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めーるぼっくす

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小説・大人向けの童話

【大人向けの童話】謎行きバス-63・終-

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 次いで自分のランドセルのフタを開け、季節的に、児童全員に持たされている汗ふき用のタオルを取り出す。
 他の女子もタオルを出してくれる。そこで雄一はタオル同士を結び、さらに体操シャツに物干しヒモみたいに通すと、めぐのお腹に巻いて背中でタオルを結んだ。
……何もないよりはマシだろう。
「立てる?」
「なん……とか……」
 めぐの、うでのかたほうを、自分のかたに乗せ、かついで起こす。変な話だが、雄一の方が背が低いので、体重をかけてもらいやすい。
 ずしっ、と来る。と、同時に、由美さんにムギュッとされた時の、あの感触がよみがえる。
 めぐも、女の人なのだ。
 そっと歩き出す。重いとかは感じない。彼女のこの体重は、自分をたよってくれている証拠。
 女子が一人付いてきてくれる。学級委員の竹沢(たけざわ)。彼女にも手伝ってもらって、階段を下りる。
 保健室で事情を話し、めぐをあずける。担任には、保健の先生から直接知らせるというので任せ、教室へもどる。
「やっぱ男の子だねぇ。私たちだとこうはいかないよ。その…堀長さん大きいからさ。ありがとう。でもビックリした。花村君があいつらどなりつけるなんて」
 階段を上りながら、竹沢は目をキラキラさせて言った。
「一人ぐらいいてもいいと思ったんだ。めぐの味方がさ」
「うわ~、なんかさっきからいちいちセリフがかっこいい。マンガみたい。そういや謎行きバスに乗ってきたんだよね。魔法(まほう)でもかけられた?それともあれかな?男子三日会わざれば刮目して見よ(だんしみっかあ)わざればかつもくしてみよ)」
「なんだそりゃ?とりあえずセミにオシッコひっかけられては来たよ。めぐ、大じょうぶかな?」
「後でおみまいに行ってみよ。なんか堀長さんがうらやましい。あ、らぶらぶって言ってるんじゃないよ。
 たださ。
 自分のピンチの時に飛んできてくれる男性がいるって、女の子のあこがれだと思うからさ」
 
謎行きバス/終
 

【大人向けの童話】謎行きバス-62-

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 そりゃ、バカそのものだろう。
 雄一は3人がとてもあわれな存在に思えてきた。なんでオレ、今までこんなヤツらにびくびくしていたのか。
 由美さんとの約束を実行するのに、ためらうことは、こわがることは、何もなかった。
 
「いいかげんにしやがれ!」
 
 雄一は、どなった。
「ほりながせ……」
 3人組がだまりこみ、びっくりした顔で雄一を見る。
 でもすぐに。
「ひゅーひゅー。らぶらぶ~」
 いつものように。
 しかし、3人組に調子を合わせる者は一人もいなかった。
 クラスの女子がずらりと並び、3人組をにらんでいる。他の男子たちは、その並ぶ女子たちの向こう。
 女子たちの放つ、もうれつな〝いかりのパワー〟で、近づけないらしい。
「な、なんだよ」
「こいつ女に助けられてやんの」
 今、クラスの女子はみんな自分の味方。確かにそうだろうと雄一は思った。
 でも、それがどうした。
「女にきらわれる男に、1円の価値もないと思うが」
 言い捨ててふりかえる。もう何言われても相手にする気もない。なぐりたきゃなぐれ。
 しかし、3人組は何も言わない。言い返す言葉がないのであろう。
 ぎゃふん、と言わせたとはこのことか。
 でもそんなことはどうでもいい。雄一はめぐをのぞきこんだ。めぐは、ゆかに手足ついた姿勢のまま、お腹のあたりを押さえている。後ろでは他の女子がサイテーとか3人組をムチャクチャけなしているが、ハッキリ聞こえない。
「めぐランドセルを……。どうしたらいい?ホントに〝せいり〟なの?」
 雄一はめぐの背負っていたランドセルを外しながら、目の前の女子に聞いた。
「分からないよ。ただ、だとしたら、お腹冷やしちゃいけないって聞いたことある」
「分かった」
 雄一は体操着のふくろを取り出し、シャツを、センターで着ていた体操シャツを引っ張り出した。
 

【大人向けの童話】謎行きバス-61-

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 メグという名前の魔女(まじょ)のキャラクターがいるので、そっちの名前で呼んで、と幼い彼女にたのまれた。それ以来、こいつらのからかいが始まるまで、ずっと彼女のことをめぐと呼んでいた。
 それが今、ポッと出たのだ。
「まぁおくさま、聞きました?めぐ、ですって」
「もう~らぶらぶでうらやましいこと」
 連中がおくさまごっこを始める。が、かまっている気はない。
 その間に、他の女子が、異変に気付いて来てくれた。
「朝から調子悪かったみたいなんだ」
「堀長さん、大じょうぶ?痛いの?」
 しゃがみこんで問いかける。堀長は目を閉じて歯を食いしばり、苦しそう。
 の、しゅんかん。
「あーわかった。お前〝せいり〟だろ!」
 3人組の一人が、大声で、言った。
 めぐが体をびくりとふるわせ、ぎゅっとちぢこまらせ、目をカッと開けるのが、雄一には見えた。
 その目から、ゆかの一点を見つめているような目から、ボロボロあふれて来るなみだ。
 雄一があの、ゲロをバカにされて泣きだしてしまった、〝大きいヤツ〟を思いだしたのは言うまでもない。
「せいり、せいり、ほりながせいり」
 歌い出す。
 その3人に、女子達が次々に目を向ける。
「ちょっと!」
「ひどいよ!いくらなんでも……」
 来てくれた女子の反応のしかた、おこり方が、ハンパじゃないことに雄一は気付いた。
〝せいり〟が何なのかよく分からない。でもめぐの傷つきぶりと、女子たちの異様というか、ただならぬ反応からして、女子は知ってるけど、男子には分からないこと。
 つまりおそらくは、おっぱい同様、ゴチャゴチャ言われたくないメタモルフォーゼのひとつ。
 しかし考えてみれば、連中のやってることは、やれアオムシが脱皮(だっぴ)した、サナギなった、てのをつかまえて、ヤーイヤーイ言ってるのと同じ。もし、現実の虫に対して、脱皮、脱皮とか歌ってるヤツがいたら、
 

【大人向けの童話】謎行きバス-60-

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 堀長の横顔に、由美さんの、きれいだと感じた由美さんの顔が重なる。
 あんな風に、なるのかな。
 堀長が雄一の目線に気付いた。
「ど、どうしたの?私の顔なにか変?」
 堀長が顔を赤くした。
 でも、雄一は、顔が赤くなる気持ちには、ならなかった。
 女の子の顔をじっと見つめるなんて、人が見たらそれこそ〝らぶらぶ〟と言われるだろう。
 なのに、平気なのである。
 ふしぎなことに。
「ううん……ただ、元気なさそうな気がするから、教室までいっしょに行こうかと思ってさ」
「え、あ、ありがとう」
 堀長は赤くなってうつむいた。でも、赤くなった彼女は、自分からはなれたりせず、自分といっしょに歩いている。
 それは、赤くなった自分が、これまで彼女に取っていた行動とは、ちょうどぎゃく。
 味方になるとはこういう事なんだ、と雄一は理解した。
 だまって歩く。おしゃべりはそれっきり。でも、何か、〝いっしょ〟なものがぼくらの間にはあるな、とか思いつつ、学校にとうちゃく。
 うわばきにはきかえ、階段を上る。
 そして教室の戸を開く。
「いよっ!新郎(しんろう)新婦お色直しでご入場です!」
 二人そろって入ったから、であろう。例の3人組からそんな声がかかった。
 それは結婚式の〝披露宴(ひろうえん)〟で、およめさんとおむこさんが、いしょうを着がえて入ってくるところ。
「おめーら!」
 いつもの調子で、堀長がどなり声をあげた。
 そのしゅんかん。
「あいた……」
 堀長は、下腹をおさえ、しゃがみこんだ。
 体の力が入らないのか、そのまま、ゆかにペタッと手とひざをついてしまう。
「めぐ!」
 雄一は思わず声をかけた。
 めぐ。それは彼女の名前の漢字「恵」の別の読み方「めぐみ」から来ているあだ名。
 

【大人向けの童話】謎行きバス-59-

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「うん。ミヤマクワガタ。ほら、ごっついでしょ」
「ホントだ。見たことない。え?このクワガタ毛が生えてるの?」
「え?うん」
 実は、由美さんに聞かされたことは、自分にとって結構ショッキングだったのだと、雄一は今さら気付いた。
 彼女が〝毛〟と言っただけで、〝ちんちんに毛が生える〟を思い出し、さらに、この彼女が、今大人の女性に変わり始めているのだ、という風に、考えがつながったからだ。
「ゆう君、変だよ」
 かくして堀長は言った。彼女は彼女で、雄一の変化をびんかんに感じ取ったようだ。
「そう?」
 どきどき。
「うん、何て言うか……今まで私のことさけてるのかなって思ってたけど」
 女の子ってびんかんだなあと雄一はあらためて思った。自分が何となく、彼女の手助けを、〝ありがためいわく〟に思っていたのを、キチンと感じ取っていた、ということであろう。
「そんなこと、ないよ。ただ、ほら、みんながギャーギャー言うと、君にもめいわくだろうな、と思ってただけ」
「なの?……ならいいけどさ。でも、なんかこうやって、ゆう君とおしゃべりしながら歩くの、久しぶりな気がする」
 言われてみれば、と雄一は思った。最近、とくにあいつらが〝らぶらぶ〟とか言うようになってからは、彼女としゃべるにしても、言葉は二つ三つ。
 小さいころは、手をつないで、いっしょに歌を歌いながら、歩いていた。
 その彼女が、いつの間にか自分より大きくなって、
 先に、大人への……
 ああそうか、雄一はふっと合点が行った。
 
 彼女の体の変化もメタモルフォーゼなのだ。
 
 幼虫という子どもからサナギになり。
 そして、美しい翅を持ったチョウという大人になる。
 虫たちのメタモルフォーゼ。
 人間と虫をいっしょにすることは、いけないことなのかも知れない。
 でも、どっちも地球の生き物という点では変わらない。
 

【大人向けの童話】謎行きバス-58-

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 月曜日。
 雄一は早速、ミヤマクワガタの水そうをかかえて、学校へ向かった。
 掘長恵といっしょになる。家が近くて、登校時間もいっしょだから、大体いつもこうなる。
「聞いたよ。謎バス乗ってきたんだって?」
 掘長は笑顔を作って言い、雄一の背中をポンとたたいた。
 雄一は目の上の少女を見上げ、すぐ気付いた。
 堀長の様子がいつもとちがう。
 笑顔だが、目がしんどそう。
 覚えていないころから毎日会っているのだ。そのくらいすぐわかる。
「調子悪いの?」
「え?まぁ、うん。だるいというか、ちょっとぼーっとしてるというか、熱はないんだけどね」
「大じょうぶ?」
 それは単純に堀長が心配だからでもあるし、由美さんの〝味方に〟というのが意識のかたすみにあるからでもある。
 果たして堀長は、あれっ?という目で雄一を見返した。
「ゆう君……」
 雄一は、自分の言ったことが、とっても〝らぶらぶ〟なじょうきょうを作り出したと感じた。
 顔がかぁっと赤くなる。
「だ、大じょうぶなら、……行こうよ」
 思わずどなろうとしたが、彼女をつき放してしまうような気がして、〝行こうよ〟は、ふつうに言った。
 彼女に冷たい行動が取れなくなった自分を感じている。由美さんに言われたことが、とても強く印象に残っているのだろう。
 道すがら、バスの行き先の事を話す。
「……そういうしせつなんだ」
「子ども達は虫好きなんだけど、虫にくわしい大人がいないからって。面白かったよ。センター長さんの部屋は中に木が生えてて、樹液が落ちるからって、カサさしてご飯食べた」
「へー」
 堀長は笑顔を作った。面白いのは面白いと思ってくれてるようだ。でも、それ以上に体の調子の方が悪いのか、声は何だか素っ気ない。
「で?それがおみやげ?」
 堀長は話題を変えるように、水そうを指差した。
 

【大人向けの童話】謎行きバス-57-

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 ただ、これは言えるだろうと思えることがひとつ。
「ああ、そのことですね、それだったら、〝男には負けると分かっていても戦わねばならない時がある〟ということを学びました」
 雄一のそのセリフに、センター長はクルマを止め、後席の雄一をふり向いた。
「え?」
 じーっとセンター長に見つめられる。ぼく、何かいけないことでも……。
 すると。
「かっこいい。すごいじゃないか」
 まじめな顔で、低い声で、センター長は言った。
「そ、そうですか?」
「実は、君が今朝ここに来た時、ああ傷ついてる子だなって思った。すぐ分かったよ。ウチに初めて来る子は、みんな傷ついてるからね。
 だからぼくは、君に無理言って引き留めた。君ならウチの子たち理解してくれると思ったし、ウチにいることで、君のその心の傷が、すぐには直らないかも知れないけれど、少しでも、傷のことを忘れられるかなって。
 でも、どうやらぼくの予想以上だったようだね。
 君がヤマカガシつかまえた時のみんなの顔を覚えてるかい?あの後ね、みんな口々にぼくに言ったよ。君が助けてくれたってね。自分たちのために命がけで教えてくれたってね。もちろん、君がヘビのあつかいになれていて、あんな事お茶の子さいさいだった、ってのは分かってる。でも、ウチの子達にとって、自分たちのために、危険をおかしてまで何かしてくれる人がいる、ってのは、すごいショックだった…おっと、このショックは傷つけたって意味じゃないよ、感動したってことだよ。
 だってそうだろ?
 君が見たように、ふつうの子に、そうじゃないって言われて、いじめられるんだ。オレ達ってワンランク下なのか、と思わされてしまうさ。でも、君は、そんなウチの子達に、毒ヘビだから気を付けろ、と言ってくれた、実際に毒に触れる危険をおかしてまで、きちんと教えてくれた。そこまでしてくれれば、感動するのも当然だろう。君は、君がウチの子達にとって仲間であると、態度と行動で、示してくれたんだ。
 しかも、君はちゃんと、単純にお茶の子さいさいじゃなくて、そういう子だって事を、実際に意地悪な子に立ち向かうことで、証明してくれた。命がけは大げさかも知れないけれど、勇気を示してくれた。弱虫とんでもない。それでこそ男の子だとぼくは思うよ。
 ありがとう。ウチの子達は君との冒険で、目に見えないけれどとても素晴らしい宝物を見つけたと思う。それでなお、君が楽しかった、学んだというなら、ぼくにとってこれ以上うれしいことはないよ。学校やお母様には話したけど、ウチのしせつに、君の学校からキャンプにでも来てもらえないかなと思ってる。その時はまた、先生を頼めるかい?」
「はい!」
 雄一はうなずいた。
 自分の冒険は終わったけれど、なんかとっても、すてきなことが、かわりに始まった予感……。
 

【大人向けの童話】謎行きバス-56-

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13
 
 探検隊の報告会をかねた夕飯をごちそうになり、再会の約束をし、雄一はセンター長のクルマでしせつを後にした。
 ちなみに、ミヤマクワガタと、その後見つけたカラスアゲハの卵だけは、持って帰ることにした。その中で、アゲハの方は、あのモンシロチョウを失敗したさきちゃんにも分けてあげた。〝どっちが先にチョウにするか競争〟というわけだ。最も、雄一には本気で競争する気なんか無くて、その方が張り合いがあるだろうと思っただけ。カラスアゲハにした理由は、モンシロチョウよりは育ちやすいと思うし、何と言っても成虫の姿と来たら……。
「いやぁ引きとめてごめんね」
 みんなの顔が見えなくなったところで、センター長は言った。雄一がいるのは後席。センター長との会話は、バックミラーごし。
「いいえ、とっても楽しかったです。兄貴になるって、あーいうことなのかなって」
「そうかい?」
「ええ。それよりも、ぼくの方こそ、おもしろ半分でバスに乗ったりして。もうしわけありませんでした」
 雄一は頭を下げた。知らなかったとはいえ、失礼な行動だと、今さらながら思う。
「あっはっは。いいよいいよ。あれは、わざとだからね。もしそれと分かると、君がさっき出くわした子ども達のように、ひどいことをするのが絶対出てくるんだ。だから、路線バスの姿なのさ。
 それに、君はバカにしに来たわけじゃない。強くなりたくてバスに乗った。おもしろ半分とは思わない。それで、どうだった?」
「え?」
 雄一はハッとした。
 に最初はそうだった。でも、いつの間にかそんなことは忘れて、センセイどころか、ぎゃくに自分の方が、モノスゴく色んなことを教えてもらった気がする。
「あれ?由美ちゃんは意地悪な子達を君がげきたいしたと」
 げきたいしたのは実質マルカメムシと由美さんである。
 

【大人向けの童話】謎行きバス-55-

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 由美さんはまるで、自分の事みたいに、なみだをうかべて言った。
「由美さんも……」
「私?私は出ても行くところないもん。両親とも死んだから。でも死にたいと思ったことあったよ。だって最初、ただ生きてるだけ、みたいな気がしたもん。ここと学校を往復するだけの毎日。何の意味があるんだろうってね。それである日、夜の2時だったかな、雪降ってた。凍死(とうし)ってねむくなるって言うから、この寒さなら死ねるかなって。だって、痛いのとか、体ぐちゃぐちゃになっちゃうのって、いやじゃん。そしたら、センター長の部屋から泣き声聞こえてさ。だれか迷子にでもなったのかなって、ふすま開けたの。
 そしたら丁度、センター長がまた悲しい話を警察から聞いた後だったの。その時、今君に話してることを全部、センター長から聞いた。
 ボロボロなみだ流してさ、痛いくらいだきしめられて、言われた。死ぬなって。一人一人を覚えてる。その子がいなくなるのはとてもつらいって。私が死ぬことなんか考えたくもないって。
 で、ハッと分かった。自分のために泣いてくれる人がいるって。そのしゅんかんから、死ぬことなんか考えなくなった。でも私がそう言ったらセンター長はこう言うの。『人を好きになったことのある子どもなら、必要とされる、愛されることのうれしさは分かってもらえる。でも、そうじゃない子に、死ぬ、なんて考えさせないようにするには、どうすればいい?って。生きよう、と思わせるにはどうすればいい?』って。
 今日、センター長がわざわざ私に君のこと電話してきたのは、そのヒントが見つかったからだと思う。ありがとう。私もみんなに胸張って言えるよ。この虫をご覧、一生けんめい生きてるでしょって。そんな虫を君たち好きでしょって。同じように生きてる君たちを好きな人がいるんだよって。例えばね。
 でもその前に、虫に慣れなきゃダメかな。そうだ、今度は私に虫のさわりかた教えてよ。一生けんめい生きてるよ、と言ったそばから、キャー虫イヤーじゃ説得力ないもんね。
 だから君も、その女の子が傷ついてると思うなら言ってやって。お前らやめろって、この女はオレの仲間だガタガタぬかすな、って。ひゅーひゅーって言われてもいいじゃない。女にきらわれる男なんて1円の価値もないんだから。そうでしょ?どんなにハンサムで金持ちでも、女に好かれなかったら、生き物のオスとして生まれてきた意味ないじゃない。コイビトになれと言うんじゃない。味方になるの。すごいかっこいいと思うし、女の子も安心できるよ、きっと。
 そして女の子がもし、君になやみを打ち明けたら、傷ついてると相談してきたら、こう言ってあげて。
 ぼくはそんな風に思ってない。君はすてきだよ、って。
 私に、言ってくれたように、さ」
 由美さんは、ちょっと照れたように、ウィンクした。
 ところで、由美さんがうまい具合に通りかかった理由だが、なんのことはない、センター前の、雄一がバスを降りたあの道を、そのまままっすぐおくへ向かうと、雑木林を急坂で降りて、ここへ出るのだそうだ。
 

【大人向けの童話】謎行きバス-54-

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「ああ、ごめん、ごめんね。あのね」
 なみだをふきながら、由美さんはけいたい電話を取り出した。
 メールの画面。
〝みんな方法はちがう。でも、目的は全部いっしょ、生きるためです。どいつもこいつもムチャクチャ一生けんめい生きようとしてるんです。〟
 どこかで聞いたような……あれ?
「これって……」
「そう、君の大えんぜつ。センター長がメールで送ってよこしたの。だから私、君が帰る前にと思って早めに切り上げて帰ってきたわけ。君と話したくてね」
 由美さんはけいたい電話を閉じて、ポケットに入れた。
「ぼくと?」
「そう。センター長ものすごい興奮して電話してきた。これだ、これだよ、由美ちゃん見てやってよって。で、長いメールがどーん。君は、すごいね」
「すごい?そうかな」
「そう」
 由美さんは言うと、少しの間バドミントンの弟たちを見た。
 そして。
「このしせつ、5年生が一人いるけど、その上があたしなのね。大きな子がいないの。みんな、親が連れもどしに来たり、自分から出て行ったりしてね。大きいから、自分で行動できちゃうわけよ。
 でも、その後の経過は警察から教えてもらうの。聞きに行くわけじゃなくてね、警察の方からわざわざ来るの。何でだと思う?」
 雄一は首をかしげた。ただ、由美さんの悲しそうな表情から、ろくでもない答えであることは、予想がついた。
「亡くなりました。くわしい話を聞かせて下さいって」
 雄一はびくり、と体をふるわせた。
「親の虐待で手おくれ、ってのもあるけど、多いのは自殺なの。ここは自分に合わない。相性が悪いと言うかな。かといって勢いに任せて外へ出ても、受け入れてもらえないし、自分自身、そのかんきょうが受け入れられない。
 その結果、行く先がないって思うんだろうね。自分で自分殺しちゃう。センター長、大泣きするんだ……」
 

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