理絵子のスケッチ

【理絵子の夜話】禁足の地 -11・終-

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 場所の故に高天原からお力添えをいただいたのだと判断出来る。自分の身体を抱き上げた念動の力も多分。
「おぇ……」
 男子生徒が嘔吐する。「死体に抱きつかれた」のはもちろん、高濃度の二酸化炭素による悪影響もあろう。
「昔の人は、ここに立ち入る人や動物が、恐らくいきなりぶっ倒れて息絶える現象を目撃し、霊的な毒気、瘴気が満ちていると考えて封じたのでしょう。それ以上犠牲を出さないためという後悔と尊い思いの元にここを封じた。由緒の不明な禁足地は決して興味本位で踏みにじらないことだわ」
 自分は語尾に「わ」を付けて喋るアニメ女子ではないのに……という場違いの感慨を持ちながら理絵子は言い、泥に埋もれた足首をグポッとばかり引っこ抜いた。
「登与ちゃん帰ろ」
「え?あ、うん」
 それ以上何も言うことはないし、嘔吐の介抱も必要ない。それは示唆であり冷徹な所作が求められる場面と理絵子は理解した。茅纏之矟に断ち切ったのはその辺りの寓意を感じる。
 この生徒には“思い知らせる”必要があったのである。
 授業終わり。“アンタッチャブル”にはふさわしいエンディングと言うべきか。Here endeth the lesson.
「あーもうグチャグチャ。明日までに乾くかなぁ。クッソバカが余計な手間掛けさせやがって」
 我ながら酷いが事実。てめーのせーだ。
「靴だけクリーニングできるんじゃないかな。駅前にほら」
 登与が同じく冷たい態度で続く。
 二人してぐっちゃぐっちゃ音を立て、後ろを見ずに歩き出す。
「あーあずっと泥噴いてるよ。ザリガニの巣作りみたい」
「クリーニング屋さん地震で動けないんじゃ……」
「それなら明日学校休みかも……震度5強だって。え?家ン中大丈夫これ」
 スマートホンに地震に関するニュースや安否を尋ねる家族と友人のメッセージが届き始める。

禁足の地/終

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【理絵子の夜話】禁足の地 -10-

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 示唆に従い理絵子はリボンを引っ張り、肩に担ぐようにして腰をかがめた。柔道の一本背負いの身ごなしと書けば手っ取り早い。
 彼の身体が泥濘から引き出されたその時。
 大地震すら忘れてしまう驚愕が一同を捉えた。
“腕”が地中から生えるように伸びており、彼の両肩を背後から掴んでいた。
 そのまま彼と共に引きずり出されたのは、その黒い泥で作った人形のような人体であった。目を見開き、しかしそこには眼球はなく眼窩の空洞のみがあり、口を開いたその表情は苦悶の絶叫を思わせる。
 断末魔の姿をたたえた黒い泥人間が背後から男子生徒の肩をわし掴みにしているのであった。
 湿潤な環境で腐敗を免れ“蝋化(ろうか)”した遺体。
 凝視すればトラウマになる。
 念動力が欲しい、理絵子が願った刹那、何かが、蝋の腕を上から下へたたき切った。
 日本刀の切れ味であり、その刃が風切る音が聞こえたかも知れぬ。蝋化遺骸は背中へ向かって倒れ、再び泥濘に没し、切り跳ねられた腕はくるくる回りながら草むらの彼方へ飛んでいった。
 どーん、と遠雷のような振動音と共に事象の全てが戻る。地震が収まり、驚いた鳥たちが鳴きながら飛び回っており、全身泥跳ねだらけで足首まで埋まっている自分たち4人がある。
「何が……」
 男子生徒は理絵子に問うた。ハァハァと肩で息をし、その肩を見、手指の形に付いた泥を撫でさする。『詳細は把握していないがとてつもなく怖い経験』であったとみえ、額には泥で汚れた玉の汗。
 理絵子は軽く息をつき、
「ここが禁足地なのは、二酸化炭素がたまっていて、安易に近づくと死ぬから。あんたは倒れた時、遠い昔その犠牲になった人の身体の上に載ってしまったのだよ」
 理絵子はくしゃくしゃで泥だらけの髪の毛を手で梳いて風に流した。
 リボンを見る。絡みついてる茅の葉っぱ。振り回して巻き込んだか。
 いや違う。理絵子は真相を知る。茅の葉っぱはメッセージ。
 刃となり彼を救ったそれは茅纏之矟(ちまきのほこ)。
 アメノウズメが天岩戸で踊った時の小道具。もちろん、本当に茅で矛をこさえたところで人体を切れる強度を持つわけではない。

次回・最終回)

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【理絵子の夜話】禁足の地 -09-

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「ここは断層活動の際地下から毒ガスが湧き出す。だから禁足地なんだよ!走れ。いいから走って遠ざかれ!」
 自分の物言いが難しすぎたのだと判ったが、これ以上ここに立ち止まって説明するとこっちがやられる。
 もう知らぬ。二人は手に手を取って駆け出す。程なくほぼ初期微動を伴うことなく大きな揺れが下から突き上げ二人の足下を揺さぶる。大地から天空へ太鼓打ち鳴らすように地鳴りが響く。
「うわでけえ!」
「やべぇ!」
 大きな震動に草本が揺れるのが見え、触れあってガサガサ音を立てる。足下は多分に不安定だが不思議と揺れに翻弄されずに走れる。
 その理由はどこかで見たことがある。地震の揺れが怖かったら足踏みしろ……揺れる電車で歩けるのと同じで、自らも動いているので相殺される。
 金気水が小道を横切る“入口”まで戻る。
 どっちへ……止まった一瞬に後ろから腕を掴まれた。
「黒野!」
 彼らが追いついたのである。
 が、引き抜こうとした足が動かなくなる。どころか、まるで地面に掴まれたように、グッと締め付ける力が足首に加わり、沈み始める。
 液状化である。揺れ動きながら砂を吹き上げ泥濘と化し、自分たちの足を飲み込み引き込んで行く。
 このままだと埋もれてしまう。超常の力を使うしかあるまい。彼らに吹聴されて知れ渡るが。
 すると。
 強い力が脇の下から幼い頃の“抱っこ”の要領で加えられ、自分の身体を持ち上げてくれた。
 ズボッと音を立てて足が抜ける。
 同時に、いや逆にか、自分の腕を捕まえていた彼が、バランスを崩して泥濘の中に仰向けに倒れる。
「うわ!」

-私に力を。

 されどクラスメート。理絵子は髪の毛を結わいていたリボンを解いた。
 このリボンには、よく見ないと判らないが金色のキラキラが織り込んである。
 北欧から死神退散に馳せ参じてくれた神話中の女性戦士の髪の毛である。
 理絵子はむち打つ動きでリボンを彼へと投げた。
 リボンは彼女の手先の一部を成すがが如く作用し、撓って宙を舞い、倒れた彼の手首に鋼の強度で巻き付いた。
 引っ張れば良い。

(つづく)

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【理絵子の夜話】禁足の地 -08-

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 言ってから自問する。あるのか、そんなことが。
「美しい湖なのに魚一匹いない。毒水だから、ってよくあるけど」
 登与の言葉に連想したのは、湖でないなら。
「瘴気」
「まさか……え?」
 瘴気。毒のある空気。疫病の元と考えられてきた。細菌やウィルスが発見される前の迷信。
 禁足地とした理由には充分だが。
「大涌谷みたいな火山ガスとか」
 登与が言った。そういう、“自然事象”で生命禁忌は、それこそ大涌谷だと草一つ生えぬ禿げ山が硫黄で黄色くなっている。
 ここは植物は豊富だが動物がいない。
 植物は可。動物は不可。あるのかそんな毒。
 金気水はその一種であるかも知れぬ。しかし水に入らぬ虫一匹感じないのは解せぬ。
 やはり気体の毒か。動物には危険な気体。
 スマホを取り出す。検索する。気体。致死量……。
「二酸化炭素!」
「あっ!」
 知見の扉を開く。ニオス湖の惨事。火山活動で濃密な二酸化炭素が噴出して山裾に沿って流れ下り、集落に滞留して大量の犠牲者を出した。マズク。アフリカで観測される窪地(あち)に二酸化炭素が高濃度に溜まった死の穴。
 ここは窪地だ。
 全てのパズルのピースが埋まった。
 その時。
「あれ?黒野じゃん。高千穂も。やっぱり……」
 鳥居の無い“非正規”のルートから入ったと見られる彼らが歩いてくる。禁足地……窪地を囲う境界線であろう列石に沿って歩けば当然ここへ出る。
 ニコニコしながら、ニヤニヤしながらか、彼らが自分たちに小型のビデオカメラを向けた更にその時。
 知見を映したスマホの画面に文字が躍り、大きな電子音。
 緊急地震速報。
「お?これは面白え……」
“良い動画のネタ”になると思ったか、嬉しそうな彼らに比して。
 何が起こるか理絵子は判じた。揺れ動く大地がポンプのように作用し、
 下から“瘴気”が吹きだしてくる。
 理絵子は唇をキッと結んで彼らを見た。
「バカ!来るな!走れ。全速力で逃げ出せここから!」
 声を限りに彼達に叫ぶ。が、その彼らはキョトン。
「は?」

(つづく)

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【理絵子の夜話】禁足の地 -07-

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 それは一見、鉄さびで赤くなった石がゴロゴロしているようだが。
 それらの石は、頂部が平坦で、一定間隔を置いて並んでいる。
 飛び石として人為的に配置された。
「行きましょう」
「うん」
 飛び石を丁寧にたどって行く。これ以上靴が濡れるのはイヤだという部分もあるが、石が意図して配置されたならば、意図通りたどるべきだと思うからだ。
 ちなみに飛び石の両脇、草本が踏み固められた部分はそのまま真北へ小道を形成している。ひょっとすると彼らが強引にラッセルし、応じて飛び石の存在が明らかになったようにも思われる。
 金気水と飛び石は緩く左右に曲がりながらざっくり北北東へ向かう。振り返ると草に埋もれて帰路が見えぬ。
「あいつら夜中にどうやって行ってたんだろ」
「ドローンで動画に撮った奴がネットにあって、緯度経度の座標が出てるんだって。そういうGPSアプリもあるから」
「禁足地が秘匿されてた意味がないね」
 歩くこと7分。ただ、飛び石を選んでいるの時間を要しただけであり、距離はさほどでもない。
 理絵子は足を止めた。
 墓石……のように見えたがそうではない。苔むした石柱。
 花崗岩。風化し、応じたさび色の付着物。パッと見1000年クラス。
 彼らが撮影してきた“ストーンヘンジ”の一部であることはすぐに判った。ただ、誰か触った痕跡はなく、ここの“王道侵入ルート”ではないことを示唆する。
「見て」
 登与が指さし理絵子は顔を上げる。
 草の中に土管が並んでいる……否否。
 石柱が倒れているのだと理絵子は判断した。少し離れて右側にも同じように石柱を構成したであろう円柱状の石が幾つか見える。
 過去、鳥居が立っており、地震などで倒壊したのだとすれば説明が付く。
 従って、向かって行くべきは。
 倒れた柱の並びと並行し、北の方向。
 緩やかな下り勾配。および、
 気づく。極めて静かである。
 風が吹いているので応じて草本が揺れ動き相互に触れあい、サラサラと音を立ててはいる。
 しかし、5月の草むらにしてはそう、生命感が薄い。それは屋上から遠隔視した時のイメージと合致する。
 動物がいないのだ。昆虫も含めて。
「結界?」
「違う。感じないでしょ。そういうのでなく、生き物が入れない」

(つづく)

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【理絵子の夜話】禁足の地 -06-

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“鳥居の配置”に関するセオリーに従っていないあたり尋常ではないことを示すが。
「人目もあるからこっちでしょ」
 川沿い遊歩道をしばらく行くと陵墓の柵は円形の敷地に応じてカーブを描いて北へ分かれ、代わりに未開発の風情漂わせる草ボウボウ。茅を中心とした湿地に生える背の高い草本がびっしり。
 足下に腐ったカンバンの残骸。トタン板に残ったわずかなペンキは“マムシに注意”。
「あいつら良く嚙まれなかったね」
 登与がつぶやく。理絵子は草ボウボウを見渡した。
 動物、昆虫がいない。
 跳ねるバッタもさえずるヒバリもいない。
 じゃぁ霊的な気配充満かというとそうでもない。
「強固な結界?」
「違うと思う。もう少し行ってみましょう」
 歩を進めると遊歩道の幅は次第に狭まり、応じて両側には草本がそそり立つ壁のように迫る。足下地面は次第に湿り気を帯び、雨上がりの山道のように泥濘んで靴が汚れる。ここを遊歩道として利用する人はそれなりにあるのだろうが、こんな泥濘みに出くわしたら引き返すであろう。だから進むほど狭くなるのだ。
 そして。
 泥濘は靴を下ろすと水がしみ出すほどになり、ついに遊歩道を横切る小さな流れにぶつかる。黒い通学靴が泥まみれ。
 流れは視界右方、北から来ており、左方、南へ向かって流れて行く。その北から向かって来る流れの左右に、柵が立ち並んでいる。といっても、木の板が“適当”と言わんばかりに間隔も不均等で斜めになっているものもあるが。
 ただその、柵の間の泥や草本は新しく踏み固められた跡。
「ここから奥へ」
「だね」
「何これ油膜?何か上流に汚いもの捨ててる?」
 登与が指さす。流れの中に虹色にギラギラ光るものが混じっている。
「鉄バクテリアでしょ。湧き水に鉄分豊富だと繁殖するんだって。昔の人は金気水(かなけみず)って呼んで鉄鉱脈の目安にしてた」
「へぇ!」
 驚く登与の表情には見開かれた瞳もあって、幼さが垣間見える。さておき、このバクテリアたちは様々な情報を与えてくれる。鉄分を豊富に含んだ地下水が沸いていること。大和王権の時代、丈夫な農具・武具を得られる鉄は最高の産物だった。応じて鉄鉱脈を神聖化した可能性はある。そして鉄分の故に動物は生息しづらい。
 鉄の看板が腐るのも道理。本来なら強固に柵をしたいが木の柵にせざるを得ず、それは簡単に蹴破られ、泥濘の中に道があることを目立たせてしまった。結果、泥濘に負けずここまで歩いて来さえすれば、後は流れに沿って進むだけで“核心”にたどり着ける。
「見て」
 理絵子は気づいて足下を指し示した。

(つづく)

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【理絵子の夜話】禁足の地 -05-

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 二人は屋上を歩き、最も西寄りの柵から眺める。
 眺める。多摩丘陵から関東山地への境目であり、なだらかが急峻に変わる。高層化が進む都心方向と異なり、家並みに一部畑地が混じる。
 そんな家並みと畑地の一角、一見すると未造成の森。
「結界があるんじゃ?」
「だとしても見せてくれないことはないはず」
 人の目にズームアップの機能はない。ただ、一点を集中して見ていると応じて視界中央の解像度が上がり細かく見えるようになり、反対にそれ以外は視界から外れる。
 のみならず。
 彼女の場合遠隔視能力、千里眼が働く。それは距離に関わりなく合焦し、立体構造を与える。その筋の用語でテレ・ビジョンと呼ぶが、言わずもがなテレビの語源である。
「祠……石畳……というか板状の石を一定間隔で並べて全体的に円を描く。円の中はすり鉢状に落ち窪んでいて、真ん中には沼があるみたい。でも、植物の密度が凄くてそれ以上見えない」
 気づく。5月であり緑萌えるただ中であるというのに“生き物”の気配がそこにはない。
 なお、以上見取った光景と印象はそのままテレパスで登与に転送。
「あなたが気づいたことは?」
「静か……動かない。とにかく動かない」
「だよね」
「あと、夜は危険」
 それも示唆だと理絵子は判断した。
“行くなら陽のある内に行った方が良い”
「昼から幽霊は出ないでしょ」
「というか、霊的なものではないような」
 またも示唆だ。そして“示唆を与えてくれる”存在自体は霊的なものであろう。この示唆の連続は、要するに自分たちが対応すべき事象であるという確信以外の何物でも無い。
 放課後。
 二人は待ち合わせて通学路を外れる。普段一緒に帰る友達はいるが、「相談される」事態はままある立ち位置なので、今日はダメの言い訳には困らない。
 北へ延びる広い道を横断し、川沿い道を少し歩くと、陵墓の入り口。一般向け公開は16時までなので門扉は既に閉まっており、詰め所脇に警官の姿。
 見られるが笑顔で返す。笑顔で返されておしまい。
 川沿い道で舗装されているのはここまで。クルマ進入防止のポールが2本あり、その向こうに細い道が続く。陵墓は堤防ぎりぎりまで敷地にしているが、堤防の上はそのまま遊歩道になっている。陵墓との仕切りは背の高い鉄柵とその上に有刺鉄線。監視カメラも見える。
「あいつらどこから。この柵ってぐるっと囲ってるでしょ。まさか真っ当に鳥居の所突破したとか」
 禁足の地を示した看板と神域であることを示す鳥居は、これより陵墓を挟んだ北側にある。すなわちこちら川沿いは「正当な入り口」とは逆に当たる。

(つづく)

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【理絵子の夜話】禁足の地 -04-

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“応じた示唆”来たのだ。よそのクラスである登与を巻き込んでしまった。
〈そんなことない。そういう思し召しでしょ。協力するよ〉
〈ありがとう〉
 仕方ない。
 さて気がつくとしょんぼりがっかりした目の下クマ男が目の前におる。
「イヤだという女の子に強要するのは感心出来ません。ついでに言っておくとスピリチュアルで本当にやばい奴は本人も気づかないうちに異常な人になり果てます。肝試し程度で何日も徹夜する行為は異常だと私は思いますが?」
「ごめん」
 しょんぼりとうなだれた、小さな声を聞きながら、理絵子は彼に背を向け、教室を出た。
 そこには登与が黒髪なびかせて自分を見ている。彼女の髪の毛は風もないのになびいたり漂ったりするのだが、それはオーラライトの圧力だと思うが、たたずまいが自然すぎるせいか、不自然さに気づく級友は他にいない。
 理絵子は上を指さした。屋上へ行こうという意味。その地は校舎から川に沿って西南西へ2キロ少々。見て見えない距離ではない。
 校内一、二を争う“美少女”が連れだって歩いておるので目立つことこの上ないが、それでも二人は能力の故に一瞬途切れた視線をくぐって3階へ、そして普段は出入り出来ない屋上へ向かう薄暗い階段へ。
 立ち入り禁止の札が下がるプラスチックの鎖をくぐる。舞い立つ埃、おびただしい翅虫の死骸。
「鍵が……」
 掛かっているんじゃないのか。登与の当然の疑問。
「開くから」
 その通り当然、普段は施錠されて出入り不可。が、理絵子はノブを握って、回した。
 ガリガリと金属同士が削れる音を伴ったが、それ以外ドアは無防備なまでに開いた。
「PK?」
「じゃないんだけど、必要なときに開くようになってる。開いたので必要と言うこと」
 PK。念動力を意味するサイコ・キネシス(psychokinesis)の略称。登与は大いに驚いているが、理絵子は超感覚系だけを有している。ただ、必要な場合、施錠されている鍵は開く。
「そういう守護者が付いて下さっているものと」
「ああ」
 納得の意を受け取る。回したドアノブを、少女の非力で腰を落として踏ん張り押すと、ギイ、と錆びた金属音を発し、ドアが開いた。
 わずかに吹く5月の風。
 真昼の陽光とヒバリの鳴き声。
「気持ちいい」
「こりゃ立ち入り禁止にされるわ。サボりたくなるもん」

(つづく)

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【理絵子の夜話】禁足の地 -03-

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 とは言え。
“そっとしておいて”という先人の思いを踏みにじる“肝試し”が横行している昨今である。東京多摩地区から甲州街道に沿っての周辺は、戦国時代を中心に多くの人死にを伴う悲惨な出来事が発生し、応じて鎮魂の場所・モニュメントが点在する。そこへのイタズラ動画をネットで目にする。感覚の故に我がことのように辛いのであるが、出しゃばる権限はないので我慢している。
 それとも手を出した方がいいのか……いや、やり始めたらキリが無い。
 そして、本当に自分が必要なら、応じた示唆がある。思い上がりのようだがそうと納得出来る。この力、そういうためのものだろう。
 翌日の昼休み。
 彼らは“新たな動画”を見せに来た。
「だから興味ないって」
「ちげーよ発見だよ発見。日本にもストーンヘンジってあったんじゃね?」
 ギャーギャーうるさい動画の向こうで、か細いライトが石を映している。
「順番に石を映しただけじゃ判らないよ。それに信濃大町(しなのおおまち)の上原(わっぱら)遺跡とか岩を円形に並べた遺跡は幾らもあるよ」
 あしらった。
 つもりだったが、以降彼らは毎朝動画を撮ってきたと言っては見せに来るようになった。
 徐々に深夜に、徐々に敷地の奥へと撮影時間と場所が変わって行く。
「黒野~」
 いい加減にせんか、と怒鳴ろうとしたが、目の下にクマを作り、瞳が宙を彷徨っているのは明らかに異常である。
 その目を真っ直ぐ見てやろうとするが、相手の視線が定まらない。
 憑依か。否。
 ちょっとした技。
「いてえっ!」
 手指から足へ抜ける電撃のような痛みと、応じた“バチン”という音が頭の中に響いたはずである。
 これで瞳の揺らぎは戻った。
“目が覚めた”。
「あら静電気ごめんなさい。ただね、キミは何の目的か知らんが動画を撮りに行くことそのものが目的になって寝不足で健康を害していると思うのだよ。それに毎朝ただ真っ暗なだけの動画を見せつけられるのも迷惑だ」
〈どうしたの?〉
 登与がテレパシーで訊いてくる。“何らかエスパー噛ました”ことを検知したのである。
〈中毒か依存症みたいになってる。何か現地で影響受けているかも〉
〈それって私たちが行った方がいいってことじゃ……〉
 やれやれ。
 示唆がある。この“テレパス・ショック”は二度目は効かない。
 示唆。ああ、示唆。

(つづく)

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【理絵子の夜話】禁足の地 -02-

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「ぎゃははシカトされた」
「やべー黒野冷てえのたまんねぇ」
 下品な笑い声複数。
 再度本を開こうとすると、すっと傍らに歩いてくる女子あり。
 その知る4名のウチの一人、名を高千穂登与(たかちほとよ)という。隣のクラス。全校公認の霊能者。わけあって超能力でケンカしたが今は仲良し。醸す雰囲気と美貌の故に天使と呼ばれる。
“禁足の地”に関わる話で来てくれたに相違なかった。
「うっわ登与ちゃんだ」
「何?俺らのクラス天国?」
 文字通り下馬評。流れる黒髪と、深く澄んだ瞳と、纏う静謐。
「いいの?」
「ウワサだけって設定だし」
 この声と同時に。
〈男の子達止めなくていいの?放置しておくと悪化して結局出て行かなくちゃならないことになる気が〉
〈そもそもダメとされてるところに入るなって私がわざわざ注意することじゃないし〉
 やりとりされる“心と心の直接の会話”。要はテレパシーで会話とは別に意思疎通をしている。
 登与の思いは、明らかに禁足地へのイタズラ目的を。超常の力持つ自分たちが対処しないのは問題ではないのか。対し、理絵子の判断は、“侵入禁止”が形而上からの警告であるなら、書いてある通りにすれば良いだけの話という単純なもの。
 “ガチでやばい”禁足地なら、応じた怖いことになるのでは、と登与は懸念している。ヤバさを自分たちが感じ取れない、イコール意図的に隠されているレベルのヤバ差かも知れない。それは判る。だが、だとするならば、自分たちの超感覚センサにそういう示唆すら無いというのはあり得ないと思うのだ。
 最も、常時力が作用しているわけではなく、何らかの“スイッチ”なのかも知れないが。
 その時が来れば判る、という奴だ。
〈放置?〉
〈いけないことなら、御沙汰があるでしょ〉
 応じたら、登与は納得したように背を向けて去った。
 ここまで数秒。会話に重ねてなされたとは誰も気付かない。
「あれ?登与ちゃん行っちゃうの?」
「ここ天国じゃないから」
 登与を追う下卑た視線を理絵子は遮った。
 自分に男子生徒達の目が向く、その間に登与の背中は廊下の向こうに消える。
 そして自分も席を立つ。
「邪魔」

(つづく)

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