小説

【魔法少女レムリアシリーズ】アルカナの娘 -12-

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3

 翌日。
 姫子が登校し、教室に入ると、級友達が一斉に恐怖心を備えた目で見つめてきた。粗暴で無敵な不良少女でも見るかのようだ。
 男子の一人が手招き。
「ミキミキをボコり倒したって?」
「はぁ?」
 ミキミキは美姫ちゃんのことであろう。ボコる。暴力を振るう。誰が、自分がか。
「あたしが?」
「そう」
 彼女は自分を指さしてみた。級友達は頷いた。
 何がどうしてそうなった。すると。
「おい、相原って来てるか」
 廊下方より聞き慣れぬ男子生徒の声。かなり高圧的で怒気を孕む。
 級友達の目が一斉にそちらを向いた。
 美姫のクラスの学級委員。男女揃って。
「はい、何か」
 彼女姫子はまずは顔を向けて尋常に応じ、次いでゆっくり身体をそちらに向けた。想定外の何かが進展しているに相違なかった。
 するとツカツカと入ってきたのは女子の方。
「あんた女の子の顔殴りつけるなんて酷くない?」
「はあ?」
「とぼけんじゃねえよ!」
 大声は男子の方。
「ボッコボコじゃねえかよ!」
 何が起こった。逆に私に見せてくれという所だが、
「私が?神領さんを殴ったと?」
「そうだ」
「ボコボコに?」
「そうだ!」
「殴ってなんかないけど?家で親に会わせてお茶飲んで、CD貸してから、ボコりつける?」
「ウソつけ!神領呼び出して引きずって行ったって聞いたぞ!」
 男子委員の声がヒートアップして来る。何某かウソを吹き込まれて義憤に駆られてであろうから、こちらの言い分は凡そ聞き入れられまい。が、首肯するわけにも行かぬ。
「呼び出し?確かに彼女とは話がしたいと言いました。ただし彼女にしか判らない方法で伝えました。ってか、一緒に走って行ったことが何で伝わってるんですかねぇ。つけ回して覗いてたってことじゃん。それこそ女の子を。そんな犯罪まがいのご注進を信用するわけ?」
 彼女は手を腰に反駁した、その時。
「待って……」
 弱々しい美姫の声がし、衆目がサッと集まる。
 廊下のドア脇から顔を出した包帯と絆創膏。

(つづく)

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【理絵子の夜話】空き教室の理由 -020-

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 続いて手紙の処理。はがきは洋服屋のDM。クーポンが付いているので、クローゼットにマスキングテープで貼っておく。
封書。グリーンの封筒に可愛らしい文字。
 男の子……ではない!?
『りえぼーってねぇ、女子の間でも人気があるんだよ』
 同じクラスの友人に言われた言葉。
 手紙からは香水めいた匂いがしている。コロンを振ったか、そういうレターセットか。
 封を切る。
 取り出す便せん。
 開く。
『ごめんなさい』
 1行目はただそれだけ書いてあった。
 空き行を作って、小さい字で本文が始まる。
 予測通り、差出人は“とある女子”としてある。
 ひょえ~。率直な感想を言葉にすればそうなるか。
 曰く自分は“花”だそうである。但し、ヤマユリのような大きな花でなく、草むらで埋もれてしまいそうに小さいのに、ハッと引きつけられる可憐な花だと。
 不自然でいけないことだと思っても忘れられない。気が付けば理絵子の笑顔を、後ろ姿を追い求めている自分がいる。理絵子には差出人にない物が全て備わっていて、学級委員としてみんなに気を配り、みんなが知らないところで地道な努力をしている。嫌なことも断らないし、むしろみんなが拒否していることを察してそれとなく引き受ける。そんな女の子他にはいない。そうした姿がなおいっそう理絵子を輝かせる……。
 褒めちぎりも度が過ぎて虫唾が走るというのが正直だが、真剣な気持ちならキチンと返事・回答をすべきであろう。理絵子はそのまま読み続ける。
 こんな気持ち、理絵子に伝えるべきですらないことは判っている。伝えても届かない気持ちであることは判っている。迷惑そうにしている理絵子の姿が目に浮かぶ。でもこのまま押さえ込んでいるとどうにかなってしまいそう。だから申し訳ないけれど気持ちを伝えることにした。返事もいらない捨ててもいい。ただ理絵子は素敵な女の子であると伝えたい。
 誰かが理絵子を悪く言うなら、それはあこがれの裏返し。どうか今のままの理絵子でいて。
 以上本文要約。返事はいらないのでと、差出人の記載は無し。

(つづく)

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【理絵子の夜話】空き教室の理由 -019-

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「ふぅ」
 ため息のひとつも出ようという物である。自己完結を見たところでティーバッグを引き上げてケーキ皿の脇に移動、勉強机に座る。机の上には葉書と封書。母親が置いていった物だ。友人の多くが自室に親が入るのを嫌うが、理絵子としては別に秘密も隠す物も無し、気にしたことはない。むしろ親は味方にしておいた方が後々絶対に良いと思う。
 親なしで生きていける状態ではないからだ。
 その結論に囁く声がある。……その辺が、合理的な考え方が“男の子っぽい”んじゃないの?
「……しょぼーん」
 脱力してひとりごちたところで後回し。ケーキを口にし、机の傍らの携帯電話を取る。理絵子も持っていないわけではない。学校へ持って行かないだけ。画面に触ってスタンバイから復帰、パスワードで通知がワラワラ。
 SNSのメッセージ6通、5通は部活である文芸部の仲間から。文化祭上がってのねぎらいである。1通は級友である桜井優子(さくらいゆうこ)。彼女は級友だが年齢はひとつ上。“2度目の2年生”である。行動や交友関係に対しPTAが眉をひそめる存在であり、ゆえに疎外されがちだが、理絵子は逆に彼女と親しくしている。そんな理絵子に桜井優子は最初とまどっていたが、今では心を開いてくれた。メールは合唱サボってごめんの由。まぁ、徹底的に学校のやることなすことに反する彼女である。いかにも学校的内容の合唱では……というところであろう。ちなみに、彼女はサボった挙げ句“友人”達が所属する珍走団“たこぶえ”の連中と共に、三浦半島の先端へ走りに行ったという。マグロのカマ料理の画像付き。
 返信する。内容は別に濃い物ではない。

(つづく)

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【魔法少女レムリアシリーズ】アルカナの娘 -11-

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「辛い言い方をしたかも知れない。でも、占いに頼るほど追い込まれた心の有様(ありよう)とあるべき姿をあなたは知っている」
 レムリアはアンスールを美姫の手のひらに載せ、握らせ、そしてもう一度開かせた。
 紐が通ってペンダントの出来上がり。それも手品。美姫はしかし、驚くと言うより“当たり前の結果”を受け入れている表情。
「あたしひとりで占い希望者背負い込んだら忙しくてトイレにも行けない。あなたには占いを引退しないで欲しい。私じゃ嫌だという人も必ずいるし。彷徨う心の受け皿は幾らあってもいい。大アルカナの回答に良い言い回しが思いつかなかったら、小アルカナを引きなさい。そこに答えが啓示される。それはお守りがわりに首にかけて。西方に過去あった魔法国家アルフェラッツの術式Coegi magicae Lunae(こえじ・まじけ・るなえ)に従い」
 レムリアは人差し指を立ててくるくると宙に円を描き、そのままパチンと鳴らした。
 美姫はペンダントを首に通した。
 そこでレムリアは革製のカードケースを手のひらに出して差し出した。
「一式入っています。お持ちなさい。差し上げます。傷だらけのカードでは、めくる前に判ってしまう」
「え?」
 美姫はボタン留めされた蓋を開いた。絵柄は19世紀から20世紀にかけて活躍したデザイナーの手になるもので、ネット辞書で類型の絵柄として取り上げられているほか、現在流通している絵柄の中でも最も一般的なもの。だが。
「羊皮紙……これって」
「ヨーロッパ王侯向けの特注品。ふさわしくない者の元から自ら離れ、ふさわしい者の手元にたどり着くと言います。私があげられる手元のタロットは今はこれだけ。なら、あなたに持てと言うことでしょう」
「でも……」
「値段?希少性?そんなこと気にする人にこれを持つ価値はないと思います。逆に道具とするなら可能な限りよい物を。私の父の教えです。少し裁いてみて」
「え?……あ、うん」
 美姫は78枚を取り出し、シャッフルし、積み上げ、崩して時計回りに混ぜる。
「凄い滑らか……」
 横一列にずらっと並べ、1枚抜き取る。
 羅針盤のような文様“運命の輪”。
「チャンスにせよ」
「私の占いは以上です」

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(wiki)

(つづく)

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【理絵子の夜話】空き教室の理由 -018-

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 湯気立つマグカップにティーバッグを放り込み、ケーキを持って2階の自室へ。
 ドアを開いて明かりを点ける。“すっきり”という印象を誰もが持つ6畳洋室。理由として、理絵子はあまり“女の子っぽい”コレクションは持たない。本棚にマンガとノベルズはずらりとあるが、ぬいぐるみやアクセサリーの類は皆無といって良い。色遣いも木目調の方が落ち着く。
『あなたはやはり普通の子と相当違うようね』
 担任の台詞を思い出して苦笑する。えーえーどうせ私は。
『“しずかちゃん”より“出来杉くん”のようだ』
 自分に対する友人の評を思い出す。著名なマンガの登場人物であるが、同じ優等生でも“男の子”の方に近いとその友人は評したわけだ。
 だとすれば恋愛経験がないことと一致が見いだせるが。
 まさか。
 姿見の自分の身体を思わず見てしまう。りぼんで緩く縛った長い髪、頭のてっぺんから足の先。自分で言うのも変だが“女の子”の外見を備えているとは思う。ちなみに彼女は学級委員で美少女であって、男子からの勇気を振り絞った手紙はよく来る。が、内面のとりわけ“女性性”に対して言及したものはまず無く、容姿と成績、優しい感じに好感が持てますと要約できる物が殆どだ。自分の捉え方についても、相手自身の気持ちの推論に関しても、“会ってみたい、話を聞いてみたい”と思うような物はこれまで無い。端的に言ってしまうと内容が幼いのである。同年代の男子というより“男の子”を相手にしているような感覚にとらわれ、マンガやノベルズの展開と異にする。言っちゃ悪いが要するに物足りない。
 ああそういうことか。理絵子は自分の思考展開に“恋愛”しない結論を見た。どうやら自分はもう少し年上というか、人格的に成熟した男性を求めているのかも知れぬ。
 だとすれば父親のせいだ。職業上、幼い暴走を日常見ていた父が我が子に対しどんな育て方をしたか、容易に想像が付く。

(つづく)

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【理絵子の夜話】空き教室の理由 -017-

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 結果として、塾に行かず音信不通の娘に対して、帰宅時の親の反応は当然こうなる。
 玄関マットに仁王立ち、腕組みしてギロリ。
「ただいま」
「……理絵子。ああ、もう、どこへ」
「ごめん、先生のとこ行ってた」
“トホホ”と書いてある安堵した母の顔に、理絵子はまず言った。
 母親の表情に小さな笑みが浮かぶ。ちなみに、こうした背景もあり、発信先を制限したGPS付きの機種のみ許可しようという動きもPTAの間にはあるという。
「そう……。まぁいいわ。ご飯食べなさい」
「はい」
 母親がスリッパをスタスタ言わせて廊下の奥へと歩いて行く。
 理絵子はまず2階へ上がり、着替えを済ませてリビングダイニングへ。
「あれ?お父さん今日……」
「夕方に出て行った」
「訊きたいことあったのに……」
 理絵子はリビングのテレビ桟敷に配された、父親の指定席である大振りなソファに目をやり、ダイニングテーブルの自席に座った。父親は警察官。ドラマでよくある“捜査1課”ではなく、組織犯罪などを扱う職場だが、忙しいことには変わりはない。
 以前は少年犯罪などを担当していたそうである。理絵子の就学に伴い、現職場に異動した。
 食事を摂る。同じテーブルはす向かいで母親がノートパソコンをカチャカチャやっている。最近始めた内職で、ウェブサイトのデザイン。自分の高校進学に備えての学費稼ぎと判っているので、月謝払っている塾をサボるのは少々、胸が痛い。授業の振り替えを依頼しようか。
「先生の所は補習?」
 母親が突然訊いた。
「うん」
 大嘘。
「そう……じゃぁ、テスト期待できるのかしら?」
 そういう話題は願い下げ。
「ごちそうさま~」
「冷蔵庫にケーキ入ってるよ」
 そういう話は別。
「いただきま~す」

(つづく)

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【魔法少女レムリアシリーズ】アルカナの娘 -10-

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「敵と感じれば攻めもするでしょ。私はあなたが悪いと思っているその過去を責めたりはしません。現に私がムカついてしょうがないって子は幾らもいます。でも、仕方ないしそれで当然だから、嫌いにならないで、とは言わない。ただ、喧嘩売ってくるなら言うことは言う。あなたの挑戦にもそうしたつもり。でも、その結果あなたは打ちのめされたように見えた。あるべきあなたの姿じゃないように思えた。だから、話を聞いてみようと思った」
 彼女は抱きしめた耳元で一気に喋り、身体を離した。
 もう、涙は必要ないという確信と共に。
 テーブルに戻ってタロットに尋ねる。シャッフルして裏返し、一番上。
“魔術師”。

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(Wiki)
 美姫の眉根が歪んだ。
「皮肉みたい」
「そこは素直にとっていいと思うよ。信じて、動け。そして多分、あなたにテレパシーのような輝きは戻らないかも知れないけれど、傷ついた心の状態は覚えているはず。ここでようやく私のルーンの出番です。児童館で手品イベントやる時は魔女のレムリアって名乗っててね。その流儀で」
 以下姫子を彼女の意を汲みレムリアと記す。レムリアは右の手指をパチンと鳴らし、握りこぶしを作ってテーブルの上に置いた。
「触れて。今のあなたにふさわしい一文字があるはず」
 美姫は手のひらで包むように触れた。
「姫ちゃんの手、温かい……」
「基礎代謝が旺盛なようで」
 彼女レムリアは応じてから、手のひらを開いた。
 水晶の中に浮かび上がる、アルファベットの“F”の横棒を斜め下に傾けたような文字。

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(Wiki)

「アンスール……だっけ」
「そう。正位置なので、あなたの知ることをよりよい方向に使いなさい」
「私の知ること……」
「辛さや葛藤、迷い、破滅、そして裏切り……」
“裏切り”……その言葉に美姫は肩をびくりと震わせ、膝の上で拳を固く握った。
 友の信頼を裏切って辛い思いをさせたのは自分だし、そして、相原姫子の出現によって“信者”に裏切られたのもまた自分。

(つづく)

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【理絵子の夜話】空き教室の理由 -016-

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 とりあえずもう少し安心させて、今日は辞することに決める。無論最短ルートは直接担任から詳細を聞き出すことだが、今の担任の心身はそれに耐えられる状態では恐らくない。もし実行すれば担任の心理に回復不能なダメージを与える可能性が高い。
 もちろん、当事者である以上、いつかはまっすぐに問わねばならないのだと思う。それは予感というより確信。でもその前に、まっすぐに問えるだけの情報と、問うことに耐えられる“強い心の回復”が必要である。
「先生がそうおっしゃるなら私としてもうれしい限りです。あの手の写真は心霊写真といいますが、実際には撮影者の心理状態や、それによる無意識な行動が、カメラにブレを与えたり、レンズの特定部位を指で隠してしまったりといった形で現れることもあるようです。先生は私がその、あゆみ、さんと似ているとおっしゃった。辛い記憶を隠そうとする心理が、ファインダーの中の私を無意識に指で覆ってしまったのかも知れない」
 この言い方に担任は目を少し見開いた。
「……なるほど」
「まずはお気になさらず。そのお気持ちのまま今日はおやすみ下さい。写真はこのまま、私が持って行きます。それですっきり寝られたなら、そういう程度のものだった、ということです」
 理絵子は言い、カバンを手にして立ち上がった。
 担任が感心したような目で見上げる。
「……あなたは私より遙かに人の心が判っているのかも知れないわね」
「とんでもない。恋愛経験ナイの一言で説得力まるでナシです」
 理絵子は笑って、締めた。

 理絵子の中学は携帯電話持ち込み禁止である。
 従って、予定通りの行動を子供が取っていない場合、親から連絡の取りようがない。これが昭和だ20世紀だという時代であれば、サボってどこかで遊びほうけて…という方向に親の推定が向くが、子供に対する犯罪が増えた21世紀以降、親としては腹を立てるより心配が先に立つ。

(つづく)

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【理絵子の夜話】空き教室の理由 -015-

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 理絵子は担任の言いたいことを酌み取ったつもりでそう答え、言い終わってから違和感を覚えた。
 それだけだとしたら薄っぺらいのだ。何か本質とずれているのではないか?
 と、台所で、ガラス物質が割れるがしゃんと大きな音。
「わ!」
 担任が身体をびくりと震わせ、手にしていたコーヒーをこぼしてしまう。
 見るとガラスのコーヒーポットが割れている。
 理絵子は超常の視覚で室内を見渡す。今、特にそちら方面の力は感じなかった。
 では偶然なのか?
 偶然という判断に激しく異を唱えるものが心理の裡に存在している。ここに来るまでの電車の急停止、ICカードのトラブル……
 蓋然性は?
 よく判らない。たった今の理絵子の気持ちはそうなる。心霊写真と担任の過去の過ち、つながりはあるのだと思う。ただ、だとすればそれは今でも引きずっていることを示し、解決には至っていない。担任の告白だけでない、“突っ込みが浅い”部分が存在する。
「辛いことをお話しさせてしまいましたね」
 畳の掃除とポットの処理が済んでから、理絵子は言った。
「ううん。でも……あなたに言ったらちょっとすっきりした」
 担任は小さく笑みを見せた。怯え縮こまっていた姿はなく、“生徒に対する教員”としての余裕……若干の横柄さが見えている。理絵子自身は謎を大量に頂戴したわけだが、担任がそう言うなら、今日のところはそれで良いのだろう。担任自身についてはこの状態で置いておいてよい。ただ、真相にはほど遠いと見られるので、そこは自分が動いてもう少し調べてみたい。ちなみに、首を突っ込むことに対する自制の感覚は今はない。

(つづく)

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【魔法少女レムリアシリーズ】アルカナの娘 -09-

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「うん。背後霊みたいなのが見捨てて出ていった、みたいな感じになって、ポカンと空っぽになった。あ、外国にいたんだっけ、背後霊ってのは……」
「判るよ。憑き物さんのことでしょ。悪魔ケダモノから天使であることも。……その存在は感じてた?」
「ううん……全部自分の力だと思って……え!もしかしてそのせい?私が背後霊さんに感謝しなかったから……」
「未練があるの?力の存在に」
 話を逸らすと、神領美姫は目線を外して少し考えた。
「良いことも、残念に思うことも……でも、余計なことを判ってしまわずに済むようになったのは、楽、かな」
 神領美姫は笑った。少し寂しげではあるが。
「じゃ、良かったんじゃない?でも、それでも占いは続けたんだよね」
 神領美姫は俯いた。
「うん。だってそれ取ったら何も残らないじゃん、って思って。そう、私って占い以外の人付き合いないって……」
 神領美姫はハッと気付いたように早口で言い、その目に涙を浮かべた。彼女は立ち上がり、美姫の傍に膝立ちとなり、肩を抱いた。
「悲しいこと言わせてごめん」
「ううん構わない。相原さん聞いてくれてるからいい……」
 我慢して、溜め込んでいたのだろう。神領美姫は堰が切れたように泣き出した。
 わんわんと幼子のように大声で泣いてしまう。階下母親が心配してショートメッセージを送ってくるほど。
『大丈夫なの?』
『辛いこと話してくれたの』
 神領美姫はひとしきり涙を流し、ハンカチで拭った。
「後はもう、判り切ったことを言うか、どっちにも取れることしか言わなくなった。だめ、って言っちゃえば、諦めるから、絶対にだめになるしね。酷いよね私……」
「気付いた人は、悪く言うようになるね」
「そんな時、相原さんが転入して来た。すごい美少女で魔法のような手品を見せて……地震の時は気がつくと被災地で救助活動していた。学年中の噂になった。そしたら占いも凄いって……もう、私には何も、誰も残らなかった」
 神領美姫が言い終わった瞬間に彼女は彼女を目一杯抱きしめた。
「何言ってるの、ここに残ってんじゃん」
 今度は涙ボロボロではあるが声押し殺すようにして肩を震わせる。一つ言えるのは、神領美姫の周囲に居たのは、美貌の占い少女という一般評に釣られた者ばかりで、友達になろうという手合いは皆無であった。
 神領美姫はそれを何となく感じていたのだろう。テレパシーとは言えないまでも、明確化された事実であれば確信を伴ってそうと判る。なお、美姫の言う“地震”は東北地方太平洋沖地震・東日本大震災を言い、彼女らの学校は同日“お別れ遠足”であったが、姫子は途中から救助ボランティアに参加し、学校へ数日戻らなかった。

(つづく)

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