跪し、そう口にした。
 王女は口に含んだ日本茶を反射的に吹き出しそうになった。
「ちょっとやめてよ」
「姫、おひいさま」
「きゃあ」
「本日はご機嫌麗しく、このはんてんの騎士、ご尊顔を拝し奉り恐悦至極に存じます」
 相原が使った最大限の敬語は、レムリア自身はそうとは知らなかったが、古風な響きから日常的なものでは無いことは理解出来た。
 王女は顔を真っ赤にして相原を見た。
「やめて……ぎゃはは……さぶいぼ(鳥肌)が出る」
 その所作はやんごとなきお方共通の高貴で淑やかなイメージではない。
 Tシャツ短パンで飛び回る元気な女の子レムリアである。
 そして、自分、それでいい。
「やっぱりレムリアだ。ってか、よくさぶいぼなんて言葉知ってるな」
「いいよそっちで。私だって……その、ボランティア活動の芸名とでも言うかな、ニックネームそっち使ってるから。メディアなんてマスコミかデータディスクじゃあるまいし、ましてや姫だの王女だの……ガラにもない」
「でも王女様なんだし……気が引けてさ。某国だってそういう血筋の方は宮様って呼んでるし」
「嫌、血筋は意識したくない」
「なんで。プリンセスは女の子の憧れ、ってのが童話の定番だし、グレース・ケリーとか、似たような事案は国あげて羨望のまなざしだけど」
 相原のシンプルな質問にレムリアは答えを躊躇った。普通の女の子は姫様になれると聞いたら喜ぶのであろう。比して最初から姫だと姫なりの事情があるのだ。

(つづく)

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魔法の姫君とはんてんの騎士(アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部) -154-

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 相原は記事を数ページめくる。挿入されたグラビアに写っている戴帽式でナースキャップの彼女。王宮の庭だろうか、馬にまたがりポロのスティックを操る彼女。どこかに国賓として家族で訪れた時のものだろう、青いドレスで豪華な彼女。
「姫」
「はい」
「看護師さんコレ普通の入院食……」
 相原は尋ねた。
「ええ、さすがに冷めたからレンジでチンしたけどね」
「レッキとした王族の娘が都内の病室でシャケ弁当を食べているの図」
「あのー描写しないでいただけますかねはんてんの騎士殿」
「これは失礼。しかしホントに?」
「ホントに」
「ホントのホントに?」
「ホントのホントに」
「だとしたら国賓待遇じゃ……」
 それを聞いてレムリアは箸を置いた。
「いいです。このまんまで。今まで通り扱って下さい」
 姫、と聞いた瞬間、みんなの態度が変わってしまう。一歩引いてしまう。ガラスのバリアを張ってしまう。
 それは、いや。
 特に、この、相原という青年はそんな存在にしたくない。
「いいの?じゃない、よろしいのですか?」
 看護師は困惑気味に訊いた。
「ええ。そういうの嫌いなんです。私は私なのに家系だけでみんな勝手に決めてしまう。なのでどうか」
「判った。じゃ、特別扱いはしないよ」
 看護師は言った。
「ありがとうございます」
 レムリアは頭を下げた。その後、二人はカルテを作ったのだが、女の子だし、ということで相原は外へ出された。
 相原が向かったのは休憩室。携帯電話の電源を入れようとし、電池切れで応答せず、新聞を手にする。
〝欧州宇宙船、戦争を止める〟
 イスラエルと東京湾のクジラが写してあり、更にイスラエル側はアルゴ号が作った光の柱を公開している。犯人はネオナチの手合いとだけしてあり(イスラエル視点ではそうなろう)、解決は欧州宇宙機関が秘密訓練していた新型宇宙船にレーザ兵器THEL(Tactical High-Energy Laser)を積み込み、というストーリー。まぁ誰かがデッチ上げた以外の何物でもない。無論、日本人某が出てこない一方、人種差別の繋がりも出てこない。以下もんもんと社説や政府の対応への苦言、安全保障だ自衛権だ。
 相原が呆れて戻ると看護師がカルテを胸に立ち上がったところ。
「終わった……」
「よ。いいよ。じゃあ身元保証その他の窓口は派遣団の方に照会すればいいのね」
「はい」
「判った。治るまでゆっくりして行きなされて」
「ありがとうございます」
 レムリアは答えた。自分を見る相原の目が変わっていると感じる。メディア姫を見る目になっている。

(つづく)

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魔法の姫君とはんてんの騎士(アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部) -153-

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「メディア・ボレアリス・アルフェラッツ」
「へぇ……何か古風な響きね。どこの言葉?」
「ラテン系の古語と聞いてます。メディアが私自身の固有の名前。ボレアリスは称号で北方の冠の意味、そしてアルフェラッツは国名です」
「称号に国名?名前に国名って凄くない?日本武尊みたいじゃない。え、ちょっと待ってアルフェラッツ……」
 聞き覚えがあるのか、看護師は腕組みして考え込んだ。
 相原が二人の会話、言葉のピンポンに合わせて、目玉と首を行ったり来たり。
「12歳」
 看護師は念押しするようにレムリアを指差した。
「はい」
「ナース」
「そうです」
「ちょっと待っててよ。彼にも何も言っちゃダメ」
 看護師は首を傾げて言うと、バインダーに挟まれた書きかけのカルテをベッドに置いたまま、部屋から出た。
「バレたかな?」
 レムリアは呟いて舌を出した。
「え?」
「いやこっちの話。わーいいただきま~す」
 割り箸をぱちんと割る。
 相原はあんパンの袋を破って取り出し、かじる。
 1分も経たず、看護師が何やら雑誌片手に戻ってきた。
「これでしょ」
 ページを開き、ベッドの上に広げる。
 そこには頬を赤らめ、看護師の白衣に身を固めたレムリア。
 “最年少看護師はお姫様”
 相原の全身が凝固した。
「へ?」
 今度は相原が冷静さを失ったとレムリアは思った。
 シャケの切り身から小骨を抜く。ちょっと勝利感。
 看護師は記事とレムリアを見比べ、納得したように頷いている。
「日本のような看護と平和を世界に……道理でペラペラだし箸も上手に……お使いになる、というべきね。ハイネス」
「ちょっと」
 相原は看護師の手から雑誌を横取りし、記事の本文を読み始めた。
「……世界各国の難民キャンプや野戦病院に医療補助を行っている国際医療ボランティア、欧州自由意志医療派遣団に、このほど現役世界最年少の看護師が誕生した。彼女はメディア・ボレアリス・アルフェラッツ殿下、12歳である。アジアとヨーロッパの境界に位置する小国、アルフェラッツ王国のレッキとした王女様だ。姫は幼少のみぎりから困っている人を助けたいという希望を強く持っておられ……」
 相原は丸い目をしてレムリアを見上げた。
「王女様なの!?」
 大きな声は老夫婦が振り向くほど。
 しかし、老夫婦の反応はそれだけ。普通、日本の大学病院でシャケ弁食べてる異国の姫という組み合わせは、存在しない。
「そういうことになりますね」
 姫の名を持つ少女は、ニコッと笑ってシャケの切り身を口の中に放り込んだ。

(つづく)

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魔法の姫君とはんてんの騎士(アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部) -152-

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 全身が熱くなる。何だろうこの恥ずかしさは。
「お、おい熱いのか?」
「そうだけどそうじゃなくて」
 何だこれ。
「不適合反応は起こってないから」
「オレの血が身体の中巡ってるって?」
 ぎゃー!
 図星という日本語を理解する。そう、自分はそれを意識して唐突に恥ずかしくなっている。
「そういう反応しなくてもいいだろ。どうせ二週間だかで全部入れ替わるんだろ血液って。脾臓ひぞうってそのためのもんだって聞いたぞ」
「でもさ。なんかさ」
 レムリアは下を向いてしまった。恥ずかしくてまともに顔が見られない。
 何で?
 自分が女だから?
 好きと言われたから?
「恥ずかしいって?」
「だって……あなたの一部なわけじゃん」
 ぎゃー!何言ってるんだ私。
「そういう捉え方するから赤くなるんだ。ガクジュツ的には単なる蛋白質と糖の分子の集合体に過ぎんだろうが」
 相原が心なしかニヤニヤ笑っているように見える。逆に主導権を取られたと感じる。
「で、でもDNAはあなたのものを持ってるわけじゃん。それが……」
「何が言いたいんだ、何が。血液細胞は自己繁殖はせんぞ。そーいうことは良く知っとるはずだろうが」
「でも……」
 言い返したいが、言い返したいために言葉を選ぶと逆に意識しちゃって空回り。
 何だこれ。自分、何だこれ。
 冷静さはどこ行った。
「じゃ返すか?血漿なんかもう同化してるから分離できんぞ」
「エッチ!」
 で、アカンベエ。ああこれいっぺんやってみたかった奴だ。
「あのなあ」
「傍から見てるとイチャ付いてるようにしか見えんわね」
 ノックがあって先程の看護師である。食事一式を載せたプラスティックのお盆と、何やら茶色の紙袋を持って立っている。
「はい食事持ってきたよ。あんたはこれね」
 はんてんの騎士には紙袋の中からあんパンがひとつ支給された。120円。消費税込み。
「あっと、お箸大丈夫だっけ」
「はい」
 レムリアのベッドにテーブルがセットされ、食事が置かれる。
 お盆の上は純和風。
「いただきます。あーおなかペコペコ」
「どうぞ。それとこれね」
 看護師は再び紙袋に手を入れる。それはレムリアのウェストポーチ。
「あ」
 レムリアは箸を置き、ポーチを手にした。
「どうもすいません」
「ベルトの所血が染みててね、クリーニング。さっき届いたのよ」
「綺麗に取れてます。で、あたしの名前はこれです」
 レムリアはポーチを開き、彼女が属する医療派遣団のIDカードを取り出した。
 相原がハッと気づいたように覗き込む。
「12歳。え?あらあなたもナース?なの?え?12歳で?」
「はい」
「メディア……ごめん、これなんて読むの?」
 レムリアは一呼吸おくと、看護師と、相原を見た。

(つづく)

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予定とか目論見とか野望とか

明けました。おめでたいかどうか知りませんw

「空き教室」は25年末に完結しました。作中の時間的にはかなり前なんですがね。リストは応じた時間軸に配置します。

レムリアの方、「虫愛づる」はもう少し。そのレムリアが初めての登場となる「アルゴ・ムーンライト・プロジェクト」はNola原作大賞に出すので(おいおい)書き直していてダラダラ載せてます。が、間もなく完結見通し。

その後、ですが。

実は2025年中にレムリアたくさん遊びに来てくれました。すなわちストックが出来ています。今年はそれは順次解放して行きます。女子高校生になるのでご期待下さい。

・「虫愛づる姫と姫君」(イマココ)
・「トワイライト・マジシャン・ガール」(但し物語空間的には「アルゴ号の挑戦 」と「転入生担当係 」の間。完結後はその位置にリスト)
・「寺社仏閣と魔法少女と」
・「文化祭の頃」
・「狭間で」
・「未練」
・「お姉ちゃんになって」
・「男の子の場合」
・「マジカル・ハイスクール・ガール」←!!
・「近寄らないで」
・「妾は高貴な姫なりき」
・「ひと夏の姫君」
・「母からの言伝」
・「16歳の花嫁」←!!!
・「おもちゃはこころのたからもの」
・「ほころばせたい花一輪」
・「ジーニアスラヴモーション」
・「病葉の乙女と雑で適当な姫君」
・「三十七兆の始まり」(進行中)

で、多分今年は終わるんだろうねぇ←もう年末の話かよ

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魔法の姫君とはんてんの騎士(アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部) -151-

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「殊勝でよろしい。そのまま何も見るな」
 看護師は相原に命じると、傷の状況をチェックし、体温を測るように指示した。
 その間相原は微動だにしなかった。
 はんてんを取ることが許可されたのは、体温計が測定終了の電子音を鳴らした後。
 看護師はレムリアから体温計を受け取り、覗き込んだ。
 37・5度
「七度五分か、傷深いからまあそんなもんだろうね。じゃ食事持ってくるから。そうそう、あなたカルテ作りたいんだけど名無しのゴンベさんなのよ。はんてんの騎士はフルネーム知らないって言うし……日本人じゃないんだって?」
「ええ、私は……」
 言われて思い出す。彼は自分が“魔法少女レムリア”としか知らない。
「いいよ、あとで。ひとまわりしたらあなたの持ち物も持ってくるから、その時で。おいはんてんナイト、不適合の注意事項は覚えてるな。頼むぞ」
「え?あ……」
 相原が反応する前に看護師は姿を消していた。
 レムリアはくすくす笑った。
「面白い人だね。あんたもね」
「そうかぁ?でもここの看護師万事こんな調子だよ。結構しんどい仕事のはずなのにいつもニコニコしててそれをおくびにも出さない。ここを指定した理由のひとつ。滅法明るいべ?不安な気持ちにならない」
「指定?選んだの?」
「まぁね。オレなりに最高の病院と信じて。……だからあまり言わすなそういうこと」
 レムリアが覗き込んだら相原は照れた。
 ずっと面白い。
「それで、だね」
 相原は話題を変えた。照れ隠しだ。
「はい?」
「めまいとか、どこかカーッと熱い感じがあるとか、ないか?」
 相原はレムリアの手首を取って脈を診た。
 くすくす笑いは傷に来る。その脈絡の無さ、その唐突さ。
 多分看護師が言い残していった“不適合の注意事項”に基づく質問だとは思うが。
 何も話題が無かったらどう話を持っていったのだろう。
 不適合?
「あのー、大変恐れ入りますが、ドクターに言われたことをそのままお話し頂いた方が、逆に手っ取り早い気がしますが。あなたが間違った理解をされるとは思いませんが」
 レムリアは言った。自分の身体に予見される変調なら、申し訳ないが専門外の相原を介すより自分が直接意識した方が多分。
「400CC」
 相原はレムリアの腕を指さして言った。
 何その婉曲すぎて螺旋状態の表現。
「え?」
「やはりそれでは判らんか。俺の血が少し」
 輸血されたのだ。レムリアは理解した。
 ちょっと待った。
 理由は判らぬ。輸血なんて茶飯事であって驚くことでは無い。対象が自分と言うだけ。
 なのに、激しく動揺している自分がいる。

(つづく)

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