小説

【理絵子の夜話】空き教室の理由 -007-

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「……今度から気をつけて下さい」
 係員はIDを戻し、IC定期をデータ処理装置に通し、担任に戻した。
 困惑の表情で立ち止まる担任。クラスの鉄道ヲタク少年に言わせると、確率は低いが、強い電波の飛び込みなどで、機械トラブルが生じる可能性もあるという。しかしこの場に置いては、理絵子は何も言わず、担任の腕を取り引き寄せた。
 引っかかるのだ。自殺騒ぎと言い、このトラブルと言い、タイミングが良すぎる。
 係員に文句付けたら、それはそれで新たなトラブルを招くような気がするのだ。
 そんなの、担任を怖がらせるだけ。
「行きましょう」
 促し、駅前の交差点を渡り、川の方向へ歩く。
 都内とはいえ都市化が進んだ23区内ではない。川沿いということもあるが、駅前から100メートルも進めば、空き地があり草が生え、秋の宵口ということもあって、虫たちがビービー鳴き始めている。
 堤防下の細い道。人がすれ違うのがやっと。歩行者専用のようである。
 そこは舗装もされ、街灯もあるにはある。だが、ぽつん、ぽつん、と立っているようで、間隔が開きすぎというか、街灯がある割に暗く感じる。右側は堤防が視界を圧し、左側は空き地と家がぽつぽつと。
 暗すぎる。わずかに夕暮れオレンジが残る空を舞うコウモリ。
 振り返れば駅前が煌々と明るいが、離れた隣町を見ているような隔絶された感じがここにはある。
 ここを一人で歩いているのか。
 一人で歩き、一人で帰るのか。
 寂しいよ先生。理絵子は思う。ずっと独身だと聞いてはいた。しかしこれでは幾ら何でも寂しい。
 背後の鉄橋を渡る電車の音。
 コツコツと響く、担任の履くヒールの音。
 光も音も極端に少ない。
 風が渡り、堤防の中、河川敷で大きく育った木がざわめく。すると、そこがねぐらなのだろう。驚いた鳥がギャァギャァ声を出してバサバサ舞う。
「そこ」
 担任は指差した。
「え?」
 理絵子は最初判らなかった。
 明と暗の造形を反転し、ようやくそこにシルエットで浮かび上がる2階建てのアパートを発見する。普通、人家は漏れる灯火で縁取られ、それと判るものだが、ここはアパートの形に背後の残照を遮るので、ようやくそれと判る。

(つづく)

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【魔法少女レムリアシリーズ】アルカナの娘 -05-

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 そして、そういう経験がこの娘には過去にないことも。
「友達なら普通だよ」
「友……」
「ほれほれ……」
 きょとんとなった瞬間に手を引いて歩き出す。姫子は神領に比して小柄であるうえ、白いTシャツにデニム地短パンというスタイルなので、まるで妹が姉を引っ張っているが如し。
「え……ちょ……あいはら……」
 スーパーがあるのは住宅街、路線バスが通る交差点の脇。信号を渡ると造成前の雑木林をそのまま残した公園があって、遊歩道が斜めに横切る。
 “夜は暗いので女子生徒は不用意に通るな”なのだが、姫子の家まで最短ルートなので構わず跋渉。
「ここって……」
「だから誰も付いてこられない」
 ゆえに尾行すると誰もいないので目立つ。すなわち尾行までされる心配は無い。
 ただ、この先、中学校のそばにある四阿は談笑場所として知られているので、待ち伏せの懸念がある。今日そこは使えないだろう。
 以上の判断から“自分の家”なのだと姫子は歩きながら神領に話した。
「いつもこの時間ここを一人で?」
「一人じゃないよ」
 スッと二人の前に現れる黒猫。
「仲良しなんだ」
「え?」
 二人の前に座り、尻尾をくるりと体にまとってにゃぁ。
「この子“いるけど触れない”って有名な……」
「ニジェルアレスヒロス。この子の名前。黒い翼のヒーローってな意味のラテン語。ヒロスで通じるよ。ありがと。今日もカッコイイよヒロス」
 姫子がそう言って手を振ると、黒猫は立ち上がり、尻尾の先端を神領美姫の足首に軽く触れて去った。
「今のチョットさわる、が彼の挨拶。あなたは私の友達なので、彼もあなたを友達と認めて下さると。シャイなんだよ。はい、学校まで着きました。ここからこっちの“コーポランド”へ入って5分ほどです」
 コーポランド。彼女の家がある、正確には帰化して居候している家のある住宅街のこと。プラザとかニュータウンと同じ類いの通称。
 南向きの斜面を造成したちょうどエリアの真ん中当たり、児童公園を支える高いコンクリ擁壁の下。
 インターホンをピンポン。
「姫子です。お友達連れてきちゃった」
『あら。お菓子と飲み物何か出すわね』
「はーい……どうぞ神領さん」
 門扉を開き、道から数段の階段を上がり、玄関ドアを開いて招き入れる。昭和の造作になる木造モルタル2階建て。

(つづく)

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【理絵子の夜話】空き教室の理由 -006-

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 再び砂利の上を走る音が近づき、車掌が列車の後方へと戻って行く。
 プアン、と電車が軽く警笛を鳴らした。
 放送機器をいじるノイズ。
『安全が確認されました。発車します』
 電車が動き出す。スローで暫く走り、目覚めたように加速する。
『お待たせしました。電車は2分ほど停車致しました。次は……』
 何事もなかったかのように電車は走る。一つ、二つと駅を過ぎるに従い、担任の身体からこわばりが取れて行く。
 1分遅れとかで下車駅。
 ホームに降り立つ。川沿いの高架駅であり、1本ホームを挟む形で両側に上下線の電車が止まる構造。だが、その1本だけのホームを秋風がびょうびょうと吹き抜けるという様が、秋特有というか、やがて訪れる冬をも思わせる寂しげな気配。
 少し胴震いが出る。理絵子はあわててカバンからカーディガンを出して羽織った。夏冬の制服の切り替えは10月中に各自の判断でというアバウトな形だが、日中は夏で朝夕は冬でというのが実際のところであろうか。
 待ってくれた担任に頭を下げて改札へ抜ける階段を下りる。通路を折れ、一旦担任から離れ、改札にカードをかざす。
 ピピッ。通過。
 しかし。
「……!」
 チャイムが鳴り響き、隣改札で担任がフラッパゲートに行く手を塞がれる。続いていた人の波が文句言いたげな顔で担任を見、別の通路へ回る。
 担任は再度改札にICカードの定期をかざしたが、やはり拒否された。
 理絵子は有人改札に行く旨担任に示した。
 係員に定期を渡す。係員はパソコンに繋がれた機械に定期を通し。
「入場記録がありません。どちらから?」
 明らかに不正を疑っている目。
「あのう、私と一緒なんですが」
 理絵子は口出しした。
「あんた、娘さんかい?」
「いえ、この方のクラスの生徒です」
「証明するものは?」
 理絵子は中学の学生証を出し、担任にも身分証明を出す旨促した。
 係員が2枚のIDを見比べる。

(つづく)

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【理絵子の夜話】空き教室の理由 -005-

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 理絵子は担任の家まで付き合うことにした。
 怯え縮こまったその姿は、とても“先生”という感じではなかった。他愛ないものに恐怖する幼子を思わせた。見ちゃいられない。それが正直なところ。
 とはいえ学校近くで待ち合わせは人の目が有って憶測を生むため、駅までどうにか来てもらって落ち合う。傍目には親子のように見えるだろうが、心理状態はほぼ逆転状態と言って良い。
 ICカードを改札機にかざしてホームへ降りる。塾はワヤになってしまうかも知れないが仕方あるまい。“とり殺される”という顔つきをしているのを放ってはおけない。このままでは、誰かに呼び止められただけで気絶する勢い。
 ちょうど到着のオレンジストライプを巻いた銀色電車に乗り込み、東京方面へ向けスタートする。担任の家は隣の市にあり、川沿いの駅が下車駅。乗車10分強という距離。夕刻の東京方向であり、加えて途中で特別快速に抜かれる列車。車内は空席もチラホラ。
 発車して加速する。その直後であった。
 電車が長々と警笛を鳴らし、床下から空気の吐出するプシャーッという音が聞こえた。
 急減速に身体が倒れる。
『急ブレーキです。何かにおつかまり下さい』
 車掌の放送があり、がくん、と電車が止まった。電車が前のめりになり、反動で後ろに揺り戻し。そっちの方の衝撃で人々がバランスを崩し、数名が倒れた。少々の悲鳴と悪態。
『ただいま線路上を人が横断したため急停車しました。安全を確認します。そのままでお待ち下さい。なお、お怪我をされたお客様がいらっしゃいましたら、車内のボタンで乗務員までご連絡下さい』
 放送があり、程なくして、線路の砂利上を人が走って行く音。車掌であろう。
「またかよ」
 誰かが呟いた。
「ここ自殺の名所なんだろ?」
 びくり、と担任が身体を震わせる。
“自殺”というフレーズに敏感に反応したのだ。確かにこの駅を出てすぐのカーブは自殺の名所だ。ゆえに踏切を陸橋に変えて防止を図ったが、線路際から柵を乗り越えて線路内に立ち入り、が、まだあるという。電車からは見通しの悪いカーブで、線路脇には竹藪があって人通りも少ない。“見つかりにくい”からコトに及ぶわけで橋だの柵だの物理的な問題ではないと思うが。

つづく

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【魔法少女レムリアシリーズ】アルカナの娘 -04-

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「確かに当たるんだけどなんかスッキリしない違和感それだ」
 姫に姫ちゃん……呼ばれる彼女姫子は腕組みした。否定ばかり当たるというのは思い当たる節がある。なお彼女の本名は姫子ではないが、便宜上しばらく姫子と表記する。
「ものごと成就させるには努力し続ける必要があるのですよ。放っておいてくっつく恋愛や勉強せずに点を取れるテストはありません」
「そりゃそうだ」
「そこでダメと言われると?ダメなのにそれ以上努力しようとする?」
「あきらめる……あっ!」
「あっ」
「何もしなきゃダメで当然。占いでも何でもないじゃん」
 その場の誰もが怒りを芽生えさせるのを姫子は感じた。調子に乗ってやがったんかタダじゃ置かねえ。
「クソがよ……」
「まぁまぁ。だからこそ会う意味と理由があるのですよ。盛り塩ナメクジになっちゃったのは、あの 自身がそこを見透かされたと気付いたせい。任せてもらっていい?」
 一部男子たちの眉毛がへの字。
「金取るとか言う話もあんだぜ?怖いのが後ろにいるんじゃねえの?」
「助けなくてもいいのに……」
「むしろ新たな被害者を出さないためだよ」
 任意のタイミングで……姫子は神領美姫にそう伝えたが、まぁ大体の予想は付いていた。学校近いスーパーマーケットの2階にある学習塾に通っているが、そこで木曜夜の一枠前の時間に神領美姫が通っていると知っているからだ(前述のご注進からそう判じた)。姫子自身は神領美姫を意識したことはないが、まぁ、向こうは気にしているので知っているのであろう。
 果たして夜9時半。塾を出て建物の外階段をカンコンと降りて行くと、赤いワンピース姿の神領美姫が階段下からこちらを見上げる。
「90分待ったと思うけど」
 声を掛けると意外や、小さな微笑み。それは昼間のお高くとまった美魔女と異なり、あどけない子猫のよう。
「自主学習スペースにいたから」
 神領美姫は素直に応じた。なお、自主学習スペースというのは、習ったことの復習や、家庭の事情で集中できる時間と場所がない生徒のために、塾が解放しているフリー空間のこと。
「そう」
 姫子は微笑みで返し、階段途中で一旦止まって360度周囲を見渡し、再度歩き出し、神領美姫に近づき、耳打ち。
「ズバリ言いますが、私たちが何するんだと聞き耳立ててる者がいます。いきなりでアレだけど私のウチへ来ませんか?」
「え?」
 家に来い。意表を突いたことは火を見るより明らかだった。

(つづく)

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【理絵子の夜話】空き教室の理由 -004-

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 理絵子は首無し写真を自分のカバンに収めた。
「え?でも…」
「私のは、訊かれたら、後ろの照明が入って変になった、とでも言っておけばよろしいかと……訊く人がいれば、ですが」
「そ、そう?」
 担任は言うと、おどおどしながら、分けた写真の普通の方に手を伸ばした。
 怖がりすぎている。理絵子は思った。この場合、普通なら怖がるのは自分の方だ。
 だから気にするなのつもりで言ったのだが、逆に心霊写真と断定して恐怖を深めたか。
“黒野さんが言うなら本物なのか”。
「先生大丈夫ですか?カメラのメモリも消しましょう」
 と、デジタルカメラに再び手を伸ばすと、会話を邪魔するようにムッとする風が室内に吹き込む。写真が飛ばされ、カーテンがめくれ上がり、棚の上の空の花瓶がそこから倒れ落ちようとする。
「あっ!」
 担任が声を出す。理絵子は棚の下へ自分の学生カバンを投げた。
 数瞬早くカバンが花瓶を受け止める。
「いやっ!」
 担任は悲鳴を上げ、胎児のように両腕を胸元に引き寄せ、ガタガタと震える。
 尋常じゃない。理絵子は担任の肩を両腕で掴んだ。
「大丈夫ですよ。風が吹いただけ、大丈夫です」
 次いで担任の頬を手のひらで包み、小さく微笑んでみせる。伝わる鼓動の激しさが、彼女の抱いた恐怖の大きさを物語る。
「大丈夫」
 理絵子はもう一度言った。鼓動が徐々に落ちついて行く。
 廊下を走ってくる音。
「どうしました!?大丈夫ですか?」
 ドアの向こうから、激しくノックする音と共に聞こえてくる声は教頭。
「突風で資料が飛んだだけです。大丈夫です」
 理絵子は答えた。
「……ん、そうか、判った」
 理絵子は教頭が去るのを確認すると、腕の中の担任に目を戻した。
 その顔は涙でボロボロであり、化粧が落ちてしまっている。
 何かあるのだ。理絵子は確信した。
「ひょっとして、この手の写真が撮れることに何か心当たりが?」
 担任は、頷いた。

(つづく)

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【理絵子の夜話】空き教室の理由 -003-

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 心霊写真ということか。デジタルカメラになって絶滅したと言われていたが。
「あなたがそういうものを信じるかどうか…」
 理絵子は写真を全て引っ張り出してテーブルに並べた。
 担任は公園に出向いてバラを撮るのが好きといい、応じてデジタルカメラを所持している。今回担任はステージを36枚撮影し、うち8枚に自分が写っているが、ことごとく首がない。
「カメラはこれなんだけど……メモリカードもそのままです」
「見ても?」
「ええ」
 カメラを起動し、プレビュー用の液晶画面で画像を繰って行く。市内の公園に咲いてる蔓バラ、千葉県は“京成バラ園”の花たち、そして。
 フィルムカメラの時代ならフィルムに傷を付けたり故意に感光させたりして、“何か”を加えたりすることは可能であったろう。比して純粋な電子回路であるデジタルカメラで、首から上だけクローキング(光学迷彩)を掛けたようにすっぽり消え去り、その向こうの緞帳が写っているのはどう説明すれば良いのか。とりあえず口を突いて出た言葉は。
「見事に、ですね」
 理絵子は言った。意図したわけではないが少し軽めの口調で。小笑いでも付ければマンガの一コマ。
 まぁ、呪怨なのだろうというのが自分の中の結論である。担任の抱く感情と深刻さは理解した。しかし、そこで担任を怖がらせてしまっては自分の中ではアウト。
「……なのかしら。やっぱり」
 と、担任。
「断定は出来ませんが可能性はあると思います。デンキカイロですから光の加減だの何だのと理由付けする方がかえって不自然」
 理絵子は首なしと普通の写真を分けた。自分が霊能者と噂されている事は知っている。担任の言う“物知り”はその辺の噂に応じた婉曲表現であろう。対しては、『文芸部のネタとして一通り調べて知っているだけで、ありませんそんなもん』ということになっているので、使える言葉としてはこうなる。
「普通に撮れている方はみんなに見せて良いと思います。これは不気味なので知り合いのお寺さんへ持って行かせてください」

(つづく)

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【魔法少女レムリアシリーズ】アルカナの娘 -03-

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 神領美姫の瞳孔が一度大きく開いてから、元通り閉じたのを見逃さない。要するに“図星”だ。そして“落ち着け”と自らに言い聞かせた。
「私に敵意を?」
 上目で訊くと、
「うるさい!」
「脊髄反射しちゃダメじゃん……おっと」
 4時間目が始まるチャイム。悔しそうな神領美姫。恥を掻いた、という認識なのだろう。
 だがそれはある程度見えていた展開。および、そこを責め立てるつもりはない。
「ルーンに尋ねる前に、ちょっとお話をした方がいいような気がします。放課後、任意のタイミングで私を訪ねて下さい。その時誰にも邪魔されず話が出来るように取り計らってもらえるでしょう」
 それこそ占い師のように。女教皇の上下を戻して正位置とし、21枚のカードに混ぜて神領美姫の手に持たせる。女教皇正位置の意味の一つは“意外なタイミング”。つまり、今、彼女が言った“取り計らい”の内容そのもの。
 神領美姫は意味を判じたか、彼女を見つめた。
「カードの汚れ、取っておいたから。早く教室戻りな」
「え?あ、うん……」
 素直に応じて、しかし力なく、神領美姫は席を立った。
 先ほどまでの勢いが、しおれてしまった花のよう。

 お高くとまっていたタロット女を3分でシオシオにさせた話は、給食が終わる頃には学年中に広がっていた。“ぎゃふんと言わせた”という表現はこういうときに使うのだと教えてもらった。
「会うんだって?そのままフェードアウトさせればいいのに」
 顔に反対と書いてある大柄な娘は大桑(おおくわ)という。彼女が転入してその日のうちにいがみ合ったが、今は仲良しだ。柔道部、最後の夏の大会は大将を務める。
「ってことは、何か言われた……?」
 やれやれと思いつつ訊いてみると。
「ウチの部員でアレに占ってもらったのがいて、自信喪失、敗退、退部」
「真に受けたと。私が言うのもアレだけど」
「姫のはちゃうじゃん。刺さること言うけど元気をもらえる。あっちの姫はディスるだけ」
 ディスる。英語の否定辞disから来た“腐す”を意味するネットスラング。2010年代。
「否定的な内容ばかり当たる?」
 すると二人の会話を聞いていた数名がハッとした顔でうんうんと頷いた。
「それだよ、姫ちゃんご明察」

(つづく)

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【理絵子の夜話】空き教室の理由 -002-

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 教頭に使用許可をもらいに行くとかで、理絵子は廊下で少し待たされる。夏以降伸ばしている黒髪には夏服セーラーのスカーフに合わせた青いりぼん。1年生であろう、幼い顔立ちの詰め襟少年が二人、行き過ぎてから自分を振り返ってチラチラ見つつ、ひそひそ話しているのが判る(見えてないつもりかい少年)。理絵子とすれ違う男子生徒で、彼女に目を向けない男子生徒はまずいない。飾り気は無いが、しかしどこか“品”とか“貴”といった言葉を想起させる彼女は、思春期にある男子たちを自動的に振り向かせる、と書けるか。
「ごめんなさいね」
 担任がカギをちゃらちゃら言わせて戻ってくる。
 開き戸の鍵穴に差し込んで回転し、引き戸のドアをカラカラ開く。値付けの鈴があちこちぶつかってちりんちりん。中は黒革張りの長いすが向かい合わせに配置され、大ぶりのテーブルを挟んでいる。色あせ古びた応接セット、と書けば手っ取り早い。夕日がもろに入っており、室内は真っ赤。
 10月初旬であり、西陽にあぶられていた室内はかなり暑いと書いた方が適切で、応接セットはこの先も使われる回数の割に劣化が進行して行くであろうと言える。担任は率先して自ら窓のカギをかちゃんと回して開く。
 外からの音が入るが、部活動が終わった直後で、校庭は静か。呼び合う友達同士の声が幾つか。
 担任は廊下のドアを閉めて施錠し、更に職員室へ通ずるドアにも内側からカギをかけると、抱えていた書類をテーブルの上に下ろした。
 その書類に問題がある。理絵子は直感した。
「黒野さん……あのね」
 ためらいがちな担任。
「今からあなたに見せるものを、あなたは信じないかも知れない。でもあなたに大いに関係があることだし、あなた物知りだからひょっとして、とも思って、あなたに相談します」
 担任は言い、書類束の中から写真屋の袋を取り出した。
「これは文化祭の時に撮ったものなんだけど」
「あ、はい」
 理絵子は頷いて写真を袋から出した。
 今回、理絵子のクラス2年4組は“面倒くさい”それだけの理由で、クラスとしての出し物を合唱にした。その時、担任が体育館のステージ下から撮りまくった写真だ。できあがってきたのだ。
 取り出した映像に理絵子はギョッとした。
 首がない。
 しかも自分のものだけ。

(つづく)

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【理絵子の夜話】空き教室の理由 -001-

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プロローグ

“怪談”を持つ学校は少なくないようだ。
しかも歴史の長い学校ほど、確実と言って良いほど怪談を持っている。
ただ、詳しく調べると、悲しい事件を元に尾ひれが付いただけだったり、誰かの作り話が伝説化しただけだったりと、虚構であることが殆どである。
要は遊びの一種である。それゆえ、修学旅行や合宿で夜話のネタになるだけで、何か起こることはない。生徒間で少しずつ内容が変わりながら伝わって行き、毎年、一人二人教員に尋ねる。教員はその問いにまたかと微笑ましく答える、というパターンが多い。
普通は。

 文化祭が終わってより3日。
 金曜の午後、学級委員を集めての“文化祭反省会”から出てきた理絵子を、担任が呼び止めた。
「黒野さん、ちょっと」
 大事そうに両腕で書類を抱え、困惑の表情、頼る表情。
 この50代の女性教諭は、理絵子の母親よりも年上である。いかにも経験豊富という風で、ゆえあってかクラスでトラブルが生じることはまずない。その担任のこの表情。
 よほどのことに違いない。
「はい?」
「ちょっと、時間もらえないかしら」
「今ですか?」
 担任が頷く。全校下校が5時半であるが、それに合わせて反省会はお開きになっている。
 夕映えに赤く染まる困った表情。
「塾か何かあるの?」
 その質問は普通なら『用事があるならいいのよ』とでもなるはずであろう。すなわち、よほどのことがない限り理絵子に聞いてもらいたい、という意思の表れ。
 塾は7時から。
「いいですよ」
 理絵子は答えた。
「じゃぁ……」
 担任が歩き出し、階段を1フロア下りて2階。
 職員室横“生徒相談室”。

(つづく)

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