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理絵子のスケッチ

【理絵子の夜話】城下 -04-

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 日曜日。
 件の城はハイキングコースに組み込まれており、応じた距離と標高を徒歩で跋渉せねばならない。スニーカーにナップザックで麓のケーブルカー乗り場に集合。
 そこは私鉄の終着駅から200メートルほどで、沿道両脇はお土産と食べ物のお店がずらりと並ぶ。
 理絵子は登与と共に終着駅に降り立つと、その200メートルを歩いた。動きやすさを考えジーンズにTシャツであり、念のための防寒として学校の体育ジャージ上下をザックに入れてある。髪の毛は普段緩く結わえて背中に流しているが、9月の日中を活動するのでポニテにして首から離した。日よけに野球帽。
 他方、登与は同じくジーンズにTシャツだが、髪の毛は長いまま。何か感じると髪の毛が反応するからだという。その姿は麦わら帽子と相まって透明感あふれる夏の美少女といった案配になり、道行く人目を見開いて止まることなし。
「嫉妬」
 理絵子が呟いたら登与は笑った。
「学校一は黒野さんが定評……しかし、“成り行き上真面目に調べることになりました”って気がするのは私だけ?」
 シルクでクリスタルガラスに触れるような、柔らかく透明な声で登与は言った。
「私たちが関与しなかった場合の未来が見えない。それはそれで怖い。ひっくるめて罠かも知れない。登与ちゃんは何か?」
「お誘いを受けて乗っただけ。それはそれで天の采配なのでしょう。出来ることをできる限り」
 会話しながら歩く二人に対し、道行く人は振り返り仰ぎ見、目を見開き、そして二人に道を空ける。……こういう、意図せぬ、しかし結果として至れり尽くせりが、理絵子にもまま生じるのだが、だからって遠慮しても無意味なので素直に乗っかることにしている。
 果たして人々が道を空けた先、ケーブルカー駅前の広場に、長坂・当麻両名は到着しており、あきれた顔をして二人の到着を見ているのであった。
「黒野のモーゼ現象を初めて見たよ」
「なんじゃそら」
 当麻のコメントに理絵子は苦笑した。この道空け現象が学校でも時折生じるのは認識していたが、それを旧約聖書でモーゼが歩くと海の水が退いた……になぞらえて命名されたらしい。
「写真撮っていい?」
 これは長坂。
「二人立って太陽が照らしてるだけで絵になるってなんなん」
 否定も肯定もする前にスマートホンでパシャリ。
「壁紙」
 当麻に見せる。
「アニメのDVDのパッケージみたいじゃん」

(つづく)

【理絵子の夜話】城下 -03-

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「え?」
「えっ?」
 その名を出したら二人の瞳が見開かれ、眉根が曇り、拒絶と恐怖が表情に表れた。
 前述した怪奇事件の当事者である。霊能者を公言し、魔方陣をこさえて悪霊を召喚した。
 女の自分が見ても目が勝手に追いかけてそのまま離せなくなるような美少女だが、霊能駆使して言い当てをするので怖がられている。ちなみにその悪霊は他ならぬ理絵子に対してけしかけられたものだったが、和解してしまえば最高の理解者。
「彼女ガチの霊能者だし」
「それは……」
「そのくらい怖いことに首突っ込もうとしている自覚はある?イヤならお断り。二人で行くならご自由に。それこそ五感が何かおかしくなった時、頼れるのは第六感だけだと思うけど」
 ああこの選択肢は用意されたものだと理絵子は知った。天啓・示唆という奴だ。
 二人の間で興味と恐怖が逡巡を織りなす。ちなみにこの時点で当の高千穂登与は気付いている。自分と常時テレパスでコンタクトしていいよとしてあるので(応じて孤独な立場であるため)、そのチャネルを通じて状況は伝わっている。
「黒野さんひとりでは?」
「怖いもん」
 妥協を蹴る。実際には自分は密教・神道系の流儀やら呪文(真言)に近しく、比して彼女はロザリオをお守りにしている。二人がかりの方が万全というのが真意。
 戦国時代の城だからこそ、である。魔は魔だ。いかに裏を掻くかを考えたら、和風である必要はどこにも無い。
 果たして長坂が目を閉じてうーんと唸り、見開いた。
「判った。高千穂さんも一緒に」
「え?知(とも……)」
 断を下した長坂知に当麻が驚いて目を向ける。
「マジか?」
「二人とも来てくれるなら安心じゃん」
「おう……そうだ、けど」
 そこで理絵子は小さく笑って見せた。
 何のことはない、当麻には“知と二人きり”という下心があったのだ。
「別に女三人で行ってもいいけど」
 意地悪。
「あ、いや、いいよ。行く行く。背丈や力仕事が必要なことだってあるかもじゃん」
 彼の身長は172センチ。
 思惑と駆け引きを全部見ている自分に若干の嫌悪。
「最後の確認だけど本当に行くのね?ただし、普通に遊歩道とその周辺に限るよ」
 若干、嵌められたのは自分だという気もするが。

(つづく)

【理絵子の夜話】城下 -02-

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 理絵子は舌打ちしたくなるのをこらえた。
「女同士の話を盗み聞きするのは趣味悪いぞ当麻(とうま)」
 振り返らずに言う。
 即座に目の前の娘が特異な反応を示すのを感じる。当麻というのは自分のクラスの男子だが、この長坂とは特別な関係にあるようだ。要するにカレシカノジョの関係である。
「何でバレっかなぁ。やっぱ霊能じゃねーの?」
 ヘラヘラしながら教室後ろ手、ドアの影から入ってくる。
 長身長髪でカッコイイ外見だが学ランを着崩してワイシャツなどはみ出ており、みっともない。性格はチャラい。
「違う。聞こえた。耳はすこぶる良くてね。これでもオーディオマニアの端くれ」
「マジかよ」
 半分は超常感覚的知覚の賜物だと思うが、安価なオーディオセットから出てくる音波を「まずい飲み物」みたいに感じてしまうのは困ったものだ。
 さておき当麻が近づいてくる間に大体の背景は把握する。地歴入会者を増やす策はないか。最近この学校怪奇事件が多いからネタにしたらどうか。例の城はどうだろう……。要するにけしかけたのはこの当麻であるらしい。
 で、このコイビト二人共通の認識一つ。黒野理絵子に付いてきて欲しい。……怖いから。
 一番ダメな奴じゃないか。
 ただ、自分が断ったにしても、二人で行くつもりであるらしい。
……行かせたらどうなるんだろう。
「調査の計画は?断層の位置は把握してる?地磁気の異常はどうやって測るの?」
「断層は図書室の地図をコピーして持って行こうかと。後は方位磁石と水平器くらいかな」
 長坂はすらすら答えた。少なくとも可能な範囲で調べることは本気のようだ。
「んで、出来れば風水的な鬼門とか地脈みたいなのと整合取れれば、科学非科学双方から検討が出来るかと。それでぶっちゃけ黒野さんの協力がもらえるとうれしいなって」
 あ、しまった。理絵子の率直な感想。それは口から出任せに近い後付けの理由なのだが。
 断る理由が無くなってしまったではないか。
“二人きり強行”も引っかかる。それでどうなるかの未来が示唆されない。予知能力は持たないが、因果律に従うモノはそれとなく判る。ひっくり返して示唆がないのは“自由意志により決まる”パターンだという認識がある。自分がいたら抑制できた行動が実行に移され取り返しが付かない。
 仕方が無いか。
「私にも来て欲しいと」
「うん」
 少女マンガのヒロインみたいな笑顔。
「文芸部のネタが増えるでしょ」
 勝利を確信、と少しダークな心理。この娘が学級委員に収まり込んだ経緯がなんとなく見える。
 仕方ない。
「判りました。けど、条件一つ。高千穂登与(たかちほとよ)ちゃんの同行を許すこと。いいですか?」

(つづく)

【理絵子の夜話】城下 -01-

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“地理歴史同好会”が文芸部を訪ねて来たのは夏休み明けて程なく。
「例の城を取り上げようと思って」
 会長の女子生徒が、文芸部の部長である彼女の目の前に差し出したのは雑誌記事である。彼女ら住まう町外れの山林にある戦国時代の廃城。そこに怨霊が出る、という見出し。要するにオカルト雑誌である。
 彼女は雑誌に目を落とす。長い髪がはらりと流れて左右の頬を隠す。ページを数葉めくって。
「地歴(ちれき)ってそういうの興味本位で扱うようになったの?」
 会長女子に上目遣いで尋ねる。ちょっと怖い目になったかも知れない。会長女子は少し見開いた瞳を見せた。
「え?違う違う。逆に単純にガチで調べて、最近多いじゃん?遊び半分の肝試し。そういうのを諫めたい。そういうのでもヤバいというか、失礼になるのかなって。そういうの詳しいの黒野(くろの)さんかなって」
 彼女をさん付けで呼ぶ会長女子は2つ隣のクラスの学級委員で名字は長坂(ながさか)。彼女黒野理絵子(りえこ)もまた学級委員であり、応じた集まりがあって、逆に言えばつながりはそこだけ。だから、さん、が付く。ちなみに“同好会”は、人数など、部としての条件が揃っていない活動に対する呼称で、固定された部室と部費が認められない。ただし、文化祭に参加は出来る。
 彼女理絵子は雑誌を返して。
「ネットで出てくる、図書館で文献を読む、それ以上の情報を現地へ行って得ようってこと?」
「地学的考察ってあまり見ないから。断層があるとか、地磁気が乱れているとか、そういう、人間の平衡感覚に影響する要素が他と違うことで、幽霊伝説に繋がっているかも、と思って。そういうのは興味本位や昔の不幸を笑うわけじゃないから問題ないよねって確認」
 用意していた答えだな、と理絵子は判ってしまった。
 オカルト的見地から問題ないか確認のために自分を訪ねたのは間違いではない。ただし、自分に霊能があることは公言していない。
 怪奇事件を解決した経緯があって、ほぼほぼ“その手の者”と見られていると判っているが、認めると色々とややこしいので“文芸部の創作ネタとしてその手の知識を持っている”ことにしてある。
 だから長坂の底意は見えてしまっている。それで記事書いてセンセーショナルなキャッチコピーになるだろう。入会希望者増えたらいいな。
 ちなみに理絵子自身は自分の能力駆使してその城跡を訪れたことはない。逆に何かあるという示唆も無い。“そっとしておいて”という弱い意図は受け取る。
 悲劇の地に高感度の受信機持って踏み込むとか不躾の極致であろう。
 と、こちらを伺う目線を背後に感じる。

(つづく)

【理絵子の夜話】禁足の地 -11・終-

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 場所の故に高天原からお力添えをいただいたのだと判断出来る。自分の身体を抱き上げた念動の力も多分。
「おぇ……」
 男子生徒が嘔吐する。「死体に抱きつかれた」のはもちろん、高濃度の二酸化炭素による悪影響もあろう。
「昔の人は、ここに立ち入る人や動物が、恐らくいきなりぶっ倒れて息絶える現象を目撃し、霊的な毒気、瘴気が満ちていると考えて封じたのでしょう。それ以上犠牲を出さないためという後悔と尊い思いの元にここを封じた。由緒の不明な禁足地は決して興味本位で踏みにじらないことだわ」
 自分は語尾に「わ」を付けて喋るアニメ女子ではないのに……という場違いの感慨を持ちながら理絵子は言い、泥に埋もれた足首をグポッとばかり引っこ抜いた。
「登与ちゃん帰ろ」
「え?あ、うん」
 それ以上何も言うことはないし、嘔吐の介抱も必要ない。それは示唆であり冷徹な所作が求められる場面と理絵子は理解した。茅纏之矟に断ち切ったのはその辺りの寓意を感じる。
 この生徒には“思い知らせる”必要があったのである。
 授業終わり。“アンタッチャブル”にはふさわしいエンディングと言うべきか。Here endeth the lesson.
「あーもうグチャグチャ。明日までに乾くかなぁ。クッソバカが余計な手間掛けさせやがって」
 我ながら酷いが事実。てめーのせーだ。
「靴だけクリーニングできるんじゃないかな。駅前にほら」
 登与が同じく冷たい態度で続く。
 二人してぐっちゃぐっちゃ音を立て、後ろを見ずに歩き出す。
「あーあずっと泥噴いてるよ。ザリガニの巣作りみたい」
「クリーニング屋さん地震で動けないんじゃ……」
「それなら明日学校休みかも……震度5強だって。え?家ン中大丈夫これ」
 スマートホンに地震に関するニュースや安否を尋ねる家族と友人のメッセージが届き始める。

禁足の地/終

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【理絵子の夜話】禁足の地 -10-

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 示唆に従い理絵子はリボンを引っ張り、肩に担ぐようにして腰をかがめた。柔道の一本背負いの身ごなしと書けば手っ取り早い。
 彼の身体が泥濘から引き出されたその時。
 大地震すら忘れてしまう驚愕が一同を捉えた。
“腕”が地中から生えるように伸びており、彼の両肩を背後から掴んでいた。
 そのまま彼と共に引きずり出されたのは、その黒い泥で作った人形のような人体であった。目を見開き、しかしそこには眼球はなく眼窩の空洞のみがあり、口を開いたその表情は苦悶の絶叫を思わせる。
 断末魔の姿をたたえた黒い泥人間が背後から男子生徒の肩をわし掴みにしているのであった。
 湿潤な環境で腐敗を免れ“蝋化(ろうか)”した遺体。
 凝視すればトラウマになる。
 念動力が欲しい、理絵子が願った刹那、何かが、蝋の腕を上から下へたたき切った。
 日本刀の切れ味であり、その刃が風切る音が聞こえたかも知れぬ。蝋化遺骸は背中へ向かって倒れ、再び泥濘に没し、切り跳ねられた腕はくるくる回りながら草むらの彼方へ飛んでいった。
 どーん、と遠雷のような振動音と共に事象の全てが戻る。地震が収まり、驚いた鳥たちが鳴きながら飛び回っており、全身泥跳ねだらけで足首まで埋まっている自分たち4人がある。
「何が……」
 男子生徒は理絵子に問うた。ハァハァと肩で息をし、その肩を見、手指の形に付いた泥を撫でさする。『詳細は把握していないがとてつもなく怖い経験』であったとみえ、額には泥で汚れた玉の汗。
 理絵子は軽く息をつき、
「ここが禁足地なのは、二酸化炭素がたまっていて、安易に近づくと死ぬから。あんたは倒れた時、遠い昔その犠牲になった人の身体の上に載ってしまったのだよ」
 理絵子はくしゃくしゃで泥だらけの髪の毛を手で梳いて風に流した。
 リボンを見る。絡みついてる茅の葉っぱ。振り回して巻き込んだか。
 いや違う。理絵子は真相を知る。茅の葉っぱはメッセージ。
 刃となり彼を救ったそれは茅纏之矟(ちまきのほこ)。
 アメノウズメが天岩戸で踊った時の小道具。もちろん、本当に茅で矛をこさえたところで人体を切れる強度を持つわけではない。

次回・最終回)

【理絵子の夜話】禁足の地 -09-

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「ここは断層活動の際地下から毒ガスが湧き出す。だから禁足地なんだよ!走れ。いいから走って遠ざかれ!」
 自分の物言いが難しすぎたのだと判ったが、これ以上ここに立ち止まって説明するとこっちがやられる。
 もう知らぬ。二人は手に手を取って駆け出す。程なくほぼ初期微動を伴うことなく大きな揺れが下から突き上げ二人の足下を揺さぶる。大地から天空へ太鼓打ち鳴らすように地鳴りが響く。
「うわでけえ!」
「やべぇ!」
 大きな震動に草本が揺れるのが見え、触れあってガサガサ音を立てる。足下は多分に不安定だが不思議と揺れに翻弄されずに走れる。
 その理由はどこかで見たことがある。地震の揺れが怖かったら足踏みしろ……揺れる電車で歩けるのと同じで、自らも動いているので相殺される。
 金気水が小道を横切る“入口”まで戻る。
 どっちへ……止まった一瞬に後ろから腕を掴まれた。
「黒野!」
 彼らが追いついたのである。
 が、引き抜こうとした足が動かなくなる。どころか、まるで地面に掴まれたように、グッと締め付ける力が足首に加わり、沈み始める。
 液状化である。揺れ動きながら砂を吹き上げ泥濘と化し、自分たちの足を飲み込み引き込んで行く。
 このままだと埋もれてしまう。超常の力を使うしかあるまい。彼らに吹聴されて知れ渡るが。
 すると。
 強い力が脇の下から幼い頃の“抱っこ”の要領で加えられ、自分の身体を持ち上げてくれた。
 ズボッと音を立てて足が抜ける。
 同時に、いや逆にか、自分の腕を捕まえていた彼が、バランスを崩して泥濘の中に仰向けに倒れる。
「うわ!」

-私に力を。

 されどクラスメート。理絵子は髪の毛を結わいていたリボンを解いた。
 このリボンには、よく見ないと判らないが金色のキラキラが織り込んである。
 北欧から死神退散に馳せ参じてくれた神話中の女性戦士の髪の毛である。
 理絵子はむち打つ動きでリボンを彼へと投げた。
 リボンは彼女の手先の一部を成すがが如く作用し、撓って宙を舞い、倒れた彼の手首に鋼の強度で巻き付いた。
 引っ張れば良い。

(つづく)

【理絵子の夜話】禁足の地 -08-

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 言ってから自問する。あるのか、そんなことが。
「美しい湖なのに魚一匹いない。毒水だから、ってよくあるけど」
 登与の言葉に連想したのは、湖でないなら。
「瘴気」
「まさか……え?」
 瘴気。毒のある空気。疫病の元と考えられてきた。細菌やウィルスが発見される前の迷信。
 禁足地とした理由には充分だが。
「大涌谷みたいな火山ガスとか」
 登与が言った。そういう、“自然事象”で生命禁忌は、それこそ大涌谷だと草一つ生えぬ禿げ山が硫黄で黄色くなっている。
 ここは植物は豊富だが動物がいない。
 植物は可。動物は不可。あるのかそんな毒。
 金気水はその一種であるかも知れぬ。しかし水に入らぬ虫一匹感じないのは解せぬ。
 やはり気体の毒か。動物には危険な気体。
 スマホを取り出す。検索する。気体。致死量……。
「二酸化炭素!」
「あっ!」
 知見の扉を開く。ニオス湖の惨事。火山活動で濃密な二酸化炭素が噴出して山裾に沿って流れ下り、集落に滞留して大量の犠牲者を出した。マズク。アフリカで観測される窪地(あち)に二酸化炭素が高濃度に溜まった死の穴。
 ここは窪地だ。
 全てのパズルのピースが埋まった。
 その時。
「あれ?黒野じゃん。高千穂も。やっぱり……」
 鳥居の無い“非正規”のルートから入ったと見られる彼らが歩いてくる。禁足地……窪地を囲う境界線であろう列石に沿って歩けば当然ここへ出る。
 ニコニコしながら、ニヤニヤしながらか、彼らが自分たちに小型のビデオカメラを向けた更にその時。
 知見を映したスマホの画面に文字が躍り、大きな電子音。
 緊急地震速報。
「お?これは面白え……」
“良い動画のネタ”になると思ったか、嬉しそうな彼らに比して。
 何が起こるか理絵子は判じた。揺れ動く大地がポンプのように作用し、
 下から“瘴気”が吹きだしてくる。
 理絵子は唇をキッと結んで彼らを見た。
「バカ!来るな!走れ。全速力で逃げ出せここから!」
 声を限りに彼達に叫ぶ。が、その彼らはキョトン。
「は?」

(つづく)

【理絵子の夜話】禁足の地 -07-

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 それは一見、鉄さびで赤くなった石がゴロゴロしているようだが。
 それらの石は、頂部が平坦で、一定間隔を置いて並んでいる。
 飛び石として人為的に配置された。
「行きましょう」
「うん」
 飛び石を丁寧にたどって行く。これ以上靴が濡れるのはイヤだという部分もあるが、石が意図して配置されたならば、意図通りたどるべきだと思うからだ。
 ちなみに飛び石の両脇、草本が踏み固められた部分はそのまま真北へ小道を形成している。ひょっとすると彼らが強引にラッセルし、応じて飛び石の存在が明らかになったようにも思われる。
 金気水と飛び石は緩く左右に曲がりながらざっくり北北東へ向かう。振り返ると草に埋もれて帰路が見えぬ。
「あいつら夜中にどうやって行ってたんだろ」
「ドローンで動画に撮った奴がネットにあって、緯度経度の座標が出てるんだって。そういうGPSアプリもあるから」
「禁足地が秘匿されてた意味がないね」
 歩くこと7分。ただ、飛び石を選んでいるの時間を要しただけであり、距離はさほどでもない。
 理絵子は足を止めた。
 墓石……のように見えたがそうではない。苔むした石柱。
 花崗岩。風化し、応じたさび色の付着物。パッと見1000年クラス。
 彼らが撮影してきた“ストーンヘンジ”の一部であることはすぐに判った。ただ、誰か触った痕跡はなく、ここの“王道侵入ルート”ではないことを示唆する。
「見て」
 登与が指さし理絵子は顔を上げる。
 草の中に土管が並んでいる……否否。
 石柱が倒れているのだと理絵子は判断した。少し離れて右側にも同じように石柱を構成したであろう円柱状の石が幾つか見える。
 過去、鳥居が立っており、地震などで倒壊したのだとすれば説明が付く。
 従って、向かって行くべきは。
 倒れた柱の並びと並行し、北の方向。
 緩やかな下り勾配。および、
 気づく。極めて静かである。
 風が吹いているので応じて草本が揺れ動き相互に触れあい、サラサラと音を立ててはいる。
 しかし、5月の草むらにしてはそう、生命感が薄い。それは屋上から遠隔視した時のイメージと合致する。
 動物がいないのだ。昆虫も含めて。
「結界?」
「違う。感じないでしょ。そういうのでなく、生き物が入れない」

(つづく)

【理絵子の夜話】禁足の地 -06-

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“鳥居の配置”に関するセオリーに従っていないあたり尋常ではないことを示すが。
「人目もあるからこっちでしょ」
 川沿い遊歩道をしばらく行くと陵墓の柵は円形の敷地に応じてカーブを描いて北へ分かれ、代わりに未開発の風情漂わせる草ボウボウ。茅を中心とした湿地に生える背の高い草本がびっしり。
 足下に腐ったカンバンの残骸。トタン板に残ったわずかなペンキは“マムシに注意”。
「あいつら良く嚙まれなかったね」
 登与がつぶやく。理絵子は草ボウボウを見渡した。
 動物、昆虫がいない。
 跳ねるバッタもさえずるヒバリもいない。
 じゃぁ霊的な気配充満かというとそうでもない。
「強固な結界?」
「違うと思う。もう少し行ってみましょう」
 歩を進めると遊歩道の幅は次第に狭まり、応じて両側には草本がそそり立つ壁のように迫る。足下地面は次第に湿り気を帯び、雨上がりの山道のように泥濘んで靴が汚れる。ここを遊歩道として利用する人はそれなりにあるのだろうが、こんな泥濘みに出くわしたら引き返すであろう。だから進むほど狭くなるのだ。
 そして。
 泥濘は靴を下ろすと水がしみ出すほどになり、ついに遊歩道を横切る小さな流れにぶつかる。黒い通学靴が泥まみれ。
 流れは視界右方、北から来ており、左方、南へ向かって流れて行く。その北から向かって来る流れの左右に、柵が立ち並んでいる。といっても、木の板が“適当”と言わんばかりに間隔も不均等で斜めになっているものもあるが。
 ただその、柵の間の泥や草本は新しく踏み固められた跡。
「ここから奥へ」
「だね」
「何これ油膜?何か上流に汚いもの捨ててる?」
 登与が指さす。流れの中に虹色にギラギラ光るものが混じっている。
「鉄バクテリアでしょ。湧き水に鉄分豊富だと繁殖するんだって。昔の人は金気水(かなけみず)って呼んで鉄鉱脈の目安にしてた」
「へぇ!」
 驚く登与の表情には見開かれた瞳もあって、幼さが垣間見える。さておき、このバクテリアたちは様々な情報を与えてくれる。鉄分を豊富に含んだ地下水が沸いていること。大和王権の時代、丈夫な農具・武具を得られる鉄は最高の産物だった。応じて鉄鉱脈を神聖化した可能性はある。そして鉄分の故に動物は生息しづらい。
 鉄の看板が腐るのも道理。本来なら強固に柵をしたいが木の柵にせざるを得ず、それは簡単に蹴破られ、泥濘の中に道があることを目立たせてしまった。結果、泥濘に負けずここまで歩いて来さえすれば、後は流れに沿って進むだけで“核心”にたどり着ける。
「見て」
 理絵子は気づいて足下を指し示した。

(つづく)

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