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【魔法少女レムリアシリーズ】虫愛づる姫と姫君 -27-

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 終わったようで小走りで追いついてくる。上り坂に不適切な体格なのでしんどそうだ。
「歩くの早いな……君たちは今日どこへ行ったのかね。彼に訊いても女の子同士だし放っておいた知らねえとしか言わないし」
「いえ別に、こう、ぐるーっと」
 姫子は答えた。これに吹き出したのが森宮のばら。
「ええ、はい。この辺を、ぐるっと」
 二人がこの辺と指差したのは地面。
 別にウソは言ってない。森本は眉根を寄せて。
「それは……どこかへ出かけたという意味ではないってことかね」
「繁華街やゲームセンター辺りを想像されてますか?こう、野山を徘徊するから傷だらけになるわけでして」
 二人は手足や顔の傷なり絆創膏をこれ見よがしに見せた。
「なるほど……」
 概ね事態の想像がついているであろう平沢が笑いを噛み殺している。
 坂の上はバスの終点折り返し場で、ここから住宅街が広がる。バス通りは緩くカーブして信号のある交差点に至り、スーパーと〝しまむら〟が向かい合う。
「先生は学校戻って書類を作る。こちらからも光龍寺さんにはお願いしたから万全だろう。で……買い物か?先生結局何も出来なかったから、ほれ」
 と、財布を緩めた森本から一万円札をもらう。
 森本と別れ、スーパーと、その〝しまむら〟で「女の子」が暮らして行くモノ最小限買い揃える。ただ、それでも不足が出たので姫子がクレジットカードで切った。
 自転車に戻ると、二人とも両手に買い物ビニール目一杯という有様に平沢進が目を丸くした。
「女の子って物いりなんだな」
 段ボールの空いてる部分に可能な限り押し込んで、更にその上にも積み上げてゴム紐を巻き付ける。前かごに積んで、ハンドルにぶら下げて。最早、自転車は荷車。遊歩道を手で押して歩いて行く。
「3日分のシャツとパンツをぐるぐる使えば事足りる殿方と違いましてデリケートですのよ」
 姫子は言った。それは夫候補が長期出張に向かう際に聞いた台詞。まぁ、似たような予想から渡された森本資金で不足は宜なるかな。
 聞いた森宮のばらがクスッと笑った。そしてハッとしたように目を伏せた。
「ごめんなさい私ったら……お金使わせてしまって……なのに……」
「それを気にするなら、いつか、あなたが、誰か困った人を助けてあげればいい話です。それより笑ってくれたの嬉しいよ。楽しいと思ってくれなきゃ友達である意味ないし」
 森宮のばらは立ち止まり、歩いていた姫子と平沢は気付いて止まって振り向いた。
「どしたの?」
「いいの?本当に」
「何が?」
「友達……って、あ」
 にゃぁと駆け寄る黒ネコ。ヒロスである。

(つづく)

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【妖精エウリーの小さなお話】異形・異郷にて(前)

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(前編)

 川沿い道をヘビが行く。
 ヘビはカエル類が大好物ですので、水辺にいること自体は不思議でも何でもありません。ただ。
〈ちょい待ち〉
 私は行き過ぎようとする白いヘビを呼び止めて手に取りました。
〈驚いた。なんで直接呼びかけられるんだ?〉
 意識に直接意思を届ける……私のしたことに〝彼〟は驚いたようです。意思のやりとりを人語で書いていますが、ヘビはもちろん人語を理解しません。そういう意味の意思のやりとり。要するにテレパシーです。
〈人間……〉
〈違うよ。妖精〉
 腕にくるくる身を絡め、怪訝な(に、見える)表情で私を見ます。近くに誰もいないので〝あるがまま〟の姿で私は川沿い公園にいますが、人間さんがいればどう思うでしょう。白い装束を纏う髪の長い女、に良く似た姿形をしていますが、背中にはカゲロウに近似した形の翅があります。で、腕に白蛇。
〈お前、日本のヘビじゃない上に妖精を知らない。ブリーディングか〉
 日本産のヘビで体色が白いのはいわゆるアルビノです。アオダイショウなどで稀に見られ、神の使いと崇められます。が。
 この子は元々白い種類。そして野生種であれば妖精の存在は遺伝子に入っていますので、忘れるくらい人工的に代を重ねた。
〈どこか目的地があるの?〉
 訳ではないようです。隙間があったからそこから出て、とりあえずいる場所を変えたいと思った。
 とはいえ外国のヘビが暮らせる環境ではないでしょうし、それはあってはならないこと。
〈どこから来たの〉
 頭部に額で触れ〝彼〟の記憶を逆行します。その筋の用語でサイコメトリ。200メートルほどの所のアパート。
……アパートでヘビ?しかも有毒種もろともブリーディング?この時私はそれが人間の法的にアウトであることを疑うべきだったのでしょう。ただ、それよりは飼い主にエサをもらうべきだと考え、私は彼をマフラーのように首に掛けて左右に足らし。
 背中の翅で舞い上がります。
〈おお、なんかすごい〉
〈あんた持って住宅街歩き回れますかいな〉
 飛ぶのはいいのか?白昼上を見て歩いている人間さんはあまりいません。何なら昨今手のひらの画面をじっと見ていることが殆ど。もし見られたら?……見たことを忘れていただきます。妖精を見たことを記憶している人間さんはほとんどいませんよね。
 果たして件のアパートの上空……から、降りたいのですが、様子が変です。パトカーが止まっていて、人だかりがあり、大きなトングや衣装ケースのようなものを持った警察官がたくさん。
「無許可でヘビ飼って売ってたんだって」
「あらやだ」
 おばさん達の会話。
 やがて男性がひとり、両脇を私服警察官に抱えられて連れ出されます。まぁ、そういうことなのでしょう。
 そこへこの子もそうですと差し出すべきでしょうか。私がなぜこの子を首に巻いているか信じてもらえる説明が出来るでしょうか。翅は縮めて見えなくするように出来ますが。
〈あの……〉
「仕方ない、来なさい。リクラ・ラクラ・シャングリラ……」
 呪文。仮に見ている人がいれば、思う言葉はテレポーテーション。

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【魔法少女レムリアシリーズ】虫愛づる姫と姫君 -26-

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「衆生を救う仏に仕えている坊主として、困った人を、ましてや子供さんを救えない大人の坊主に価値はなし。だから安心して連れてこい。副住職はオレにそう言ってた」
「でも……一方的にお世話になるなんて……」
「『子ども食堂』もやってるんだよ。そこで働いてくれればいいってさ。調理配膳のほかに、小さい子供達の話し相手になること、新しい友達になること、かけがえのない価値があるんだ、って。オレさ、よく言われんだ『お前誰それの友達になってやれ』って。普通それやられた方はムカつくじゃんよ。大抵、好きで一人でいるんだし。でも、中には本当に一人にしちゃいけない奴って、いるんだよ。そういう時の友達って、無敵なんだよ。だからお寺の方針はよく判る。森宮さんがそういう無敵の友達になってやってくれれば」
 森宮のばらは途中から目を見開き、その瞳を揺るがせて彼の言葉を聞いていた。書くまでもあるまい。“逆の立場”の意味と重さを彼女は理解している。
 そして涙を拭い、こくん、と、頷いた。
 姫子は、森宮のばらの目の下に、ハンカチを添えた。
「じゃぁ、行こうか。少し身の回りの物買いそろえた方がいいね。のばらちゃん一緒に来て。上のスーパーに寄るから。進君はぶっちゃけ荷物持ち手伝ってもらっていい?」
 姫子は言った。
「いいぜ。先生携帯返す」
 平沢進は森宮のばらの段ボールをひょいと持ち上げた。
「あ」
「おいおい女の子の私物を勝手に触るもんじゃないよ」
「え?そうなの?……これ姫ちゃ……相原さんのチャリンコ荷台に括っていいか?」
「いいよ。荷台にゴム紐巻いてあるから」
「オーケー」
「あ、あの……」
「気にするな友達じゃねぇか……大きさの割に軽いなこれ」
 先だって歩き出す平沢進を森宮のばらが追いかけて階段を降りて行く。
 姫子はそれを確認すると、大人二人に向き直る。
「先生は福祉面の可能な対応をお願いします。必要に応じてお寺か、私の家の方で大人の対応は手伝います。不動産様には不躾に怒鳴ってすいませんでした」
 姫子はそれだけ言って、先行く二人を追った。
 階段を降りて、買うべき物を確認するため、平沢進には“回れ右”をさせ、段ボールの中身を確認する。果たして森宮のばらの「私物」は、乱雑に放り込まれた学用品と体操ジャージだけであった。私服はおろか寝間着も肌着もない。
「パジャマとかは?」
「持ってたけど……出て行く時に汚えって捨てたんじゃない?私が自分で洗濯してたし」
 極めて残酷な物言いだと思うが、森宮のばらが腹を括っており、サバサバした喋り方なので、ヘタな同情はやめておく。不動産屋氏と別れ、徒歩で来たという森本と共に学校へ向かい坂を上がって行く。沈黙が怖いので会話。トワイライトスクールと泊まりのシステム。スケジュールやら決まりごとやら。その間森本は彼女らとは距離を置き、あちこちに連絡。それなりの対応マニュアルがあるということだろう。

(つづく)

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【魔法少女レムリアシリーズ】虫愛づる姫と姫君 -25-

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 超能力な追跡が出来なくはない。とっ捕まえることは出来なくない。ただ。
「探してくれようとしてる?探しても無駄でしょ。向こうは清々したと思ってるわけだし、仮に見つかっても元に戻ることはないよ。別の追い出すか死にたくなる算段をするだけ。こっちこそスッキリ縁切れて根無し草。あんなのに怯えて暮らすより一人で生きた方が気楽。どのみちいつか抜け出そうと思ってたし。不動産屋さんすいませんでした。先生も……親と暮らせないとか、テレビで見たけど震災孤児とか預かる施設さえ見つけてもらえれば……」
 森宮のばらの目から、そう言いながら涙溢れる。心と裏腹な、そして目一杯の気丈な振る舞い。
 このままではこの娘は壊れてしまう。
「のばらちゃんウチにおいでよ」
 姫子が思わず言うと。
「だめ!」
 森宮のばらは強く拒否した。
「それはだめ。仮に今夜一晩は泊めてもらったとしてその後どうするの?金なし服なし穀潰しだよ私。今日一日だけであんなに、あんなに迷惑掛けたのに、もうこれ以上は……その……お友達だと思うから……お友達には……」
 唐突に段ボールを抱え、歩き出そうとする森宮のばらの行く手に立ったのは平沢進。
「森宮さんちょっと待ってくれ。俺ら何も迷惑だなんて思ってないぜ。それに心当たりがあるから……先生、携帯電話を貸してくれ」
「構わんが、どこに掛けるんだ?」
 森本は首から下げた携帯電話(スマートホンではない)のロックを解除して差し出した。
光龍寺こうりゅうじ。ウチの裏手のお寺さんです。そこでトワイライトスクールを運営しているのはご存じかと」
 電話番号をプッシュしながら話す。
「ああ、働いてる親御さんが帰るまで預かって、だな」
 姫子は気付いた。そう言えば。
「泊まりを始めたんですよ。親御さんに病気やなんかでどうにもならない時に備えて……地震の後整備しました……あ、進です。いつもお世話になっております。その……『どうにもならないこと』が僕の友達に発生しまして……あ、はい」
 森宮のばらは振り切って歩き出そうとする。平沢はその手首をヒョイと掴む。野球部少年の握力は華奢を極めた少女の全力の及ぶところではない。
「副住職。進です。……はい、女の子です」
『その子はそばにいるかね?その子にこの電話を聞こえるように出来るかね?』
 平沢進は携帯電話をハンズフリーモードにした。
「どうぞ」
『女の子さん。安心していらっしゃい。妻と待っているよ』
「あ……」
 森宮のばらが何か言う前に、電話は切れた。同時に、平沢進は手を離した。もう、森宮のばらは走り出したりしない。

(つづく)

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【魔法少女レムリアシリーズ】虫愛づる姫と姫君 -24-

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 多摩川の堤防が見える所まで坂を下りると、右手に墓地の入り口があり、大きなその募集看板が見える。そして、看板の向こう側、1つだけ廊下の明かりが灯る二階建てのアパート。その二階部分に人影が複数。恰幅は森本でスカートは森宮のばらで、スーツの男性?
 階段下には白い軽自動車が止めてあり、ドアには不動産屋の広告と電話番号。管理会社か。
 近づくと軽は到着して程なくのようでまだボンネットが温かい。幽霊、と森宮のばらが自虐したアパートは「古びた」という表現が使え、鉄製の外階段は赤さびが目立ち、歩くとグラグラ揺れ、照明に蜘蛛の巣が白く光る。
 階段を派手にカンコン足音立てて上がって行ったせいか、目線が二人を待ち構えていた。
 投げ置かれたような段ボール、その傍に座り込み肩を震わせて泣きじゃくる森宮のばら。
「あんたがた!のばらちゃんに何をした!」
 彼女姫子は怒鳴った。それは小柄な外見と似つかぬ度肝を抜くような大音声であり、墓石並ぶ急斜面でこだまのように反響して広がった。
 ただし、それはブラフである。自分が彼女の絶対味方であるという意思表明に過ぎない。
 驚愕の丸い目3人。涙を止めた森宮のばら。困惑の森本と、同じく困惑しているスーツの男性。
「あ、相原さん落ち着いて。ちゃんと話すから。その生徒手帳なんだが……」
「いいよ先生……相原さんは隠し立てなんか要らない」
 森宮のばらはぼそっと言った。泣きはらしたのかしゃくり上げるような声。
「母親に捨てられた」
「は……」
 瞠目する姫子の前に森宮のばらはメモを差し出した。走り書き。
『出て行くならこのキタネエのぜんぶもって行け』
「帰ったら、カギが合わなくて、先生に頼んで不動産屋さん来てもらって……そしたら転居したって」
 そのスーツの男性であろう。彼女が勢い余ってギロリと睨み上げると。
「転居先を、とのことなんですが、何せ契約者様お一人の契約で、個人情報ですので身分証明が必要でして……」
 気圧されたように引きつった笑みを浮かべて言う。
「私が担任だと言ってもダメだと言うんだ……君も、その平沢君も持ってないということは、無かったんだな?」
 姫子は歯がみした。彼女が生徒手帳を落とした責任は連れ出した自分にあろう。それは探すとして。
「他の手段はダメなんですか?住民票とか」
「いいよ」
 森宮のばらは再びぼそっと。
「いいよ相原さん。わたし、戸籍無いはずだから。だから保険証もないんだし……3時までに帰って部屋中掃除して食事の準備。それが置いてやる条件って言われてたの。破ったの私だし……」
 ネグレクト(neglect):保護者としての責任放棄。見れば交換されたカギはピカピカ輝き、しかし古典的なシリンダー錠であって、森本に見せた“おまじない”で開けることは可能であろう。だが、段ボールは彼女の少ない私物を恐らく“全て”押し込まれたと見え、室内は空っぽの公算が高い。

(つづく)

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魔法の姫君とはんてんの騎士(アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部) -159・終-

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「ストップ」
言われて心臓マッサージを一旦停止。レムリアが人工呼吸。
「どうしました……あ」
 ナースコールで駆けつけたのは小柄な看護師。先ほどの看護師ではないが、事態は瞭然。
「吐血しました。ドクターをお願いします。喫煙したようです。CPR(心肺蘇生)はできますので手配願います」
 レムリアは血塗れの顔で状態を報告した。看護師は数回頷き、腰につけている院内PHS電話機に手を伸ばした(PHSは一般向け簡易携帯としては2010年までに殆ど姿を消したが、企業の内線電話向けとしては引き続き利用されている)。
「すぐ戻ります」
 看護師はひとこ言うと、一旦その場から走って消えた。
 程なくして別の看護師とストレッチャーを持って来る。
「学!」
「はいよ」
 看護師らも加わり、老男性をせーので抱え上げ、ストレッチャに移す。
「手伝います。私もナースです」
 レムリアは血を拭うこともせず、ストレッチャーの下にあったAEDを見つけて中を開けた。
 看護師のPHS電話機が鳴る。
「はい、判りました。今AEDを……すぐ行きます」
 看護師が応じ、電話を戻す。
手術オペ室へ行きます。じゃあ悪いけど一緒に」
「もちろん。学、お母様のほうお願い」
 レムリアは言うと、看護師らと共に、ストレッチャーを押して風のように去った。
 相原はその後ろ姿を見送ると、口の端に薄笑みを浮かべた。
「あの……おじいさんは……」
 夫人が心配そうに相原を見上げる。
「大丈夫です。ちょっと出血したようです」
 相原は膝小僧をすりむいたかのように軽く言った。
「でも」
 ベッドは血の海であり、一部したたり落ちるほど。
「大丈夫、彼女……医療奉仕活動やってましてね。世界中で沢山の人々を助けてます。自分も同じように肺に骨が刺さりましたがこのように。彼女のおかげです。待って下さいね。今後の対応について看護師に連絡を取り……ああ」
 相原は言うと、自分が座っていた椅子を夫人に勧めた。そこへ、連絡を受けたのだろう、先の愉快な看護師が小走りで到着。
「あれ?坂口さかぐちさ……」
 夫人が所定の位置にいないためか、見回す。
「こっちです。大丈夫です。落ち着いてらっしゃいます。ベッドの交換を……」
 看護師は夫人が移ったことに気づき、表情を緩める。
「オーケイ。手配する……もう一度洗濯だねそれ」
「ですかね。で、お母様どうしましょう。説明を受けられたいと思うんだけど」
 相原の言葉に、看護師は小気味よいとばかり、口の端に笑み一つ。
「ご案内しますのでこちらへ」
 看護師は夫人を伴って立ち、出入り口で立ち止まると、相原を振り返る。
「彼女は?」
「もちろん旦那さんと一緒に。来るのを待つ娘じゃないっす」
「やれやれ……入院が伸びるぞ。鬼だね」
「いや、魔女の本領かと」

 アルゴ・ムーンライト・プロジェクト/第2部~魔法の姫君とはんてんの騎士~ 完
(アルゴ・ムーンライト・プロジェクト・終)

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魔法の姫君とはんてんの騎士(アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部) -158-

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 レムリアはもう気が気でない。
「ドクター呼ぶか」
「でも私なんかの……」
 男性に異変が生じた。
 機械の唸りのような異様な声を発し、勢いで布団をベッドから蹴り落とし、体を折り曲げて吐血する。
「ああっ!」
 レムリアと相原は同時に声を上げた。夫人が目を覚まし、突然の事態にどうしていいか判らず、立ち上がって狼狽える。
「手伝って。気道確保しなくちゃ」
 レムリアはベッドを飛び出した。点滴の管を抜き、スリッパに足を入れる。
 しかし
「痛!」
 顔をしかめて脇腹を押さえる。筋肉を使うと痛みで力が入らない。
「待て」
 相原は動こうとするレムリアを制し、両腕で抱き上げた。
 いわゆるお姫様抱っこ。腕だけで40キログラムを支えるのは負担かろう。ちょっと震えているのが判る。ただ同時に、これが自分の脇腹に負荷が掛からない最善と気が付いた。
 だから相原の首に腕を絡める。私を運んで。
「具体的にどうする」
 相原はベッドへ歩を進め尋ねた。男性は激しく咳込み、そのたびにベッドに血の飛沫が文字通り噴き出している。まるで塗りつぶすかの如く。
「ベッドの上に下ろして。肺の中の血を出すからあの人押さえて」
「了解」
 相原は答え、彼女を血の海と化したベッドに下ろした。
 濃密な血の臭い。生臭さと、口の奥がギシギシする鉄さびの刺激臭。
「おとうさん、聞こえますか?おとうさん!」
 レムリアは呼びかけた。が、男性はそれどころではない。苦しげに喉を掻きむしり、七転八倒しながら血を振りまいている。
 肺の中で大量出血が起こり、呼吸不全になっているのだ。顔が青紫色に変わって行く。
「押さえて。仰向けに!」
 レムリアの指示通りに、相原は男性の上半身を柔道“横四方固め”の要領で押さえ込んだ。
「そのまま、あ、ナースコールのボタンを!」
 レムリアは言い、自分の口を使って老男性の口から血を吸った。
 そして床の上に吐き出す。相原は痙攣する男性を抑えながら手を伸ばし、テレビの下に降りているコールボタンのケーブルに指先を引っ掛け、引き寄せ、押した。
 相原の目に映ったのは、血液の飛沫を浴びながら、それでも必死になって男性を救おうとする浴衣の少女。
 その横顔は凄惨だが、気高さと強さが横溢した。
 老男性を全神痙攣が襲い、相原の感傷を吹き飛ばす。腕が動かなくなり、ただガタガタ震える。
「心停止!」
 レムリアが声を出す。要するに心臓が止まったのだが全く動じない。
「任せろ」
 相原は判っていた。寝技を解き、両手を揃えて男性の胸の上へ。
「いいぞ」
「お願い。圧迫15回呼吸5回」
「了解」
 言われて相原は心臓マッサージを始める。右手の上に左手を重ね、上半身の体重を掛け、胸部がばくんばくんと動くほど力を込めて押す。相原にとって実際やるのは初めてだったのだが、レムリアの記憶がテレパシーで送り込まれた結果か、考えずともできたようだ。
 その押す動作のたびに口から血が溢れる。それをレムリアが口を使って吸い出して捨てる。

(次回・最終回)

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【魔法少女レムリアシリーズ】虫愛づる姫と姫君 -23-

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 7

「姫ちゃん。森本先生から電話」
 彼女が“母”と呼ぶ夫候補の母の声に、彼女は眉根を潜めた。その日の夕刻、5時半近くで、これから早めの夕食を摂って塾へというところ。森宮のばら関連に相違ないのだが、彼女は30分前に森本に引き渡している。ちなみに二人ともハチに刺されたわけではないが、森宮のばらは何度か転んだし、自分も膝突いての方向転換や、道路脇の草に触れるなどして、絆創膏の必要な傷を幾つか作って適当にやさぐれている。
「はい。お電話代わりました」
『ああ、森本だが、君、森宮の生徒手帳を知らんか?』
「は?」
 唐突すぎて事態が飲み込めない。ただ、電話の向こうに森宮のばらの嗚咽が聞こえる。
「のばらちゃん何かあったんですか?」
『……ああ。それで……』
 要領を得ない。言葉を濁す何かがあるのは判る。
「今どこですか」
『いや……』
 面倒くせぇ。テレパス使わせろ。
「彼女のおうちの前ですね?のばらちゃん聞こえる?今行くからちょっと待ってて」
 電話を切り、ジーンズにブラウスの上半身に体操ジャージを上着がわりに羽織ると、母なる人も慣れたもので。
「塾には連絡しておくわ。何かあったら電話なさい」
「はい」
 電動アシスト自転車に電池を仕掛けて車庫から駆け出す。彼女のアパートは家から左へ出て坂道を上がった方が早いが、生徒手帳がどうのと言った。落としたか何かしたのだろうか。ならば彼女が寝そべっていた草むら四阿の前を通ってみようか。
 右に折れて急坂登って学校の方へ。学校前の十字路を左に折れて遊歩道……そこにはジャージ姿の平沢進が懐中電灯を持って地面を照らしている。
「ヒラ、どうした?森本先生からの電話?」
 彼には伝言を頼んだので、森本がアクセスするなら自分と彼だろう。
「ああ、森宮さんが生徒手帳をなくしたって……でも、見つからない」
 見れば草むらはかなり踏み倒されており、彼がくまなく探してくれたと見て取れる。
 超感覚はここにあるとは言ってない。ならば寝かした船内か。いや、船は活動前後の自身の質量を見ているので、あればそれと判る。
 散々暴れ回ったバスの転回場だろう。自分の物じゃないので認識が薄く、超感覚は反応しなかったのだ。
 ともあれ。
「彼女の泣き声が電話越しに聞こえた。どうも普通じゃない。行ってみようかと思う」
「家知ってるの?」
「判るよ」
「オレも行くよ。報告しなきゃならないし……あ、オレは走って行くからいいよ」
 自転車とランニングで並んで走り、二人は川沿いへ向かう長い坂道を降りて行く。道は細く、舗装が古くデコボコしており、聞くに住宅街ができる前からあるとか。

(つづく)

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魔法の姫君とはんてんの騎士(アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部) -157-

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 レムリアはテレビを覗き込みながら言った。男性の頭があって画面がよく見えない。
「同じく何もなし。まぁあんなもの正体ばれたらえらいことだが。ちょっと借りるよ」
 相原は言うと、レムリアの衛星携帯電話を手にして窓際に向かった。
「Hello,this is Manabu-aihara from remlia's mobile phone.Please show me star-ship argo's status………yes……yes,Oh I know……that's famous company……yeah,I'll be slave from next spring.So thank you.And now Princess so well good-condition……yes,bye」
(雑訳:相原がレムリアのモバイルから通話です。アルゴ号の状態は?その会社なら知ってます来春からそこの奴隷。姫様はご機嫌麗しく。では失礼)
 相原は終話ボタンを押して戻った。
「本部の曰く鎌倉にある宇宙機やってる会社に保管中とさ。セキュリティからも妥当だろう……って、聞いてないな」
 レムリアはテレビの情報に集中している。詳しく知っても動けないが、気になる。人ごとではいられない。そのバスが遊園地に出かけた子供会の帰路と聞けば尚。
 コマーシャルになった。
 そこでベッド上の老男性が夫人の方を見、のっそりと起き上がり、咳をしながら部屋を出て行く。
「肺炎……」
 老男性の姿が見えなくなったところで、レムリアはぼそっと呟いた。
「しかもかなり悪い……やだな」
 レムリアは下唇を噛んだ。
「それは予感?」
「て言うか……あの人まさか……」
 レムリアは夫人の方を見た。夫人は椅子の上でこっくりこっくり居眠りをしている。
 男性は奥さんの居眠りを見計らって立ち上がったに相違ない。
「ヤバくね?」
 期せずして二人は顔を見合わせた。相原も自分と同じ懸念を持ったと理解する。
 数分後、男性が帰ってきたが、先程以上に咳が酷い。
 そして呼気に含まれる臭気。
 二人は頷き合った。
 男性はトイレか何かでタバコを吸ってきたのだった。タバコを吸う人間と吸わない人間では存在を感知する閾値が大いに異なる。喫煙者が皆無と感じる程でもあからさまという表現が使える。
「まずい……んだけど」
 レムリアは呟いた。老男性の咳はゴボゴボと泡立つような音だ。いや本当に泡が立っているのかも知れぬ。肺の中に発生しうる液体・水分とは即ち。
 男性はレムリアの視線に気付き、すぐに避けるように目を背けた。
 そしてベッドに潜り込み、息を押し殺すようにして咳をする。布団の大きな動きから呼吸が不調であることはすぐ判った。

(つづく)

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魔法の姫君とはんてんの騎士(アルゴ・ムーンライト・プロジェクト第2部) -156-

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 恐らく、今後のことを考えると、彼には正直に話すべきなのだろう。が、今それを全て話すのは時期尚早、というか、おのずと知ってもらう時が来る、そんな気がする。
 なので。
「いい思い出ないもん。多分どこの姫様にも大なり小なりあると思うよ」
 レムリアは目線を外した。
 相原は両の手を広げて軽く持ち上げた。アメリカ映画で諦念の意思表示に使われるジェスチャー。お手上げ、ノータッチ。
「判ったごめん立ち入ったこと訊いて。レムリアとしか呼びません」
「いいよ、別に」
 レムリアは笑った。ごめんね。
 すると、相原は薄笑みを浮かべて。
「姫君か。船乗って奇蹟を起こして回る姫ね……いいじゃんか、なるほどミラクル・プリンセスだな」
「そうかな」
 ちょっと照れる。それは目の前開かれたままの記事の最後の方に書いてある。キームゼーでも聞いたことだが、自分が言ったことではないから、周辺にそう言われているということだろう。
 ただ、アルゴ号は本当に奇跡を起こすためのキカイだ。メディア姫がアルゴ号で救助する側。それはそれでいいではないか。 
「かっこいいじゃねぇか。姫様舞踏会でドレス引きずり回してるだけじゃねえぞってな」
 レムリアはブッと吹いて笑った。姫様イメージぶちこわし。
 彼の目が、レムリアを見る目に戻ったと知った。
「副長とか、どうしただろ」
 話題を変える。〝最大の懸念〟が解決したせいだろう、次の心配はそっち。
 ハッと気づく。まずその心配をすべきだったのでは。……自分優先に反省。
「ん?新聞には何も書いてないよ。オレも逮捕されたが現在ただいまここにいるわけで。乗組員推して知るべし。イスラエルは写真出してるし、ちありちゃんに発言されたら日本政府は信じるしかないでしょ。コルキス本部と裏で何かやってると思うし。何でも同盟国合衆国の言いなりの可愛い犬ってわけじゃない。心配するこたないと思うぜ。何か感じるか?」
 テレパシー。予感など特になし。
「そっか。そうだね」
 レムリアは頷くと、箸を盆に戻した。
「ごちそうさま」
 久々にまともな食事を摂った気がする。今回船の中では自分のクッキーすら口にしなかった。
「もういい?売店で何か……」
「ううん、いいよ」
 レムリアはうーんと唸って伸びをした。相原が空食器を載せた盆を脇机に移す。
 外が騒がしくなってきた。救急車のサイレンに加え、ヘリコプターの飛行音。応じて廊下をバタバタ行く足音が幾つか。
 隣の老夫婦の見ているテレビに速報。空撮画像によれば、玉突き事故にバスが巻き込まれ、横転している。
「船があれば……そういや船は?」

(つづく)

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